31:心強い味方
「……わたくしとしてはリーリエ様が義理の姉になるのは大歓迎なのですが。そうはいきませんわよね?」
「はい。ルーク様とリーリエが婚約するとなれば、おれはリーリエを攫わなければならなくなります」
アンネッタ様の試すような視線を受けて、フィルディス様は真顔で答えた。
「まああ、なんて情熱的な台詞でしょう! 全く動じることなく真顔で言われましたわよ! 燃え上がる愛の炎の前では完敗ですわねお兄さま!」
アンネッタ様は感激したようにアイスブルーの瞳を輝かせ、胸の前で手を組んだ。
淑やかな姫君だとばかり思っていたけれど、実際は活発でお茶目な一面を持つお方らしい。
「いや、元から勝負などしていないのだが……フィルディスとリーリエが思い合っていることは最初から気づいていたし」
「ねえお兄さま? お父さまやフィルディス様を見倣って、妃として迎えるのは運命の女性ただ一人にしたほうが良いですわよ? 欲張って側妃なんて作ったら、争いの元にしかなりませんわ」
「何の話だ……」
ルーク様は呆れたように言って、ため息をついた。
「言われなくとも、元から一人しか妃を迎えるつもりはないよ。先代の国王が起こした悲劇を繰り返すつもりはない」
「良い心がけですわ」
アンネッタ様は満足げに頷き、ふとその秀麗な顔を曇らせた。
「オルゴールに悪魔が憑いていたのも、きっと先代の国王にないがしろにされたフィオーラ妃の怨念が招いたことだと思いますの。いくら美しいからって、譲り受けるのではありませんでしたわ」
「あのオルゴールはフィオーラ妃? に、譲り受けたものだったのですか?」
気になって問う。
「ええ。先代の国王陛下は絵に描いたような暗君でした。禁忌とされている古代呪術に手を出して大精霊を邪霊に落としたり、気に入らない臣下がいればその首を刎ね、城門に並べて見せしめにしたのです。城門の前を通るたび、多くの者がその惨劇を思い出し、震え上がったものですわ。女癖も酷いものでして、二十人以上の側妃を囲い込んでいました。それだけでは飽き足らず、宮廷に上がったばかりの幼い女官を妊娠させたという噂まで……本当に最悪ですわ。女性の敵というべき存在でしたのよ」
アンネッタ様は口元を歪め、苦々しい表情で語った。
けれど、私はアンネッタ様の言葉以上にエミリオ様の表情が気になった。
彼は口を一文字に結んだまま、無言だった。
まるで、アンネッタ様の話が心に刺さる痛いものであるかのように。
――もしかして。
頭の中に浮かんだ可能性に皮膚が粟立った。
――王子様のようだと言ったとき、エミリオ様はどうして乾いた笑いを浮かべたの?
金髪はあくまで王侯貴族に多いというだけであって、必ずしも王侯貴族だけが持つ色ではない。庶民の中にも金髪の者はいる。
でも、玉座に座るルミナスの国王は金髪であり、レニール様もまた金髪だった。
――レニール様の持つエメラルドグリーンの瞳は、エミリオ様とそれとよく似ていなかった?
心臓が強く脈打ち始めた。
――もしかして、エミリオ様は国王の落とし子なのでは?
あくまで可能性の話だ。
でも、フィルディス様が心配そうにエミリオ様を見ていることからしても、そうとしか思えない。
「後宮では争いが絶えず、生まれたばかりの赤子の命も含めて何人もの尊い命が犠牲になったそうです。側妃の一人であられたフィオーラ妃は争いごとを望まない、優しく穏やかな女性だと思っていましたが、所有物であるオルゴールに悪魔が憑いていたとなると……笑顔の裏では苛烈な憎悪を蓄積させていたのでしょうね」
「人間というものは本性を巧妙に隠す生き物ですからね。誰しも、裏では何を考え、何をしているかなど、わかったものではありませんよ」
エミリオ様が冷めたような声で言った。
空虚なその表情を見ていると、胸が苦しくなる。
「あら。ひょっとして、エミリオ様は人間不信でいらっしゃいますか?」
「はい。残念ですが、幼少時から人間の醜い一面ばかりを見てきたもので。人間は基本的に汚く、笑顔で裏切るものだと考えております。ぼくが信頼しているのはフィルディスだけですね。こいつは良くも悪くも裏がないので」
「……エミリオ様。私も信頼には値しない人間でしょうか?」
私は問いかけた。どうしても、聞かずにはいられなかった。
「信頼は無理。だって頼りないし。リーリエにできることならぼくはそれ以上にできる」
「……そうですよね……」
顔を伏せると、彼は少しだけ間を置いて付け加えた。
「でもまあ、信用はしてあげてもいいかなと思ってる」
「え」
驚いて顔を上げると、エミリオ様は仏頂面を浮かべていた。
まるで、照れ隠しをするかのように。
「いくらフィルディスの頼みとはいえ、嫌いな人間を命がけで助けるほど、ぼくは酔狂な人間じゃないよ。リーリエのことはそれなりに気に入ってるから助けてあげたんだ」
「それなりに、ですか。人間不信だというエミリオ様からその言葉が引き出せたのなら、十分ですね」
ふふっと笑う。
「何笑ってんの。気持ち悪い」
ぷいっとそっぽを向いた彼の顔は、どことなく赤みが差しているように見えた。
「……ところで、大精霊と話したいという件についてだが」
会話が途切れた拍子に、ルーク様が逸れてしまった話題の修正にかかった。
「《聖域》に入りたいなら父上に立ち入りの許可を貰うと良い。あそこは本来、王族以外の立ち入りを禁じているが、悪魔王の封印を成し遂げたリーリエなら許可が与えられるはずだ。私も口添えしよう」
「もちろん、わたくしも口添えしますわ。わたくし、全面的にリーリエ様を応援すると決めましたの。リーリエ様はわたくしの恩人ですからね」
アンネッタ様は片目を瞑ってみせた。
「ありがとうございます」
頭を下げた直後、大広間に国王夫妻の来場を告げる鈴の音が鳴り響いた。
虐げられた聖女は精霊王国で溺愛される~追放されたら、剣聖と大魔導師がついてきた~ 星名柚花 @yuzuriha
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