キミがラストピース

SEN

本編

 人生はパズルのようなものだ。自分が望む完成図に至るため、ひたすらに欠けたピースをはめていく。なりたい職業、目標とする年収、熱中できる趣味、人々を魅了する美貌、広々としたきれいな家……そして、一生を添い遂げるパートナー。


 私、望月麻貴もちづきまきの人生のパズルは、まだピースが欠けている。


「わぁ……さすが社長。いいとこ住んでるね」

「うん。私の理想が詰まった家よ」


 ある冬の日。私は旧友の月島つきしまかぐやを家に招いた。バルコニー付きの2階建て。日光が窓から射し込んでくる開放感。私の声に反応して全ての家電が稼働する利便性。観用植物や花瓶、数百万の絵画が私の心を癒やすヒーリング効果。自室ではアロマをたけるし、広い庭の一角で家庭菜園をしている。優雅な生活を体現したこの空間こそが、私の理想だ。


「なるほど。これでまたピースが1つ埋まったんだね」


 かぐやは私の聖域に足を踏み入れることを許された唯一の人間だ。人生とはパズル。そんな私の人生観に共感した彼女は、私とある約束をした。今日はそれを果たす日だ。


「あとはかぐやだけよ」

「本当に?」

「うそなんてつかないわ」


 私の家の内装を見渡していたかぐやは、私の言葉を聞いてようやく目を合わせた。わざとらしく目を合わせようとしなかった彼女の表情はどこか堅い。まぁ、それもそうか。この約束を果たすことを、彼女は望んでいないのだから。


「かぐや以外、私のピースは全部理まったの。大企業の社長になって年収は億をこえたわ。大好きなサッカーチームのスポンサーにもなれた。メイクとファッションのセンスも完璧に磨いて、美人社長ってテレビに何回も取り上げられた。自分が完璧だと思えるようにいくつも資格を取ったし、身につけたい技術は全部修めた。私はもう私が望む自分になれたの。あとは私が求める誰かを手に入れるだけよ」

「……本当にすごいね。麻貴まきは」


 私の話を聞いて観念したのか、かぐやは張り付けたような笑顔をやめた。今の彼女は、全てから開放されたかのような晴れ晴れとした顔をしている。意外だった。だって、この約束は望まれていないものだと思っていたから。


「私は最後のピースになりたい。最初は断るための口実だったんだ」

「わかってたわよ。それくらい」


 私の恋人になって。そう告白したのが中学校の卒業式のあと。その時に、私の人生のピースを知っていた彼女は最後のピースになることを望んだ。子どもが埋めるにはあまりにも果てしない人生のピース。そもそも生涯をかけても埋まらない可能性だってある。そういう人の方がきっと多い。つまり、あの時の答えはノーだった。


 でも、私は諦めなかった。どの道、私の人生のパズルは完成させるつもりだ。彼女が出した条件は、私の想定よりもパズルの完成を急ぐ必要ができた以外、特に影響を与えなかった。そして26歳の冬、私は彼女が示した条件をクリアしたのだ。


「私の理想なんか実現するわけない。そう思ったんでしょ」

「うん。それに、きっと私にはもっとふさわしい人がいるとも思ってた。だって、麻貴は女の子だったから」


 女同士。昔より多少はマシになったかもしれないけど、未だに偏見はある。それに、かぐやも私みたいな堅い女より、どこにいるのかも分からない王子様を望んでいた。天才アイドルとして輝いていたあの頃のかぐやにとって、まだ何者でもない私で妥協する理由なんてなかった。


「でも、私の輝きは期間限定だった。自分にかかっていた魔法を、自分の力だと勘違いしていたの。だんだんと私の輝きは失われていって、私が夢見ていた完璧な王子様も現れなかった」


 かぐやはだんだんと芸能界で居場所を失っていった。彼女は天才ではなく、早熟なだけの凡人だったのだ。若い頃に不相応な場所に立ててしまった代償は大きく、昔と比較しての凋落を多くの人に笑われた。それでも必死に努力して、今はそれなりの地位でそれなりに稼いでいるようだ。


