第9話 見えない未来の選択

 大輝だいきは部室に戻る途中、一人で考える。


「えっと……、どちら様ですか?」


 先ほど大輝が声を掛けたときの星那せなの反応を思い出す。あれは完全に大輝のことを覚えていない反応だ。

 大輝はショックだった。

 

(折角会えたのに、これかよ!)

 

 理由は定かではないが、今回は不可思議なことが多い。1回目と同じ結末に至らなくても、タイムリープしない。

 心当たりがあるとするならば、今回は初日から「想いよ、届け」を回避したことだ。

 

 これまでの経験から、大輝と星那のループは「想いよ、届け」が関連していることは恐らく間違いなかった。今回はその作品自体を回避したことで、もうタイムリープする理由がなくなり、このまま7月7日が迎えられるのではないか?

 それは大輝にとってこの上なく望ましいことであった。もうタイムリープの原因を探したり、リープに怯えて生活する必要がないのだ。

 

 しかし今回も、どうやら一つ、大輝にとってとても大きな問題があるらしい。


 ――この世界線では、大輝と星那が接触する機会が無い。

 

 これは大輝にとってかなりの痛手だ。

 繰り返すタイムリープの序盤であれば、さほど大きな問題にならなかったであろう。しかし、大輝と星那は共通の問題を持つ者として、他の者の何倍も長い時間を過ごす中で、お互いに惹かれ合う存在になってしまった。

 

(このタイミングで何故?)

 

 大輝はやり場のない怒りを覚えた。


 

 部室に戻った大輝は、早速稽古の準備を始める。今日から順次、台本を持ったままの「半立ち稽古」が始まることとなっている。とはいってもまだ「できるところから」ではあるが。

 早速今日は、一昨年にこの作品の出演経験がある、大輝と舞香まいかのシーンからスタートした。

 

 演劇部では、稽古の様子をビデオカメラで撮影し、役者も客観的な視点から演技をチェックしていく方法をとっている。いつもの通り大輝と舞香がスタンバイし、部長がビデオカメラの前に立つと言った。

 

「あ、ごめん、SDカードのメモリがいっぱいだ。消去するからちょっと待って」

 そう言って、部長はカメラからSDカードを抜く。

 

「何だよ、ちゃんと準備しておけよ」

 大輝はつい、部長に八つ当たりをしてしまう。

「まぁまぁ、どうしたの大輝? 今日、なんかイライラしてない?」

 舞香が心配そうに言う。

「何でもないよ」

 大輝はぶっきらぼうに答える。

 

 部長はPCでSDカードをチェックしながら言う。

「あー、この前1年生の前で模擬稽古やった後、カメラ切り忘れてたんだ」

 

「どうでもいいから、早くやろうぜ」

 相変わらずな不機嫌な態度の大輝が言う。

「今、フォーマットしてるからちょっと待って」

 

 カメラの準備が整い、ひとたび稽古が始まると、それ以降は大輝も演技に集中した。


 ★  ★  ★

 

 翌日以降も演劇部の面々はそれぞれ稽古に励み、日々問題なく経過していった。しかし、大輝は間近に迫る、問題をどうするかという課題に直面していた。


 演劇部が文化祭の上演作品を「想いよ、届け」から「坂の多い街」に変更して以降、新たなストーリーをなぞることになったが、基本的な出来事は大輝が「1回目」に経験したことと変わらない。

 ということは、明日4月27日、舞香は学校帰りの歩道橋から転落し、足を骨折することとなる。

 

 前回大輝は、舞香が怪我をすることを知っていながらも、助けることが出来なかった。なぜならば、舞香を助ければタイムリープが発動し、「翌日」を迎えることが出来ないため、星那に止められたからだ。

 

 しかし、今回は恐らく舞香を助けてもタイムリープは発動しないだろう。

 それに、前回大輝を止めた星那は、今回は面識がない……。

 

(助けない理由はないよな)

 

 翌日、土曜日。模試が終わると大輝は大急ぎで駅近くの歩道橋へ向かった。大輝にとって「3回目」の今日も、この時期の札幌にしては異常に気温が高く、暑い日だった。


 大輝は歩道橋の上の駅側に立った。ここはかつて2回、星那が立っていた場所だ。

 

