29:晩餐会へ向けて
午後六時を告げる鐘が鳴り終わった頃。
入浴後のマッサージを終えた私は自室の椅子に座り、侍女たちに囲まれていた。
コルセットを装着させられ、それまで着ていたものより二倍は重いドレスを着せられ、髪や肌を弄りまわされる。
慣れないことばかりの連続で、目が回りそうだ。
「――完了いたしましたわ! どうぞご確認くださいませ!」
達成感に満ちた侍女の声で、意識が現実へと引き戻された。
侍女の一人が持った姿見に映る自分は、驚くような大変身を遂げていた。
左右反対になった自分が身に纏っているのは、深い青色のドレスだ。
細やかな白い刺繍が光に反射し、まるで雪明かりのように煌いて、なんとも美しい。
首元と耳元を飾るのは、瞳に合わせた琥珀色の宝石。
銀髪は両横を編み込んで後ろに流し、ドレスと同じ青のリボンで結われている。
「凄いです。こんな豪華なドレス、初めて着ました。まるでお姫様にでもなったような気分です……!」
私はすっかり感激し、胸の前で両手を組んだ。
『リーリエ、きれー!!』
『かわいー!!』
鐘の音を聞いて私の元に戻ってきた精霊たちも大絶賛してくれている。
「ふふ。リーリエ様は今夜の主役ですから、私どもも張り切らせていただきました。さあ、どうぞ廊下へお行きください。驚きと感動が待っていますよ」
「えっ。なんですか?」
侍女に手を引かれて立ち上がりながら問う。
侍女たちは笑うばかりで答えてはくれず、私は控えの間を通って廊下に出た。
そこには、『精霊眼』をかけてクラヴァットを締めたフィルディス様が立っていた。
「…………っ!!」
青の上着に白と黒の脚衣を履き、貴公子然とした出で立ちのフィルディス様を見たときの感激たるや、とても言葉には言い表せない。
衝撃を受けたのはフィルディス様も同じだったらしく、私をひと目見るなり彼は硬直してしまった。
「……驚いた。あまりに美しすぎて、天界から女神が降臨したかと思った」
「私は天の御使い様が現れたと思いましたよ」
互いに褒め合い、そして笑い合う。
「そのドレスの色は自分で選んだのか?」
「いえ。初めからこれ一択でした。侍女が持ってきたのがこのドレスだったのです」
フィルディス様の上着の色は青で、私のドレスもまた青。
一口に青といっても様々な色があるけれど、私と彼の衣装の色合いは完全に同じだった。
「なら、おれたちの関係性を知る誰かが意図的に衣装を合わせたんだろうな」
「もしかしたらルーク様の粋な計らいかもしれませんね。もしそうでしたら、後でお礼を言いましょう」
「ああ。世の中にはあんな素晴らしい王子もいるんだな。今頃ルミナスはどうなってるんだろうな」
「精霊たちがいなくなったせいで大変でしょうね」
完全な他人事として言う。
既に私の心はイリスフレーナにあり、ルミナスからは遥か遠く離れてしまった。
「レニール様やエヴァがどうなっていようと全く興味はありません。ですが、私に良くしてくださったルーシャ公爵を始めとする一部の方々は平穏無事であってほしいと思っています」
私はフィルディス様の反応を窺った。
いまのが問題発言であることは重々承知の上だ。
相手が悪人だろうと関係なく、万人を救済するのが聖女の理想の姿である。
「おれもそう思う」
フィルディス様は私の発言を咎めることなく、笑って肯定してくれた。
おかげで、私は彼のことをますます好きになった。
「さて。お喋りはこれくらいにして、行こうか、リーリエ」
「はい」
彼にエスコートされて歩き出す。
会場に向かう道中、精霊たちはフィルディス様に平謝りしていた。
フィルディス様は精霊たちを許した。
だから、この件は一件落着――と思いたいけれど、私には引っ掛かることがあった。
「ねえあなたたち。私がルーク様と結婚すればみんなが幸せになれると大精霊が言っていたというのは本当なの?」
『うん。《聖域》に遊びにいったときに風の大精霊さまが言ったの。みんなで王子様とリーリエをくっつけてあげてねって』
『水の大精霊さまも言ってたよ。イリスフレーナのためにはそれが一番いいって』
『土の大精霊さまも!』
『火の大精霊さまもー!』
『だからあたしたち、大精霊さまたちがみんなそう言うんならそうなんだと思って……ごめんなさい。もうしない』
しゅん、と精霊たちは項垂れた。
よっぽど私の絶縁宣言が効いたらしい。
「フィルディス様がお許しになった以上、もう謝らなくてもいいわ。仲直りしましょう。私もあなたたちと縁を切りたくなんてないもの」
『本当!?』
「ええ、もちろん本当よ。これからもずっと私の傍にいてね」
キャー、と大喜びする精霊たちを横目に見ながら、私はフィルディス様に顔を向けた。
「フィルディス様。私はラザード様に頼んで大精霊たちと話す機会を得たいと思います。説得して、考えを改めてもらわなければなりません。また精霊たちに余計なことを吹き込まれては困りますから」
「そうだな。できればそのときはおれも一緒に行きたい」
この先のことを話しながら回廊を通り、主殿となる城館へ向かっていたときだった。
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