第5話 10年引きこもってたせいで誰も知らなかった弟が天才だった件 中編

「捕獲?? いったい何を捕まえるって……」


 ― バッ ―


 目の前に拡がった掌は、そのまま人差し指だけが彼の口元に添えられた……って、今気付いたけどその掌のは何?? 手袋でもしてるの? 


「すまない姉さん……ゆっくり説明してる時間は無さそうだ。これから先の事は説明するから……少し下がって、僕が合図したらを掛けて欲しい」


 そう言った祐也は、パーカーのポケットから少しゴテゴテしたゴーグルを取り出して私に手渡した。


「しながら?? いったいどういう意味……」


「まずいな…………」


 祐也は慌てた様子で耳の辺りに手を当てている。……イヤホンでもしているのかしら? 


「ごめん姉さん。今は本当に時間が無さそうなんだ。僕がした後は、そのアイウェアが視界を共有してくれる。内蔵された骨伝導スピーカとマイクはテスト済みで小声でもクリアな会話を約束してくれるから……あとは、もう少し下がってくれれば大丈夫!」


 祐也の説明は要領を得なかったけど……焦りの様な物を滲ませる祐也の言葉に、私は慌ててその場から後退りした。


「ありがとう姉さん」


 私が離れたのを確かめた祐也は、羽織っていたパーカーをその場に脱ぎ捨てた。街灯から離れた薄暗い路地には月明かりしか視界を助ける灯りは無かったが……


「ちょっと祐也……あなた、どうしてそんな格好してるのよ?」


 薄暗がりの中でもぼんやりと見える祐也の姿……祐也はパーカーの下に身体に密着するアンダーウェアを着込んでいた。メタリックなラインが無数に走るその服は長袖になっていて、袖先はそのまま掌までをきっちりとカバーするデザインになっている。


 パーカを脱ぎ捨てた祐也は、次に首元にダブついていた襟を伸ばし……最後には目元以外、ピチピチのアンダーウェアに完全に覆い尽くされてしまった。正直……見た目はお笑芸人の“全身タイツ”その物だ。


「そんな格好……か、酷いな姉さん」


 私の感想に……唯一見える目元に苦笑を湛えた祐也は、それ以上何も言わず、得体の知れない機器がと詰まったコンテナの中身に触れた。


「システム起動準備……アクセスコードY.A.20xx1336xxx」


『アクセスコード受諾。声紋照合……完了しました。続いて指紋、DNAの照合……完了しました。システムを起動しますか??』


『Yes!』


 祐也はシステムの起動を音声入力してから……正体不明の機器が詰まったコンテナに


 ― ジャキッンン…… ―


 祐也の腕は……抵抗らしい物を受ける様子も無いまま、金属部品が音と共にコンテナに吸い込まれた。そして……


 ― ザヴゥァア…… ―


 その腕の周りから溢れた“粒子状”のが……激しく蠢きつつ祐也の身体に纏い付き始めた??



 私は……呆気に取られる事しか出来なかった。


――――――――――


『姉さん……聴こえてるかな?』


「ええ……よく聞こえてる。問題無いわ」


 骨伝導スピーカーが伝える祐也の声は、囁く様に小さな音だが……驚くほど鮮明だった。


『良かった。オペレーターとのリンクシステムはOK。視界は?』


「ええ良く見えて……ううん。見えたと言うか……


 そりゃあね……なんたって今私のゴーグルに表示されている映像は、貨物船からコンテナを移動させる為に設置された“ガントリークレーン架動式大型重機”の上からの眺望ながめだ。


 さっきまでこの軽トラに居た祐也が、あっという間にそんな所に登って行くなんて……信じられるはずがない。

 

『はは……』


 何を能天気に笑ってんのよ!!


「さあ……今のうちに説明して。そのおかしなは何なのよ? あなた……一体何をするつもりなの??」


 やっと……この場に来てやっとこの質問が出来た。この質問に辿り着くまでが大変過ぎだわ。


『……姉さんは“パナケイアシステムズ”って会社を知ってるかい?』


 「急に何なのよ。その疑問は……私の質問の答えに必要な事なの?」


『ああ……知っているなら部分が多くなる……ね』


 これでも世間の情報収集は欠かさない様にしているし……たとえそうでなくても、この質問の答えは大抵の人間が知っているだろう。


「医療用マイクロマシンを開発した超有名企業じゃない! それくらい私も知ってるわよ」


 そう……ここ五年で発表された様々なニュースの中でも“医療用マイクロマシンの開発と普及プロジェクト”は(大袈裟でもなんでもなく!)人類史に革命をもたらした。


 人の体内のほぼ全域に侵入し、プログラムとリモート操作で体内環境を補正する血小板サイズのロボットは……人類の抱える全疾患のおおよそ七割に対して有効な治療を可能にしている。


 しかも……今ではその恩恵は全国津々浦々にまで浸透しつつある。マイクロマシンのリモートセンシング機能と遠隔操作は……ネット環境さえあれば手術の現場にさえ“名医スーパードクター”が居合わせる必要が無いからだ。


『その“パナケイアシステムズ”にね……。これはその技術を応用して作った“汎人類対応身体サポートガジェット”の試作品だよ』


 ??? ……本当に? あの意思を持つ様に波打っていた粒子が……マイクロマシン?


