第6話 10年引きこもってたせいで誰も知らなかった弟が天才だった件 後編

 ― ヒュォウォォォ…… ―


 理解はしている……現実の私が、エアコンの効いた軽トラックに居る事は理解している。


 それでも……祐也の視界と、耳に伝わるは私の全身からを容易に消し去ってしまった。


 それほど、視界に映る“自由落下の映像”と聴覚に訴える“風切音の速度感”の組み合わせは……強烈なとなって脳内に警報を鳴り響かせた。


「祐也!!」


 私の三半規管が感じたは、全身に悪寒を走らせ、無意識に弟の名を呼ばせたが……


『大丈夫!!』


 ― ズㇱャンンンン………… ―


 祐也から返って来たのは簡潔極まりない返答。そしてゴーグルに映るが……地面で急速に、そして速度を落とした?


「今のは何? 祐也!! 大丈夫なの???」


『ごめん……驚かせたね』


 どうやら問題は無いらしい弟の返事に……強張った身体から力が抜けた。


「馬鹿!! 急に何て真似するのよ!!」


(これは、キチンと改めさせないと……いつかかも?!)


 胸中に瞬間的に湧き上がった大きな不安……だが、祐也は私が小言を言うよりも早く走り出していた。


『先に説明しておくべきだったね……今のはマイクロマシンで構成された外骨格が、着地の衝撃を高速で減衰・分散したんだ。この高さなら問題無い事はテストデータで知ってたから……』


 若干……言い訳がましい説明。私は怒りよりも呆れを感じてしまった。


「あなたねえ……」


 彼の視界を共有しながら、私は弟に対して本格的な危惧を抱いた。普通……大丈夫だと解ってるからといって、あの高さから事など出来はしない。


 思えば、少年だった祐也がなんて選択肢を取った事もだ。


 父の死を間近で目撃した衝撃と動揺を“明晰な頭脳”で抑え込んだとしても……その後の少年時代を“効率だけを最重視”して、引き籠もりを選択するなど……“普通の子供の思考”ではあり得ない。ただ……


「あなたがどんなつもりでそのスーツに“オペレーター”なんて物を用意したのか分からなかったけど……あなた自身は無意識に気付いてたのかもね」


『……何をだい?』


「自分には“安全装置ブレーキ”が必要だって事を……よ」


『それは……否定出来な……』


 ― ガズッ…… ―


 不意に祐也が向かう方向から“今まで聞いた経験の無い性質の音”が響いた。


 当然、同じ音を聞いた祐也は急減速。と、同時に“音の発生元”であろう場所に向けて……物陰から指先を突き出した?


 ― ブンッ ―


 どこかゲーム的な作動音エフェクトサウンドと同時に、視界の端に物陰の向こうの映像が浮かぶ……??


『……解像度はまぁまぁってとこだね。夜間性能は要改良……居た!!』


「確かに効果的だけど……なんて所にカメラコーナーアイを仕込んでるのよ」


 私は、彼の“独特なセンス”が詰め込まれたスーツに呆れながらも……視界に現れた小窓ワイプを注視した。言いたい事は多々あるが、今は件の“食糧倉庫リーファーコンテナ荒らし”の方が重要だ。


 そう思い直した私は、改めてゴーグルに表示された映像を見直したが……


(??)


「……ねぇ祐也。私、ちょっと疲れてるみたいなの。あのコンテナの蓋……様に見えるんだけど?」


 冷蔵・冷凍機能が搭載された高価な輸送・一時保管コンテナの蓋は……“飴細工でも無理だろ?”というほどにてその場に転がっている……様に見えた。


 そしてその奥には……チルドに保たれた宙吊りの肉を物色する一人の巨漢(?)の影が薄っすらと……


『やっぱり……彼の肩甲骨の間あたりを拡大するよ』


 ゴーグルに表示された映像が即座に拡大されていく。一瞬、ピントが狂ったがすぐにが画面の中心に映しだされた。


 ……形だけで言えば立方体を斜めから見た形だった。


「ちょっと……何なのよあれ?」


 私は……自分が口にした疑問が適切じゃない事は自覚していた。何故なら……あそこに見える存在(?)が何なのか。おそらくフィクションに慣れ親しんだ日本人なら殆どが知っている存在だったからだ。


