後編

 かくして、思うところあり、不思議な老婆の助言に従ったわたくしは、その後を大人しく過ごし、極力出掛けぬよう、また出る時には、信頼出来る相手や地位ある相手と行動した。

 何かあった時、事実を証明出来るように。

 隙を作らぬよう注意した。


 わたくしに裏町の薬屋を斡旋した情報屋は、もちろんさっさと切ってある。というより、向こうが先に姿をくらませたのだ。


 月日だけが無為に過ぎ、先方は焦ったのだろう。

 ダナ嬢流産の報が流れたと思いきや、突然、デュラン殿下がわたくしの罪をでっち上げ、婚約破棄を宣言。


 罪状は、"嫉妬からダナ嬢を流産させた"という言いがかりだった。


 あの時の老婆の予見通り。おそらく、デュラン殿下側としてはもっと早くに仕掛けたかったはずだが、わたくしの用心に付け入ることが出来なかったのだと思う。お粗末でガタガタの理由が並べられた。


 場が王宮広間だったことから、わたくしが反論するより先に、同席されていたルイス殿下が"冤罪だ"と言い返した。


 ルイス殿下は、くだんの情報屋を捕らえていたらしい。情報屋は、デュラン殿下の回し者だった。


 国王陛下の御前で数々の証拠を披露しながら、 兄であるデュラン殿下を逆に追い詰めたルイス殿下は、ダナ嬢の妊娠が虚偽だったこともあばき、彼女はそのまま牢屋へ。


 対するデュラン殿下の言い訳は、苦し紛れで破綻しており、国王陛下は家臣一同の前でデュラン殿下を断罪した。


「無実の公爵令嬢に罪を着せようとするなど、言語道断。家臣からの信頼と忠誠を損ねる行いであり、また、身勝手な婚約破棄で王命にそむくなど、もはや王子としては扱えぬ。王家から除籍し、諸々の権利をはく奪するものとする。処遇は追って沙汰するゆえ、それまで部屋で謹慎しておれ」


 国王陛下の言葉に青ざめたデュラン殿下は、慌ててわたくしに持ちかけた。


「っ、な、なあ、イーディス。きみは俺のことが好きだろう? このままだと、今までのように俺に会えなくなってしまうぞ? 父上とアドラム公爵に取り成してくれ。再び俺と婚約したいと願い出るんだ。そうすれば公爵家の婿に入ってやる」


 わたくしは呆れ果てた。よくもまあ、罪を着せようとした相手に対し、厚顔に物を言える。

 それに我が公爵家には、ちゃんとした跡取りがいる。


 心を決めると進み出て、デュラン殿下と向き合った。


「殿下の要求にお返事する前に。ひとつだけ確認したいことがございます」


 わたくしは、デュラン殿下の瞳を見る。

 

「昔、わたくしが病の床に就きました時、殿下はお見舞いにお花を届けてくださいました。回復したわたくしがお礼を申し上げると、気に入ったのなら何より、とそう仰せになられましたが、覚えてらっしゃいますでしょうか?」


「あったか……、そんなこと。まあ、あったのだろうな」


 "侍従が気を利かせて手配したんだろう"、ブツブツと殿下が呟く。


「──では、どんな花であったかは?」


「いちいち覚えているわけがない。だが王子たる俺が贈るのだ。王都一の花束を用意したに違いない」

「……名もなき野の花ということは……?」

「あり得ぬ」

「さようでございますか」

「確認したいこととは、そんなことか?」

「はい。お答えくださり、有難うございます」


「では早く俺を助けろ! 復縁を望め」


「お断り申し上げます」


 くままに強要してくるデュラン殿下を、わたくしは突っぱねた。


「なに?!」

「先ほどのお返事で確信しました。わたくし、恋心を捧げる相手を間違えておりました」


「は?」

「わたくしのデュラン殿下への思いは、断ち切らせていただきます。互いに縁がなかったものと、今後は別々の道を歩む所存でございますれば、これにて失礼させていただきます」


 最後の礼として丁寧に、ドレスを広げて膝をかがめた。


「きさま、公爵家の分際で──。そうか、弟に寝返ったな! あいつはお前を慕っていたからな! この、欲にまみれた尻軽め!」


「黙って聞いておれば……。見苦しいぞ、デュラン!」


 デュラン殿下の暴言を、国王陛下の一喝が遮る。


「衛兵、この恥知らずを連れていけ! デュランよ、そなたには失望した。沙汰は厳しいものになると覚悟しておけ」


「父上、そんな! 俺はめられたのです! 狡猾な弟と、そこの女狐に──」


 雑言を残しながら、デュラン殿下が衛兵によって退室させられる。

 最後まで暴れ狂う、醜態を見せられたのだった。


(はぁぁ。わたくしはなぜ、あんな人と間違えていたのかしら)