『現在の技術ならナノサイズのオーダーでマシンを作る事も可能なんだけど……実際の使を考えると小さ過ぎるからね。本来、このシステムは“外科的アプローチでは完治し得ない後遺症”を抱えた人達の行動をサポートするために研究していた物なんだよ。ただ生活サポートが目的の製品とは違ってスーツには“マイクロマシン”以外のパーツも併せて組み込んであるんだ。主にの底上げなどを主眼に……』


 そう説明した祐也の視界には、握ったり開いたりする彼自身の右手が映っていた。そこには、明らかにマイクロマシン以外のパーツ(微細なプレート状のパーツ?)も多数使われていて……それは右手だけでなく、祐也の身体の表面を整然と覆い尽くしていた。


 そのパーツがどんな機能を持つかは、私には皆目見当がつかないけど……スーツの見た目が“何を目指してデザインされたのか?”は私でさえ分かるモノだった。


「それで……そのサポートシステムを応用して出来たのが、その“ヒーロースーツ”って訳?? 自分の弟が正真正銘の天才だったでも受け入れ難いのに……そんな物騒な代物を作ってまであなた何をするつもりなの?」


『すまない姉さん。でも……ここからが本題なんだ。姉さんは……“相互組合ユニオン”って組織の事は知ってる?』


 ?!?!?!!


「あなた……その名前をどこで???」


『……知ってるんだね。その様子だと……?』


「……ええ」


『やっぱり。姉さんが警察官になったのは…………なんだろ?』


 薄々……弟がどんな人間かを説明された時からこうなる様な予感はあった。でも、


「勘違いしないでよ。お父さんの事は勿論知りたいけど……警察官になったのはそれだけが理由じゃないわ」


『……分かった。じゃあ、質問を戻すよ。姉さんは“ユニオン”の事を何処まで知ってる?』


「……表舞台には一切名前が出ない組織。詳細な組織構造も一切不明。その活動内容は〈特定分野における超越的能力を持つ専門家の派遣〉。時には巨大企業や国家規模のプロジェクト等に関わる事もある……私が掴んだ情報はそんな所よ。そんな組織に父さんがどう関わっていたのか……それは分からないわ。……まだね」


 私が国家公務員第一種試験に合格してから……数年を掛けて慎重に調べても、知り得た情報はその程度なのだ。逆に祐也がどうしてその名前を知っているのかが知りたいくらいだ。


『父さんとの関係は……僕にも分からない。僕が父さんとユニオンの関係を知ったのも形見分けに貰ったパソコンから拾い集めたデータを運良く復元出来たからだしね。ただ……その情報の中に“使用者コンシューマーと呼ばれる者達”の記載が存在したんだ。彼等は……真偽は不明だけど“人を超える能力”を身に着けているらしい。〈スキルキューブ〉という物質を使ってね』


 なんだか……話が怪しげになって来た気がする……


「……あなた……変な薬とかやって無いわよね?」


 仕事柄……そういうドラッグにハマる人間には“真面目で優秀な者”が多い事は良く知っている。


『姉さん……引きこもりがみんな暗い部屋の中をゴミ溜めにして、精神的コ◯ュニストへの中傷と自分より惨めそうなアカウントをせせら嗤うのに一生懸命だなんて……酷い偏見だよ?』


 ちょっと……


「そんな事は一言も言って無いわよ!! あなたが変な事を言うから」


「そう……変な事を言ってるのは僕も分かってるさ。ただ……これから現れるかも知れない相手がそのになるかも知れないんだ」


 ??? 


「姉さんは何が目的でこんな所に来たのかといってたね。この埠頭に保管されているコンテナには……当然食料品を一時保管している物も沢山ある。ここ数日、そのコンテナの一部が中の食料が消える事件が頻発してる。ウチのグループ会社が管理しているコンテナがね。そして……」


 その時、祐也の視界……すなわち共有している私の視界の隅に、突然赤いアラートが点滅した。瞬間……私の視界はガントリークレーン架動式大型重機


「防犯カメラには……恐ろしい怪力でコンテナの蓋をこじ開けるの影が映ってた。それに……角度が悪かったので一瞬しか映ってなかったんだけど、その背中には……“薄く光る立方体のマーク”が映っていたんだ」

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