後編

 翌日の夜、シャンテルが王子を連れて現れた時、エイベルの美しい瞳を見て、魔女の胸になつかしさがこみ上がってきて、息が苦しくなるほどだった。


「エイベル、私が誰か、わかるか」

「せいれい」

「なぜ精霊だと思うのか」

「言ったから」

 と彼はシャンテルを指さした。


「そうか。ところで、エイベル、おまえに友達はいたかい」

「おぼえてない。たぶんいなかった」

「友達がいなかったのかい」

「うん」

「それはさみしいねぇ」

「さみしいどころではないよ」

 その言い方のかわいらしさに、ミレーユは胸の前で両手を合わせた。

「さみしいどころでなくて、何なのだ」

「苦しい。ずうっと暗いへやにひとりでいたから、苦しかった。でも、シャンテルが助けてくれたから、今は苦しくない」


「エイベル、おまえは大人か子供か」

「大人だったけど、今は子供。そうだよね、シャンテル」

「おまえは人に聞かないと、そんなこともわからないのか」

「わかるよ」

 エイベルは恥ずかしくなって、悲しそうに顔をしかめたから、ミレーユの心は矢を刺されたよりも痛い。


「じゃ、答えてみなさい」

「でも、ぼく、……今は、うまく考えることができないんだ」

「それは不憫ふびんなことだ」

「ふびんって、なに?」

「かわいそうだということだ」

「ああ、そうか」

「エイベル、元に戻りたいか」

「わからない」


 ミレーユは二年前、エイベルを切ないほど愛していた。狂った風車のように、愛する気持ちが止まらなかった。それなのに……。それだから、愛が強すぎて、憎しみに変わってしまったのだ。

 今、無邪気なエイベルの姿を見て、魔女は心の中で、涙を流していた。こんな目に遭わせて、悪かった。

 彼をもとのあの凛々しい青年に戻してやらなければならない。


 魔女がシャンテルのほうを向いた。

「昨日の宿題はできたか」

「できました」

「答えはなんだ」

 シャンテルは地面の一点を見ていたが、心を決めたように顔を上げた。


「答えは……、王子をもとの姿に戻していただかなくても、よろしいです」

「ええっ、なんだと」

「ミレーユさまが言われたように、王子は生きています。王子は今、自由で、森の緑がきれいだと感動しています。私はそんな王子と暮らしていきます。ふたりで幸せに暮らしていけると思います。では、ミレーユさま、お元気で」

 

 ひざまずいていたシャンテルが立ち上がった。

「お兄さま、行きましょうか」

「どこへ行くの?」

「遠いところ。緑がたくさんあって、動物がいて、暗い部屋のないところ」

「いいね。そこに、行こう」


 エイベルは荷物を背負った後、ミレーユに近づいた。

「せいれいは、どうして泣いているの」

 エイベルが不思議そうな顔をして、その指の先で魔女の頬の涙をさわった。

「せいれいに、ともだちはいないの?」

「いないと言ったら、おまえが友達になってくれるのかい」

「せいれいが、ともだちがほしいんだって」

 とエイベルがシャンテルのほうを向いて叫んだ。


「ぼくたちがともだちになってあげようか」

「お兄さま、それはできません」

「どうして」

「精霊はおひとりがお好きなのですから。そういう道を選ばれたのですから」

「ああ、そうか」


 荷物の軽くなったシャンテルは振り向こうとする兄の手を引いて、森の中に消えていった。


            

               了




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魔女ミレーユだって、愛されたい 九月ソナタ @sepstar

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