♭4『もう書けない』

 私とロディの婚約を、両家は笑顔で受け入れてくれた。

 

 まるでマイカの存在など初めからなかったかのように……。


 私は幸せだった。ずっと心に想っていたロディとようやく結ばれるのだ。嬉しくないはずがない。


 それなのに、この胸に広がる不安はなんだろう。


 いつかこの幸せが突然何かの見えない力によって奪われるのではないか、という漠然とした恐怖が私をずっと苦しめていた。


 ロディがいくら私に優しく微笑み掛けていても、いくら愛を囁いてくれても……全ては偽りなのではないかと疑ってしまう。彼が愛しているのは、マイカによく似たジュリエッタで、本当の私ではないと……。


 エリーゼは、マリッジブルーだと言って笑ったけれど、本当はこれがそんな生優しいものではないことぐらい、私はとうに気づいている。


 この幸せが、私の魔法によって作られただからだ。


 ロディが私を愛してくれているのは、魔法の力であって、本当ではないとわかっているからこそ不安なのだ。


 魔法は、いつか解けてしまう。その不安が私をさいなめた。


 私は悩んだ。この不安を抱えたままロディと結婚してしまっていいものかと。本当のことを打ち明けるべきだという声と、魔法なんてあるわけない、ロディを信じるべきだという二つの声が、私の中でせめぎ合う。


 何より不安だったのは、彼の心は、まだマイカにあるのではないかということだ。


 私がそう疑うようになったのは、彼の書斎で引き出しの奥に大事にしまわれた綺麗な小箱を見つけたからだ。中には、見覚えのあるリボンがしまわれていた。マイカのリボンだ。


 ロディがマイカを今でも大事に思ってくれる気持ちは妹として嬉しい。

 でも、今の私は、ロディの婚約者なのだ。


 それをキッカケに、私とロディは少しずつぎくしゃくするようになっていった。


 そんなある日、ロディに私の書いた物語を見られてしまった。そこには、私のこれまでの所業が全て書かれている。


 彼は、私をじっと見つめると、私の反応から、自分が今までジュリアンヌという魔女に騙されていたことを知った。今にも泣きそうなヘーゼルの瞳には、疑惑、怒り、悲しみ、恐怖、そして軽蔑の色が見てとれた。


 ロディは、そのまま何も言わず、私に背を向けて立ち去った。


 あぁ、魔法がとけてしまった……!


 物語には、私の心のうちにある醜くきたない感情が血脈のように書き綴られている。私が、マイカとロディのことをどんな風に見ていたか、何を想って生きてきたのかが……すべて……!


 一番、ロディにだけは見られたくなかった。本当の私を……。


 私は、それきり筆を折ってしまった。


 もう書けない。書く意味もない。私にはもう、何もない。



  ∮ ∮ ∮



 ロディとは結婚できない、と告白した私に、母ダイアナは、そっとある包みを渡してくれた。


「本当は、あなたの結婚式で渡すつもりだったの」


 それは、マイカからの結婚祝いの贈り物だった。中には、手紙が入っている。


『ジュリアンヌへ。

 あなたがこれを読んでいるということは、私はもうこの世にはいないのね。

 あなたがずっとロディを見ていたこと、本当は気づいていた。気づいていない振りをしていたの。本当にごめんなさい。

 どれほどあなたを傷つけたことか……きっと私のことを恨んでいるでしょうね。

 でも、私に残された時間はあと僅か……だから、お願い。あともう少しだけ、ロディの隣にいることを許して欲しい。私が死んだら、ロディをお願いね。ロディもジュリーも、どちらも私にとっては大事な人だから、二人には幸せになって欲しい』


 私は、手紙を読んで、わんわん声を上げて泣いた。

 それを聞きつけた家族が駆け付けてくれて、私を抱きしめてくれた。


 手紙の最後には、こう書かれていた。


『あなたは作家の才能がある。私にはない想像力の翼で、素晴らしい世界を創ることができるのだもの。これからも、物語を書き続けてね。私が生まれ変わったら、有名になったあなたを見つけて、きっと会いに行くわ』


 包みには、手紙と一緒に、色せてくしゃくしゃになった紙束が大事に畳まれて入っていた。中を開けてみて驚いた。それは、私が初めて書いた物語だった。


 元気になったマイカと私が世界中を旅して回る物語。中途半端で不出来で、こんなものは役に立たないとばかりに捨てたはずの夢の切れ端。マイカは、いつの間にかそれを見つけて、大事にとっておいてくれたのだ。


 元気になったら、一緒に世界中を見て回ろう、と約束した幼い頃の日々が、私の脳裏に蘇る。


 もし、この物語をきちんと書いていれば、魔法の力でマイカは死なずに済んだのだろうか。


 今となっては確かめようがない。


 ただ、今自分が何をすべきかは分かっている。


 私は、涙を拭うと、再び筆をとった。


 もう一度、物語を書こう。今度は、自分よがりな物語ではなく、大事な人たちを幸せにするための物語を。


 そう、これは、みんなが幸せになるための物語だ。

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2024年12月12日 17:03

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