第5話 再会

 おかしい。これはどういうことだ? 


 今回の人生では生まれた時点からこれまでの記憶がすべて揃っている。いや、違う。そうじゃない。正確にはこの十五になるまで私はずっと喪失感を抱えて生きてきた。それが一体何なのか堪えきれず私は何不自由ない裕福な名家を飛び出した。


 その前に私は教会から勇者認定されていた。何でも教会が『大災厄』についての神託を受けたのだとかで、聖女、魔法使い、弓使い、盾使い、賢者そして剣聖が今ごろ大聖堂に集結しているはずだった。それを放りだして家出した私は勇者失格というところだと思われる。


 今回起こるとされる『大災厄』というのは、私の中にある最も古い記憶のアレである。神が選んだ優秀な人間であったとしてもアレを倒すことは不可能だ。さらに千年だか二千年の周期で発生するたびにその力を増しているという。今回で人類が滅んだとしても不思議ではないと私は思う。勇者アーサーを超える勇者も、聖女アリアを超える聖女なんてものも私には想像できなかった。それに無二の親友だったクーリンディア……。ん? 何だこの感じは……。エルフ、なのか? 私の探しているそれは……。


 私は直感を頼りにクーリンディアの生まれた、そしてかつての私も生まれたエルフの隠れ谷を目指した。


 隠れ谷のことは良く覚えていたが、大陸の端から端を横断する羽目になった。馬車や飛竜を使った移動でも6ヶ月の期間を要した。途中、自分が転生した場所に立ち寄りながら旅を続けた。その先々で、エルフ、銀髪、エメラルドグリーンの瞳。これらが私の中に記憶の残滓のような状態で漂っていることを強く感じた。


 

 私はエルフの隠れ谷の手前で拘束された。


 今も昔も閉鎖的な環境だというのは変わっていないらしい。拘束される直前まで自分が人族として転生していたことを忘れていた私にも落ち度はあるのだけど。


「お前さんが、侵入者かえ?」


 村の長老が杖をついてわざわざ見張り小屋まで出てきた。彼のことは知っている。私が子どもの頃からずっと長老である。


「はい、そうなりますかね」


「何でも良くわからないことを言って皆を困らせていると聞いたが、まことか?」


「ああ、昔私がエルフとしての生を受け、この先の隠れ谷で暮らしていたという話ですかね?」


「はあ……。人族は変わり者が多いゆえ注意して見張れと言ってはおったが、本当にお前のような奴が現れるとはの。ふむ、長生きはしてみるもんじゃの。今は昔ほど人族に対しても厳しくはしておらん。もうすぐ『大災厄』が来るでの。種族を超えて協力せねばならんからの。じゃから悪いことは言わん、早々に立ち去るが良い」


 長老は振り返るともと来た道を引き返そうとする。


「スーリンディア、あなたは変わらないな。あなたの孫のクーリンディアが私に良く言ってましたよ。爺ちゃんは嘘をつくのが下手だって」


 長老の足が止まる。


「なぜあなたの真名、それに人族が知るはずもない弓の最優、クーリンディアの真名まで知っているのか? そもそもあなたが隠れ谷からこの場所まで足を運ぶなんて私の記憶にもない。おそらく私のような者がこの隠れ谷を目指してやってくることを予期していたのではありませんか? それにこの小屋、どう見ても目立ち過ぎでしょ。昔はこんなものは無かったし、今でもこれはこの先にエルフの隠れ谷がありますって知らせている目印としか思えない」


「お前、名を申してみよ」


「それは私のこの谷での真名ですよね。イズレンディア。かつての族長ゲルミアの息子、イズレンディアです」


 長老スーリンディアの細い目が見開かれた。


「ついて来るが良い」


 警備の若いエルフたちがざわついた。それはそうだ多分隠れ谷に足を踏み入れる私が最初の人族になるのだから。長老のあとをゆっくりと歩く。この道も景色も何も変わっていないように見える。村が近づくに連れバラバラに散らばっていた記憶が繋がり始めた。村に足を踏み入れる頃には、彼女の顔も声も、もちろん名前もはっきりと思い出していた。


「孫娘はあの『調停者』と取引をしたんじゃ。そもそもあのような存在を知る者などこの世界には儂くらいしか残っておらんと思っておった」


「どんな取引を?」


「自分の真名と交換にお主の存在をこの世界から奪わぬこと約束させよったわ。神にも近い存在に取引を持ちかける事自体驚きじゃのに、さらに賭けにも勝ちよった」


「賭け?」


「もし、お主がこの世界から失われたはずのあの子の真名を思い出せたなら、『調停者』は無条件であの子の要求を飲む。思い出せなければ、ほれ、あそこに。未来永劫、あの通り石のままじゃ。さあ、行って孫娘を救っておくれ、イズレンディア」


 私の歩く速さは一歩ごとに増していき、最後には全力で駆け出していた。


「フィン! フィンドゥリル! 私は君を愛している」


 真っ白だった石化した彼女に色が戻っていく。


「御師さま!」


 彼女を抱きしめたときには完全に元の姿に戻っていた。彼女のエメラルドグリーンの瞳が私をじっと見つめている。口づけを交わそうと顔を寄せた時、彼女の人差し指がそこに割って入った。


「むぅ?」


「御師さま、駄目です。まずは世界を救わないと」


「あ、ああ……、そうだったね」


 私とフィンはその後、教会の集めた勇者パーティに合流し、あのときと同じ決戦の地へと向かったのであった。



 

 了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕を殺す君がただ美しくて、そしてそれがただ切なくて 卯月二一 @uduki21uduki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画