 ――1回目は私服姿で、舞香を救うために。2回目は制服姿で、大輝を止めるために。


 そして3回目の今日、彼女の姿はない。

 代わりに大輝がこの場所に立つ。舞香を救うために。


 北国札幌でも特に積雪の多い、あいの里地区。大輝の立つこの歩道橋は透明なシェルターで覆われており、冬は風雪の心配もなく快適だが、夏場は非常に暑い。サウナのようなこの場所は、ただ立っているだけでも汗が噴き出してくる。

 

 1回目、星那と会った時、彼女はここで友達と待ち合わせをしていると言った。

 しかし、いま冷静に考えれば、こんな過酷な場所でわざわざ待ち合わせなんてする訳もなかった。


 今更ながら、そんな事をぼんやりと考えながら待つ。

 

 そろそろ舞香がやってくる時間だろうか、と言う時、駅側の階段から誰かが昇ってくる足音が聞こえてきた。

 駅側から昇ってくるということは舞香ではないので、大輝はその足音を特に気にしていなかった。

 

 しかし、階段を上ってきた足音の主と目が合った瞬間、大輝は驚きのあまり目を見開いた。

 

「星那……」


 そこには私服の星那が立っていた。

 

「大輝……!」

 星那はそう言った直後、しまったという表情をして自らの手で口をふさいだ。

 

「え? 今、俺の名前……」

 その瞬間、星那は踵を返して駅側の階段を駆け下りて行った。

「ちょっと、待てよ、星那!」

 大輝は床に置いていたカバンを肩にかけ、星那を追いかけて階段を駆け下りる。

 

 歩道橋を降りた星那は、前回と同じように歩道橋の裏側へ回ったが、歩道へ出ると前回とは逆方向の右手に走っていった。

 それを追いかける大輝。

 重いカバンを背負っているハンデがあったが、次の交差点の手前で何とか星那に追いつき、彼女の腕を掴んだ。

 

 荒い息を整えながら、大輝は言う。

「星那、お前、ホントは俺の事覚えてるんだろ?」

 

 星那は目を合わせずに言う。

「良いんですか? こんなところにいたら、舞香先輩を助けられなくなりますよ?」

 星那はこの状況で白を切ることはできないと判断したのか、そう言った。

 

「その答えは、俺の質問に『イエス』と答えたのと同じだな。だったらこの前どうして……」

 大輝がそこまで言うと、星那は信号が青に変わった横断歩道を再び走り始めた。

「星那、待って!」

「ボクを追ってこないで! 舞香先輩を助けて!」

 

 横断歩道を渡り切ったところで、大輝は星那の腕を再び掴んだ。

「なんで、逃げるんだよ!」

「だって、ボクは演劇部じゃないし、先輩とももう関係ないですから」

「関係ないって何だよ! この前は俺の事、好きって言ってくれたじゃないかよ!」

「でも、ボクたち結ばれなかったじゃん! 神様が許してくれなかったじゃん!」

 

 大輝はその言葉に怯んだ。

「それは……」

「だから、もう、ボクと大輝は、会っちゃダメなんだよ……」

 そう言って星那は大輝に背を向けて泣き出した。

 

「星那……」

 大輝はその後何を言ってよいのかわからなかった。

 

「大輝、行って。舞香先輩、助けないと……」

 大輝は首を振って言った。

「多分、もう間に合わないよ」

 

 大輝は星那が泣き止み、落ち着くのを待ってから言った。

「少し、歩こうか」

「うん」

 

 二人はそのまま、駅とは反対方向に歩き始めた。

「星那は今日、舞香を助けるためにあの場所に来たんだろ?」

「そう。大輝……、あ、先輩も?」

「別に言い直さなくてもいいよ」

「でも、また先輩と親しくしちゃうと……」

「恐らく、今回は戻らないよ」

 

 星那は怪訝そうな顔で言う。

「何か、今回おかしくない? 何をしてもタイムリープ発動しないし。何が起こっているの?」

「それは多分、俺のせい」

 

 大輝は演劇部の文化祭の上演作品が「想いよ、届け」から「坂の多い街」へと変更になった経緯を話した。

 

「そっか、そんなことがあったんだ。だから今回はボクが何をしても、タイムリープしなかったんだね」

「星那は、今回、何してたんだ?」

 大輝の不意の質問に、星那は一瞬間を空けたが、それでも話すことにしたらしい。

 

