第4話 10年引きこもってたせいで誰も知らなかった弟が天才だった件 前編

『姉さん……ちょっと手伝って欲しいんだ』


 その日、仕事からの帰宅中。小学校以来10年に渡って引きこもり続けた弟から、突然メッセージを受け取った。


 そして……それが、全ての始まりだった。


 私は、あまりの珍事に軽いパニックになりながらも“このチャンスを逃すまじ!!”と速攻で返信する。


『何を手伝えばいい?』


 返答は素早く簡潔に。弟はけして家族に暴力を振るうタイプの人間では無いが……コミニュケーションが極端に苦手で、もし“会話が通じない”などと思われた日には年単位でアプローチが無くなる事もあり得るのだ。


『今夜、久し振りに外出しようと思ってる。手伝って欲しい。母には内密に……』


 まさに青天の霹靂!! 今まで10年以上も部屋に引きこもり、ここ5年ほどは同居している家族にすら姿を見せた事が無い彼が……外出?!


『分かった!! 何をすればいい??』


 私は食い気味な速度で返事を返した。このタイミングを逃してはならない。今はとにかく彼の心境の変化を逃さない事が何よりも大事だ。


『今夜……02:00に家から最寄りのコンビニナインイレブンの駐車場へ……』


『必ず行くわ』


 一瞬……何故“同居してるのにコンビニで待ち合わせ?”という疑問が頭をよぎったが……速攻でを打ち消して弟に返信した。今はとにかくスピードが命なのだ。


『よろしく』


 ――――――――――


 深夜……


 弟が指定した時間に間に合う様に実家をそっと抜け出す。庭に視線を向けても……弟が生活しているはずの離れに灯りは見えない。


 五年前に突如送られて来たユニットハウスはたった一日で業者が設置工事まで終わらせ……その業者は呆然と見守る母に受け取りのサインを貰って帰って行った。


 ちなみに……弟は私達が訳もわからないまま翌日にはを済ませたらしい。


 その日から、父が遺した実家の中に弟の気配は無くなった。だが……


「とうとう掴んだこのチャンス! 絶対に逃せないわ!!」


 私は亡き父に託された弟をの生活に戻す為……コンビニへの道すがら気合を入れ直した。


 暫く歩くと最寄りのコンビニの灯りが見えてくる。都心にほど近いベッドタウンとはいえ、この時間には人通りは殆ど無い。


「さて到着したけど……あの子……店内に居るのかしら?」


 私は薄暗い駐車場から煌々と明りの灯る店内をざっと見渡すが……そこには眠そうな店員がレジに居るだけで他の人影は見当たらなかった。


 ― ブブブブブッ ―


 ポケットで着信を知らせる振動。すぐさまスマホを取り出して画面を見ると……


『駐車場の端にあるアルミコンテナを載せた軽トラまで来て』


 というメッセージが……


 高速のインターにほど近い場所にあるこのコンビニは、大型車輌の駐車を想定してかなり大きな駐車場を完備している。


 私はすぐに駐車場の端に停車している地味な軽トラックを見つけた。エンジンが掛けっぱなしのトラックには一人分しか人影は無く……すぐさまトラックに走り寄った私は、


「はあ…はあ……約束通り……来たわよ」


 と、助手席に座る人影に声をかけた。


 助手席に座っていた私の弟……だと思われる男は、おもむろにドアを開けて外に出て来ると……

 

「やあ……姉さん。……久し振りだね」


 声に多少の戸惑いを滲ませて……再会の挨拶を交わした。


 パーカーのフードを目深に被っているせいで顔は良く見えない。だが、声質や喋り方のイントネーションには子供の頃の特徴がしっかり残っている……いるのだが?


「本当に……大きく……って? あなた……本当に…祐也??」


 眼前の男は、記憶の中に居た“小柄で愛らしい弟”とは違いすぎた。おそらく……身長は180cmを軽く越している。体格も自室にこもりきりだったとは思えない程に引き締まって見える。そう言えば助手席から降り立った動きも軽やかで……まるでステップを踏んでいる様だった?

 

「ああ……勿論。詳しい話は後で……疲れている所を悪いんだけど、運転席に乗ってほしい」


 ……もしかして??


「頼みって……もしかして運転手をして欲しいって事なの??」


 思わず……大きな声が出てしまった。


 弟はコクンと頷いた。が……それから会話が途切れてしまった。マズい……


「分かったわ!! 貴方も早く乗って」


 弟は一瞬躊躇う様な素振りを見せたが……もう一度頷いて素早く軽トラに乗り込んだ。私は弟が乗り込むのを確認してから運転席に飛び込み、素早くシートベルトを繋ぐ。これでも柄……運転には慣れている方だ。


「……ナビに行き先が入っているから……とりあえず出発して欲しい。何しろ……あまり長時間コンビニのカメラをハッキングするのは……」


 ― ブォォォン…… ―


「えっ……なんか言った??」


 今祐也が何か言った様に聞こえたけど……深夜配送のトラックが通ったせいで良く聴こえなかった。


「………いや、何でもないんだ。お願い出来るかな?」


 良かった……とりあえずまだ喋ってくれる様だ。


「オッケー! 任せなさい。これでも運転は得意なのよ」


 私は素早く画面の表示を確認してコンビニの駐車場からトラックを発車させた。


(ふぅ……)

