第3話 運び屋 “ 毒島京一 ”はバカンスが欲しい 後編


「は〜……あなたスケベそうだったから──てっきり女には甘いと思ったのにな」


 スキルを解除した瞬間、私の手には……彼が持っていた筈のSOCOM軍用拳銃が握られていた。当然銃口は彼の後頭部に、撃鉄ハンマーは発射準備位置でテンションを保っている。


「ふん……まあ“スケベそう”っちゅうのは否定せんけどな。それにしても──大したスピードや。多分、ただの筋力増強系能力や無い、反射速度の増幅と……思考加速も付与されとるな」


 大当たり……でもわざわざ教えてあげるつもりはないわよ。


しないのは流石だけど……『お二人さん、彼を死なせたく無ければ動かないで』」


 驚いて振り向いた米軍の二人を英語で牽制する。


「全員両手を頭の上に乗せてその場に伏せなさい。それと毒島さん、貴方にはこっちの思惑が達成されるまで……もう一度わたしを乗せて海に降りて貰いましょうか」


 私の指示を聞いた三人のうち……毒島以外の二人は困惑するように彼に視線を送った。そしてその視線を受けた男は……


「ふん……判断力は悪う無い。喧嘩が強いのも気に入った」


 あろう事か……


「警告はしたわよ?」


 私は、彼の頭に向けていた銃口を僅かにそらして引鉄トリガーを引き絞った。


 ― ガチンッ ―


「思い切りもエエ。あとは経験を積めば……ってとこか」


 (何故?? どうして弾が?)


 ― ガチンッ ガチンッ! ―


 何度トリガーを引き絞っても、ダブルアクションの撃鉄は作動音が響くだけで……弾丸は発射されなかった。



▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽



「無駄や……なんぼやっても弾は出んよ。ワイが撃った直後やから当然次の弾は装填されてるとおもたんやろうが……まぁ、油断大敵っちゅうこっちゃな」


 ワイはねーちゃんの手からそっと拳銃を取り戻し──その場でスライドを引いてみせた。


 本当なら、そこからは未使用(不発)の弾丸がはじき出されるはずやが……


「なんで?? どうして薬室チェンバーが空なの? 弾切れならスライドは開いたままストップするはず?!」


「答えは簡単。最後の弾ぁ撃つ時にな、マグ弾倉をこう……ちょっとだけといたんや」


 おいおい……なんぼなんでもはあかんやろ。


「そんな……トリックの話を聞いてんじゃないわよ!! ?!」


 いや、お前が聞いたんやんないか。コイツ……マジでキレとるな。お〜コワ〜。


「ププッ、そんなん内緒に決まっとる……って言いたいとこやけどな……」


 あんまりイジメんのも可愛いそうやが……こういう手合いはきっちり締めとかんと後が面倒やからな。


「クソ! そのムカつくドヤ顔……ぶっ飛ばしてやるわ!!」


(ほぉ、マジでつもりやな? スキル身体強化にしよったか……)


 他の人間には分からんやろうが……ワイのには、異次元倉庫アイテムボックスの効果範囲に存在する物質に対してあらゆるを施すことが可能やからな。


(このねぇちゃん…………凡そ運動能力に関する部分が常人とは全く違う構造に変換されていきよる?! アカンなぁ……これ以上揶揄からこうたらマジで“キャンッ”されてまうわ)


「しゃあない……可愛そうやが、ここは一旦してもらおか」


 ワイはSOCOM軍用拳銃からマガジンを抜きボールドウィンに放り投げた。危なげ無く受け取るのは流石マリーン海兵隊の精鋭やが……怪訝な顔をになっとるのはしゃーないか。


「それ、預かっといてくれや。で、ねぇちゃん……これでコイツの残弾は薬室チャンバーに一発だけや。あっ、あんたは好きなだけスキル使つこてええよ。ワイにはこの一発だけで十分やしな」


▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽


 彼はマガジン弾倉の入っていない拳銃をプラプラと片手で玩んでいるが……グリップを握る事すらしていないのは流石に油断し過ぎだ。それとも……


「徴発のつもり? 貴方の戦闘の実力は知らないけど……私に背後を取られた事は忘れたのかしら?」


 そう告げたと同時に……私は能力を発動し彼に向かって高速で踏み込んだ。


 さっきは脅しの意味も込めて奪った拳銃を使ったが……今度は容易く拳銃を奪われてはくれないだろう。だが……


(私が本気で拳を握れば“人の頭蓋骨”なんかスイカのと大差無いわよ? それに……何を余裕ぶってんのか知らないけど、その一発だけの弾丸で私の動きを捉えられるとでも?)


