第11話 予想通りの未来と予期せぬ未来

 大輝だいきにとって今年「3回目」のゴールデンウィークが過ぎ、演劇部は「突貫工事」の如く稽古を進めていった。

 前2回と違い、桜役は星那せなではなく、2年生の結芽ゆめが演じているが、結芽はこれまでのところ、大輝の期待以上に良い演技をしてくれている。


 そして月日は流れ、6月末日、日曜日の夕方。演劇部の稽古が終わった後、大輝と星那は空き教室にいた。

 文化祭の上演まで残り1週間。これまでタイムリープを発動するような大きなトラブルもなく過ぎてきた。

 

 タイムリープが発動しないということは、即ち1回目と同じストーリーを歩んでいることを意味する。それは同時に、再び7月7日を迎えられない可能性を示唆しており、それが二人にとって良いこととは言い切れない。

 

「正直、どうなんだろうね。なんか、俺は今回、7月6日を超えられない気がするんだけど」

「なんか、ボクもそんな気がするだよね」

 二人の表情は明るくなかった。

 

 大輝がそう考える理由は大きく2つ。1つは、タイムリープした過去2回と同じストーリーをなぞっているということは、新たに「正解」と思われる解答を見出していないだろうということ。

 そしてもう1つは、桜役の結芽が、傍から見る限りでは、健太との関係性に疑問を持っていないことである。


 これは、決して結芽の演技や取り組む姿勢に問題があるというわけではない。実際、結芽はこの短期間で非常によくやってくれている。

 しかし、この台本に疑問を持たず完全に納得しているように思われ、同時にそれは大輝と星那にとっては「正解」ではないのではないかと考えるのであった。

 

「たださぁ……」

 一旦間を空けて、星那は続ける。

「……ボクたちのタイムリープの原因と言うか、発動するトリガーがまだわかってないよね」

「トリガー?」

 大輝は首をかしげる。

 

「例えば、原作者の込めた思いとか、明確な『正解』があってさ、それを忠実に表現しないとタイムリープするというなら、今回も7月7日はやってこないんだと思うんだよ」

「まぁ、そうだよな。で、星那はそれ以外に考えられることがあるっていうのか?」

「う~ん、例えばさ、タイムリープのトリガーが、ボクたちの『気持ちの問題』だとしたら、どうなんだろうね?」

「気持ちの問題?」

「つまりは、過去のリープを考えると、ボクたちが『納得していない』という気持ちが、潜在的に『やり直したい』という思いに繋がって、ボクたち自身をリープさせている可能性も考えられるかな、って思って」


 星那の意見を聞いて、大輝は唸る。

「うーん、確かに。もし星那の言う通りだとすると、これまで他の部員たちがリープしている様子が無いことも説明がつくな」

 さらに大輝は続ける。

「整理すると、恐らく今、ストーリーに納得がいっていないと感じているのは、俺と星那だけ。そして今回、桜を演じているが結芽。もし今回、無事7月7日を迎えたとしたら、桜が演じながら込めている「想い」が正解、若しくは、結芽が納得して桜を演じているということになるね」

 星那もそれに同意する。

「そして、もしまたタイムリープしたら、それはやはり『正解』があるのか、若しくはボクたちが『納得していない』かのどちらかがトリガーってことだね」


 ここで大輝の中に新たな疑問が湧いてくる。

「ふと思ったんだけどさ、今回、もし7月7日を迎えられなかった場合、その時は結芽もタイムリープする可能性があるのかな?」

「それは……見当もつかないな~」

 そう言って星那はゆるふわボブ頭を抱える。


 

 結局、二人は明確な答えを見出せぬまま、7月6日の本番を終えた。

 舞台は滞りなく終了。皆、舞香まいかの骨折事故というアクシデントから短期間でこの作品を仕上げた達成感から、大輝が記憶する前2回よりも部員の表情は明るかった。

 それだけ皆、本当によく頑張ったのだ。

 

 しかし、大輝と星那だけは、そんな部員たちの様子を複雑な心境で眺めていた。

 どうも今回も、7月7日を迎えられる気がしない。

 

 その日の深夜、大輝と星那は電話で話をしていた。

「そろそろ、明日になるな」

 日付が変わったら、大輝は星那に伝えたいことがあった。


 時計の針が静かに0時をまわる。7月7日を迎えた。

「星那、誕生日おめでとう」

「大輝……、ありがとう。なんか、照れるね」

 電話の向こうで星那が控えめに笑った。

 

 この日、二人とも「明日」は来ないことを、心のどこかで確信しながら、それぞれ眠りについた。


 ★  ★  ★

 

 翌朝、大輝は部屋の寒さで目覚める。

 全てが予想通り。驚くことは何もないが、それでもほんの少し抱いていた望みを否定された落胆は隠せない。

 大輝は窓の外の雪景色を眺めながらため息をつく。

 

 今回は先に星那からLINEの友だち申請が届いていた。今回はスムーズに「友だち」となる。

 中学生に戻った星那は、暫く部室に来ることはできない。

 二人は、いつだかと同じように、夕方、札幌駅周辺で落ち合うこととした。

 

 以前と同じカラオケボックスで飲み物の注文を終えると、早速大輝はテーブルに「想いよ、届け」の台本を出し、今考えていることを星那に伝える。

 

