平民から努力で成り上がった宮廷魔術師は勇者(聖女?)を毛嫌いする。~男を虜にしている勇者が実は男だったなんて聞いてない~
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平民から努力で成り上がった宮廷魔術師は勇者(聖女?)を毛嫌いする。~男を虜にしている勇者が実は男だったなんて聞いてない~
桜塚あお華
平民から努力で成り上がった宮廷魔術師は勇者(聖女?)を毛嫌いする。~男を虜にしている勇者が実は男だったなんて聞いてない~
「宮廷魔術師、アルテミスよ、どうか勇者を共に魔王討伐に行ってくれないか?」
「え、普通に嫌ですけど。そんなに私じゃなくて別の人に頼んでください」
国の王様にしらっとそのように告げる事が出来るのは多分彼女だけなのだろうと、周りの人間はそのように思ったのかもしれない。
それぐらい、彼女は勇者の隣に居る事自体が嫌だったのだ。
勇者、いや、もしかしたら聖女とも呼ばれるのではないだろうか?
国が勝手に召喚した勇者は、聖女のように美しい顔をした少女だったからである。
▽ ▽ ▽
「で、断ってしまったの、アルテミス」
「断る理由があるだろう、ルーナ」
嫌そうにしながら答えるアルテミスに対し、友人であり、同じ職場の同僚であるルーナはフフっと笑いながら、アルテミスが用意してくれた紅茶を美味しそうに飲んでいた。
宮廷魔術師――それが、アルテミスの職場だ。
元々魔力が人より多かった事もあり、平民だったアルテミスは魔術を極める為に有名な学園で魔術を学び、卒業後は宮廷魔術師として活躍している。
そんな彼女が頭を抱えている事が出来てしまった。
勇者召喚と言う儀式だ。
近年、魔物の発生率が増えており、同時にある寂れた国に魔王が復活したと言う情報を入手した我が国、リスティアール王国は、勝手ながら勇者召喚と言う儀式を王族、そして教会の奴らが勝手にやった事で、一人の少女を召喚してしまったのだ。
少女の名は『トオル・サイオンジ』と言い、『ニホン』と言う別世界から来た普通の少女だが、『スキル』と言うものを所持し、アルテミス同様、かなりの魔力の持ち主だった。
剣術も教えると徐々に力を発揮し、今では仲間と共に魔物を退治しに行っているぐらい、彼女が優秀だと理解出来る――出来るのだが、アルテミスはそれが嫌だった。
アルテミスは努力を、血の涙を流すぐらい頑張って来たのに、召喚されて、『スキル』と言うモノを手に入れて、そんでもって半年でここまでになった彼女が許せなかったのである。
つまり、『嫉妬』だ。
「アルテミス、本当に勇者ちゃんの事嫌いだねぇ、努力していないまま強くなったって思ってるんでしょう?」
「悪いか?」
「悪くはないんだけどさーけど勇者ちゃんのお世話役なんてお金になるからよい仕事だと思うよ?アルテミス、弟たちの入学資金貯めてるなら引き受けちゃえばいいのに?」
「……それでも、私は嫌だ……あの女がいるパーティーなんて入りたくないし、世話もしたくない。最近じゃ、男たちを誑かしているらしいじゃないか!」
誑かしている、と言う言葉にルーナは何も言えない。渇き笑いしかできないのだ。
最近、勇者であるトオルの周りには見え麗しいイケメンたちが勢ぞろいしている。頬を赤く染めながら、しまいには愛を囁いている姿も見受けられており。
この国の王太子、宰相の息子、騎士団長の息子、その他諸々――彼女は彼らを虜にしている、所謂魔性の女と言ってもいいほど、魅了の魔術でも使っているのではないのだろうか、と言うぐらい。
「よりにもよって、騎士団長様の息子を誑かしやがってェ……息子はどうでも良いが、団長様に手を出したらぶっ殺してやる。勇者殺せるかわからないけど」
「あー……アルテミス、騎士団長の事好きだもんね。憧れとして」
「あの人の筋肉は素晴らしいからな!」
「本当、筋肉大好きだよね~」
アルテミスには憧れの存在が居る――この国の騎士団長を務めているホーゼンと言う男だ。
結婚して、子供も生まれて、妻子をこよなく愛する人物である彼は、昔アルテミスが窮地に立った時に助けれくれた人物だ。
アルテミスはそれから、密かに彼を影から見守る存在になってしまっている。決して恋愛感情ではなく、憧れの存在として。
そんな憧れの存在の息子を誑かしているトオルは敵なのだ。これからも、敵と認識するだろう。
イライラしながら、アルテミスは持っていた資料を破り捨てそうになっていた時、入り口の扉を叩く音が聞こえたので振り向いてみると、そこには笑みを見せながら立っている一人の少女――トオル・サイオンジの姿があった。
「こんにちわ、アルテミスさん」
「げっ……」
「やっほーこんにちわ、勇者ちゃん」
「こんにちわ、ルーナさん。アルテミスさん、お借りしても大丈夫ですか?」
「だって。ほら、勇者がご使命だよ、アルテミス」
「……」
嫌そうな顔をしながらアルテミスは破り捨てそうになった資料を置いて、そのままトオルの後をついていくような形を取り、トオルは再度ルーナにお辞儀をした後、アルテミスの後をついていくように歩いていく。
残されたルーナは、持っていたお菓子を口の中に入れながら呟いた。
「……ありゃ、化けるぞアルテミス。気をつけろ~」
▽ ▽ ▽
「アルテミスさん、どうして私のお誘い、お断りしたんですか?」
「ちょ、ちか……え、ちょ、近いんですけど!」
歩いて数分、突然腕を引かれたアルテミスはそのまま渡り廊下の壁にまで追い込まれ、ただいま目の前には目を輝かせながら近づいてきているトオルの姿がある。
距離が近いと思いながら離れようとするのだが、トオルの方が力があるのでうまく振り払う事が出来ない。
思えば、彼女は召喚された時からこうだった。
美しい容姿に幼さが少しだけ残る顔。
勇者が召喚された、と言う話を聞いたアルテミスは興味本位で見に行くと、まるで人形のような存在だと、綺麗だなと思ってしまった。
――男を誘惑しつつ、ハーレムのような行動をしているのを見てしまうまで。
アルテミスとトオルの初めての会話は、彼女に初歩的な魔術を教える事になった時だ。
「初めまして、アルテミスさん!
