第7話 10年引きこもってたせいで誰も知らなかった弟が天才だった件 接続編


――――――――――


 僕の生まれた所はとても寒い所だった。だけど僕自身はぜんぜん寒くなんてなかったよ。少なくとも生まれて暫くの間は……


 だって僕の周りには、僕と同じくらいの大きさの……暖かいモフモフ(それが僕の兄弟だと分かったのはもう少しあとだ)がたくさん居たからね。


 何だか大きなモフモフ(僕のお母さんだね)のそばでコロコロしながらずっと眠って過ごしてた時は、僕の生きて来た中で最高に気持ち良かった思い出だよ。


 本当はもう少し話したい事もあるんだけど……今はそんな時間は無さそうだから少し簡単に話すよ。


 最初に起こったのは……僕らの群れが住む森が無くなっちゃった事だ。お母さんが“絶対近づいてはダメ”って言ってた生き物が次々と木を切って行ってね……僕らの群れは簡単に森を追い出されちゃった。


 それから……色んな事があったよ。


 森の外でカクカクしたを見つけてからは特にね。


 あのを齧ってからの僕は変な事が出来る様になった。


 身体を出来る様になったんだ。


 僕は兄弟の中じゃ小さい方だったんだけど……その日からは僕の事を邪魔者扱いする仲間は一人もいなくなった。


 でもね……それから僕は仲間とハグレちゃったんだ。大きくなれるからなんとか生きて来れたけど……仲間や母さん達とはそれきりさ。


 ……でも大丈夫。


 そのうち必ず見つかるよ。だってみんなの匂いはちゃんと覚えてる。色んな所を探して……随分遠くまで来ちゃったけどね。


 それに……なんだか予感がするんだ。今はちょっと口の周りがしてるけど……


 なんかさっきじゃれてたヤツからは……がしたんだよ。


――――――――――


「そうやな……犬の躾は最初が肝心やからなぁ」


 えっ?


 深夜……いやもう明け方が近い港湾ブロックに作業員が居る筈が無い。私達は揃って声のした方向に振り向いた。


「誰だ。ここは立入禁止区域だぞ」


 声が聞こえた方向に立ち塞がった祐也が大きな声を……出したつもりなのだろうか? さすがにそんな小さな声じゃ不審者にだって聞こえないんじゃない?


「誰? ここは立入禁止よ!!」


 祐也に代わって大声で誰何する。私の意図が伝わったのか……祐也は余計な事を言わずにスーツのフェイスガードを戻して顔を隠した。


「おっと……そら堪忍。立入禁止キープアウトの看板見逃しとったんや」


 夜明け直前、コンテナの影から出てきたのは、フライトジャケットを来た……ドレッドヘアの男だった。この暗がりでわざわざゴーグルを掛けた男は、どう見ても軍人には見えないが……それ以外のの人間にも到底見えない。


 端的に言えば……“最大級に怪しい”だ。


「それはそうと……そいつ、ほっといてええんか?」

 

 私達の警戒心がこもった視線も何のその……男は初対面とは思えないほどフレンドリーな調子でを指さした。


「えっ?」


 なんと……だらしなく口から舌を垂らして伸びていた人狼が……??


「何これ?? もしかして?」


 たった今まで、体高2.5Mは下らない大きさだった人狼が……縮んでいってる??


『驚いた……まるで成長過程の映像を逆回転させてるみたいだ。体毛まで縮んでるよ?!』


「はーん……なんや、まだガキやないか」


「狼……にしては小さいわね。でも犬にしては顔つきが精悍すぎる……って?? あなた!?」


 ほんの少し……私と祐也が人狼に視線を向けた一瞬。


 いつの間にか……謎の男が人狼を覗き込んでいた。


『いつの間に??』


 背筋に“氷水”を流し込まれた気分だった。


 彼の動きが素早い? いやそういうではなかった。そもそも、足音や衣擦れなんかの気配は素早く動こうとするほど大きくなっしまう。さらに……当然には空気の移動も発生する。


 例えばここに居るのが特殊な訓練を受けていない一般人だとしても……人間の感覚は思ったよりずっと鋭い。


 ほんの僅かな空気の流れすらも感じさせずに、すぐ隣に……ましてに移動するなんて……絶対に不可能だ。


『おまえ!』


 焦りにも似た声……祐也も“私と同じ得体の知れないモノ”を感じたのかも知れない。


 祐也はその場で男を取り抑えようと掴み掛かった。


「なんや、顔隠しとったら喋れるとか……どんなシャイボーイやねん?」


『うるさい!』


 スーツを来た祐也の能力がどれほどの物か……私には正確に測る術はない。ただ非常にざっくりと表現するなら……今の祐也は超人と言っても差し支え無いだろう。


 ― ヒュパンッ ―


 その祐也が……男を捕まえようとした腕を逆に掴まれ、なんて??


