第10話 「離脱」という選択肢
昨夜、部長からのLINEで
やはり歴史は変わらなかったのだ。
大輝はこのミーティングを過去2回経験しているが、その切迫度は過去2回とは比べ物にならないくらい大きかった。
なぜならば、今回は演劇部の文化祭出場の可否がかかっているのだ。
前2回もそれなりに事態は切迫してはいたが、それでも配役の変更で乗り切ることが可能だった。しかし今回は難易度の高い「坂の多い街」に挑んでいる。この作品は舞香がいないと上演は絶望的だ。
「他にできそうな作品は無いのか?」
大輝が部長に問うが、部長は首を横に振る。
「残念ながらどれも人数が足りないか、難易が高い」
大輝は分かっていながらに聞く。
「この前のアレは? 『想いよ、届け』だったか。あれなら難易度は高くないだろう」
「そうだけど、あれでも役者が足りない」
「急遽、部員を募るとか」
「新入生の入部が終わったばかりだ。アテがないだろう」
アテならあるのだが、とは言えない大輝。
「でも、それ以外に方法が無いのなら、文化祭の出演自体を諦めるしかないのだろ?」
大輝の一言に、後輩たちもざわめく。
「とりあえず、1週間程度、部員募集の貼り紙してみて、ダメならその時考えればよいだろう」
こうして、とりあえず部としては新入部員頼みで、再び「想いよ、届け」に取り掛かることとなった。
配役は主人公「健太」役は大輝、そしてヒロイン「桜」役は2年生の池田
台本が配られた後は、部員総出で部員募集ポスターの製作に取り掛かかる。
大輝はこういう作業は得意ではなく、ましてや今回は星那が入部してくるとわかっているので、今一やる気が出なかった。しかし、そう言うそぶりを見せるわけにいかず、懸命に取り組む様を演じた。
部活終了後、星那へはとりあえず今日、部で決まった内容をLINEで伝えておいた。
まぁ、星那が「桜」役でないのは残念だが、こればかりはどうしようもない。お互い渋々納得をした。
4月30日火曜日、3連休明けの平日。
放課後、大輝が部室に行くと、先日皆で作った部員募集のポスターが机の上に置かれていた。
「あれ、これなんで貼ってないんだ?」
大輝が問うと、結芽が答える。
「校内の掲示板に貼るには生徒会の許可が必要なんですよ。それで後から部長が生徒会室に持って行くって言ってました」
「そうなんだ。一刻を争うのに、面倒くせぇな」
その後、各部員が筋トレなどの基礎トレーニングをやっている間、部長が生徒会の許可をもらってきたようだ。
部長が戻ってくると全員で手分けしてポスター貼りに出かけた。
大輝は部長と共に、部室から近場の掲示板にポスターを貼り終えて、すぐに戻ってきた。
部室で改めて台本を眺めていると、やや暫くして結芽と彩菜が戻ってきた。
「部長、大輝先輩! ビッグニュースです!」
部室の入るなり、二人は笑顔で部長の元へ駆け寄る。
「なんだ?」
部長が答えると、結芽がドヤ顔で言う。
「早速、新入部員連れてきました!」
「え~?」
部長が驚きのあまり立ち上がると、入口のドアの陰から、明るいゆるふわ頭がひょっこりと顔を出す。
大輝はその様子に安堵しながらも、大げさに驚く。
「早速、すごいな~!」
後で星那から聞いたところによると、星那が部員募集のポスターを探して廊下を歩いていると、ちょうど掲示板にポスターを貼る結芽たちに遭遇し、星那から声を掛けたそうだ。
「えっと、お名前は?」
部長が笑顔で出迎える。
「1年の茅野星那です。よろしくお願いします!」
かくして新入生勧誘問題はクリア。これで文化祭出場が首の皮一枚で繋がったわけだ。
星那には部長から早速事情を説明し、オリエンテーションを行う。
「大輝、台本1部用意して茅野さんに渡してくれ」
部長にそう言われ、大輝は書棚から台本を取り出す。しかし星那に渡す瞬間、思わずその手が止まった。
裏表紙に見覚えのある「Fujita」のサイン。
「どうしたんですか?」
星那は怪訝そうに聞く。
これは大輝の2つ上の藤田先輩のサインだ。
「
「え?」
部長がのぞき込むと、言った。
「確かに先輩のサインだな」
「ってことは、藤田先輩たち、この作品、やったことあるのか?」
部長は首をかしげる。
「さぁ? 直接聞いたことないし、少なくとも部の記録に残ってる公演では演じたことないと思うんだけど」
「まぁ、とりあえず、これ」
大輝は星那に台本を渡した。
「あ、ありがとうございます」
部活終了後。大輝はLINEで星那に空き教室で待機しているよう伝えた。星那からもすぐに返信が来る。
【1年3組の教室で待ってます】
