30:まるで王子様のような

「へー、二人とも、色を合わせたんだ。これはもはや恋人アピールだね」

 円柱の陰からエミリオ様が出てきた。

 彼は上質な緑の上着に胴着を纏い、革製のブーツを履いている。


「リーリエ。そのドレス、よく似合ってるよ。どこの姫様かと思った」

「エミリオ様こそ。まるで童話に出てくる王子様のようですよ」


「……はは。そう?」

 何故かエミリオ様は乾いた笑いを浮かべ、フィルディス様はなんとも言い難い表情になった。


「?」

 予想外の反応に戸惑っていると、気を取り直したようにエミリオ様は笑って片手を上げた。


「精霊たちは戻ってきたんだね。でもさ、そいつら無駄に光を放ってるからリーリエを直視しようと思うと眩しいんだよね。ちょっと数を減らしてもいい?」

『きゃー!!』

 精霊たちは蜘蛛の子を散らしたように逃げ出し、一部の精霊たちは速やかに私の背後に隠れた。

 逃げ出さず、堂々と私の傍にいるのはトカゲの形をした精霊だけだ。


「戯れはお止めください。精霊たちが怯えています」

 私は通せんぼするように両手を広げ、エミリオ様をじっと見つめた。

 エミリオ様の手の先に魔法陣が浮かぶ様子はない。

 本気で精霊たちを攻撃するつもりはなく、二度とフィルディス様を傷つけるなと警告したいだけだ。


「止めろエミリオ。おれはもう気にしてないと言っただろう。ちゃんと精霊たちもおれに謝ってくれたんだ。終わったことを蒸し返すようなことはするな」

 フィルディス様は困ったような顔でエミリオ様の肩を叩いた。


「エミリオ様。精霊たちは大精霊にそそのかされただけなのかもしれないのです」

 このまま立ち話をしていたら遅刻してしまうかもしれないため、私は歩きながらエミリオ様に事情を説明した。


「私は大精霊を説得してみます。どうしても納得してくれないのなら、再び精霊たちが悪影響を受ける前にフィルディス様と王宮を出るつもりです。エミリオ様はどうされますか?」

「どうするも何も、そのときはぼくも一緒に行くよ。残ったところで居心地が悪いだけじゃないか。最悪、聖女を逃したとして罰を受けるかもしれないし」

「……すみません。また巻き込んでしまうことになりますね」

「いいよ。いや……本当は、ちょっと残念かな。『賢者の塔』にぼくの研究室を作ってくれるっていう話になってたから。来年になれば官僚試験を受けるつもりだったし……」

 エミリオ様は磨き抜かれた大理石の床に視線を落とし、呟くようにそう言った。


『賢者の塔』で、エミリオ様は宮廷魔導師相手に堂々と講義を行っていた。

 私たちが王宮を去ることになれば、エミリオ様がせっかく見つけた居場所を奪うことになってしまうのだ。

 それを回避するためには、何としてでも大精霊を説得するしかない。


 私が視線を向けると、フィルディス様は頷いた。

 言葉はなくとも、私たちは通じ合った。

 

 廊下を進んでいくうちに、食欲を刺激する香りが鼻先に漂ってきた。


「着いた。あれだね」

 エミリオ様が言う。

 両開きの扉の横には腰に剣を下げた兵士たちがいる。

 兵士の存在が、ここが大広間であることを示していた。


「あなたたち、一緒にいられるのはここまでよ。しばらく適当に時間を潰していてちょうだい」

 立ち止まり、私は精霊たちにそう言った。

 精霊たちは大広間に連れ込むなと事前に通達されていたのだ。

 精霊たちが何をしでかすかわからないから――というより、精霊たちがいると会話の邪魔にしかならないからだと思う。


『はーい』

『また後でねー』

 精霊たちに手を振り、私はフィルディス様に続いて大広間に入った。

 天井の高い大広間には豪華なシャンデリアが煌き、テーブルには豪勢な料理がずらりと並んでいる。


 飾りつけられた会場には美しく着飾ったルーク様とアンネッタ様もいた。

 二人とも、既に席に座っている。


「ようこそおいでくださいました。こちらのお席へどうぞ」

 それぞれが使用人に案内されて、私たちはルーク様たちの対面に座った。


「やあ、リーリエ。いつも君は可愛いが、今日は一段と可愛いな」

「本当に。まるで青い花の妖精のようですわ」

「ありがとうございます」

 社交辞令とは知りつつも、褒められるのは純粋に嬉しい。

 同じように二人がフィルディス様とエミリオ様のことを褒めたところで、私は尋ねた。


「ところでルーク様。私とフィルディス様の衣装を合わせてくださったのはルーク様でしょうか?」

 ルーク様とアンネッタ様は顔を見合わせ、ちょっとした悪戯が成功したように笑った。


「実は、わたくしとお兄さまの計らいですわ。お兄さまと精霊たちからリーリエ様とフィルディス様のお話を聞いて、これはもう、お二人の衣装を合わせるしかないと思いましたの」

「精霊たちからも話を聞いたんですか?」

「ふふ。王宮にいる精霊たちはわたくしの目と耳である、そう思ってくださいませ。精霊たちはわたくしの味方ですの」

 冷や汗が頬を流れた。

 薔薇園にいた精霊たちは、王女に目撃した全てを報告したのでは?


「そうですか……ところでアンネッタ様。お聞きしたいことがあります。私は《聖域》にいる大精霊と話がしたいのですが、どうすれば良いでしょうか?」

「王宮の――引いてはこの国の守護者たる大精霊とお話、ですか? それはまた、一体どうしてですか?」

 事情を話すと、ルーク様とアンネッタ様は考え込んだ。


「なるほど。大精霊たちがお兄さまとリーリエ様を結婚させようとしている……ウィンディアの契約者である伯父さまの入れ知恵かもしれませんわね。伯父さまは今日の御前会議でも、お二人が結ばれることで国が得られる利点について熱心に語っておられましたわ。まるで舞台に立つ名役者のように、一つ一つの言葉に力を込め、誰もが納得せざるを得ないような論理を展開していらしたのです。ねえ、お兄さま?」

「ああ。御前会議の後、私は伯父上に呼び止められた。『この国が永遠に繁栄するためにも、リーリエ殿の御心を掴め』――そんなことを大真面目に言われて困ってしまったよ。既にリーリエの心はフィルディスに鷲掴みにされているのに」

 ルーク様は赤面している私を見て、くすりと笑った。

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