第2話 花の令嬢
「御機嫌よう、マリア。」
「御機嫌よう!あ、そのブローチ素敵ね!」
「まぁ!ありがとう!」
なんてことない朝、クラスメイトに挨拶を交わす。彼女が付けていたブローチは確か、前から買いたいといっていた物だ。
「おはよう!マリア!」
「おはよう!昨日の夜の星空は見た?」
「見たとも!言葉に出来ないほど美しかった。」
「ふふっ、良かったね。」
他のクラスメイトへも声をかける。彼は、天体観測が何よりも好きで、昨日の星空は見ていない筈がないと思っていた。
花の令嬢と呼ばれるマリアは人を観察して、好かれるように生きてきた。
そのために、人当たりよく笑顔を振りまいていたら花のようだと言われるようになった。
「あっ!お姉様〜!」
彼女にはジョシュアという姉がいた。黒く、静かな人だ。その分、人から誤解されやすいがマリア走っている。
彼女が誰よりも努力を重ねて、長女として立派にあろうとしていることを。
マリアはそんな彼女が大好きであったし、幸せになってほしい。
「マリア、令嬢が走るものじゃないわ。はしたない。」
ジョシュアを見かけたのが嬉しくてついつい走ってしまったが、彼女の言う通りだ。
「ごめんなさい!でも、お姉様に会いたかったの!」
姉はこう言われると弱い。周囲の人には分からない程、僅かに顔を赤くして照れてしまうのだ。
昔から何を考えているか分からないと言われていた姉だが、マリアにとっては分かりやすいくらいだ。
「ジョシュア!そう厳しく言わなくてもいいだろう!?」
そんな風に姉を眺めていたら、隣から大きな声で男が話しかけてくる。
彼はジオ。金色の髪と瞳を持つ男だ。眉目秀麗だが、如何せん声が大きく、ズケズケと人に関わる人間だ。
その性質は良い作用をもたらすこともあるが、悪い作用をもたらす方が断然あるだろう。
故に姉の結婚者といえども、姉にはあまり近づいてほしくなかった。寄らないでほしい理由はそれだけでない。
マリアは自身の人生の記憶を持っているのだ。生まれてから死ぬまでの。その中で、ジオによって持ち込まれた問題のせいで姉は指一本動かせなくなってしまうのだ。
それを阻止するためにマリアはジオを姉から遠ざける。たとえ、彼女の婚約者といえども。
「いいの、ジオ。悪いのは私だから。」
「マリア!お前は優しいのだな!」
「そんな…」
優しい訳ないだろう。というかジョシュアの言葉は正しかったのだから、せめて謝罪はしてほしい。
そうじゃなくとも姉は繊細なんだ。傷ついていないといいがと思って、顔をあげてみると、何と彼女は微笑んでいた。
「あっ!お姉様!何か良いことでもあったの?教えて!」
「?どうしてそう思ったんだ?」
「だって、今少し笑顔だったよ!」
「うーん、そうか?」
花の令嬢なんて呼ばれる自分よりも姉は花が好きだった。綺麗な花を見つけては微笑んで眺める。
だから、また綺麗な花でも見つけたのかと聞いた。のだが、返ってきたのは姉の言葉でなく、ジオの言葉だった。
あいも変わらず声が大きい。少しボリュームを落としてくれないだろうか。
「それよりもマリア!今度僕の家へ来ないか?」
行きたくなどない。というか、休日は姉と一緒にガーデニングをしたいのだが。というわけにもいかず、譲歩する。
「家?街じゃだめかな?」
「街なんかよりも僕の家のほうが快適だ!君もそうだろ?」
「うーん…」
ジオの家はやや遠く、移動を含めると休日は潰れてしまう。それは避けたい。
どうしたものかと足りない頭を捻っていると救いが差し伸べられた。
「ジオ。立場を考えたほうが良いんじゃないかしら。」
流石ジョシュア。渡りにふねと言うやつだ。ベストタイミングである。
「…。そんなに僕とマリアに仲良くなってほしくないのか。」
この好機、逃すわけにはいかない。そう思い、やや不機嫌になりそうなジオへ声をかける。
「確かに、お姉様の言う通りかも。」
「な、何!?マリアはジョシュアに味方するのか!?」
「み、味方って訳じゃないよ。でも立場を考えたら仕方ないかなって。だからね、変わりに私達の家に来るのはどうかな?」
「マリア!君は!本当に!優しいのだな。あぁ、そうだ!マリーと呼んでもいいか?渾名で呼んでみたかったんだ!」
「勿論、良いよ!」
ジョシュアのファインプレーのお陰で助かったようだ。彼女と話を続けようと思ったマリアだが、いつの間にかジョシュアは居なくなっていた。
ジオと話している間に何処かへ行ってしまったらしい。
姉と話せず残念がる気持ちと、姉からこの騒がしい男を遠ざけられて安心する気持ちが混ざっていた。
だが、このまま行けばジオはジョシュアと婚約破棄するだろう。それで、姉から離れてくれる。
悲惨な姉の未来を変えるため、卑しく思われようとも花の令嬢マリアは今日もハッピーエンドを目指して生きていく。
シスコン令嬢のタイムリープ トンボのめがね @tnb2525
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