大輝はまだ部員が残る部室を早めに出ると、星那の待つ1年3組に向かった。
「お待たせ」
「お疲れ様です!」
「早速なんだけど……」
大輝は先ほどの藤田先輩のサインについて、星那に話し始めた。
藤田先輩は大輝の2つ上の先輩であり、大輝とは1年だけ一緒に過ごしている。なので、もし藤田先輩が「想いよ、届け」を演じているならば、先輩が1年生か2年生の時だ。
藤田先輩はいつも台本に「Fujita」とサインをしており、これは先輩本人のもので間違いない。しかし、不可解なのは部長が言っていた通り、この作品を演劇部で上演した記録がないことだ。
「土田先生は知らないの?」
星那が問うと、大輝は言う。
「土田先生は俺たちが入学した年に一緒に着任してるから、それ以前のことを聞いても分からないんだよ」
(やっぱり、本人に直接聞くしかないか)
大輝はそう思った。聞けば何か、タイムリープの「ヒント」が得られるかもしれない。
先輩は確か、室蘭の大学に進学したはずだ。大輝は星那のいる前で、思い切って藤田先輩に電話をしてみた。星那にも会話が聞こえるよう、スマホのスピーカーから音を出す。
(出てくれるといいんだけど……)
呼び出し音が数回鳴ったのち、果たして藤田先輩は電話に出てくれた。
「もしもし、大輝か?」
「はい! 岡島です。突然電話してすみません」
「いや、それは良いんだけど、どうした?」
「実は……」
大輝は先輩のサインの入った「想いよ、届け」の台本が見つかったことを簡潔に話した。そして、自分たちもこの作品を上演することになったので、何かアドバイスがあればと思って電話した旨を伝えた。
「いやぁ、実はね、その作品、やってないんだよ」
「え? そうなんですか?」
「あぁ。とりあえず台本は配られたんだけどな、みんなでパラパラめくって、なんか盛り上がらなさそうだねって言って、やめたんだよ」
「そうだったんですか……」
がっくりと肩を降ろす大輝と星那。
「わかりました。お忙しいところすみません」
「いやいや、久々に大輝の声聞けて良かったよ。頑張れよ!」
「ありがとうございます」
そう言って、大輝は電話を切った。
「収穫ゼロだったね」
星那が肩をすくめてそう言う。
「まぁ、仕方ないよな。帰るか」
「うん。あ、一緒に?」
「あ、そっか。まだ『初日』だしな……」
そんな話をしていると、藤田先輩から電話がかかってきた。
「あれ、先輩だ。出てみるね」
「はい、もしもし――」
「あ、大輝。あのさ、ゴールデンウイーク中、札幌に帰るんだけど、折角だからどっかで飯でもどうだ?」
「あ、いいっすね!」
大輝と藤田先輩は互いの予定を調整し、5月3日の夜、とりあえず札幌駅で待ち合わせをすることになった。
「星那も来るか?」
「え? ボクも行っていいの?」
「良いんじゃん? 先輩から演劇部の話、直接聞けるチャンスだし」
★ ★ ★
5月3日、連休初日。
夕方、学校で稽古を終えた大輝と星那は、さりげなく同じ電車で札幌駅へ向かった。
改札口近くで待っていると、約束の時刻を少し過ぎたころ、藤田先輩が現れた。
「先輩、お久しぶりです!」
大輝が元気よく挨拶をすると、先輩は露骨に嫌そうな顔をする。
「おい、女連れなんて聞いてねぇぞ」
それを聞いた星那が顔を強張らせて言う。
「あ、ごめんなさい。ボク、やっぱり帰りますね」
星那がそう言うと、藤田先輩は目を見開く。
「ボク? こいつ男か?」
大輝が呆れ顔で言う。
「歴とした女の子ですよ。所謂『ボクっ子』なんです」
「へぇ~。かわいいな~」
星那はますます怯える。
「えっと、やっぱりボク、お邪魔なようなので帰ります……」
そう言う星那に、藤田先輩は笑いながら言う。
「いやいや、大丈夫。大輝の方を帰らせるから」
今度は大輝が眉間にしわを寄せる。
「何でですか!」
3人は駅ビルの中にあるパスタ屋に入った。注文を終えると、藤田先輩が言う。
「お前ら、制服だからススキノって訳にもいかんもんな~」
「私服でも遠慮しますよ」
「大輝は相変わらず真面目だな。そういやぁ、剛志とか舞香は元気か?」
「剛志は元気に部長やってます。舞香は……」
大輝は表情を曇らせる。
「辞めたのか?」
「いや……」
大輝は先日の骨折事故から、今回「想いよ、届け」をやるに至った背景を説明した。
「なるほど、そういう訳だったか。で、稽古の方は順調か?」
「まだ、始めたばかりで何とも……」
「そっか」
そんな話をしていると、おもむろに星那が藤田先輩に質問する。
「あの作品、ラストの桜と健太の心情がよくわからないんですよね。先輩はどう演じたんですか?」
藤田先輩は肩をすくめて答える。