 ― ズンッ ―


「うん?? なんや……けったいなやな。おっと……悪う思わんといてや? 仕掛けて来たんはそっちや……」


 柔術……いや合気かしら? 男は明らかに自分より膂力がある筈の祐也の関節を極めて動きを封じていた。が……


『そっちこそ……そいつ人狼がどうして僕に負けたのか見てなかったのか?』


 祐也の関節を固めていた関西弁の男は、何かを思い出した様に慌てて手首を離そうとしたが……


『遅いね』


 祐也の手首付近のスーツが、男の手を……離さなかった。


 ― バシンッ ―


「ガハッ!?」


 乾いた音と共に放たれた電撃に……男の身体が不自然に強張る。


 ― バッ ―


 驚いた事に……関西弁男は、あの人狼すら前後不覚の状態に追い詰めた電撃に意識を保ったまま耐えた……だけでなく、数歩の距離を飛び退ってみせた?!


「おおっ……キッツ……油断……大敵やな。まさかで電撃を使えるとは思わんかったわ」


『……たしかに“充電電力のみの電撃”はかなり威力が落ちるけど……それでも人間が耐えられる威力じゃないぞ!』


 男の手首には……人狼が縮んだせいで足元に落ちていた筈のリードが巻き付きいていた。しかも……


『あの一瞬でリードの逆側をフェンスに絡めて電撃を逃がしたのか?……あんたいったい何者だよ?』


 男は、無言のまま少しふらついて……腕に巻き付いたリードを外しその場に捨てた。さすがに電撃全てを訳では無かったのか……


『答える気は無いと……だが只者じゃないのは間違い無い』


 祐也が男の体制が整うのを待たずに取り押さえようと一歩踏み出した瞬間……


「ちょう待ち!」


 ドレッドの関西弁男は両手を突き出して“まぁまぁ……”というジェスチャー??


 そんなもの無視すればいいのに……絶妙な“間”を取られた祐也は、思わず踏み出す事に躊躇してしまった。


 それを見た男は口元をニヤっと歪めて……


「まぁそうツンケンしーなや……な? ワイは義理がけの依頼で、ちょっっとそこのワン公を探しとっただけなんや。ほんまはワイの生業は人(?)探しとはちゃうんやけどな。まあ、銭とプライドを秤にかけたら銭が重たいご時世や。悪いけど……黙っ〜てそのワン公譲ったってや?? なっ? このとーりや!」


 さっきより更に早口で……自分の事をまくし立て始めた。男はさも自分が困ってるかの様にペコペコと頭を下げるが……言動が軽すぎて逆にが凄い。


『断る』


 祐也も私と同じ感想を抱いたのか……まあ、当然の反応を示した。


「即決かい! ちょっとくらい悩んだふりしてもええんやで?」


『あんたみたいな怪しい奴に大事な手掛かりを渡せるか!』


「ほーん……手掛かりなぁ……それは……?」


 そういった関西弁男は……自分のゴーグルの右眼を指差した。そこには……


『……まさか……アンタも使用者コンシューマーなのか?』


 ゴーグル越しに浮かび上がったのは……祐也の掌や、人狼の背中に浮かんだ形と同じ?!


「図星か……どや? ここは一つ“フェア”な取引といこうや? あんたがそのワン公渡してくれたら、こっちが握っとる“スキルキューブ後天性能力発現物質”の情報……くれたってもエエで?」  


「……」

 

 息を飲んで沈黙する祐也……


「あなた……一体何者なのよ? どうやってこの“人狼”の事を知ったの? もしかしてあなた“相互組合ユニオン”の関係者……いやもしかしてアナタ自身がメンバー……とか?」


 沈黙する祐也に代わって今度は私が男に疑問をぶつけた。あまりにも得体の知れない男だったが、たとえ答えが無くとも反応が見れれば……

 

「まぁ……ワイはユニオンとは“ツーカー”の仲……っちゅうとこやな。あ、勘違いしたらあかんで? 別に仲良しっちゅう意味や無い。まぁ、アイツラとは腐れ縁……ちゅうとこや」


 あっさりと関係を認めた? こんな口の軽い男が関係者とは……“相互組合ユニオン”って……


『そうか……それなら「アンタと仲良くなってから“相互組合ユニオン”の話を聞かせてもらう」ってのはどうかな?』


 祐也が一歩前に出た。変な間を取られて調子が狂ったが……彼がどれほどの達人だろうと、実際の格闘能力なら祐也こちらの有利は動かない筈だ。


「さよか……ほんなら……」


 男の声が一段低くなる。これはあれだ。犯人逮捕の瞬間、最後の抵抗をしようと試み……


「しゃーないな。ワイは帰るさかい……後は頼むわ」


 …………は?


