十二話
「お帰りなさいませ、ご主人様」
ゼレアさんがあたしを片手に立派な家へ入ると、初老の使用人らしき男性がすぐに出迎えた。
「お望みの品は手に入れられたのですか?」
「ああ。これだ。……リディヤの様子はどうだ」
「特にお変わりはなく、一日ベッドでお休みしておりました」
「そうか。早くこれを見せたいが、この時間じゃ、さすがに寝ているな……」
ゼレアさんは廊下の奥の階段と、手元のあたしを交互に見ながら少し考える素振りを見せると、おもむろに言った。
「……驚かせてみてもいいかもしれないな」
「どうなさるおつもりで?」
「ベッドのサイドテーブルに、これを置いておくだけだ。目覚めた時にこれが話しかけたら、さぞ驚くだろう」
「驚き過ぎて、お身体のご負担にはなりませんか?」
「大丈夫だろう。リディヤには前に、妖精を連れて来ると話してある。だから気付いてくれるはずだ」
「そうでしたか。では、お嬢様を起こされないように、お気を付けください」
ああ、と言ってゼレアさんは階段を上がって二階へ向かった。長い廊下を進み、突き当たりにある部屋に着くと、その扉をゆっくり、慎重に開ける。
夜だから中は当然暗かったけど、部屋の奥には一つだけ弱い灯りがついてて、それはベッドに横たわる少女の顔をほのかに照らし出してた。
そこへゼレアさんは忍び足で近付くと、少女の様子をうかがい、そしてサイドテーブルにあたしをそっと置いた。
「この娘は、あなたの娘さん?」
小声であたしは聞いた。
「ああ。娘のリディヤだ。君を買い取ったのは、娘の話し相手をしてもらいたいからで……」
そう言ってゼレアさんが娘を見つめる眼差しには、何かしら事情がありそうに思えた。
「お安いご用よ。あたし、しゃべることしかできないしね」
「ありがとう。助かるよ。それで――」
「起きたら話しかければいいんでしょ?」
「話を聞いてくれていたか……リディヤはきっと驚くと同時に喜んでくれるはずだ。頼めるか?」
「もちろん。任せて。その代わり明日、リディヤちゃんのこと詳しく教えてね」
あたしが聞きたいことを察してくれたのか、ゼレアさんはためらうような笑みを浮かべて頷くと、静かに部屋を出て行った。
灯りにぼんやりと照らされたリディヤちゃんの顔は、部屋の暗さを加味しても青白く見える――多分、病気なんだろう。さっき使用人の男性が一日ベッドで休んでたって言ってたし。どんな病気でどれぐらい悪いのかわかんないけど、あたしなんかでよければいくらだって話すし、必ず治るよって励ましてあげないと。こうして出会ったのも何かの縁だと思うから……。
あたしは黙って夜の静寂を過ごし、カーテンの引かれた窓から徐々に光が漏れ始める夜明けを迎えた。外の鳥や家の階下の使用人達が動き始める気配を感じながら、ベッドの少女の目が開く瞬間を待ち続けた。スースーと小さな寝息を立ててた顔は、やがて瞼を二度、三度と瞬かせて、眠りから覚めたばかりの瞳をあらわにさせた。待ってた瞬間だ――あたしはすかさず声をかけた。
「おはよう、リディヤちゃん」
あたしの声に一瞬動きを止めるも、リディヤちゃんは空耳とでも思ったのか、特に反応もなく、まだ眠そうな表情を見せてた。頭がちゃんと目覚めてなさそうだな。もう少し大きめな声で呼んでみるか――
「リディヤちゃん! 聞こえてる? おはよう!」
「……!」
弾かれたようにリディヤちゃんの顔がこっちを向いた。真ん丸な目があちこちに動いて、声の主を捜す。
「……誰、なの? どこに……」
弱々しくも透き通るような声が怯えながら聞いた。こんなに驚かれると、ちょっといたずら心が騒いじゃうな。
「どこだと思う?」
「え……どこ?」
「声を頼りに捜してみてよ」
するとリディヤちゃんはゆっくり上体を起こし、ベッドの下やその周りを捜し始める。
「そんなところじゃないよ。目の前にいるって」
