序章

からの空を彩る全ての輪郭


 ——私にしらないものはない。未知以外は。


 晴れ上がった空が果てしなく好奇心を誘う。

 その明るみの中で紫色の瞳は少し瞼を伏せている。ベッドメリーの代わりとして空に吊るした鈴が風に揺れて爽やかな音を鳴らす。一つの時代の終わりを告げる音色だ。


 私は息を大きく吸い込み、ゆっくりと吐き出した。

 眼前には海が広がっていて、中心の大樹を囲むようにして無数の景色が空中に折り重なり、刻まれている。

 大人たちの規則は塗り替えられ、形を失った。今や海は透徹した鏡面を空に向け、凪と色を映している。


『この海の水は、他のものに触れる前の純粋な意味です。海を広げれば世界は自ずと広がっていくでしょう。それこそ、貴方たちの好んでやまない未知も。

 結果的にどのような未来になるかは言うまでもありません。これは貴方たちの勝ち取った自由でもあり、貴方たちの負うべき責任でもあります』


 最期を迎える直前に、大人たちはそう言っていた。だから私たちは水路を引き、海域を拡張させた。水は今まさに流れ出て大地の隅々に遠く染み渡っている最中だ。どこでどのような色を生み出すのかは、誰にもわからない。

 最後に一度だけ振り返って大人たちとの遊びの痕跡を目に留めた。


『——ゆめゆめ、忘れないように』

「アクー!」


 記憶のなかの言葉と、子どもたちの呼ぶ声が重なる。皆はもう集まっていた。


「そろそろ時間だよ。待ちきれなくって花束描いちゃった。一輪あげるね。ふふっ」

「まったく、皆浮かれているな。勝手に動いてはぐれるなよ!」

「ちょっと! 言ったそばからムツリがいないわよ! 早く探さないと……」

「見て見てー! でっかい木の棒見つけてきたー! かっこいいでしょー!」

「はっ! なかなか良いセンスしてるじゃねぇか。私のとっておきと比べようぜ」

「アズキ、あなたまでなんでそんなもの持ってるの」

「身体の方は大丈夫ですか? まあ、いくつあっても足りないでしょうけど」

「ありがとうございます。わたしだって負けていられません。共に頑張りましょう!」


 私が到着すると、皆同じ方向を向いた。爪先を揃えて顔馳かんばせを上げる。

 目の前には未知が広がっている。遮るものは、もう何もない。


「行こうか」


 からを彩る旅路へ。

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からの空 @karazora

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