第9話 対ワイバーン③
ワイバーンの周囲の土は至る所が抉れ、しかもそれは前方に偏っていれば、ラスラに向かった攻撃の凄まじさが分かる。
「怪我はない?」
「おう!」
にも関わらず当の本人はピンピンして武器を回収していた。なぜあんなに元気なのか。人間種と亜人は身体の作りがそもそも違うのかも知れない。
「よく無事だったな」
「避けに専念してた、から?」
嘘だ。鉈が欲しいと反撃する気満々で叫んでいただろうに。
「シュノも。結構吹っ飛ばされてたけど、何ともない?」
「頑丈さだけが取り柄でな」
さすがに身体のあちこちが痛いが、魔獣と戦った後にしては大きな怪我もない。自力で歩けるなら十分だとシュトシュノは判断した。
「ちゃんと後でお医者様に診てもらってね。特に頭は後から重症だって分かることもあるから」
それでも心配して言葉を重ねるイオに苦笑した。
「皮肉なもんだな」
「え?」
「何でもない。ちゃんと診てもらうよ、約束する」
やっとイオが安堵の息を漏らす。
どこにでも自分の状態を軽視して医者を嫌厭する輩がいるのだろう。シュトシュノも前日の怪我を押して戦線に出て、怪我が元で命を落とした戦友を何人も見たことがある。
「近くに何もいなかったか?」
「マルハイエナの群れぐらいかな。蹴っ飛ばしたら離れて行ったよ」
マルハイエナは膝丈ぐらいの小さな肉食魔獣だ。大型魔獣が食い散らかした後にやってきて残り物を食い漁る。臆病な性格で、自分たちでは積極的に狩りはしない。
元々はワイバーンの獲物を狙って追いかけてきたのだろうが、食事にありつけないと見たか。
跳ね橋が降りる音が聞こえた。
見やると、トハーンの兵士達が馬に乗ってこちらに向かってくるところだった。
一団の先頭に見えた顔ぶれを見てとり、シュトシュノは「げっ」と嫌そうなのを隠さなかった。
「派手にやりすぎたな。ラスラの言う通り、森で仕留めときゃ良かった」
そばに到着すると、先頭を走っていた男が馬から飛び降りた。
「やはりお前か、シュトシュノ!」
「エル=ヤハド隊長。自分などの為にお出迎えくださるとは」
「ふん。誰が貴様ごときのためにわざわざ足を伸ばすものか」
背筋を伸ばして直立し答えたシュトシュノの言葉に、翼人の男は忌々しそうに顔を歪めた。
長めの金髪を後ろでまとめ、一人だけ兜を被っていない。それどころか胸当てだけしか防具を付けていなかった。
袖の広がった上等そうなシャツで合間から翼人特有の羽毛に覆われた腕が見える。
事務仕事をしていたところ、バリストン支部長に駆り出されたのだろう。エル=ヤハドは一応シュトシュノの所属する第三部隊の隊長、直属の上司にあたるからだ。
エル=ヤハドはじろりとラスラとイオを見る。
「なんだ、森の散策ついでに被災者の救助活動か?ずいぶんと余裕だったようだな」
どうやら二人を、魔獣に攫われていた民間人と判断したらしい。
「お仲間に見逃されたのではないのか?」
「貴様は混じり者だからな」
「然り。魔獣どもも竜人は食わぬか」
エル=ヤハドと共にやってきた者たちが口々に嘲りを投げかける。
混じり者、とは魔獣の血を分けた異端者を指す蔑称だ。実際には亜人と魔獣との間には子は生まれないのだが、人型から離れた外見の者、特に竜人を指してそのような呼び方をされることがある。
ラスラやイオはそんな呼び方など知らないはずだが、エル=ヤハドの取り巻きらのバカにした笑い声に眉をひそめた。
エル=ヤハドは取り巻きたちを一瞥して、ふんと息をつく。
「ワイバーンを殺したことは褒めてやろう。貴様にしては気の利いた土産だ」
あ、まずい。シュトシュノが制止をする前に。
「人の獲物に手ぇ出すんじゃねぇよ」
ワイバーンの目からナイフを引き抜きながら、ラスラが近寄ろうとする兵士たちを牽制した。
立ち塞がる少年に、兵士たちが戸惑って動きを止めた。
エル=ヤハドが鼻白む。
「貴様、我らを王立騎兵隊であると知っての言か」
「お前らが何者かとかどうでもいい。狩ったもんは狩った奴の物だろ。基本だぞ」
「ふん!これだから田舎者は!」
