没落なんて怖くない!

高橋カノン

第1話

雨漏りがする貴族の邸なんて帝国広しといえど、うちの邸くらいだろう。


私の部屋が一番雨漏り率が少ないので、今日も母と妹が寝るためにやって来た。

由緒正しいブルックス伯爵家の邸は無駄に広くて、ここで演劇でも出来そうな広さの寝室である。


「ロジーナお姉様、こんな生活いつまで続くのかしら……」


 妹のルシアはいつも言ってもしょうがない事を言う。


「何もしなければ、いつまででも続くでしょうよ」


「ちょっと、どうにかして下さらないと」


「どうにかって?」


「ええと。事業を始めるとか?」


「雨漏りがしてるのに?」



この会話はおよそ三十回ほどは繰り返した記憶がある。


「すまないわね……。私が頼りにならないばかりに、あなたたちに縁談も見つけられなくて……」


これは年に五十回は聞くセリフだ。お母様、もはやこれは、何かの枕言葉では?


「お姉様が先に行ってくださらないと……」


 妹は私に丸投げである。


 どうやって、貴族家の令嬢が一人で縁談を探せるというの。


 没落した貴族家の、何とみじめな事でしょう……。


 ああ、このセリフも、私が三日に一度は言ってますわね。


 もう、そろそろ貧乏にも飽き飽きしてきた。この邸ごと売り払って、いっそ、平民と同じように暮らした方が、まだ生活が楽なのではない?


「お母様、この邸……」


「嫌っ!この邸を売るのだけは!それだけは……嫌ですわっ!」


 はい、そうでしたわね。


 じゃあ、どうやって女三人暮らして行けばいいのだろう。


 そこで、はたと思いついた。


 私の祖母、エカテリーナひいお婆様の事を。


 勇猛果敢、猪突猛進、向かう所敵なしの、ブルックス伯爵家の伝説の女傑。それをお婆様が引き継いで、その頃はブルックス家は栄華を極めていたと聞いている。


 では、どうして我が家はこんな事になったかというと……。


「あんな事、私に出来るわけがないでしょう!」


 母は即座に言う。


 我が家は領地が不毛で特産もなく、事業でもしないとお金が稼げない。エカテリーナひいお婆様は、事業をすると同時に社交界で実権を握る事で、我が家を盛り立てた。他家の貴族家から依頼されて、敵方を追い落としたり、敵の事業を妨害したり、情報を攪乱したり。


 画策、陰謀の限りを尽くして、社交界を思うがままにした、『初代悪役令嬢』とは、エカテリーナひいお婆様の事だ。うちの正面玄関の巨大なお姿絵がまぶしいです。

 娘のルルフィーナお婆様は、ひいお婆様の後を継いで二代目悪役令嬢として我が家を盛り立てた。


 でも、母は他家からお嫁に来た女性で、とてもとても、お婆様たちのようには立ち回れない。


「情報ひとつ、取ってこれやしない」


 お婆様によく虐められていましたね……。まあ、あんな悪役令嬢なんて誰にでも出来ませんからね。


「悪役令嬢、陰の夫人なんて、あれはお家芸とも言えるもので、とてもとても私に出来るものではないですからっ!」


 私と妹は、それはそうだろうと頷く。


「あ、でも待って頂戴。あなた……ロジーナって、エカテリーナひいお婆様にそっくりなのよ。あなたなら、出来るんじゃ?」


 かくして、私、ロジーナ・ブルックスはひいお婆様とお婆様の後を継いで、三代目悪役令嬢を目指す事になった。


 たった一人残ったメイドのメリーを使って、「うちのお嬢様はすごい悪役令嬢だ」と、噂を広めて貰った。他家の知り合いのメイドに噂が流れれば、ご主人や令嬢やらの耳に入ってどこからか仕事の依頼がきっと来るはずだ。


 私は、今年十九歳だ。学院は卒業してしまったので、例の学院内恒例の『断罪』とやらは出来ない。ルルフィーナお婆様はあの断罪が得意で、何人も貧しい令嬢を良いお家に嫁がせたそうだ。良い行いは、お金や人脈になって帰って来たと言う。


 貧しい令嬢の仇役くらいでお金が入るなら、私もいくらでもいたしましょう!


