第2話

「発展してる町なだけあって、やっぱり市場の活気もすごいね」


「そうだね、なんかわくわくする」


 グレンさんの後ろにつきながら人混みをと売り抜けていた俺たち二人は、暢気な会話をしていた。グレンさんがその大きな体で人の波を切り裂いて呉れるおかげで、かなりの余裕があったための会話であった。


「グレンさん、どこに行ったほうがいいですかね?」


 グレンさんの後ろ姿を見上げながら俺は話しかけた。グレンさんは旅の経験があるというし、参考にしてみよう、と思ったのだ。それにしても、俺もまあまあ身長は高いつもりなんだけど、グレンさんを前にすると見上げることしかできない。


「二ドルがリーダーなんだから自分で決めてしまっても良いと思うんだが。まあ、いいか、じゃあ、防具、弓矢、食材、武器、色々と足りないが、どれがいいと思う?」


 食材の場合は腐ってしまう可能性もあるし、それにこの町だったらいつでもご飯は食べられそうだ。なるべく後がいいのかな?


 弓矢の場合は消耗品だからいつでも買えるから優先度は低くなりそうだ。


 武器、となると、現状持ち合わせてるものがあるが、村で作られたものだから質はあまり良いものでは無い、それに、用意に少しばかり時間がかかりそうだ、もともと置いてある物を使うのも良いとは思うけど、どれも合わなかった場合に少し大変そうだし、優先度は高めだろう。


 次に防具、これは物によっては採寸とか色々でまた時間がかかりそうだ。グレンさんの巨体に合う防具なんて店にもとから置いてあるなんて考えにくいし、それにグレンさんは現状大剣しか持ち合わせていない。防具がないのだ、しかも、俺たちも防具を持っていない。


 つまり、優先度が高いのは防具、武器の二つとなる、どちらの物も作るのに時間がかかるものだから、優先度には少しの違いしかない。


「防具、次点に武器、でしょうか?」


「そうだな、じゃあ、その通りに行こう」


「ラーナは此れでいい?」


「うん、良いと思うよ」


「じゃあ、防具を買いに行こう」


 と言ったものの、俺はこの町の良い防具屋なんて知らないんだった、何なら、町の事すら殆ど知らないんだった。グレンさんはこの町に来たことがあるというし、知って居たりしないだろうか?


「グレンさん、質の良い防具を買えるところに心当たりはありませんか?」


「知り合いの店がある、かなり質が良い防具を作っている奴なんだ」


「父さん、そんな人とまで知り合いなんだね、知らない事ばっかりだよ」


「リューラってやつがやってる店でな、昔からの知り合いなんだ、ちょっと変わった奴だけど、良い防具を作るんだ、それに腕もたつ、パーティーに誘ってみるのも良いかもな」


「へー、父さんそんな人と何処で知り合ったの?」


「防具を買ったり、防具を作る為の素材を売ってやったりしてたんだよ」


「そうなんですか」


「立ち話は良いから、そろそろ行こう」


 暫くしていた立ち話を止めて、俺たちは目的の防具屋へと歩み始めた。




「あのお店、かわいいね」


 ラーナが木造の可愛らしい建物を見ながら言った。周りは石造りの建物ばかりであったから、少し浮いていたけど、可愛らしい建物であった。店前にある看板を見てみると、パン工房だというのが分かった。確かにさっきからパンの香ばしい良い香りがするとは思っていたけど、ここだったのか。


「パンを売ってるっぽいね」


「だね、いい匂い、お父さん知ってる?このお店」


「見たことがない、最近できたんじゃないか?」


「へー、後で暇が出来たら行ってみよ」




 そんなことを話していると、ついに俺達は目的地である防具工房リューラへと到着した。外観は普通を石造りの家であった、看板がぶら下がっていなければ只の住宅だと思っていただろう程だ。しかしここもやはりというかなんというかグレンさんの知り合いがやっている店だという。


「よう、久しぶりだな、グレンだ、リューラはいるか?」


 グレンさんがそう言って30代くらいの男に声をかけると、男は驚いたような表情をした後に話し出した。


「お久しぶりです、グレンさん」


「おう、久しぶりだな、クロン」


 どうやらこの男性の名前はクロンというらしい。クロンさんは名前を憶えていてくれたことがうれしいのか笑っていた。


「リューラ工房長は奥の作業場にいるんでよんできます」


「あぁ、久しぶりだから挨拶もしておきたいし頼む」


「はい、承りました」


 そうしてクロンさんは奥のほうへ歩いていき、扉の奥へと消えていった。この工房の主であるリューラさんという方はかなり綺麗好きなのだろうか、工房はどこもかしこも埃が一つも見当たらなかった。


