第2話 運び屋 “ 毒島京一 ”はバカンスが欲しい 中編


 「はっ、そないーてもなぁ……ワイも仕事やねん。?」


 強烈な悪天候の中──荒波にシェイクされる救命カプセルに突如として現れた男……毒島なにがし


 私はその男がカプセルに入って来てから……絶対に男から目を離したりしていない。なのに……?


(なんでなの? たった今……)


 本当にワケが分からなかった。狭いカプセルの中だとしても……彼が掴んでいた入口の手摺から機長が座るシートまでは、彼の体格でも確実に数歩はかかる距離があった。それなのに……


 ― スッ ―


 誰も……声一つあげられなかった。毒島某はシートベルトで椅子に固定されていた機長の首元を…………??


「おう??? 機長はん、激務のせいでお疲れやねんなぁ……。こうなったら判断は各々でせんとしゃーないわ。そやろ皆はん??」


(この男、今の一瞬で頸動脈をて……機長を気絶させた?!)


 毒島某は、その野生の獣の様な笑顔でカプセルの中の全員を睨め付けた。


 私は(怪我人である事は分かっていたが……)ユニオンからの護衛の一人に視線を送って助けを求めた。……のだが?


 彼は毒島を見てって顔をしている?? しかも、もう一人の護衛に至っては……


「ミズ・ユエン……大丈夫です。私も会うのは初めてですが……彼は“世界最大の専門職相互扶助組織”《相互組合ユニオン》が誇る人材網ネットワークの中でも“特A級”にランクされるエージェントです」


(何が大丈夫なのよ!!)


 だいたい初めて会ったのに、なんで本人だって分か……いや、そうか──こんな“顔”の男なんてそうそういる筈が無い……か。


 護衛の言葉にがっくりした私が改めて彼を見ると、彼は奇麗に水滴を拭き取ったアイウェアをかけ直し(一瞬……眉間にシワを寄せてた??)、カプセルに備え付けられたフルオープンタイプのドライスーツを私に押し付けた。


(なんか……今怒ってなかった?)


「よっしゃ……ほな行こか〜」


 彼は、一瞬険しい表情を見せた事などおくびにも出さず……ついでに私の葛藤もどーでもよさそうな風情で……呑気に出発を宣言した。


▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽


 救命カプセルから……なんとかジェットスキーの後部席に収まってから僅か十数分。


 これは自慢でもなんでもないが……私はついさっきジェット機の墜落を経験した女だ。しかも、相互組合ユニオンのエージェントに名を連ねる為に……当然の訓練も積んでいる。


 けして舐めていた訳では無い……でも、さっきの体験に比べれば“墜落死の可能性の無い乗り物なんてが知れてる”と……


 


 で、結論から言えば……そんな自信はなんの役にも立たなかった。


 勿論それは『ケースに余計な振動や衝撃を与えた』という意味じゃない。その点で、彼のテクニックは驚嘆に値する物だった。


 彼の操るジェットスキーは……


 ある時は、崩れ落ちる20m級の大波をして船体を加速させ……


 ある時は、ぶつかり合う波の頂上からジャンプした船体をオフショア陸側から吹く風波の隙間に軟着陸させた。


 極めつけは……


 海洋デブリが渦巻く竜巻の下を、巨大なを利用したチューブライドで事だろう。


 正直……私は眼の前の光景が幻影ではないかと本気で疑ってしまった。


 実際……“彼には”そうおもわせる程に彼の操縦それは……あまりにも繊細かつ滑らかだった。


 だが、それ故に……私の視界に映るとのギャップは、とうとう私の脳が耐えられる負荷の限界を越え……


「止めて! 停めて〜!! とめて〜〜〜!!!」


 …


 ……


 ………


▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽


「ねーちゃん……大丈夫いけるか??」


 ワイは肩越しにゲーゲーうめくコーディネータのねーちゃんを見やった。


 カプセルを離れてから急ぎではしっったんやが……そんなに揺れたか?