『グルルル?』


 ただ……知っているからと言ってが存在するものなのか……


 こちらの気配を察したのか、扉を引き千切られたコンテナから出てきたのは……


「冗談じゃないわ。ハロウィンはまだ随分先よ?」


 銀灰のが巨体を覆う……狼?? いや、とは違うが……あれはしっかりと二足歩行で歩いている。という事は……


『人狼、狼男、獣人……呼び方は様々あるけど……まさか実在するなんてね。しかも“スキルキューブ”の使用者コンシューマーを表す刻印を持ってるなんて……?』

 

「それよ……ねぇ、その“スキルキューブ”って、いったい何なのよ?」


 祐也が語った話の内……彼自身が携わった投資や経営、マイクロマシンの開発や……100歩譲ってユニオンの存在まではまだ。普通に暮らす人達からしてみれば、幾らか怪しげで胡散臭い話とは言え……まだ話でもない。


 だが……“スキルキューブ”だけは違う。


 私は当然見た事もないが、少なくとも祐也はその実在と……おそらく父の死にも、その“スキルキューブが大きく関わっている”と確信している。


(何故?)


『ごめん姉さん。その説明は後にし……』


 突然だった。ワイプの中でキョロキョロしていた狼男が画面から消えたのは。



 ― グロロルロルッ!! ―



 ――――――――――


 ― ドンッ ―


 人狼が視界から消えた次の瞬間。


 僕の手を牙だらけの口に咥えた人狼は、そのまま首を


『冗談だろ……スーツだけで100kg以上だぞ?!』


 口に咥えた獲物は200kg近いというのに? 奴は“ぬいぐるみを弄ぶ犬”の如く僕を振り回した後……軽々と地面に叩きつけた。


 ― ドズッ ―


 スーツにインストールされている“姿勢制御アプリ”のおかげで受け身を取る事は出来た……が、


『ガハッ!』


 スーツをした衝撃が、僕の体内に存在した空気を絞り出そうとしてくる……やはり完全にする事は不可能か。


(クソッ、コイツスーツの減衰性能で“衝撃を殺しきれない”とは……?!)


 ― グイッ ―


 で判断したのか……を仕留めきれていない事を悟った人狼は、もう一度首を大きく持ち上げようとした。


「祐也!」

 

 姉さんの悲痛な声が……僕の耳元を震わせた。


(不甲斐ない! こんな心配を掛ける為に姉さんを連れて来たのか!? 違うだろうが!!)


『大丈夫!!』


 姉さんに精一杯の声で無事だと伝える。確かに人狼のスピードと攻撃方法には面食らったが……


『何度も同じ手を喰らうかよ!! このスーツを舐めるな!』


 瞬間、奴が咥えこんで離さない僕の手が淡く輝き……を、口から直接た!!


 ― ギャヒンッ?! ―


 奴の悲鳴と共に牙から開放された僕は、奴が勢いのまま宙に放り出された。が、スーツの“姿勢制御アプリ”は、完全パーフェクトに自分の仕事をこなし……僕をから、地面に降ろしてくれた。


 一方、だらしない悲鳴を上げた人狼は、まだ両手で顔を覆って転げ回っている。びっしりと毛の生えた両手で顎や鼻を撫で回している所を見ると……


『電気ショックをのは初めてか? どうだ……30万ボルトの味は?』

  

 僕は、精一杯の虚勢を込めて啖呵を切った。正直に言えば、今回はスーツの“衝撃減衰機能”のおかげでなんとか怪我をせずに済んだが……スーツのである僕の身体の強度は常人とさほど変わらない。