 疲れた思いで溜め息を落とし、顔を上げるとルイス殿下と目が合った。

 途端にぽっと顔が火照ほてる。


 その後、騒ぎが収拾されて、事情聴取やらあれやこれや。

 一息つける頃には、すっかりくたびれ果てていたけれど、そんな中、ルイス殿下と隣に並ぶ機会があった。


 部屋にふたりきりになったタイミング見計らい、わたくしはそっと礼を述べる。

 非公式の場だ。"兄の婚約者"という立場ではなくなったけれど、話しかけても許されるだろう。


「今日は庇ってくださり、有難うございました。それに昔、お見舞いのお花をいただきましたことも」


 驚いたように、ルイス殿下がわたくしを見る。


「申し訳ありません。ずっと、勘違いしていたのです。殿下が贈ってくださったと気付かず、お礼を申し上げるのが遅くなってしまいました」


「いや……、いえ、僕も名乗らなかったので、あなたが謝られることでは……」


 戸惑うように顔を逸らすルイス殿下の耳は、ほんのり赤く染まっている。


「ご配慮くださったのでしょう? あの頃、わたくしはすでにデュラン殿下の婚約相手。だから殿下は、名乗るのを控えてくださった」


 名乗らなかったのではなく、名乗れなかった。


 私の側仕えにも、殿下ご自身が口止めされていた。わたくしが困るといけないから、聞かれても名を告げるなと。

 それで「王子殿下」とだけ伝えられたわたくしは、思い込みから間違えてしまった。


「それに、子どもが摘む野の花で」


 恥ずかしそうに殿下が言う。


「わたくしはとても、慰められました」

「あっ、うん……。喜んでくれてたなら、嬉しい……です」


(くっ、何、このカワイイ生き物は!!)


 不敬だから口には出せないが、二歳下のルイス殿下は、まだ十六。

 少年の面影が残る素直な仕草には、得も言われぬ魅力がある。


 

「それに、有難うございました。おかげで疑念を抱かれるような行動をせずに済みました」


 弾かれたように、殿下がわたくしを凝視する。


「脚本は、殿下ご自身が? 老婆に変じる魔道具などをお持ちなのですか?」

「な、なぜ──」


「最下層の老婆は、フゼアの香りなどしませんもの」

「ああっ!」


 途端にルイス殿下は天を仰いで、手で顔を覆っている。可愛い。


 わたくしはあの不可思議な出会いの後、その場に残った香りとブレナンの様子から、推測を立てた。


 ブレナンは老婆がえなかったのではない。をしたのだ。

 そしてわたくしの行き先は、護衛であるブレナンには伝えていた。

 彼はもともとルイス殿下の騎士。


 つまりルイス殿下を主君と仰ぎ、主命のままに派遣され、わたくしの護りにいていた可能性が高い。

 カマをかけると、ブレナンはわたくしが欲しい反応をくれた。それでパズルは解けた。



「その節は本当に失礼しました。驚かせたことと、手に触れてしまった無礼をお詫びしたい」


 ルイス殿下が慌てた様子で、すぐに謝罪の言葉を述べられる。


「あなたは兄上を慕っているし、とても真面目な方なので、僕から彼の計画を伝えたら、更に悩まれると思ったのです」


 どちらの王子につくか。聞いた話をデュランに伝えるべきか否か。


 余計な気を揉ませると判断されたらしい。


 それで老婆に変じて、わたくしを止めに来た。

 わたくしが、傷つかないよう。わたくしが、罠に嵌められることのないよう。

 わたくしを、守るために。


 そのお心を噛み締めつつ、あえて茶化すように軽く返す。


「存じ上げませんでした。殿下があんなに、演技上手だったなんて」

「ああああ、忘れてください」


 悶えながらもルイス殿下は、種明かしをしてくれた。


 老婆に変じたローブは、王家の秘宝だという。

 着用している間、自分の姿と、もっともかけ離れた存在に変わる。


 それで若く高貴な殿下は、最下層の年老いた女になっていたのだと知った。


 ただの貧民では、わたくしが耳を貸さない。だから"未来さきの世から来た"と告げて、用件を聞かせた。

 さすがのルイス殿下だった。



「あなたは決して使わないでください。可憐な方だから、屈強な益荒男ますらおになってしまうかもしれない」

 

 想像でもしたのか、案じるように殿下が言う。


「ええ、ええ、王家の秘宝に触れる機会も、使う機会はありませんわ」

「でも王室に入られたら、きっと説明を受け──」


 はっ、としたように殿下が口をつぐまれる。


「その、今申し上げるのは卑怯なので、いつか……。いつかあなたの心が落ち着かれたら、僕の想いを聞いていただいても良いですか?」


「大丈夫です。お気遣いいただきましたが、わたくしの心は落ち着いています。お花の真の贈り主が、誰だかわかった時から」


 わたくしは、ルイス殿下を見つめた。


 デュラン殿下の冷たい態度と一致しなかった疑問が氷解した時から、わたくしの気持ちはルイス殿下に向いている。

 ゲンキンだとはわかってはいるが、やはり自分を好いて、大切にしてくれる人を選びたい。




 後日、国ではデュラン第一王子の廃嫡・追放と、ルイス第二王子の婚約が報じられ、彼は、公爵令嬢イーディス・アドラムと結ばれる旨、布告されたのだった。


 なお、こっそり王家のローブを羽織ったわたくしが、少年の姿になると判明したことは、ルイス殿下には秘密だ。

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わたくし、恋する相手を盛大に間違えていました。〜婚約していた王子殿下が、私を嵌めようとした結果。 みこと。 @miraca

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