「ボクちゃん、残念ながら、俺はあの作品、やってないんだよ。台本は配られたけど、初日にみんなでざっと読み合わせして、やめたんだ」
藤田先輩はさっきから星那のことを「ボクちゃん」と呼ぶ。
しかし、星那は藤田先輩の顔を正面に見据えて尚も問う。
「本当にそうですか?」
「はい?」
突然の星那の変化に、先輩も怪訝そうな顔をする。
「本当は先輩、何度も演じたことがあるんじゃないですか?」
「おい、星那!」
大輝は思わず星那を制止する。
「ボクちゃん、何を言ってるんだ?」
藤田先輩も困惑するばかりだ。
「だって、ボクが貰った台本、マーカーがたくさん引いてありました。台本貰った初日にあそこまで読み込むのは不可能です」
「星那……」
大輝は星那を制止する素振りを見せつつ、藤田先輩の表情に注目した。
しかし、先輩は何も答えない。表情も変えない。
そんな先輩に、星那は更に続ける。
「ボクたち、抜け出せずに困ってるんです。この意味が分かるなら、先輩の知ってること、何でもいいから教えてください」
藤田先輩は少し間をおいてため息をひとつすると、ようやく口を開いた。
「お前ら、二人ともなのか?」
それの答えは「経験者」のそれだ。大輝は真剣な表情で頷いた。
「はい。多分、俺たち二人だけです」
「そうか。ボクちゃんの言うとおりな、俺は健太を何度も演じたよ。何度も、何度もな」
「やっぱり、そうなんですね」
星那が言う。
「だけどな、残念ながら俺は、お前らが求めている『答え』は知らないんだ」
「と言いますと?」
今度は大輝が尋ねる。
「やめたんだよ、途中で。何度やっても『答え』がわからなくてな。何度目かの時、俺は初日に猛反対したんだ」
それは今回の大輝と同じだ。
「あれは、俺が高2の時だった」
「おぉ、2年生で健太役って、凄いですね」
大輝は思わず感嘆の声が出る。
「3年生の部員が女子しかいなかったからな。それにボクちゃんは1年生で『桜』やってるんだろ?」
「まぁ、初めはビビりましたけど、ボクはもう、何度も演じてますから」
そう言って星那が笑うと先輩も笑っていった。
「俺もだよ」
「でもな、どうしてもさっきボクちゃんの言ってたラストが納得いかなくてな。でも答えが見つからなくて。で、結局諦めてね。何度目かの『初日』に何とか先輩を説得して、演目を変えてもらったっていう訳さ」
「なるほど、そうだったんですね」
大輝が頷く。
「昨日、一度目に電話切った後、わざわざ大輝が電話くれるってことは『もしかしたら』と思ってな」
「それで改めて、あの時折り返しの電話をくれたんですね」
「そう。で、本題だが。お前らの求めている『答え』は俺も分からないけど、俺の経験上、ループから離脱できるのは『初日』だけだ。台本が配られて翌日以降は、どんなに足掻いても、上演を中止しても『初日』に戻る。離脱に成功した俺から言えるのはそのくらいかな」
先輩との食事を終えて、大輝と星那は帰路に就いた。札幌駅からJRに乗って、大輝は星那の最寄り駅である百合が原駅で星那と共に降りた。
ここからは大輝の家まで歩けない距離ではない。大輝は星那を家まで送ってから帰ることとした。
歩きながら、大輝は先ほどの先輩との会話を思い出す。
「先輩の話、聞けて良かったな。星那を連れてきて正解だったよ」
「お役に立てて光栄です!」
星那はおどけて笑う。
「とりあえず、『離脱』という選択肢があるという事が知れただけでも良かったな」
「そうだね。で、大輝はどう思った?」
「う~ん……、今回のターンでうまくいかなかったら、次回の初日で離脱も考えた方が良いのかな?」
「それはどうして?」
「だって『正解』の見当が付かなないからな。星那は?」
「ボクは……。またチャレンジしたいって思うな」
「なんで?」
「うーん、上手く言えないけど、ボクたちをタイムリープさせるほどの強い思いが原作者にはあるのかなと思って。だから、それを何とか探して演じたいって思う」
「そっか……。まぁ、まずは今回も諦めずに、健太の心情を考えてやってみるよ」
星那を家まで送ると、引き続き大輝は自宅へ向けて歩き始めた。
ふと空を見上げると、よく晴れた空に星が瞬いている。
(そう言えば星那、7月7日が誕生日って言ってたな)
よく考えれば、「星那」という名前も、七夕にちなんでつけられたものなのかもしれない。
(7月7日、織姫と彦星が出会えるにはどうしたらいいんだ?)
そう考え、大輝はもう何度目かのため息をついた。
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