 店の中に飾ってある皮鎧やフルプレートアーマーは、どれもこれも芸術的なまでに美しく、製作者の強いこだわりと腕を感じるには十分なものであった。俺のような素人目にもわかる凄さなのだから、防具好きの人らからしたらとんでもない価値を持ったものに見えるのだろう。


 しかし、この店の店主とも知り合いというのだから、グレンさんの謎はやはり深い、昔は有名な冒険者だったとか、強いことで有名な人だったとか、そういうのなんだろうか。強いことで有名だったとかであっても全然不思議ではないけれど、なんとなくそれとは違うような気もするし。結局どうなんだろう。


 なんとなく考えていると、リューラ工房長とみられる人物が、クロンさんに連れられて店の奥からやってきた。背の高い女性で、美しい黒い髪と、整った容姿が印象的な人だった。恰好が作業用の物でなかったならば、工房の人間では無く、貴族か何かに思ってしまいそうである。


 連れられてきたのを見たグレンさんは早速にその女性に再会の挨拶を交わした。


「久しぶりだな!リューラ!」


 グレンさんがそういいながら近寄っていくと、何処かめんどくさそうに下を向いていたリューラさんの表情は驚きの物へと変わった。


「君は、、、グレンかい!?変わったね!!」


 またもやの変わった発言であった。昔はそんなに違ったのだろうか、家でも普段からこんな感じなんだけど。


「そうか、まあ、そうかもな」


「そうだよ!変わったよ、君は」


「まあ、時間がたてば人は変わることもあるんだよ」


「そんなに時間たった?」


「ああ、経ったさ」


「そう、僕に取ったら大した時間じゃあなかったから、良くわかんないや」


「確かにな、俺にとっての10年はお前にとっての数日でしかないとか何だとか言っていたけど、本当にそんな感じなんだな」


「ははっ、信じてなかったのかい?でも…………………そうだね、僕からしたら人間はすぐに変わってしまう生き物のようにしか思えないよ」




 もしかして、リューラさんは人間では無いのだろうか?

 寿命がものすごく長いっぽいし、そうするともしかして、たまに本で出てくる異種族である、エルフ、というやつなんだろうか。


 エルフであったとしたら、人間の百倍以上の寿命を持つとかなんとかかんとか聞いたことがある。あまり人間と交流がなかったり、そもそもの絶対数が少ないこともあってか、この種族について詳しく書いた書物は見たことがない。


 こういうと、俺がたくさんの本をどこで読んだのかと言う疑問が生じると思うが、そこはまあ、理由がある。確かにうちの村はあまり大きくないかったんだが、何故だか多くの本を蔵書とする巨大な図書館が備わっていたのだ。


 いつだったか他の町から人が来た時に知った話ではあるんだけど、どうやらあんなに大きな図書館はめったにないらしいほどだそうだ。





「お前は相変わらずでよかったよ、ずっと変わらないやつがいるってのもいいもんだしな」


「だろう、だろう、僕の変わらぬ美しさにいつでも癒されにいらっしゃいな」


「あぁ、そうさせてもらいたいが、生憎に俺たちはあと一週間程度で旅に出る」


「ほう、何処へ?」


「それは、俺を連れ出した、このパーティーのリーダーである二ドルに聞いてくれ」


 問われたグレンさんはそう言って、俺にこたえるように視線を向けた。


「世界中です」


「だとさ」


 言いたいことが多すぎて、反応が単調になってしまった。


「ほうほう、君がリーダーなんだね?」


 しかし、この短い返答でもしっかりと伝わったらしい。リューラさんは、面白い物を見つけた、という風な表情へと顔色を変えると、喜色を込めた声音で俺に向かって質問をしてきた。リューラさんはもしかしてこの旅に興味があるのだろうか?もしそうで実力があるんだとしたら、是非とも誘わせてもらいたい。グレンさんの知り合いだというし、安全なことはほぼ保障されていると言ってもいい、それに優秀な防具職人なのだ。是非ともうちのパーティーに入ってもらいたい。


