婚約破棄される予知夢を見たけど、望むところよ!
みこと。
前編
「
冷たい瞳で
彼の腕には、
(まずい! 私たち、
焦って目の前が真っ暗に。
──なったところで、
荒い息を整えながら寝台から身を起こすと、ぎゅっと自分の
艶やかな白銀の髪が、サラリと肩に流れ落ちる。頭上では三角に尖った耳が、伏せるように横に倒れ、不安な気持ちを代弁していた。
寝間着の下で、じっとりと汗ばむ肌を不快に感じながら、先ほど見たばかりの夢をなぞる。
(今のは予知夢だわ……!)
西家に伝わる力の一端、
つまり婚約破棄は、これから起こる未来。
「くっ」
いまの
絶望的な気持ちでしっぽに顔を
(あら、一本しかない? もう一本は……)
見回して、
「! どきなさい、
あろうことか
(どうりで悪夢を見たはずだわ!)
隣で寝ている少年を押し転がすと、相手からは抗議があがった。
「っ、お嬢! なんでまた俺の寝床に入ってるんですか!」
「うるさいわね、些細なことを。それよりよくも私のしっぽを踏んだわね! お前の重さで、痺れてるわ」
「お嬢が勝手に俺の隣に来たんでしょ?! 些細? 大問題ですよ!
「フン! 婚約者殿だって毎晩いろんな女と同衾してると聞くわ。あっちだって好き放題してるのに、私だけ非難される
「してたら大変ですよ。はっきり言って、お嬢の距離感はおかしい! 俺はもう、いつ旦那様から追い出されるかとヒヤヒヤです」
「平気よ。これまで誰も何も、口出ししてこなかったじゃない」
「いや、それだっておかしいんですけどね。大体俺の部屋が、お嬢と続き間なのも意味不明……。いくら従者と主人だからって……。お嬢、近々結婚を控えてるのに」
ブツブツと呟く
望む結婚ではない。同胞のために輿入れする。
しかも互いに、嫌悪しあう種族に。
ハッとしたように
「……すみません」
「仕方ないわ。長の娘の務めですもの。我が一族の……"
獣人たちの国があった。
竜帝が治めるその国は、それぞれの種族で
それぞれ犬の霊力と、狐の霊力を持つ一族で、竜帝に従い、己が領地の国境をよく守っていた。
ところがある時。
強力な妖魔があらわれ、"
何とか撃退出来たものの、以来、四尾が生まれず、"
だが、
東家の
各世代、両家に一人ずつしか生まれない二尾。
西家が娘、
妖魔を凌ぎきれず、恥を忍んで助力を求めた
"
次世代の二尾が生まれるまで、息をつなぐ。そのための同盟だった。
「せめて俺に尾があれば、お嬢の力になれたかもしれないのに」
視線を落としたまま悔しそうに言う
少年の、黒髪に縁取られた、
「ないからこそ、私について、一緒に
そのため、彼の親は
そして
西家の従者に霊力がないことは、
獣人族の霊力は、尾に宿る。
気心を知る相手が
「向こうでお嬢が寝床に潜り込んで来たりしたら、一発で首を
「わかってる。向こうではしない。
「? どういう意味ですか?」
「予知夢を見たのよ。婚約破棄される」
「ええっ?!」
「されて欲しいわぁ。困るけど。
「そんなのお嬢を馬鹿にしてるじゃないですか! 俺もあいつらは
「っつ、ず、ずっと思ってたの? 口にしたこと、なかったじゃない」
どんな言葉も聞き逃すまいと構えた返事は。
「そ、それは俺の立場で言えることじゃないから……。けど、破棄してくるのは無礼すぎる! 今までだってさんざん無茶な要求をしておきながら──」
「怒ってるのは、そっちの意味なの?」
ぎこちなく咳払いをし主人は、興奮中の従者をなだめる。
「落ち着きなさいな、
「外? そういえば何だか、騒がしいですね?」
「何かあったのかしら。ちょっと見て来て」
「……。お嬢、
ヨロヨロと扉から出て行った
「お嬢! 怪魚ッ。翡翠峡の怪魚が水揚げされたらしくて、屋敷に献上されてる! 荷車からはみ出すデカさで、皆それを一目見ようと、人だかりが出来てた!」
「まあ! お前はもう見たの?」
雨星に劣らず、明花も弾んだ声をあげた。
自領の渓谷、翡翠峡の淵で、トゲだらけの怪魚が目撃される噂は時折耳にしていた。
"淵のヌシでは"と、子どもの頃から目を輝かして聞いた話が、現実として拝めるなんて。
「まだだけど、先に報告しに戻って──」
「行くわよ! 珍しい怪魚を見たいわ!」
早朝とて急いで身支度をした
思いがけない事態に襲われた。
まだ息があった怪魚が急に暴れ、尖った尾びれが鋭く
「お嬢!」
一瞬が、数刻に引き伸ばされるような感覚。
代わりに切り裂かれたのが、
彼に庇われ、
「いやぁぁ、
「お嬢様! ご無事ですか?」
「は、早く医者を呼んで!
「はっ、こ、これは。お待ちください。すぐに呼んで参ります」
近くの者が走る。
"尾なし"であるにも関わらず、
一人娘のお気に入りということと、彼自身が人好きのする性格で可愛がられているというのもあったが、他にも。
二人が知らぬ理由があった。
「
「っ……、お嬢、俺は嫁入りはしませんよ。お嬢についていくだけで」
「わかってるわよ! あああ、喋らないで。どんどん血が流れてしまう」
「お嬢、俺がいなくなっても、朝はきちんと起きてくださいね」
「
「それから歯を磨いて、服を着て」
「お前がいま言いたいことはソレなの?!」
「お嬢、お耳を近くに」
「え」
顔を近づけた
「!!」
途端に、
「馬鹿、そんな大事なことをこんな時に言うなんて! 決して死なせないから」
「え……、何これ」
(玉?)
瞬く間に、裂かれたはずの腹が癒えていく。
(これ、霊力による治癒?
(二尾!? え、え、どうなってるの?
医者が駆け付けた時には、怪我人の傷はほぼ塞がっており、西家はその日、未曽有の大騒ぎとなった。
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