第16話 不思議から確信へ

 彼女が何気なく言った言葉に、俺は思わず絶句した。

 ……は?

 今、なんつった?

 、だって?

 彼女の表情を盗み見てみるが、彼女は相変わらず何かを懐かしむような目で、どこか寂しげな表情を浮かべているだけだった。

 そこで、先程から抱いていた違和感の正体に、指先が触れた気がした。

 もしその予想が正しければ、これ以上嬉しいことはない。

 まさか、お前もこっちに来てた、のか……?

 そんな願望にも似た感情と疑問が、俺の中に湧き上がってくる。

 また仲間と一緒に笑い合えるのではないか。

 俺の置かれた状況を理解してくれる奴と、面白おかしくまた悪さができるのではないか。

 本来ならば、そんなことは有り得ない。なぜなら、俺は彼女が息絶えるその瞬間を目の当たりにしている。

 チャカ一丁で最後まで希望を見出そうと最後まで足掻いたものの、サブマシンガンの弾で全身を撃ち抜かれた姿が、脳にこびりついている。

 そしてその直後に、おそらく俺も同じ末路を辿っているはずだ。それはきっと、間違いない。

 でも、その後俺の身には不可解なことが起きた。

 この意味のわからない世界への、転生。そして自分ではない誰かの身体。

 俺の身に起きているのであれば、もしかすると彼女にも起きていたのではないだろうか?

 そして、先程漏らした彼女の『』という単語は、それを意味しているのではないだろうか。

 そんな希望と願望に、鼓動が嫌でも速まった。

 だが、喜ぶのはまだ早い。ただ夢見がちな不思議ちゃん女が偶然、たまたまそんな言葉を発しただけの可能性もあった。


「……お客さん、ちょっといいっすか?」


 俺は声が震えそうになるのを堪えて、小さく深呼吸をした。

 それから馬車を停めて、手綱を握る手の震えを、ぐっと抑えつける。


「はい、何ですか?」


 荷馬車にいる彼女が、きょとんとした様子で首を傾けた。


「もしかしたら、俺今から意味不明なこと訊くかもしんねーっす。もし意味わかんなかったら、テキトーに流して下さい」

「はあ……それは、構いませんが」


 俺は、異世界の女に何を尋ねようとしているのだろう?

 そう思いつつも、彼女の存在について、ある仮設を否定できなかった。いや、確信に近い気持ちをどこかで抱いてしまっていた。

 どうして俺が彼女に惹かれ、そしてどこか懐かしさを感じてしまうのか。

 俺の中の仮説が正しければ、全て説明が付く。


とこっちの世界は、どう違いました?」


 勇気を出して、訊いてみた。

 心臓が高鳴ると同時に、ぎゅっと締め付けられた。

 俺の仮説が正しかったら、と思う期待と、違ったらどうしよう、という不安。

 そんなものが入り混じって、思わずぐっと自らの胸のあたりを掴む。


「……何もかも、ですかね。文化も、世界観も、全部違っていて──って、ごめんなさい。こっちも意味不明なこと言ってますよね。すみません、忘れて下さい」


 騎士風の女は力なく笑うと、肩を竦めてみせる。

 そして、遠くを見つめて、こう独り言ちた。


「はあ……こっちにいたりしないのかな。そしたら、寂しくないのに」


 その独り言を訊いて、俺は彼女にバレないように、小さく息を吐いた。

 やっぱり、俺の予想は正しかった。

 そして、どうして初めて会った彼女に懐かしさを感じてしまった理由にも、説明がつく。

 彼女と会うのも、話すのも、もちろん初めてだ。

 だが、俺は彼女を知っている。そしてきっと、彼女も俺を知っているはずだ。


「お客さん」

「はい?」

「隣に布掛けてある荷物、あるじゃないですか。ちょっとその布取って貰えません?」

「……? これですか?」


 彼女は自らの隣にある布のカバーを遠慮がちに掴んで、するっと引いた。

 すると、もちろんその下にあるものが顕わになる。


「えっ……?」


 彼女から、困惑の声が漏れた。そして、何かに驚いたように身体を強張らせている。

 そこの下にあったのは、粉が入った小瓶が詰まったケース。

 俺の予想が正しいなら、、それが何なのか、もうわかっているはずだ。


「あ、あの。これって、まさか……?」


 わなわなと震えて、彼女が俺を見る。

 彼女もそれが何かを察してはいるのだろう。そして、俺が誰であるかも。

 それを証明するかのように、その瞳には、うっすらと膜が張られていた。


「ちょっとそれ、嗅いでもらっていいですか?」


 俺はまだ何も言わず、彼女にそう促してみる。

 まだ判断するのは早い。彼女がその粉の正体に気付いたら、それでようやく確定だ。

 彼女は黙って頷くと、一番上にあった小瓶を手に取った。

 蓋を慎重に開けて鼻を寄せると──信じられない、と愕然とした表情を浮かべた。

 案の定、それが何かがわかったようだ。

 でそれを知っている者はいない。もしいるとしたら、それは──


「お客さん、それ何かわかります?」


 俺は荷馬車の方を振り返ると、にやりと口角を上げた。

 速まる鼓動と溢れんばかりの喜びを必死に抑えつけて、敢えてクールぶる。

 彼女は何も答えなかった。

 その代わり、先程の哀愁に満ちた紅い瞳に希望の光を募らせて、歓喜の涙にその瞳に滲ませる。


……ですか?」


 ひっくとしゃくり上げつつ、そう尋ねてくる。

 しゃくり上げた拍子に、目尻から雫が零れ落ちていた。


「この粉作れる奴が、そう何人もいるわけねえだろ? なあ、?」


 御者席の俺に彼女が抱き着いてきたのは、それから間もないことだった。

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異世界カルテル ~麻●調合師に転生した俺、幸せの粉で異世界を\ハッピー/にして成り上がる~ 九条蓮@MF文庫J『#壊れ君』発売中! @kujyo_writer

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