「大丈夫……です。でも……あの……この辺って……」


 うん? なんや怪訝な顔しとるのう? もしかして……このねーちゃん。ワイが選んだ進行方向が、


「ここは低気圧の外縁……ギリギリ小康状態を保っとる海域や。察しの通り……本土とはちっとばかしちゃう違う方向やな」


「やっぱり……どうしてですか?? ここ──多分墜落現場より更に南の方向ですよね? 荒れた海域を抜ける事を最優先にしたとしても、こっちは完全に逆方向じゃないですか?」


 ふーん。まだ霧雨が立ち込めとるこの海域で気づくか……


「まぁ……ちょっとが……心配あらへん。時間にはきっちり間に合わせたるさかい」


「そんな……大丈夫なんですか?」


 ふん……


人工知能ガイガー、ワイ等が指示された予定進路……グラフィックに出したり」


 ― pyuuuunn…… ―


「これは??」


 ワイの指示に従った人工知能ガイガーが3Dデイスプレイに表示したのは“伊豆半島の先端を目的地にした航路”と……それに重なる様に点滅する複数の“アンノウン所属不明船籍”の文字……


「これは……」


 このねーちゃん、海の事は素人みたいやけど……さすがにこのアンノウン所属不明船舶が只の漁船とちゃうのは分かるわな。


「誰の差し金かは知らん……ただ、ユニオンが想定した安全な航路も完璧やないっちゅうこっちゃ。ほんで……それに気付いたワイは別のルートで行く事にしたワケや」


「毒島さん……でしたよね? この嵐の中でどうやってこんな情報を……それに別のルートって??」


(そんなん……キミがモタモタとドライスーツを着とる間に決まっとるやろ)


「おっと……まぁの事は心配しぃなや。ワイは一応ユニオンに仕事もろとるけど……別にの専属っちゅうワケやない。当然……別のも持っとるわ」


▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽


 彼がそう言った次の瞬間、その言葉が引き金になったかの様に……急に日がかげった。


 私達が跨ったジェットスキーは、彼が操縦しなくてもゆるゆると私達を乗せて進んでいたけど……


(雲の影に入ったのかしら? もしかして……また天候が崩れる?) 


 出来れば操縦はもう遠慮したい……


 そう思った私の視線の先に不意に現れたのは巨大な……壁? いや、これは……船影?


「ウソ……こんなに近づくまで気付かないなんて……」


 私の視界が霧雨で効かなかったとしても……ほんの数メートルの位置にとしか思えないほど巨大な船が停泊していたとは。


「ほい到着……と。ほなちょっとジャマしていこか」


(最初からこの船が目的地だった? だとしたら……マズい事になるかも知れない)


「ちょっと待ってよ! そんな“喫茶店でお茶でも”みたいなノリでこんな船に……」


 ― ゴゥンッ ―


 私の抗議を遮る様に……謎の船の外板に切れ込みが走った。滑らかに開いた開口部からあっという間にジェットスキーごと積載出来そうな大型タラップが降りてくる。


(大きさも勿論だけど……こんな装備がごく普通に稼働してるなんて??)


「いったい……この船は何なの?」


 半ば独り言だった私の疑問……それに彼がで語ったであろう、この船のは……私を更に深い困惑に落とし入れる事になった。


「ああ、知らんのも無理ないわな。こいつは、アメリカ合州国太平洋艦隊(第7艦隊)第5空母打撃群所属の原子力空母……“レジナルド・ローガン”や」


「…………は?」


 それから──まったく事態を理解出来ないまま、私達はあれよあれよと言う間に空母のタラップに収容され……巨大なタラップはそのまま外壁をせり上がって空母の上甲板、いわゆる“滑走路”の突端へと私達を運んだ。


 甲板の上は海面とは違い少し強めの風が流れており、その風が視界を遮る霧をきれいに吹き払ったのか……まだ上天気とは言えないが甲板の上の視界は、まずもって良好と言って良いだろう。


 そして開けた視界の先には……何やらゴツいを持った工兵(?)らしき男性が無表情で待機していた。


(あれは……まずいわね)


 私と同時に彼に気付いたであろう毒島氏は当然の如く彼に歩み寄って行く。私は仕方なく毒島氏の後ろに付いて行ったが……工兵の持つ工具はかなり好ましく無い事態を私に予感させた。


「ようボールドウィン。達者にしとったか?」


 如何にもアメリカの兵隊という風情のマッチョな工兵は無言のまま頷くと……ほんの一瞬表情を崩して、また仏頂面に戻った。どうやら彼は毒島氏とはらしい。


「ほなその手錠の鎖……ここで切るさかい、そのケース渡して貰おか」


(やっぱり……)


「ねぇ毒島さん? まさかとは思うけど……軍用機に乗せてもらうつもりなの?」


……けど似たようなもんやな。なんか問題でもあるか?」


(大問題よ! このケースは……!!)