そう言うと今度はサイドテーブルの周りを捜し始める。まさか小箱がしゃべってると思わないのか、あたしのほうには一切目もくれない。……じれったいな。
「そこに、見覚えのないものってない?」
「見覚え……?」
誘導してあげると、視線がやっとあたしに向いた。
「これ、知らない箱、だ……」
小さく細い指があたしをつかんだ。
「大当り! 初めましてリディヤちゃん」
「うわっ……」
また驚いてリディヤちゃんはのけぞる。
「……箱が、しゃべった……」
「正しくは箱の中のあたしだけどね」
「中に、何かいるの?」
「一応、妖精ってことになってるけど、本当のところは自分でもわかんない。あ、でも、リディヤちゃんに悪いことしようとか思ってないから、そこは安心して」
「……妖精? あなた、妖精なの?」
「さあ? そう思いたければ思ってもいいけどね」
「本当なの? お父様が連れて来てあげるって言ってたけど……」
「そのお父様に連れて来られたの。あたし」
これにリディヤちゃんはハッとしたように目を見開いて、そして興奮を隠すことなく喜びを見せた。
「じゃあ、じゃあ、これってお父様が、私のために――」
その時、部屋の扉がコンコンと鳴って、ゼレアさんが開けて入って来た。
「おはようリディヤ。……プレゼントにはもう気付いて――」
「お父様……!」
姿を見た瞬間リディヤちゃんは毛布から出ると、よろよろと立ち上がって父親のほうへ歩こうとし始めた。それにゼレアさんは慌てて駆け寄って来る。
「無理をするなリディヤ。転んで怪我でもしたらどうする」
ゼレアさんは両腕を支えると、リディヤちゃんを再びベッドに座らせた。
「だって、嬉しくて、お父様を抱き締めたくて……」
「抱き締めてくれるなら、私のほうから行く」
そう言って二人はお互いにギュッと抱き締め合う。
「本当に妖精を連れて来てくれるなんて、思わなかった」
「嘘だと思っていたのか? 私はリディヤに嘘をついたことなどないぞ」
「うん……そうだった。ごめんなさい」
「謝らなくていいから、ほら、妖精に話しかけてみたらどうだ」
身体を離すと、ゼレアさんはあたしをリディヤちゃんに手渡した。両手で大事そうにつかむリディヤちゃんは蓋を開けようとするも、もちろん開かない。
「……何で、開かないの? 妖精、見たいのに」
「開かないのは、封印魔法がかかっちゃってるからなの。だからそれを解く魔法を使わない限り、この蓋は開かないんだよね」
「魔法? じゃあ、あなたは閉じ込められてるの?」
「そうなるけど、自由がないだけで別に苦しさとか感じてないから。お腹も空かないし。ある意味、楽な状態とも言えるかな。だからってこの中で一生過ごしたくはないけど」
リディヤちゃんは横のゼレアさんを見る。
「お父様、この子を自由にさせてあげられない?」
「そんな事情があったとは、私も初めて知った……魔法を解いてほしいのなら知り合いのつてで――」
「ちょっと待って。その、すごくありがたい話だけど、まだいいかな……」
「なぜだ? 自由になりたくはないのか?」
「なりたいけど……もし解いて、現れた姿が想像する妖精じゃなくて、まったく違うものだったら、リディヤちゃんをがっかりさせちゃうでしょ?」
父娘は顔を見合わせる。
「あなたは、自分の姿を知らないの?」
「記憶がないんだ。何でここにいるかってことも憶えてないの。だから自分の名前もわかんない」
「何にも憶えてないなんて、可哀想……じゃあ、記憶を思い出すまで、私があなたに名前をつけてあげる」
「え、本当? 嬉しいな。これまでちゃんと呼ばれたことなかったからな」
顎に手を当てながら、しばらく宙を見つめて考えてたリディヤちゃんは、あっと閃いたように口を開いた。
「ナーナはどう? 可愛いと思わない?」
「ああ。可愛い響きだな。……妖精君はどうだ?」
「うん、いいんじゃない?」
