掌編「恋人むーぶ」


「あ、口元にソースついてるよ? もう、だらしないんだから……あたしが取ってあげる」


 手元の紙ナプキンでソースを拭おうとすれば、五つ上の姉が指を伸ばしてくる。

 人差し指で僕の口元の赤いソースを取って――それをそのまま姉が、ぱく、っと食べた。


 ……あ。

 いいのかな……

 でもまあ、口元についたソース分だし、大丈夫だよね……と思った途端だった。


 お姉ちゃんが火を吹くように天を見上げて、恐竜の咆哮みたいに鬼気迫る顔だった。

 一瞬で、顔から汗が噴き出している……あ、やっぱりダメだった?

 ごめん、お姉ちゃん……なむなむ(意味は分かってない)。


「これっ、辛っ! ちょっと待ってほんと辛い!? み、水を――――こういう時に限って水がない!!」

「あ、店員さーんっ、お水ください!」

「ダッシュでお願いします舌が焼け落ちますよ!?!?」


 疲れた時の犬みたいに舌を出しながら、はぁはぁと言っている姉が、運ばれてきた水に飛びついた。

 ごくごくと飲んでいるけど、喉じゃなくて舌を潤わせた方がいいんじゃないのかな……?


 水はあっという間になくなって、だけどお姉ちゃんは未だに渋い顔をしていた。

 そんなに辛かった? ハバネロは入っていないのに。


「よ、よくも……ッッ」


「いや、お姉ちゃんの自業自得じゃん。恋人のフリをして友達を騙したいって言うから……。嘘つくからこういうことになるんだよ。悪いことをしようとすればバチが当たるんだよ。辛いだけで済んで良かったじゃん」


「うぅ……」


「甘いものばかり食べてるから辛さに弱くなるんだよ。普段から辛いもので耐性をつけておかないから……、自業自得だね。次からは舌を辛さに慣れさせておくことだよ。そしたら二度目の失敗はないかもね」


「……口元のソースを拭ったら激辛ソースだった、なんてパターンは二度も三度もないでしょ……」


「油断しちゃダメだよ。僕がいつでも、仕掛けておくから」


「わざと罠を張るのは違うんじゃないかな!?!?」



 …了

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信号機を作った奴はマッドサイエンティストだろ! 渡貫とゐち @josho

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