「でも……コレは」


「おいおいそのケースの、もう輸送時間が三時間近い筈やろ? あと一時間もしたらもう移植に使えん様になるっちゅうのは……あんたも医療コーディネーターやったら知っとるやろ? 今やったら、まだワイのコネで間に合うんやで? 文字通り音速で……指定の病院まで一瞬や」


 彼がどうしてこんなコネクションを持っているのかはさっぱり分からないが……時間内に届けるなら彼の申し出に従うしか無いのは分かる。分かっているのだが……


(貴方はそれで良いだろうけど……こっちは、このケースを!)


「だけど──私にも仕事を請け負った責任が……せめて同行させて貰う訳にはいきませんか?」


「ほぉー……そら困った。なんせ単座一人乗りなんでなぁ」


 彼がそう言った瞬間……突然工兵の後ろの空間が霞んで……


「なっ?!?」


 私の目がおかしくなったのでは無いなら……霞んだ空間が元に戻った瞬間、そこには?!


「これ……F-35じゃない! いったいいつの間に??」


 ここに来るまでの体験だってとんでもない事の連続だったけど……今回は極めつけだ。正直、眼の前で起こった事なのに、事実が“非現実的過ぎて”理解出来ない。


「いつの間にって……。ま、改めて自己紹介しとこか……んっん……あ〜『どんな荷物も安心確実! どんな場所でも出前迅速! どんなブツでも預かり可能な異次元倉庫アイテムボックス引っ提げて…… どんな依頼も成功のスーパースペシャル運送業者トランスポーター!! 人呼んで……“彷徨えるザ・フライング関西人・ウェスタン”!』とはワイのこっちゃ!」

 

 ?????? 


「なあ……ココ笑うトコやで?」


「笑えるか!! どこの世界にステルス戦闘機を運送業者が居るのよ!!」


▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 私も“世の中に知らされない世界”に片足を置いて生きている人間だから……一応“後天性能力発現物質スキルキューブ”の事は知っている。


(でも……彼がどんな系統能力スキルツリーにも属さない分類不能能力アンリアルスキルの……その中でも特に異質な能力 “異次元倉庫アイテムボックス” の使用者コンシューマーだったなんて?!) 


「ちょっと……所属不明の機体をポンポンのはやめて頂戴キョーイチ」


(ヒッ?!)


 今日はいったい何度驚かされるのか……


 突然……私の後ろから白衣を羽織った女性が現れた。そこには出入り口らしきモノは何も無いはずなのに?

 

(何なのよ! 滑走路から突然現れるのがここの普通なの?!)


「ようキャスキャサリン……急に邪魔して堪忍やで。そう言えば大尉に昇進したんやて?」


 口振りからすると彼女も毒島氏の知り合い(?)らしいが……気安い感じの毒島に対して彼女の態度は素っ気ない。


「お世辞は結構よキョーイチ。それよりも……


(ちょっと! “思った通り”って何なのよ?) 


「さよか……ホンマのう。嫌な勘ほど……よう当たりよる」


 その顔は“予感が的中しても全く喜ぶ気になれない”と言わんばかりだ。


(それにしても……ハンサムはどんな顔してもサマになるわね。って! 今はそんな事かどうでもいいのよ!)


「あの……それどういう意味で……」


「それはな……まあ、こういうこっちゃ……」


 そう言い放った刹那…………


 次瞬間──彼の右手に握られていたのは……無骨な黒一色に染め上げられた一丁の軍用拳銃SOCOMが?!


「なっ?!」


「まったく……世知辛いこっちゃ」


 ― dow!! dow!! ―


 何の躊躇も無く軍用拳銃から放たれた数発の弾丸は……ロックを破壊し……


「なっ?!……なんで?!! なんて事を??」


▽▽▽▽▽▽


― ガチャンッ ―


 ワイが撃ち抜いたケースは……女の手から落ちると、弾痕から水を洩らすを床にぶち撒けた。


 女は反射的に繋がった鎖を手繰ろうとしたが……ペットボトルから漏れる液体を見て、もうどうしようも無いと気付いたらしい。手首に繋がれた手錠をあっさりと外しその場に投げ捨ててしまいよった。


「なんやねーちゃん……小芝居はしまいか?」


「………」


 ワイの返答を聞いた女は……なんも答えんかった。どうもダンマリを決め込むつもりみたいやな。


「ふん、そんな眼で見ても無駄や。だいたいアンタがホンマに届けたいモンは……?」


「なん……で??」


▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽


(落ち着いて……)


 彼がどうやってケースの中身を見破ったのかは私には分からない。


 でも……


(少なくとも私の言動に不審な点は無かったはず……)


「納得いかん──ちゅう顔やな? そんな顔されてもなぁ」


「……いったいどういう意味ですか?」


「ふん。アンタが信じるかどうかは知らんけど……ワイにはなアンタの


 何を言い出すかと思えば……馬鹿にしてるの?!