「この物語、実話じゃないのかな? しかも舞台はうちの高校」

 大輝の発言に、星那は特に驚く様子もなく、腕組みをする。その様子から、星那も薄々そう感じていただろうことは読み取れた。

「大輝の言う通りだとしたら、大体の場面で辻褄は会うんだけど、やっぱりラストのシーンがしっくりこないんだよね」


 この台本は、情景描写も比較的細かく表現されている。その描写から推察される教室の配置、生徒会室の場所、そして学校周辺や駅の様子などは、大輝たちが通う高校のそれとほぼ完全に一致する。


 しかし、二人が当初から気にしている、ラストの駅のシーンは、一番違和感が残る。

 台本から読み取れる範囲でしか判断できないが、いつも大輝たちが利用している「あいの里教育大」駅とは構造が異なるのだ。

「まずボクが気になるのが、『桜が改札を出ると目の前のホームに電車は止まっていた』っていう描写。実際の教育大の駅だと、目の前のホームの電車に乗ったら当別の方に行っちゃうよね?」

「札幌に行くとしたら、階段上って反対側の1番線の電車に乗らなきゃいけないもんな。ひょっとして南口から駅に入ったのか?」

「でも、そしたら南口は駅員さんがいないから、駅員さんとやり取りするシーンが成り立たないんだよね」


 再び、二人は台本とにらめっこをする。


「あとさ、桜の両親が先に電車に乗って、桜が電車の発車時刻ギリギリまで改札口で健太が現れるのを待つシーン。これもさ、実際は停車時間が短いから、あり得ないだろ?」

 そう言って眉間にしわを寄せる大輝に対し、星那がパッと表情を明るくして言う。

「もしかして、教育大じゃなくて、あいの里公園駅は? あそこだったら手前のホームから札幌行きに乗れるし、始発電車もあるからすぐに電車が発車しなくてもおかしくない!」

 しかし、そんな星那の考えもすぐに大輝に否定される。

「でも、あいの里公園は無人駅だろ? 駅員さんとのやり取りが、辻褄が合わない」

「そっか~。でも、描写が細かく丁寧なだけに、ここだけ架空の駅っていうのも違和感ありありなんだよね~」

 

 考えれば考えるほど、ラストのシーンだけ、まるでほかの作品を繋ぎ合わせたかのような違和感を覚える。

「でもさ、そこも含め、やっぱりラストのシーンだけ怪しくないか? 背景の描写も、桜と健太の心理描写も」

「そうだね。やっぱ、問題はラストのシーンかぁ」


 結局この日は、明確な「正解」を見出せぬまま解散することとなった。しかし、これまでのやり取りから、「怪しいポイント」は炙り出されてきた格好だ。

 やはりラストに何か隠された問題がある。

 大輝はその隠された「何か」を探し当てる決意を胸に、翌日からの稽古に臨んだ。

 

 ★  ★  ★


 4月12日、満を持して星那が入部してきた。

 これまでも大輝は事あるごとに星那とLINEで連絡を取り合ってきたが、やはり直接会って話すのが一番だ。

 部活終了後、大輝は以前と同じ作戦で部長と舞香を先に帰し、星那を部室に呼び寄せた。

 

 星那が部室に戻るなり、大輝はいきなり本題に入る。

「とりあえず、この前カラオケ店で話した通り、ラストのシーンは説明がつかないけど、この物語の舞台はこの高校で間違いないと思う」

「ボクもそう思うよ」

 星那はそう言って大輝案に同意する。大輝が続ける。

「それでな、もしこの物語が実話だとするならば、健太は実際に生徒会長として、桜は副会長として実際にこの学校の生徒会にいたはずだ。だとすれば、生徒会の資料を見れば当時の記録が残っているんじゃないか?」

「でもさ、仮に健太と桜が実在したとしても、いつの時代かわかんないし、名前だって本名かどうかわかんなくない? それをどうやって調べるの?」

 そう言って怪訝そうな顔をする星那に、大輝は笑みを浮かべながら言う。

「それは大丈夫。桜は1年生の3月で退学している。もし桜が実在したならば、任期途中で副会長を辞めている副会長がいるはずだ」

 それを聞いて星那は目を見開く。

「もし過去の生徒会役員の記録を見て、途中で副会長が交代していたら、それが桜ね!」

「その通り!」

 ドヤ顔でそう言う大輝に、星那は素朴な疑問をぶつける。

「もし、途中で辞めてる副会長が二人いたら?」

「え? ……まぁ、その時はその二人のどちらかだろう」

 

 かくして、週明け二人は生徒会に確かめに行くこととした。

 二人の打合せが終わり、帰る間際、星那がふと思い出す。

 

「いつだかの今日、ボクたちこの時間、ここで一回付き合い始めたんだよね」

「そうだな……」

 そう言って神妙な面持ちになる大輝に、星那は笑顔で言った。

「まぁ、ボクたち今はまだ付き合えないけど、7月7日まで頑張ろうね」

「そうだな」


 

 ――そして翌朝。


 予想外の寒さに目覚めた大輝は、瞬時に起こっている状況を理解する。


「は? 昨日の何が悪かったんだ?」

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