 私は、世界がに流れる中を走り、男の横をすり抜けて背後に回った。男は……


(??)


 男は、何故か拳銃を誰も居ない方向に向けて……引き金を絞った??


(何であんな方向に??)


 私の思考に浮かんだ疑問は、ほんの僅かな引っ掛かりとなって……私の動きに一瞬の停滞を生んだ。


 刹那……足場が……


「あっ…………………」



▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽



 ワイが撃った弾丸は発射直後に“異次元倉庫アイテムボックス”に吸い込まれ……予測したポイント──つまりキレたねぇちゃんの足元ブーツの踵


 当然と言えば当然やが……スピード自慢のねぇちゃんは、足場が突然消失した事に対応出来やんかった。その結果……


 ごっついスピードで……そのまま気絶しよったっちゅうわけや。


▽▽▽▽▽▽▽▽▽


「……う……ん……」


 意識が覚醒した時、私が最初に思った事は『どこの天井?』だった。

 

「おっ……? 気ぃついたかねぇちゃん?」


 何か……不快な声が………


 …………?!?


 次の瞬間、意識が状況を思い出し……私は即座にベッドから飛び起きた。


 そしてベッドサイドには……粗末なパイプ椅子に座ったな男が!!


「 ↹[⁈‘⇌∬∝≦∆∑∃∏∫⊂∫!!!! 」

 

 その時の私の叫びときたら……とても人の使う言語とは思えなかったに違いない。


 男は耳に人差し指を突っ込んで顔をしかめていたが……私が落ち着いたのを見計らって口を開いた。


「あ〜〜堪忍堪忍。まさかあんな盛大にとは思わんかったんや。ここの医務官が言うには頭ん中は問題無いらしいわ。せいぜいタンコブが出来た程度やと」


 随分と軽薄な男の言葉に……私は、冷静さを欠いた自分の行動で“台無しになった任務”のことを思い出し……思わずベッドに突っ伏した。


「ああ……もう終わりだわ……」


 男は、私がベッドで頭を抱えて居るのを見かねたのか……


「心配せんでもええで……アンタが届けたかったホンモンの心臓は、ちゃんとからな。キャスが低気圧を迂回しとる航空機を片っ端からハッキングして確かめたから間違いないわ」


 それを聞いた私の顔は……多分今世紀で一番の間抜け顔をしていたに違いない。


「どうして……? 到達予定はもっと後のはず?!」


 毒島が放心する私から憐れみが籠もった表情で視線をそらし……ん? 


「ガッデム!! 今、笑うのを堪えてたでしよ?? アンタみたいなイヤなヤツ……初めてだわ!!」


 私は……思わず枕元にあったティッシュボックスを毒島に投げつけた。


「あいた?! おい……何すんねんな? ヒドいやっちゃなぁ」


 笑いを堪えてた毒島は……ボックスの角が命中した額をさすりながら、おもむろにポケットから携帯端末を取り出し、私のベッドにそっと置いた。


「まあ色々としゃあないな。実際……ねぇちゃんが囮をやっとったのは、。つまり……組織内にリークされとった情報はタイムテーブル自体がフェイクやったっちゅうこっちゃ。ワイもまんまとその情報のに駆り出された側やから大きな口は叩けんけど……なあ? ?」


 毒島は……そう言ってスピーカーモードにした端末に話し掛けた。次の瞬間……


「………ふむ……何時いつから気付いてました??」


 デスクに座ったが端末の立体映像に現れる。


(なっ……まさか?)


「そんなん……最初からに決まっとるやろ。オマエ……ワイの事、エサ?」


「クククッ……京ちゃんが全然予想通りに動いてくれなかったで、臓器の奪取を狙ってた奴らは面白いくらい右往左往してくれたよ。そこのユエン君を含めてね」


!!」


「いいんだユエン君。現時点をもって。苦労をかけたね」


▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽


「いえ……任務ですから」


 おうおう……しおらしいこっちゃ。


「全く……まいどまいど面倒臭い任務ばっか押し付けおってからに……ワイのバカンス返せや」


「ごめんごめん。僕の様な若造がユニオンの会長に収まってるとね……反会長派閥が定期的に湧くんだよね。まあ、今回は害虫駆除の一貫ってことで……」


 ……それを何でワイのバカンス時にやらかすんや。


「会長!! それで……??」


「ああ……無事に。彼等も本当の僕が病気では無かった事を知れば大人しくなるだろうさ。残念ながら……派閥のトップであるはユニオンの理事を解任せざるを得ないけどね。ああ……当然、君にも取締役会で証言をお願いしたいのだけど?」