「そうです、俺の希望から、俺の夢からこの旅は始まりました」


「どんな夢なんだい?」


「俺は………………今まで、たくさんの本を読んできました。英雄譚であったり、、、冒険記だったり、歴史書だったり、、、、旅行記であったり、それに、植生に関する本であったり、とにかく色々な種類の本を読んできたんです。」


「ほう、ほう、それで」


「………そこで、俺はふと思ったんです。


 この本は誰かが見たものであったり、想像したものであったり、感動したものであったりを書いてあるけど、どれもこれもこの世界の一部でしかないんです。そう、この本も、景色も、この出会いも、この世界の一部なんです。このワクワクが、この好奇心が、全てがこの世界の一部なんです。凄くないですか?興味がわきませんか?このワクワクを生み出す世界の事に。俺には気になってしょうがないんです。


 だから、世界中の美しい景色や、何でもない景色、それに生き物や人、とにかく色んなものを自分の目で見てみて、このワクワクの世界の摂理の根本を目に焼き付けておきたいんです。理解をできなくとも、解析が出来なくとも、より多くの真実に目を通したい!それを伝記としてまとめるのもいいし、仲間の内で、家族の内で語り合うでもいい、とにかく知りたいんです。


 この美しい世界のいろいろな事を。俺は、この世界に恋をしているんです。どうしようもないくらい気になって、どうしようもないくらい知りたくて、でも語り掛けるもは難しい、だから俺はこの世界を見て回ることにしたんです、この世界の全部、ぜんぶを知るために、汚い所も、理不尽なところも、ハチャメチャなところも、全部、全部を知りたいんです」


「…………………………………ぷっ、はっ、はははははは」


 俺が話したことを聞いたリューナさんは、暫く俺の顔をじっと見つめた後、大笑いをし始めた。


「ははははははっ、ひっ、ひっ、はははははははははははは」


 そうして暫く腹を抱えて笑った後、漸く落ち着いたラーナさんは俺へと向き直ってから、満面の笑みで言った。


「君、最っ高に気持ちが悪い!!…………………………………つまり………最高だ!!」


 気持ち悪くて、最高?


「え?」


「君、名前は?なんていうの?」


「え?」


「名前、なんていうの?」


 あまりに急な話題の転換についていけなかった俺はただただ茫然としていた。語ったことで興奮していた所に来た急な話であったことも原因としてあるだろう。


「え、っと。二ドルです。二ドル・グリュ」


「あれ、君、もしかかしてグレンの息子かい?」


「そうですが?」


「さすがだね!!さすがグレンの息子だ!やっぱりド変態の息子は飛びっきりの変態でなきゃね」


「はぁ、そうでしょうか」


 思いもよらない言葉に面食らって若干尻すぼんだ俺は、これといった言葉を返返せずにいた。というか、そもそも俺は変態なんだろうか?違うような気がするんだけど。


「そうだよ、君は間違いなく変態だ!」



 断言されてしまった、もう、リューラさんの中では完全に俺は変態なんだろう、何だか少し気になる。


「おいリューラ、その辺にしてくれ、うちの息子が困ってるじゃないか」


「あれ、そうだった?ごめんね、二ドルくん」


 グレンさんに諫められ、リューラさんは少し冷静になったようで、しっかりと謝ってくれた。


「いいえ、確かに俺もしゃべるときに興奮しすぎていたかもしれません、気を付けます」


 謝られて思い返してみれば、早口でまくし立てていて少し気持ちが悪かったかもしれない。反省点が自分にもあると思った俺はなんとなくそういった。


「良いのに、気を付けなくたって、それも二ドル君の大事なアイデンティティーだよ?」


「そうかもしれないですけど、、、まあ今日はそんな事を話しに来たわけじゃあ無いんですよ」


「あ、そうだった、なんだっけ?何しに来たの?」


 そういうリューラさんを、どこか呆れた目でグレンさんは見た後いった。


「これからの冒険のための防具を調達しに来たんだよ」


「そっか、そうだ、旅のための防具だよね」


 グレンさんの言葉を聞いたラーナさんは仕事のスイッチが入ったのか、キリっとした雰囲気で言った。

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星の魔女〜無情な世界で生きる、ある冒険者の人生〜 諫崎秋 @Isazaki

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