人形とかペットにつけそうな名前だけど、まあいいか。
「よかった。じゃあ今日からあなたをナーナって呼ぶね。よろしく」
「こちらこそよろしく。いい話し相手になれるといいけど。……ところでリディヤちゃんは、お父さんに頼むほど妖精好きだったの?」
「いや、頼まれたわけではないんだ。街で偶然君の噂を聞いてね。妖精と話せる見世物小屋があると」
噂か。前はかなり話題になってたみたいだからな。
「お話に出てくる妖精は皆好きだよ。ちっちゃくて可愛いから」
ゼレアさんは娘の頭を一撫でして続ける。
「それを知っていたから、どうにかその妖精を譲ってもらえないかと思ってね。……気付いているかもしれないが、リディヤは病にかかっているんだ。もう何年も……そのせいで学校に通えず、外で遊ぶこともできず、この部屋で独り安静にしているしかない。十一歳であれば、友達と駆け回り、思いっきり遊びたいだろうに、そんな友達すら作れない状態だ。だからせめて、いつでも話せる相手を作ってやりたいと思ってね」
それであたしってわけか。疲れ知らずのあたしなら二十四時間対応で適任だ。それにしても、病人だとはわかってたけど、ただの風邪とかじゃないなら――
「何年も病にかかってるって……治すのがそんなに難しい病気なの?」
これにゼレアさんは表情を暗くしながらも薄い笑みを見せた。
「生まれ付きの病だから、完治させるのは正直難しい。だが新薬や治療法は日々研究されている。治る日は必ずやって来るはずだ」
「お医者様もこの前、身体は悪くなってないって言ってたから、そのうちきっとよくなるわ」
「ああ。完治せずとも、これ以上悪くならなければいいんだ。焦らず、ゆっくり回復していけばいい」
娘の肩をさすって、ゼレアさんはお互いに言い聞かせるように言った。そうか……思ったより重い病気を患ってるんだな。これはますます応援してあげないと。
「リディヤちゃん、あたしと話したかったらいつでも話しかけてね。気遣う必要ないから。朝昼晩、本当にいつでもいいからね。逆にうるさかったら黙れって言ってくれていいよ」
「ナーナはおしゃべりなの?」
「どうなんだろう……今のあたしはしゃべることしかできないから、まあ、そうなのかもしれない」
「静かで寂しいのよりは、おしゃべりなほうがいい。だからいっぱいお話ししよう。私ね、鳥が好きで図鑑とかも見るんだけど、ナーナは鳥って――」
「リディヤ、まだ起きたばかりだぞ。朝食も食べていない。髪だってボサボサだし、おしゃべりは後でいくらでもできるんだ。まずはやるべきことを済ませないと」
「あ、うん、わかった……ナーナ、お話しはもうちょっと後でね。ここで待ってて」
そう言うとリディヤちゃんはあたしをサイドテーブルに戻し、ベッドへ入った。
「そろそろメイド達が来る時間だ。食欲はどうだ?」
「大丈夫。食べられると思う」
「そうか。食べられるだけ食べて、病に耐える体力を付けないとな。それじゃあ私は行くよ。ナーナとおしゃべりするのもいいが、その合間にしっかり休むことも忘れないようにするんだぞ」
ゼレアさんが笑顔で去って行ったしばらく後に、メイドの女性三人がやって来て、リディヤちゃんの顔を拭いたり、髪を整えたり、身支度を手伝うと、ベッドの上に簡易の机を置き、朝食を並べた。パンケーキにサラダに茹で卵……朝から美味しそうなものだらけだな。さすがお金持ちの家だ。メイドに見守られながらリディヤちゃんはそれを完食した。すると横からメイドの一人がコップに入った水と小さな紙の包みを手渡す。受け取ったリディヤちゃんは包みを開き、その中身を口に入れる……サラサラと流れ落ちるのは粉薬かな。そしてすぐに水を飲む。ゴクンと音がしそうなほどの勢いで飲み込むと、リディヤちゃんは不味いと言わんばかりに顔をしかめた。
食器を片付けてメイド達が部屋を出て行ってから、あたしは早速話しかけた。
「毎日薬を飲んでるの?」