「それは勿論です!」


 なんや、あのユエンとか言うねーちゃん、随分とあのガキに御執心やんか。


「会長……一つだけ教えて下さい。今回、会長が“病に倒れた”という情報を流して移植心臓を囮にした時……兄上であるマグナス様は、どうして私に直接心臓を傷付ける指示を出さなかったのでしょうか? ジェットを不時着させたり、ケースの鍵を紛失させたり……どう見ても迂遠過ぎる気がするのですが?」


「それは……だね。君が実力行使に出ては、どうやったって背後関係が疑われてしまうだろう? 実際にユニオンの運営を掌握する為には、あくまでも事故でなければ……僕が死んでも“僕と協力関係にある理事達”にシッポを掴ませる訳にはいかないだろうからね」


「それでも……最後にはワイらの事を実力で排除しようとしてたみたいやけどな」


 ワイがそう言うたら、立方体映像に浮かぶ会長は、困った様な顔で溜息をついた。


「そりゃあね……自分の手駒を送り込み、輸送ルートのスタッフを買収してまで“事故に偽装しようとした”というのに……んだからね。それだけなら兄上にとっても万々歳だったろうけど……そこに、依頼達成率100%を誇る“彷徨える関西人フライングウェスタン”が出しゃばって来たんだ。状況が自分のコントロールを離れ、仕込んだ部下からは予期せぬ状況と不穏な第三者の介入が報告される……まあ、兄上にしては我慢した方なんじゃないかな?」


「ちょっと待って下さい……予期せぬ状況って……もしかしてプライベートジェットが不時着したのって?」


「ああ……ユエン君は兄上の仕込みだと思っていたのかい? それは申し訳ない。あの事故は……


 おうおう……随分な事をペロッと白状しよるわ。


「そんな……私……本気で死ぬかと……」


「それは……申し訳無い事をした。まあ、事も大きいけど……あの機体がそのまま羽田に到着していたら、残念ながら


 ねーちゃんの顔色が……サッと青ざめた。なるほど。小物やから凶暴やない……とは限らんわな。


「なるほどな。お前の腹違いのにーちゃん……思ったよりアレな奴やったんやな」


「お気遣いは無用です。歳も随分離れてますし……一緒に暮らした事はおろか、殆ど話した事も無い人です。血縁はあっても……他人みたいなモノですから」


▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽


 結局……ワイのバカンスは、伊豆沖をジェットでぶっ飛ばして……ずぶ濡れになっただけで終わった。


「はあ……何でワイのバカンスはいっつもジャマばっか入りよるんや? ロマンスの神さんはホンマに仕事しとるんかいな。いつもいつも周りは面倒な女ばっかりで……いや待て……これでもツラの出来は悪うないはず……」


 ワイは自宅の店先をホウキでながら数日前の伊豆の事を思い出していた。両親から受け継いだ大阪の下町にある駄菓子屋は、そろそろガキどもの姿がちらほらし始めたとこ……


「……そんな事も分からないんですか? 男の価値は見た目じゃないからですよ……ああ……またハズレだ」


 全く心に響かんアドバイスは、店のカウンタに並んどる“フルーツ糸引き飴”の前から聞こえた。


「そんなん……11歳のお前に言われんでも分かっとるわ」


 そこには、ランドセル姿で頭を抱える……相互組合ユニオンの会長が立っとった。


「お前なぁ……そんなモン箱ごと……どころか買える身分やろ? チマチマしてんと売上に協力せえや」


 会長はフルーツ飴を口にほりこんでから仏頂面で……


「こういうのはね……一日一回お小遣いの範囲でやるから楽しいんです。そんな事も分からないからモテないんですよ」


「うっさいわ! おんどれにそこまで言われる筋合いないわい。ほんま……お師匠ししょうさんの孫や無かったらけちょんけちょんにしたんのに……」


「ぷぷっ……安定のカッコ悪さですねww ところで以前に言っていた仕事の件ですが……」


「お前なぁ。このタイミングでそんな話……」


 ― Pi, ―


「ああ……近くまで着いたのかい? ふんふん……そう、そこの角を曲がれば視界に入ると……」


「おい……お前、誰と喋っと……」


 ワイが店から一番近い交差点に目をやったら……


「会〜〜長〜〜〜〜!! お〜待〜〜た〜せ〜〜〜しま〜〜した〜〜〜」


 なんかドップラー効果を引きずった奴が……


「実はねぇ……今回は彼女と組んで……」



  もお……堪忍してくれや……


             

 ― 終劇 ―

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