第8話 対ワイバーン②
ワイバーンがラスラへと食らいつこうとする隙をシュトシュノは見逃さなかった。ばたつく翼を踏み抜くと、手に持った槍で地面に縫い止める。
完全に両翼の自由を奪われ、ワイバーンは吠えた。
シュトシュノの視界の端で、間一髪ラスラが飛び退いているのが見えた。
槍に足をかけ、そのままシュトシュノはワイバーンの背によじ登る。
ワイバーンは振り落とそうとするが、翼を押さえられては大きくは動けない。
『魔力が尽きてりゃ、風の守りがなくなるから背に乗れるよ。ワイバーンには鱗がないから』
(剣が刺さる……!)
腰に挿していた剣を抜き、今までの恨みを込めてワイバーンの背に深く突き刺した。
ワイバーンの悲鳴が平原に響いた。
痛みに激しく暴れるが、剣にしがみついてシュトシュノは耐えた。
背に強い衝撃。
尾が叩いたのだろう。息が詰まるほどの打撃が、鎧の上からでも伝わる。
離してなるものか。
コイツはここで必ず仕留める。
「あー!鉈が欲しい!」
何やら物騒な怒声が聞こえた。
ワイバーンの巨体がふるりと震え、ギャッという声と共に尾の攻撃が止んだ。
顔を上げると、仰け反ったワイバーンの右目にナイフが突き刺さっているのが見えた。両目を奪われてワイバーンの動きが一瞬止まる。
投擲したのか、接近して突き刺したのか。
力がある訳ではない。身体能力ならば獣人にも劣るだろう。にも関わらず、亜人が何人束になっても敵わなかったワイバーンをラスラは圧倒してみせている。
その理由は、遥か遠くからでも飛行するワイバーンの左目を射抜く弓の腕前か。
それとも、ワイバーンを前に全く臆することなく立ち向かえる胆力か。
違う、とシュトシュノは思う。
いや全て合っているのだろう。だがそれは本質ではない。シュトシュノの目から見て、ラスラの動きは恐ろしいほど最適化されているのだ。それほど魔獣との戦闘に慣れている。
そう、慣れているのだ。
圧倒的な経験の差。
大型魔獣が跋扈する森で生まれ育った狩人がどういうものか、否応なく理解させられる。
(恐ろしいな)
これが人間種。
千年前に絶えたと言われていた、伝説の民。
「シュノー!」
背後から声がかかる。
森から他の魔獣が来ないか警戒していたイオだ。こちらの様子を見に来たのだろう。
「背骨の左、今掴んでるコブの下が心臓だよー!」
「!」
シュトシュノの判断は早かった。
今更人間種の言葉を疑う気もない。
剣を引き抜き、指示された場所を狙って深く貫いた。
ワイバーンの断末魔は長く響いた。
再び持ち上がった尾が横薙ぎにシュトシュノを吹っ飛ばす。
何度も地面を転がった。ようやく止まっても息が詰まった。
骨は折れたか?
大丈夫だ、まだ動ける。
膝に手を置き、立ち上がろうとするが頭がくらくらした。剣は手放してしまったらしい。
早く立ち上がってラスラを援護しなければ。
イオが森から走ってくるのが見えた。
「大丈夫だよ。もう終わった」
何が、と間抜けな問いをしそうになった。
はっとして顔を上げると、ワイバーンの長い首がゆっくり地に落ちるのが見えた。ピクリとも動かなくなる。
勝ったのだという実感は、あまりに遅れてやってきた。
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