「うん。朝と夜、食後に飲むって決まってるの。あの薬、苦くて不味いから嫌いなんだけど、お父様に言われてるから」
「病気の身は大変だね。でも食事は完食したし、元気そうではあるね」
「元気なのは今だけ……たまに、こんなふうに身体が楽になる日があるんだ。だけどそれもすぐに終わっちゃうの。明日か明後日には、またベッドから起きられなくなる……」
リディヤちゃんはよく見ないとわかんないぐらいの、小さな溜息を吐いた。
「歩いたりも、できないの?」
「歩くのは、今もなかなかできない。歩くとすぐに疲れちゃって。誰かに支えてもらわないと、扉までたどり着けないぐらいだよ」
見た目以上に身体は弱ってるのか。ゼレアさんも慌てて駆け寄るわけだ。
「おかしいよね。たくさんおしゃべりできる体力はあるのに歩けないなんて……」
「そんなことないよ。歩く体力は病気と闘うほうで使ってるんだよ、きっと。あたしは、しゃべる体力が残ってくれてて嬉しいけどな。いっぱいしゃべれるからね。……そう言えば、朝食前に鳥がどうとかって言ってたよね。そのお話、聞かせてよ」
「うん……私、そこの窓から外をよく眺めてるんだけど、飛んでる鳥とか、屋根に止まってる鳥を見てたら、だんだん可愛く見えてきて、好きになっちゃって――」
話す声は弱々しくても、好きなことを笑顔で話すリディヤちゃんは生き生きとしてた。あたしはそれに相槌を打ったり感想を言ったりして付き合い続けた。もしリディヤちゃんが病気じゃなかったら、なんてふと思ったけど、そんなこと考えるのは無意味なんだろう。でも病気さえなければ、ほかの子供みたいに友達と遊べたのに……話を聞いてると、リディヤちゃんのことが不憫に思えてしょうがなかった。病気じゃ誰も代わってやれないし、ましてやあたしじゃ、話し相手をする他に何もできやしない。そう言うあたしもなかなか不憫な状況に置かれてるとは思うけど、リディヤちゃんに比べたら大分ましなほうだ。あたしとのおしゃべりで、一時でも病気のことを忘れて楽しんでもらえれば、あたしがここに来た意味にもなるし、それがゼレアさんの意に沿うことにもなる。とにかく話で楽しませてあげる……今はそれだけ考えてればいいんだろう。
話し相手になってから数週間が過ぎて行った。リディヤちゃんは体調に波はあっても、ベッドで横になりながら毎日あたしとおしゃべりした。いろんな話をする中で、鳥の他に犬も好きで、抱き締めてその毛に触れてみたいそうだ。運ばれて来る料理の中じゃ、ビーフシチューと焼き菓子が好物らしい。それが出された日は確かにちょっと目の輝き具合が明るかった。それからさらに数週間が過ぎた頃、あたしに心を許してくれたのか、こんな話を教えてくれた。
「――私ね、好きな子がいるんだ」
「好き、って、恋愛の好きってこと?」
枕に乗せた頭がゆっくり頷く。
「これ、お父様には秘密だよ。……あの窓から、真っすぐ道が見えるでしょ? 夕方頃、あそこを歩いてる男の子がいるの。友達と歩いてることが多いけど、一人でいる時もあって、何か、かっこいいなって思って……」
あたしは窓の奥の道に目をやってみた。確かに通行人の姿は見えるけど、その顔は遠過ぎてよく見えない。
「ここから顔って見えるの? あたしはそこまで見えないけど」
「私もちゃんとは見えないよ」
「見えないのに、かっこいいってわかるの?」
「歩く姿がかっこいいなって思ったの。友達とふざけてても、背中がピンっと伸びてて、ちょっと大股で歩く感じが……」
十一歳でありながら、顔じゃなく歩き姿に惚れちゃうとは、渋い感性だな。
「近くには行けないけど、あの子が見えると、胸が少しだけドキドキするんだ。これってきっと、恋でしょ?」
「そうかもね。見えただけで意識しちゃうなら」
「えへへ……片想いって言うんだよね、こういうの」
リディヤちゃんはいつもとは違う、照れた笑みを見せた。