「……ねぇ、なんでまだ私に固執するの。今のあなただったら凡庸な私よりもっと相応しい人がいるでしょ?」

「相応しい? 愚問ね。社会的身分で一生のパートナーを選ぶほど馬鹿じゃないわ」

「え……だって、麻貴が私を選んだのは、あの頃の私が天才アイドルだったからでしょ? 完璧なあなたに相応しい完璧な相手を探してたんじゃないの?」


 私の言葉に驚く彼女を見て、ようやく認識の違いに気が付いた。あの頃のかぐやは誰もが認めるアイドルだった。今の自分を凡庸と称する彼女は、顔も知らない誰かから与えられた評価を基準にして、今の自分に価値がないと思い込んでいる。若さという眩しすぎる輝きで目が眩んで、自分が見えていないのだ。


「私はかぐやが誰からどう思われてるかなんて興味ない。私はただかぐやのことが好きだから隣にいて欲しいの」

「ただ好きだからって……そんな、私なんかのどこがいいって言うの」


 かぐや以外の望むものすべてを手に入れた私を前にして、いつもよりも卑屈になってしまっている。言葉足らずにただかぐやを望んでいるとしか伝えなかった私にも責任がある。


「あなただけは私を笑わなかったから」


 私は子供のころから今の目標を言い続けてきた。そのたびにみんなに笑われた。そんなことできるわけない。現実を見なよ。そんな言葉を何度も聞いた。両親だって、子供のたわごとだと取り合わなかった。


「笑わなかったって……でも、心の中ではあなたの夢は叶わないって思ってたのよ」

「あなたは言葉にも態度にも出さなかったわ。人生はパズルだって私の言葉にも共感してくれた。私は口下手だから、あなたのそんな態度だけでもうれしかったの」


 かぐやは私を馬鹿にしなかった。ちゃんと話を聞いてくれた。私は一緒にいて楽しい人間じゃないし、目標のために周囲との関わりを最小限にしていたから、友達なんてほとんどいなかった。そうやって孤立していくうちに、自分を無意識のうちに追い込んでしまっていた。そんな私に笑いかけてくれるかぐやは、いつの間にか心の拠り所になっていたんだ。


「かぐやだけが私に笑いかけてくれた。それが好きな理由よ」

「……純粋だね。それだけで私をずっと好きでいてくれるなんて」

「そういうあなたも、この歳まで恋人の一人も作らなかったじゃない」

「それは……」


 私が好きなのはかぐやだけだ。だから、彼女に関する情報は何でも手に入れた。でも、恋人ができたなんて話は一度も聞かなかった。アイドルとして恋愛禁止だった時期は別にいいのだけど、引退して一人のタレントとして活動を始めてからもずっと独り身だった。


「いろんな人と出会ったけど、麻貴くらい私を好きでいてくれる人も、麻貴よりもいいって思える人も居なかったから」

「へぇ、それで待っててくれたんだ」

「私がアイドルを引退したころには麻貴は社長だったもの。本当に昔言ってたこと全部やっちゃうんじゃないかって、信じてもいいでしょ」


 そんなかぐやの微笑みを見て、自分がやってきたことがすべて報われたと感じられた。体中をジーンと駆け巡るようなしびれる感覚は、社運をかけて臨んだプロジェクトが成功して以来だ。


「……いいや、それも全部いいわけだね。私は麻貴のことが好きだったんだ。昔の輝きを失っても、麻貴がいたから私は一人じゃなかった。麻貴がいてくれたから私は自分をあきらめずに頑張れたんだ」


 自分の語りの中でかぐやは本心を理解する。彼女が本心だと認めたものは、今にも彼女を抱きしめたくなるほどの澄み切った想いだった。私の恋心が彼女を支えていた。私を救ってくれた彼女に恩返しができていた。約束を盾に無理やり成就させようとした恋は、想い続けていた時間が両想いに昇華させた。


「私を好きでいてくれてありがとう。私も麻貴のことが好き。待たせちゃったけど、これからよろしくね」


 パチン。自分の人生の最後のピースが埋まる。ここが私の人生が完成。それが子供の私の計画だった。でも、これは終わりじゃなく始まりなんだ。私だけじゃない、誰かと生きる人生の。


「よろしく。大好きよ、私の愛しい人」


 人生はパズルのようなものだ。自分が望む完成図に至るため、ひたすらに欠けたピースをはめていく。そして、一つパズルが完成しても、また新しいパズルを始めることだってできる。始まったばかりの私たちの関係は、まだ欠けたところばかりだ。新しく始めたこのまっさらなパズルを一つ一つまた埋めていこう。

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