 そんな時、オールデン公爵家から呼び出しがあった。雨漏りの被害を逃れた一張羅を着て、メリーを連れて侯爵家へ伺った。


 広さだけは素晴らしい我が家とは比べ物にならない、豪奢な邸宅。くっ!羨ましい事……。


 お相手はハワード・オールデン公子だ。美麗な方で驚きました。私のカンだと、これは……断罪系のご依頼だ。


「ロジーナ・ブルックス伯爵令嬢、お呼び立てしてすまない」


「とんでもございませんわ。お声がけ下さってありがとう存じます」


「実は、今度の夜会で相手に困っていてね……」


 来た!やはり。


「お気に召した方がおいでですのね?」


「いや、はっきりお伝えした方がいいだろう。誘ってくれる人と行くのを断りたくてね……」


 そっちですか!


 断罪の依頼は、される方とする方と両方ある。今回は、する方らしい。


「分かりましたわ。私がきっちりカタを付けて差し上げます。お相手の方にはお気の毒ですけど、お心が残らないように、すっきりとさせてご覧にいれます」


「……こ、心強いな」


「ええ。お任せ下さいませ。悪役令嬢は我が家のお家芸。きっとご満足頂けるとお約束しますわ」



夜会の当日。


私は公子に用意してもらった、赤いドレスでクリスティナ嬢の前に立ちはだかった。いい具合に周りに人が集まって来た。観客は必要である。


「クリスティナ令嬢、お下がりなさい!ハワード様のお心はあなたにはございませんのよ!」


 ルルフィーナお婆様の業務日誌には、悪役令嬢のセリフが山のように残されていた。これは、グレードBのセリフだ。


 グレードAになると、赤ワインをかけながら言うらしい……。これは少し修行がいるかもしれない。


 私は夜会の会場で、朗々と決め台詞を言った。気持ち良く酔いしれ、ああ、これは癖になると、ちょっとだけ思った。


「……分かりましたわ。ロジーナ令嬢。これからはハワード様には近づきません。どうぞ安心なさって」


クリスティーナ令嬢は悔し気な表情で、くるりとブロンドをなびかせて立ち去った。


 業務終了である。


「ハワード様、いかがでした?もうこれでクリスティナ嬢は近づきません!」


 私は得意げに言った。


 ハワード様は、なぜか、私の顔を見て笑いを堪えるような表情をしている。これは……かなりお喜び頂けたと見た。それ程嬉しいという事でしょう。


「あの、ハワード様、事前にご用意頂いた衣装ですが、後でうちのメリーがお届けしますので」


「いや、どうぞそれは貰って下さい。あなたの黒髪に映えてとてもよくお似合いだからね」


「え、まあ、ありがとう存じます!」


 支度金は前払いで頂いているのに、ドレスまで頂けるとは。一張羅が二枚に増えた。


 ハワード様がどうしても、と言うのでダンスを三曲も踊ってしまった。まあ、クリスティナ様に見せつけるためにも、必要な演出と考えればいいでしょう。


 今日はとても良い仕事が出来たようだ。


 オールデン家が馬車まで用意してくれたので、帰りもとても楽ちんで良かった。邸の前に馬車が付くのは何年ぶりかと、お母様が泣いて喜んでいた。


 これが評判となれば、きっと我が家も安泰だ。


 これからも、技を磨いていかなければ。


 ***


「坊ちゃま、ご令嬢にお届けする贈り物は、これ全部ですか?」


「ああ、お暮しに困っておられるようだからな」


「随分とお気に召したようで……」


「ああ、爺。可愛くて可愛くてどうしようかと思ったぞ!」


「ほう?」


「しつこい令嬢の虫よけ程度に思っていたが、あれ程とは!」


「ほお?」


「悪役令嬢の口上が素晴らしいのだ!朗々と言い終わった後の満足気な顔といったら。爺にも見せたかったぞ。抱きしめて口づけしたいくらいだった!」


「はっはっは。では、お大切になさいませ、坊ちゃま」


「ああ、言われなくてもそうする!私はものすごく気に入った。あの『悪役令嬢ロジーナ・ブルックス』は私のものだ!」


END




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

没落なんて怖くない! 高橋カノン @maricall369

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