後編

「ずいぶんな騒ぎがあったそうじゃないか、フー族の。"尾なし"の従者も死に掛けたと聞いたが、今日も連れているところを見ると、命拾いしたらしいな」


 壇上に座して足を組み、美女を侍らしながらゴウ族の長、嘉牙ジャーヤアは言葉を投げる。

 ニヤニヤと見下げる視線は、眼前の明花ミンファに向けられている。彼女の後ろには、雨星ユシンが控えていた。


「凶事を呼ぶ家門と縁を結べば、こちらの運までかげってしまう。婚約は破棄しよう」


 大事な話があるとゴウ族の宮に呼び出した明花ミンファに対し、武装の兵まで配置して、嘉牙ジャーヤアはどこまでも横柄だった。


「まあ、どうしてもと縋りついてくるなら、持参金次第で考えなくもないが……」


「婚約破棄で結構です」

「何?」

謀反人・・・と結ぶなど、こちらから願い下げだと申したのです」

「なっ」


 明花ミンファの毅然とした声が、部屋に響いた。


「十数年前、竜帝陛下の宝物殿から"封じ玉"が盗まれたことは有名ですが、その犯人が判明しました」


「急に何の話だ?」


ゴウ族が優位に立ち続けるため、のはあなたですね、嘉牙ジャーヤア


「ふざけたことを! 何を証拠に」


 いきり立つ嘉牙ジャーヤアに、明花ミンファは一つの玉を見せる。


「封じ玉の起動に込めた霊力辿れば、誰が使ったかは判ります。竜帝陛下の軍門をいたずらに削り宝物ほうもつを盗んだ、これが謀反以外のなんだというのです」


「くっ、生意気な小娘が! 取り押さえろ! たかだか二尾だ!」


 不敵に、明花ミンファが笑みを浮かべた。


「どうして私たちが、あなたの呼び出しに応じたと思ってるんです? ──叩きのめすためよ!」


「は?」


雨星ユシン、貸してね」


 言うが早いか、従者の胸倉を引き寄せ、明花ミンファ雨星ユシンに口づける。

 強い霊力が、放たれた。


 明花ミンファの背に、荘厳なが揺れる。


「ずっと封じられてたせいで、彼はまだ霊力をうまく扱えないの」


 明花ミンファからの視線に、雨星ユシンが力強く頷いた。


「だから今は私が、彼の二本分を借りて、これまでの屈辱を晴らすわ!」


「なっ、な……っ」


 嘉牙が腰を浮かして狼狽える。


「これは霊力……じゃない神力! まさかそんな!」


 狐族の四尾は、"天狐"と呼ばれる神位を持つ存在であり、二尾とは格段に霊力が違う。


 本来であれば千年を生きて至る位階であるが、一族を守る力として、長くフー族に受け継がれ、四尾であれば発動出来る特性を持っていた。


 二尾は地上の力。四尾は天上の力。


 天から流れ落ちて地上に根ざしたゴウ族は、天の力の片鱗こそあれど、四尾には及ばない。


 明花ミンファが一歩踏み込むと、白い光が炸裂した。



 ゴウの兵は、明花ミンファ繊手せんしゅ一振りで壁に投げ飛ばされ、 嘉牙ジャーヤアの女たちはその場で腰を抜かしている。

 先ほどまで愉悦に浸っていたはずの顔は、いまや完全に引きつり、頼みのおさを見るものの。

 嘉牙は明花ミンファの前に沈められていた。


ヘイ 嘉牙ジャーヤアに、西シー 明花ミンファが婚約破棄を言い渡す! 長年に渡り、我が一族を欺いた罪。東家の世嗣せいし殺害未遂含め、その霊力ちからを封じたこと。十分に償って貰うつもりだから、覚悟しておくがいい!」


 明花ミンファの宣言に、倒れ伏した 嘉牙ジャーヤアは視線をあげて雨星を見る。そして、その口元を皮肉げに歪めて言った。


「フ、ン。女の後ろに隠れて見学する能無しなど、生きていてもどうせ何の役に立たなかったんじゃないか──、ギャアアアアアア!!」


  嘉牙ジャーヤアの言葉は、途中で絶叫に変わった。

 動けぬ彼の尾を、明花ミンファが踏み抜き、そのまま神力で焼き切ったのだ。

 明花ミンファの赤い瞳には、怒りが溢れている。

 

