後編

 鼻の奥をくすぐる甘い匂いで目を覚ました。今日の朝ごはんはホットケーキかな。と、まだ半分夢の中にある頭に思い浮かんで、自然と目蓋が上がる。

 なんだか不思議な夢を見ていた気がする。もう少しだけ続きを見たい気がして布団の中で寝返りを打つと、そこには昨日まではなかったはずのものが置いてあった。

 赤と緑の大きな袋に、金色のリボン。

 プレゼントだ!

 そうだ、今日はクリスマスだった。サンタさんが来てくれたのだろうか。慌ててベッドから飛び降り、窓際に駆け寄る。

「あっ」

 食べてくれてる。昨日の晩、寝る前に用意しておいたサンタさんのためのおやつが、なくなっているのだ。いや、正確にはなくなってはいない。小魚とアーモンドのお菓子の、アーモンドの部分は綺麗に残されていた。

「そうだ、プレゼント」

 もう一度ベッドに駆け戻り、プレゼントを手に取る。中身はぬいぐるみか何かだろうか、持った感触は柔らかい。口を縛るリボンを解き、袋の中から現れたのは。

 赤と白の帽子を被った、白と黒の生き物のぬいぐるみだ。頭に顎紐の付いたヘルメットを被ったような模様をした、なだらかな流線型のボディ。嘴と足だけは鳥らしいが、羽は羽というより指のない手のようにも見えて、水を掻くオールのような形をしていた。

「ヒゲペンギンだ!」

 あれ? とミユは首を傾げる。どうして今、このペンギンの種類が分かったんだろう。こんな模様のペンギン、初めて見たはずなのに。

 何かを思い出しそうになったが、そこでガチャリと部屋のドアが開いて、ミユの思考は遮られた。

「あら」と顔を出したママが言う。「みいちゃん、もう起きたの」

「ママ!」とミユはドアの方へ駆け寄った。「ママ、見て! サンタさんが来たの」

「あら、よかったねえ。何もらったの?」

「ペンギンだよ。ヒゲペンギン」

「ヒゲペンギンなんて、よく知ってたね」

 ママはそう言ってミユの頭を撫でた後、少し窺うような目で、「ねえみいちゃん?」と言った。

「うん?」

「このペンギン、さ。ちょっと、パパに似てると思わない?」

 ペンギンが、パパに似てる?

 そんなはずないだろうと思って、ミユはぬいぐるみの顔をまじまじと見た。すると目の前に、今までずっとぼんやりとしか思い出せなかったはずのパパの顔が、はっきりと浮かび上がった。顎を縁取るように伸びた無精髭、人を食ったように細く吊り上がる目。その顔が、ヒゲペンギンと重なる。

「ふふっ」

 ミユは思わず吹き出した。確かに少しだけ似ている。でも。

「パパはこんなに可愛くないよ」

「そう?」とママは不満げだ。

「ねえ、それよりママ」

「何?」

「今日、お休みでしょ?」ママは毎年、クリスマスの日だけは休みを取ってくれている。

「そうだけど」

「じゃあわたし、プラネタリウム行きたい」

「でも、今日は映画に行く約束でしょ?」

「あれ、そうだったっけ」

「もう、忘れてたの?」

「なんの映画だっけ?」

「ペンギンの姿をした宇宙人がね、地球を侵略するの」

「えっ」どこかで聞いたことのある話だった。「その話、知ってるかも」

「そりゃあ、パパの作った話だからね」

「えっ、パパの?」

「パパはSF作家だったんだよ」

 そういえばパパは、『僕はただの嘘つきじゃない』とか言っていた気がする。あれ? これはいつの記憶だっけ。

「ねえママ」

「何よ」

「やっぱり今日、プラネタリウムも行きたい。映画の後でいいから」

「どうしたの? みいちゃん今日はわがままだね」ママはそう言いながら嬉しそうに笑った。「どうしてプラネタリウムなの?」

「ペンギン座探すの!」

 ペンギン座なんて、聞いたことはない。でもどうしてか、絶対にあるような気がした。満天の星が輝く、南の空に。

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まんてんホーリーデイ 七名菜々 @7n7btb

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