「まぁ、はぁ……よろしく」
力いっぱいの挨拶をされた所で、アルテミスは既に彼女の事は嫌いだった。
二日前に彼女が最も敬愛している人物の息子に誘惑をしている姿を見るまでは。
嫌そうな顔をしてしまったが、それでも初歩的な魔術を教えるのは仕事だと頭の中に浮かべながら、アルテミスは何とか彼女に簡単な魔術を教える。
トオルには、力があった。
そして、簡単にそれを覚えてしまうのだ。
(……腹が立つ)
たかが、この世界ではない別の世界から来ただけの存在なのに、神様にスキルと言うものをもらって、魔力も多くて、剣も簡単に扱えて、努力をしていないような姿を見せられて、アルテミスは腹が立った。
平民からここまで成り上がったアルテミスにとって、目の前にいる勇者と言う存在は、本当に嫌でしかない。
まるで、自分がバカにされているような感じだった。
「出来ましたよアルテミスさ――」
魔術が出来たトオルがアルテミスの顔を見て驚いた顔をしていた。
何故そのような顔をしていたのかわからなかったアルテミスだったが、いつの間にか自分の瞳から水が零れ落ちていたらしく、つまり泣いていたらしい。急いでアルテミスは涙を拭きながら、トオルに向けて答える。
「そ、それなら今日で魔術の訓練は終わりだ。だから――」
「――なぁ……」
「え?」
突然、何か聞いてはいけない言葉を聞いたような気がしたアルテミスは、泣いていた涙を引っ込め再度視線を向けると、彼女は心配そうな顔をしながらアルテミスに近づき、頬に触る。
「どうかしましたかアルテミスさん!?もしかして、何か私しちゃいましたか?」
「……い、いや……大丈夫だから気にするな」
本心で心配してくれたのだろうとわかるが、それでもアルテミスにとって、目の前のトオルと言う存在は害でしかない。手で振り払い、背を向けてその日は別れたのだが。
それ以降、何故かトオルはアルテミスに声をかける事が多くなってきた。
何故自分なのかわからないが、原因は多分泣いている所を見た時だろうとアルテミスは考える。
一体、どこに気に入られてしまったのか、全く予想がつかない。
しかも、勇者とその仲間たちはこれから魔王討伐に向かう予定なのだが、その中の一人に選ばれてしまったアルテミスはすぐさま国王にお断りの言葉を放った。
多分、それを聞いてトオルはアルテミスに声をかけたのだろう。
だが、壁に追い込まれるとは思っていなかったのである。
「私、アルテミスさんと一緒に旅したいなぁ、魔王討伐を一緒にしたいなーと思って王様に頼んだんですよ……それなのに、お断りしたと聞きました。他の人を出すって……そんなの嫌ですよォ。私、アルテミスさんと一緒が良いです!」
「い、いや、ち、近いから離れて……」
「離れたら逃げるでしょう?」
「に、逃げないから……う、まぶし……」
キラキラした目が、嫌いだ。
トオルは今、そのような目でアルテミスを見ているので、目線をそらしたかったのだが、トオルはそのような事をさせてくれない。
そして、トオルの質問に答える事が出来ないアルテミスに対し、一瞬だけ、言葉を飲み込むようにしながら、トオルは静かに答えた。
「――アルテミスさんって、私の事、嫌いでしょう?」
――嫌い。
思わず視線を向けた先に、トオルはジッとアルテミスを見ている。
真顔で、口を閉ざし、少し悲しそうな顔をしているように見えたが、アルテミスはその言葉を聞いた瞬間、何かの糸が切れたかのように、口を開く。
「……嫌い、だ」
「え……」
「ああ、嫌いだよお前なんて!私は昔から努力して、貴族じゃないのにそれでも魔術が大好きだから、まるで数字のように解いていくモノが好きだったから、魔術師になった!努力して宮廷魔術師にまでなった!平民から、成り上がったんだ!それなのに、君は……君は努力しないで、神様から与えられたモノで何でもこなしてしまうし!私は……努力しない、なんでもできるお前なんて嫌いだ!!」
「……」
「ああ、嫌いだ!同じ空気だって吸いたくない!私の憧れの騎士団長の息子まで虜にしやがって!男だらけのハーレムだって作ってるし!別の意味でなんか腹が立つし!!だから!もう二度と私に声をかけるな!!お前と一緒に魔王討伐だって行きたくないし、傍に居るだけで虫唾が奔るし、それに――」