「ねえ、ナーナも片想い、したことある?」
「あたし? うーん、どうだろう。記憶がないからな……でも、ここに閉じ込められてからはないな」
「そうなんだ……自由になったら、好きな子ができるといいね」
そんな他愛ない話を続けてるうちに、リディヤちゃんは疲れたのかウトウトしてきて、そのまま眠ってしまった。その寝顔を眺めながら、あたしは果たして恋をしてたんだろうかと考えた。まあ、考えたってわかるもんじゃないけど、でも記憶を思い出そうとしてみると、何となくだけど、誰か好きな人がいたような気はする。本当に漠然と、大事に思える人の存在を感じた。前に鼻歌を歌って、あたしが歌を好きだったような気がした時と似てる。それが恋人か片想いかわかんないけど、誰か、気にかける人がいたんだろうな、あたしには……。
その日以降、リディヤちゃんの体調は少しずつ悪くなっていった。食事を残すことが増えて、時には一口も食べられない日もあった。あたしとのおしゃべりも、声を出すだけでも苦しそうにして、そんな表情で眠ることも多かった。だけど本人が言ってたように、たまに元気が戻る日もあって、その時は笑顔を見せてあたしとしゃべってくれた。
「――ナーナは、歌が好きなの?」
「多分だけどね。思い出せないけど、そんな感じがしてるだけ」
「私も、歌は好きだよ……まだ私が、歩けた頃、お父様が素敵なレストランに、連れて行ってくれて……そこで、綺麗な女の人が、すごく上手に、歌を歌ってたの。その人の、名前、今も憶えてるんだ……マグダ・エリアーデさんって言って――」
「マグダ……?」
「ナーナ、知って、るの?」
「え、う、ううん、知らないけど、何か一瞬、聞いたことある気がして……」
「そう……もう一度聴きたいって、思ってたんだけど、お父様にお願いしたら、その人、もう、レストランにいなくて、どこか行っちゃったんだって……」
「それは残念だね。もしかしたら他の場所で歌ってるんじゃない?」
「お父様も、そう思って、捜してくれたんだけど、この街には、いなかったみたい……聴きたかったな……」
仰向いた目が部屋の天井を見つめながら細められる――少女の心をつかむ歌声か。さぞ美しいんだろうな。
「じゃあ元気になったら捜しに行こうよ。まずは隣町とかからさ」
そう言うとリディヤちゃんはわずかにこっちに視線を向けて微笑んだ。
「ナーナと一緒に、捜せたら、いいけど……無理だと思う」
「何で? 病気だから? そんな後ろ向きになってちゃ駄目だってば。薬だって毎日飲んでるんだし、絶対よく――」
「ナーナ、私の、もう一つの秘密、教えてあげようか……?」
「え? まだ何かあるの?」
うん、と小さく頷くと、リディヤちゃんはあたしを見つめた。
「実はね……私、もうすぐ、死んじゃうんだ」
「……は? 何言って――」
「本当だよ。お父様は、隠してるけど、私、寝たふりしてる時に、聞いちゃったの……この病は、かかると、長く生きられないって……お医者様が、言ってた」
「嘘じゃ、ないの? 聞き間違いとかじゃ……」
「お医者様が帰った後、お父様、泣いてたの……寝たふり、してる私に、ごめんって、謝ってた……だから、捜しに、行けないと、思う」
あたしは呆然として、何の言葉も出てこなかった。まだ十一歳の、可能性だらけの未来が待ってて、絶賛片想い中で、幸せになる余白があり余ってるこの少女が、もうすぐ、死ぬ? そんなの想像できないし、したくなんてない。
「私が、寝たふりして、聞いてたこと……お父様には、秘密だよ」
弱く透き通った声が、明るさを装いながらそう言った。
それから半月が経った朝、リディヤちゃんは目を覚まさず、そのまま天へ召された。
コバコのコ 柏木椎菜 @shiina_kswg
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