 

 とりあえず……これで移動中は祐也とのコミニュケーションは取れそうだ。


 ――――――――――

 

 二人で狭い車内に隣あっている間、不思議な事に……祐也から言葉を引き出そうとは思わなかった。彼とはさっき五年ぶりに言葉を交わしただけだと言うのに……


「……疲れているんだろう? ……すまない姉さん」


「やっと……自分から喋ってくれたわね。疲れてる? そんなの……忘れちゃったわ。あなたからメッセージを貰った瞬間にね」


 ………それにしても。


「慌てて乗っちゃったけど……この車何なのよ?」


「ああ……今日の為に用意したんだ。こう見えても……オーダーメイドの塊なんだぜ!」

 

 ほんの少し……祐也の口調に得意気な雰囲気を感じた。って……??


「あなた……そんなお金いったい何処から?」


 そう言えば……変だ。あの庭の離れにしても、どうやって用意したの? あの時は私も動転してたし、母さんが父さんの残したお金で用意したのかな? なんて思ってたけど……


「ああ……から用意したんだ。一番最初の会社を買ったのはもう八年前だからね」


 ………??


 ― パッパッパッァーンッーー ―


 強烈なクラクション!! 私はあまりに衝撃的な告白に……一瞬ハンドル操作を忘れて反対車線に飛び出しかけてしまった。

 

「姉さん……驚かせて悪かったけど……出来れば安全運転で頼むよ」


 私は……弟の顔を一瞬睨んでから前方に視線を戻した。


「教えて祐也。あなた引きこもっていた間に……いったい?」


 …………暫しの沈黙の後。弟はゆっくりと話し始めた。


「お父さんが…… 僕はどうしてそうなったか……その理由だけをずっと考え続けた。当然だけど父さんが抱えていた事情なんて僕は知らなかったし、どんな理由があったとしても殺される理由になるとも思えないけど……」


 ――――――――――


「呆れた。それじゃあ貴方……その最初に買ったって言う会社だけじゃなくて40オーナーなの?」


「うん。でも、中には。実質……稼働している企業は30社……って所かな」


 さっきから……弟の語る引きこもり生活は驚きの連続だった。


 曰く、父が殺されてからその理由を強く知りたいと願った事。


 曰く、それまでは常人と変わらない様に装っていたが自身のIQがとてつもなく高い事(判定方でバラツキはあるが200以下のスコアは出た事が無いらしい……)。そして……それを利用して父の死の真相に迫る決意をした事。


 曰く、通常の社会生活を送る時間を全て捜査に注ぐ為に引きこもりを選んだ事。


 曰く、捜査資金を得る為に複数の公的人格をネットを使って作りだし短期株式運用ショートトレードで資金調達を始めた事。


 曰く、あの離れから一歩も外に出る事無く……偽装人格をネットの矢面に立たせ、金と人員を駆使し、裏表の情報網を渡り歩いて……とうとう父の死の謎に躙り寄る事が出来た事。


 曰く、父の死の真相に近づくほど……


 曰く………が今日完成して……そのをしたい……という事……??


「ちょっと待って。色々と問い質したい所だけど……貴方その……テスト?? の為に私に運転を頼んだの?? それこそ貴方の会社の人間達に頼めば良かったじゃない?」


「それは……出来ないんだ」


 ―――――――――


「どうして?? 何故?」


 私達がナビの指定する場所に丁度到着したタイミングで……私は弟が“私に助けを求めた理由”を尋ねた。


「怒らないで聞いて欲しいんだけど……」


「それは……内容によるわね」


 ― クスッ ―


「後ろに積んでいる“モジュール”は……作るだけならまだしも……使い方次第ではになるからだよ。まあ、とっくにブタ箱行きレベルの事を沢山やらかしてるから今更だけど。それでもこれからやる事は……他人を巻き込むのはからね」


 そう言ってから……弟は目的地である港湾倉庫街の物陰に軽トラを誘導した。


「………呆れた。どうやら私の可愛い弟は、長い間私の知らない修羅場を潜り続けて来たせいで……あまり望ましくない方向に成長してしまったらしいわね」


 私は祐也が指定した場所にトラックを停めた。停車すると同時に彼は外に飛び出し……車体の後ろにスタスタと歩いて行ってしまった。私は慌てて後を追い、同じく車体の後ろへ……


「耳が痛いよ姉さん。勘違いしたかもしれないけど……僕が他人との接触に忌避感を抱いているのは間違い無い事実なんだ。もし今回、姉さんが僕の頼みを断っていたら……とてもじゃないけど、僕は外の世界には出れなかっただろうね」


 そう言った祐也は、何の変哲も無いコンテナのロックを外し……観音開きの扉を大きく開け放った。


「……それって“私なら巻き込んでも気が咎めない”ってことじゃない。あなた……私が所属の刑事だって……分かってて言ってるの?」


 祐也が開いたコンテナの中身は……私の予想とは違っていた。てっきり物騒な品がギッシリと詰まっているんじゃないかとハラハラしていたが……


 そこに存在したのは、何の目的で設計されたのかも分からない機械と電子部品が織り成すだった。


「ああ……勿論だよ。本来……は銃火器でも者達を捕まえる為に作ったんだ」

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