まだラスラは手に血塗れのナイフを握っている。
シュトシュノは気が気でなかった。騎兵隊への妨害罪などとエル=ヤハドが言い出すと面倒、というよりラスラが斬りかからないかの方が不安だ。
狩人にとって獲物の取り分は死活問題だろうから。
「そこにいるシュトシュノは騎兵隊に籍を置いている。なれば騎兵隊が所有権を主張しても問題はあるまい?何なら討伐を手伝った小僧どもに褒賞を出すよう私から進言してやっても良い」
悪い話ではあるまい?とエル=ヤハドは猫なで声で説き伏せようとする。
褒賞を出す、と約束しないところがみそだ。エル=ヤハド自身に褒賞を与える権限はない。
ラスラはどうしたらいい?とイオとシュトシュノを見た。というか本人は申し出を蹴りたいのだろう、許可を求めているようにも見える。
シュトシュノが何かを言う前に、イオが進み出た。
「騎兵様方に恵みと栄光がありますように。口を挟む無礼をお許しください」
胸に手を当てて一礼をする。
あまりに自然な所作だったので、エル=ヤハドは虚を突かれたようだった。古くはあるが目上の者へ敬意を示す挨拶である。
「ふん。田舎者の中にもマシな者がいるようだな。許そう」
「ありがとうございます。では申し上げます。ワイバーンの両目を潰したのはラスラです。誇り高い騎兵隊の皆様ならその貢献が大きなものだとお分かりいただけると思いますが」
馬鹿な、と声が漏れる。
先程の戦闘を見ていなかったのだろう。シュトシュノが少年たちを助けるために戦ったのだと誤解していたのかも知れない。
「しかしながら、騎兵様のご事情も理解できます。近辺ではワイバーンによる被害がかなり大きかったとか。民に安全を証明するためにワイバーンの首が必要でしょう」
「然り。騎兵隊が討伐せし事実を町中だけではなく近隣の村々に知らせねばならん」
頑なに騎兵隊が討伐したと言い張るエル=ヤハド。シュトシュノも兵士である以上間違いではないが。
騎兵隊としては、自分たちではなく通りすがりの狩人がワイバーンを落としたとあっては面子が潰れてしまうのだ。
そこまで確認して、イオは頷いた。
「では、交渉の席をご用意願いたい」
「なんだと?」
「褒賞は結構です。取り分を主張する権利がこちらにも騎兵隊にもある以上、落とし所を見つける話し合いが必要と思います。責任者の方との交渉の場を、我々は求めます」
お前じゃ話にならない、上の者を出せ、ということである。
「私は部隊長であるぞ。不満だと申すか?」
「此度のワイバーンの処遇は、部隊長殿のみの判断で決められるものとは思えませんが」
ぐぬぬとエル=ヤハドが呻く。
イオは静かに付け加える。
「交渉が望めないならば、三つに分けることを提案致します。三人で狩ったものは三つに分けるのが道理でしょう。首を差し上げる代わり、胴と尾はこちらで貰い受けます」
見張りだけで直接手を出していないイオを含めるのは少しずるいが、そもそも戦闘に参加していないエル=ヤハドにそれを咎めることはできない。
「ラスラ」
「よっしゃ」
腕まくりをしてナイフを構えるラスラにエル=ヤハドは慌てた。
「待て!分かった!」
討伐の証ならば首は最適だろうが、その代わり魔石を含めた希少素材を丸ごと持っていかれるのはあまりに不当な取引だ。
イオも分かった上で吹っかけているのだからタチが悪い。
「交渉の席は用意しよう。だが、それ以上の口利きはできぬぞ」
「十分です」
満足げに頷く少年に、エル=ヤハドは忌々しげに顔を歪めた。
「厄介事を持ち込んでくれたな、シュトシュノ。奴らに支払う分は貴様に負担してもらうぞ」
「ご随意に」
どうでもいい。
なんとか平和的に話がまとまりそうで良かった。すでに胃が痛い。
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絶滅したはずの人間は世界に挑む 駄文職人 @dabun17
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