「どの口が抜け抜けと。その侮辱、己が身でこの先ずっと味わうが良いわ!」


「尾が……! 霊力が……抜けるっ……!!」


「言っておくけど、お前の相手を私に任せてくれた雨星ユシンに感謝することね。彼が霊力に不慣れだと言ったのは、という意味よ。ゴウ族のくにごと吹き飛ばしてしまっては、こちらも過失を免れなくなるからね」


「ヒ……ッ」


 くにごと吹き飛ばす。


 有り得ないことではなかった。過去の四尾の尋常ならざる力を、これまでも狗族は見て来た。

 だからこそ、四尾の復活を阻んだのだ。


 東家に二尾の男子が生まれたと聞いて、東家に忍び込んだ。


 せっかく狗族の時代がやってきたというのに。

 狐族の二尾が、同世代で男女であったことは初。ふたりがつがえば、次代は四尾が誕生するかもしれない。

 

  嘉牙ジャーヤアは東家に忍び込み、赤子を切り刻んだが、思わぬ速度で傷が再生していく。高い霊力の証だった。

 治癒を止めるため慌てて"封じ玉"を赤子の傷にじ込んだが、その結果を見届けることなく、追われて逃げた。激しい赤子の泣き声に、屋敷中が騒ぎ出したせいで。


 後日、赤子の訃報を聞いて、出血が激しかったのだろうと満足した。

 まさか生き延びて、西家に匿われていたなど。東家が息子を従者として扱うことを承服するなど、思いもよらなかった。

 

 名目は従者だが、雨星ユシンが高水準の教育と武芸を仕込まれたことまで、 嘉牙ジャーヤアは知らない。

 ゴウ族の長が見ていたのは、あくまで肩書のみだったから。"尾なし"と蔑まず、彼の身ごなしの一端でも見ていれば、何かに勘づけていたかもしれないのに。

 油断と傲慢は、愚者の奸計を完遂させなかった。




 その後、 嘉牙ジャーヤアゴウ族は、フー族によって竜帝に差し出されたが、裁きに先んじて 嘉牙ジャーヤアを断尾した明花ミンファは、不問とされた。




 かつて東家に男子が誕生した際、フー族はいた。

  嘉牙ジャーヤアが危惧したと同様、四尾の復活を予感し、期待したからだ。


 けれども東家の赤子・雨星ユシン何者かに・・・・襲われたことから、狐族は用心を重ね、再び彼が狙われないよう、隠すことにした。


 いつように、西家の明花のそば近くに。


 明花ミンファは知らない。

 周りの大人たちが、身持ちが固く、節度ある二人を微笑ましく見守りながら、「違う、そうじゃない。早く既成事実を作ってしまえ」と応援していた事を。


 雨星ユシンも知らない。

 "明花ミンファが嫁ぐまでが期限タイムリミットだ"と、さと中が焦っていた事を。


 もはや期限はなくなった。

 けれども大人たちはやっぱり、せっかちだった。今だって、彼と彼女をふたりっきりにさせるぐらいに。



 ふわふわのしっぽを添わせ合いながら、楼閣の窓際に並んだ明花ミンファ雨星ユシンは、空に輝く星たちを眺めていた。肩を寄せ合い、言葉を重ねる。


「死に掛けながら告白してくるなんて。ズルイわ、雨星ユシン


「あんな時じゃないと、言えないじゃないですか。だって俺は、お嬢の従者だったんですから」


 クスッと明花ミンファが笑う。


「本来の身分に戻ったのに、"お嬢"呼びだなんておかしいわ。"明花ミンファ"でいいのよ?」

「──!」


 雨星ユシンの金色の目が、思いきり見開かれた。

 照れたように彷徨った後、しっかりと明花ミンファを見つめる。



明花ミンファ、好きです」


「素直さが最高ね! 私も好きよ、雨星ユシン!」



 二尾のふたりの子が、四尾として誕生するのは、もう数年先の話である。

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婚約破棄される予知夢を見たけど、望むところよ! みこと。 @miraca

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