「……フフッ」
傷つけるかもしれない。相手はあのトオル・サイオンジだ。
もしかしたらハーレムの男たちに襲われるかもしれないが、それでも胸にたまっているモノを全て吐き出してみた。
傷ついて、泣いてしまうかもしれない、と思っていたはずなのだが、次に聞こえてきたのは静かに笑いだった。
まだ言いたいことが山ほどあったのだが、聞こえてきた笑いにアルテミスは言葉を止めた。何故、笑いが来たのか理解が出来なかったアルテミスは顔を上げてみると、そこには楽しそうに笑っているトオルの姿があったのだ。
だが、いつものトオルではない。
そこには、誰も見た事のない、頬を赤く染めながら楽しそうに笑っているトオルだったのだ。
「フフ、クク、は、はは……はははッ!」
「え……は……」
「ああ、泣いちゃったねアルテミスさん!すごくイイ……アルテミスさんの泣き顔ってすごくそそるゥ……もう、すごく上から下まで食べちゃいたいぐらい」
「あ、え、た、たべ……いや、私は食べても美味しくない……」
「何言ってんの、性的な意味で食べたいって意味だよ。ああ、あの泣いた顔を見た時からもう下半身が反応しちゃって、大変だったよ…………女のフリするの」
「…………え?」
今、トオルの言葉から変な発言が聞こえたのは気のせいだろうか?
そして、そこには信じられない顔が、アルテミスの目に映る。
確かにトオル・サイオンジの顔なのだが、その顔は既にあの可愛らしい容姿の姿はなく、歪んだ表情でアルテミスを見つめている、『男の顔』だった。
「え、ま、待って……トオル、おとこ、なの?」
「まぁ性格に言えば、おとこのむすめって書いて、『
「は、はぁ……」
「で、俺、見た目結構良いんだよ。姉さんと母さんがモデルや女優やってるから。だから、ココの人たち全く疑わなくてね、それだったらどこまで男を落とせるか試してみようと思って、誘惑とか誘いをしてみたんだ。いやぁ、これがめっちゃ楽しくてねー」
そのように言いながら笑っているトオルにアルテミスは何も反撃出来ない。
つまり、トオルは女ではなく、男で、遊び半分で男たちを誘惑したという事なのだろうか?
「……た、タチが悪い」
「まぁ、性格悪いのは知ってるんだけど……ただ、性癖もねじ曲がっててね。俺、好きな女の子には泣いてほしくてたまらないんだ……アルテミスさんの泣き顔、めっちゃキちゃって、ああ、俺のモノにしたいなーと思って」
「…………はい?」
「――ねぇ、俺のモノになってよアルテミスさん。ずっと俺に、その泣き顔見せてくれる?」
フフっと妖艶のように笑いながら答えるトオルの姿に、アルテミスは何も言えず、先ほどまで怒っていた内容すら、吹っ飛んでしまう程、トオルの衝撃発言に驚くことしかできない。
頬に触れながら、そのまま唇を押し付けられる。頬に。
何が起きたのか理解できないアルテミスは硬直したまま目の前で洗っている彼の姿を見た瞬間、我に返ると同時に彼女、いや、彼の頬を勢いよく叩く。
トオルの頬を叩く事で隙が出来た為、アルテミスは軽く詠唱を唱えた後、急いでその場から消え失せる。
残されたトオルは一瞬呆けた顔をしながら、再度ククっと笑いながら、前髪をかき上げた。
「へぇ……俺から逃げるんだアルテミスさん……フフ、次にあったらどうしてやろうかなぁー」
そのように呟きながらトオルは楽しそうに笑うのだった。
▽ ▽ ▽
「お、お帰りアルテミ――」
「ルーナ!あの勇者は変態さんだった!!」
「……あ、今更気づいたんだ」
青ざめた顔をしながら戻ってきたアルテミスに対し、ルーナはやっとトオルが女ではなく、男だという事を理解したのだと思いながら、新しく入れた紅茶をのんびりと飲むのだった。
そしてこれからアルテミスと異世界の勇者であるトオルの逃走劇が始まるなんて、誰も知らない。
平民から努力で成り上がった宮廷魔術師は勇者(聖女?)を毛嫌いする。~男を虜にしている勇者が実は男だったなんて聞いてない~ 桜塚あお華 @aohanasubaru
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