 あのまま振り回されでもしたら……慣性の法則でブラックアウト意識消失を起こしてもおかしくなかった。だが……


『先手を取られたのは迂闊だったが……今度はこっちの番だ。ちょっとばかり手荒くなるが……。お前貴重なデータだからな!!』


 僕は……スーツの耐えられる限界まで宿


 僕の両掌から……マイクロマシンの隙間を抜けたの光が浮かび上がる。


「祐也!!」


 その様子をゴーグル越しに見ていた姉さんが思わず僕の名を読んだ……


『大丈夫だよ姉さん。昔……父さんと僕がを受けたあの時。父さんは自分が持っていたスキルキューブを僕の両手に握らせた。何がスイッチだったのかは分からないけど……僕の身体はスキルキューブを受け入れてズタズタになった体組織を瞬時に回復させた。もっとも……キューブの影響はズタズタになった身体を回復させるけどね』


 僕の掌から溢れる光が……高密度の磁力線となって周囲に磁界を形成する。同時に、マイクロマシン内部に形成された受電コイルが、


 マイクロマシン単体が生み出す駆動力はチリ一つを動かす事も出来ない程の出力だが………


 総数が兆を越えるマイクロマシンの駆動力が位相を揃えて発揮する力は、200Kgを越える体重をものともせずに体高2.5Mを超える怪物を飛び越えさせ……瞬間的にこちらを見失った奴は、何らの抵抗も出来ず僕に羽交い締めされた。


「ギャワン?! ギャホゥッワワン!!」


 突然背後から捕まった事で驚いた奴は地面を転げ回り、奴の首を掴んだ僕を引き剥がそうと藻掻いたが……


 僕は熟練の格闘家の様に奴の首を二の腕に抱え、こっちを振り落とそうと躍起になった怪物のを問答無用で締め上げる。


『お前がどんな動物でも……脳に酸素が行かなければ意識を保つ事は出来ないだろう? 暫く大人しくしてもらうぞ!』


 人狼の首周りは、元々が四足歩行動物の特徴である分厚い筋肉に覆われていたが……僕がまとうスーツは、その気になればこいつの首を事すら可能だ。そしてこのまま再度の電気ショックを喰らわす事も……


 その電気ショックの影響から脱した人狼は、状況を悟った最初こそ暴れて僕を引き剥がそうとしたが……


 ― バチッ ―


 耳元でスパーク音が鳴った瞬間……尻尾を巻いて小さくなってしまった。


 同時に、弛緩した首は脳内に血流を確保出来なくなり、伝説の怪物は口からだらしなく舌を垂らして……意識を失った。

  

『ふう……捕獲完了。ありがとう姉さん』


 ――――――――――

 

 私は、ゴーグルを一旦外してから、軽トラを人狼を捕獲した所へ移動させた。地面に横たわる巨体の側には、ゴツい金属質のスーツが立っていて……


「祐也! 大丈夫なの?」


 軽トラを停めて飛び降りた私に、弟はスーツの顔面の周囲を開いて……素顔で私を迎えてくれた。


「やあ姉さん……心配させてごめん。なんとか捕獲は完了したよ」


 本当に申し訳無さそうに……私に謝罪する弟の顔と……幼かった私との約束をすっぽかした父の面影がだぶった。


「もう……勘弁して欲しいわ」


 何とも言えない彼の表情から目を逸らした私の視界に……祐也の足元に横たわる怪物が飛び込んで来た。


 完全に意識を失った人狼の首には、祐也のスーツに似た質感の首輪(?)が巻かれていて……そこから伸びるは祐也の手に握られて……?


「スーツの一部を変形して作ったんだよ。流石に野放しには出来ないからね」


 肩を竦めた祐也が“何か他にいい手がある?”と、言いたげな顔をしてみせた……その時だった。


『そうやな……犬の躾は最初が肝心やからなぁ』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る