「嘘が分かるなんて言われて……納得出来るわけないじゃない!」


「信じるか信じへんかはねぇちゃんの自由やで? でもな……実際ケースの中は空やったやろ?」


 彼はそう言って片目を閉じ……人差し指を振ってみせた。


(なまじの男が嫌味ったらしいと……余計に腹が立つわね!)


 彼の『嘘が見抜ける』云々はどう考えても信じるに値しない戯言だが……


「だとしても……他に『運びたい物がある』なんてどうして分かるのよ?」


「はん! それはな……ねぇちゃんがこんなモンペットボトルを大層な目に会いながら運ぶ理由が……“おとり”以外に説明でけんからや。普通は施錠機能なんぞ無い[臓器輸送ORGANケースBOX]を殊更厳重に封印しとるのも……目を引く為のフェイクやないんか?」


「……!」


 いったい……彼は


「ワイが最初に救命カプセルにたどり着いた時……アンタを連れ出そうっちゅう話をあの機長が止めようとしたやろ? あれでピンときたんや……少なくともあの機長は『心臓の輸送が失敗して欲しい』んやないか?ってな」


「なっ?!」


(何よこいつ。じゃあ疑ってたってこと?)


 私が返答に窮したのを見た彼は、ムカつく余裕ドヤ顔の前で……人差し指に続いて中指を立てた。


「二つ目……あんたはワイののに気付いとった。あれ……ほんまは 例えば……あの救命カプセルでグズグズとスーツを着込んどった間に『ワイに付いて行く』っちゅう情報をどっかに流してた……とかな? 」


 かろうじて……動揺は見せなかったと思う。


(仕方ないでしょ! あの時私が報告せずにあんたに付いて行ったりしたら……連中反体制派いったい何をしでかすか!)


 それにしても──連中はさぞ焦った事でしょうね。何しろ彼のユニオンでの評価は“特A級”らしいし……今度こそ“ユニオンの主導権を握る!”と息巻いていたあの男は、


「でもな……ここで疑問が湧くんや。アンタが輸送を成功させたいなら、アンタ自身が行動をリークするのはおかしい。反対に失敗させたいんやったら……それこそ簡単に出来るわな。ただし『表向きは必死に成功させようとしたが……結果は失敗した』ちゅう体裁が必要なら分かるわ。例えば失敗して欲しい勢力っちゅうのが……とかなぁ」

 

「……」


(この男……本当に人の考えが読めるんじゃないでしょうね?!) 


「面白い考察ね。ちなみに……本当にそう思ってたなら、どうして今まで茶番に付き合ってたの?」


「だから言うたやろ? ワイは最初からって。つまりアンタは……一見したら“頑張ったけど輸送は失敗した”っちゅう様に見える行動をしつつ……その実『輸送を妨害したい奴らをコントロールして注意を惹き付け続けたい』っちゅうわけやろ? そりゃワイからしたら……依頼の真意を確かめとかんとアカンやろ?」


 平静を装う事には成功したと思う。内心では……パニック寸前だったけど。


「貴方の言いたい事は分かった……でも一つだけ分からない事があるわ」


「はて……なんやろ?」


「貴方の説明なら……私が“ケースの中身が心臓じゃ無い事を知ってた”とは判断出来ないじゃない?」


「はあん……つまり、自分はあくまでも“仕事を請け負った外部エージェント”に過ぎひんと……そう言いたいわけか?」


 私だってその言い訳が苦しい事くらい百も承知だが……任務の終了が告げられない限り彼の言う事に同意する訳にはいかない。


「確かに今貴方が語った事はもっともらしく聞こえるけど……結局は“心臓がすり替わっていた”という状況証拠と憶測の積み重ねじゃないかしら? それとも……何か確たる証拠でもあるのかしら?」


「なるほど……証拠ねぇ……」

 

 彼はそれまで外していなかったゴーグルモニターデバイスを外し、私の顔をじっと見つめた。私は彼の何もかもを見透かす様な視線にさらされて……背筋に冷や汗が流れ落ちる。


 数秒の沈黙──その間に覚悟を決める。そっと視線を伏せて視覚情報を遮断し……


「そうね、今更証拠なんて……何の意味も無いわね」


 次の瞬間……私は自分のを発動した。

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