 そう言った男は……その場で回れ右をして、最初に現れた方向に帰って行く!?


『待て……いいのか? コイツに用があるんじゃ……』


 なんというか……最初から最後まで言動が胡散臭すぎる。


 祐也は男の事を警戒しながら呼び止めた。祐也のスーツがかどうかは棚に上げるが、法的にはこの場所エリアの責任者は祐也なのだ。不法侵入者である関西弁男を取り抑えても言い訳は立つ。


 だが男は振り向きすらせずに、手をヒラヒラさせながら薄暗がりに向かって歩いて行く。一瞬、むっとした祐也が一歩前に出ようとした……その瞬間。


「……やめとき」


 ????


 男は何の気負いも無い口調で私達の行動を止めた。さっきと同じく絶妙な間で……


 だけど……今の言葉には。その証拠に、さっき突然私達の間に現れた時とは比べ物にならない“冷たい何か”が……背筋を這い回っている?!


「まぁ、焦らんと……ソイツのこと頼むわ。その内コッチからなんぞアプローチあるやろから……まあ、ゆっくり待っときや。なっ?」


 男がそう言って暗がりの中に消えるまで……私と祐也は、その場から一歩も動けなかった。


「どうする?」


 私は、男が消えた暗がりを見つめつつ……祐也に問いかけた。


『今は……放っておこう。なんと言えばいいのか……あの男は


 具体的に何かをされたわけじゃない。厳密には投げ飛ばされはしたが仕掛けたのはこっちだし……


「そうね……同感。それに今夜は色々あり過ぎてもうクタクタよ。とりあえず、この子を連れて一端帰りましょう」


 私はいつの間にかスヤスヤと寝息を立て始めた子犬(子狼?)をそっと抱き上げた。う〜ん……見た感じはハスキーあたりの幼犬と変わらない。この姿からはとてもあの怪物の正体だとは想像出来まい。


 ― カシュッ ―


 祐也のフェイスガードが開いた。


「姉さんはそいつが怖く無いのかい?」


 祐也はそう尋ねながら新しい首輪を掌から生成(?)して……私の腕の中の幼犬に装着した。

 

「そうね……あんな姿を見てるからね。全く怖く無い……とは言えないわね」


「そうか……そうだね」


 ? 何でそんな悲しそうな顔してんのよ?


「ただ……この子があんな姿になるのは、その“スキルキューブ”って物のせいで……つまり今のこの姿が、この子の姿なんでしょ?」


「……多分ね」


「だったら問題なし! 犬だか狼だか知らないけど……こんなガキンチョにビビってたら刑事なんかやってられないわよ!」


 ― クスッ ―


 ん……? なんで笑ってるのよ?


――――――――――


 結局……あの子(呼び名が無いと面倒なので仮にポチと読んでいる)は不動家うちで面倒を見ている。たまに祐也が連れ出しては検査したり色々してるみたいだけど……聞いた限りでは初めて会った夜以来“人狼”には変身していないらしい。


 祐也は“スキルキューブ”の研究が思った様に進まず(後で知ったのだが、あののアンダースーツは、普段でも僅かに漏れる磁力を“消磁”する特別な品らしい)少しがっかりしている様だが……


「まあ……今の所はそれほど困ってはいないからね。暫くはあの下品な関西弁男の線を追って見るよ」


 と言っていた。


 そして……当のポチは、我が家を“しばしの安息の地”と定めたらしく私と母に餌を与えられながら、毎日お供祐也か私を連れて家の周囲をパトロールして生活している。


「あなた……けっこう図太いわね」


 自分の縄張りを主張しながら……悠々と歩くポチ。私にはまだだが、祐也が散歩に連れて行くと明らかに子分扱いらしい。


「バウッ」


「あんた本当にあの時の狼男なの? 結局、父さんの事も、スキルキューブやユニオンの事も分からず仕舞いか……アプローチなんて本当にあるのかしら?」


 ふう……こんな事を狼(犬?)に言っても……


「バウッ」


 もしかして……慰めてくれたのかしら?


 ― 終劇 ―

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彷徨える関西人 鰺屋華袋 @ajiya

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