「ボクは……。ボクも大輝と付き合い始めた翌朝、タイムリープしている事に気づいて、初めは悲しくて大輝のLINE申請も受け入れられなくてさ。それで、ボクも多分、自暴自棄になったんだと思う。どうせ大輝と付き合うことが許されないんだったら、演劇部も入るだけ辛いなって。それなのにこの前、大輝が突然目の前に現れて、ボクに声かけてくれて……。正直、すっごくうれしかったけど、すっごく辛かった」

「そうだったんだ……」

 大輝も神妙な面持ちで星那の話を聞く。

 

「でも大輝や演劇部の先輩たち、それに陽太ようたとミホにはこれまですごくお世話になったから、せめてボクがいない分、舞香先輩には舞台に立ってほしいと思って、今日わざわざ来たんだけどさ……」

「俺のせいでこうなっちゃったわけだな」

 大輝がそう言うと星那は自嘲気味に笑った。

 

「この後、ボクたちどうなるんだろうね。その新しい演目で文化祭終わったら、7月7日になるのかなぁ?」

「それは分からないけど……。そもそも、もし舞香がこれまでと同じように今頃骨折事故を起こしていたら、残されたメンバーで『坂の多い街』をやるのは厳しいだろうね」

「そうなの?」

 星那は再び怪訝そうな顔をする。

 

「役者が足りないからね。これ以上配役を削るのはムリな作品だから……」

「それって、ヤバイじゃん! やっぱり大輝、ボクを追いかけて来ないで舞香先輩を助けるべきだったんじゃ……」

「いまさらそんなこと言われてもさ」

 

「ごめん、余計なことしたボクが悪かったね……」

「いや、誰が悪いとかじゃないだろ。そう言う運命なんだよ」

 二人は暫く黙って歩いた。

 

 やや暫くして星那が言う。

「もし仮にさ、ボクが演劇部にこれから入部したらどうなる?」

「あぁ、う~ん……、まぁ、俺が判断するわけじゃないから実際はどうなるか分からないけど……」

 大輝は歯切れの悪い前置きをして続ける。

「今やってる作品さ、『想いよ、届け』に比べてかなり難易度が高いんだよ。幸い俺たち3年は1年の時に一度やってる作品だから何とかやれてるけど、1・2年生には結構厳しい。だから、もし星那が戻ってきてくれたとしても、人数的には充足できるけど、舞香の代役を誰かがやるのは厳しいかもね」

「そうなんだ……」

「だから、短期間でできる作品が他に見つからない限り、今年の文化祭は不参加になる可能性があるかもね」

 

「え? そんな……。大輝の最後の文化祭なのに」

「まぁ、それは仕方が無いことだよね」

「じゃぁ、ボクが戻っても意味ないね……」

 星那のその言葉に、大輝は難しそうな顔をして言う。

「う~ん、もし星那が戻ってくれたら、一番可能性として高いのは『想いよ、届け』を再びやることかもね」

 一方の星那はパッと表情を明るくする。

「でも、それなら大輝も文化祭の舞台に立てるじゃん!」


「そうだけど……、今から星那が入部してもいきなり新入部員を『桜』の役に抜擢するのは無理があるよな。でも他のメンバーで『桜』役が務まるのか……」

 星那も今度は眉間にしわを寄せながら言う。

「順当に考えれば、結芽ゆめ先輩か彩菜あやな先輩だよね。どちらかと言えば、結芽先輩かな……」

「だな。前回は断ってたけど、文化祭出演の可否がかかってるとなると、渋々承諾するんじゃないかな。ただ……星那はそれでいいのか? 『桜』やりたいだろ?」

「もちろんボクだって、これまで散々稽古したから、正直言って『桜』は渡したくないよ。でも、大輝が最後の文化祭に出られないってなったら、ボク一生後悔しそうな気がする。だから、ボクは他の役でも全然構わないよ」

 星那のその言葉は大輝にとってとてもうれしかったが、それでも大輝の表情は変わらなかった。

 

「あとさ……」

「なに?」

 

「もし、再び『想いよ、届け』をやることになったらさ……。俺たち、またタイムリープの不安に怯えながら生活しなくちゃならないかもしれないだろ?」

「……うん」

「っていうことはさ、また、俺たち、付き合えないんだよな……」


「そうだね。でもボク、今回でわかったんだ。このまま大輝と会えないままでいるよりも、『先輩と後輩』でもいいから一緒にいたいって!」

「でも、今回俺は随分とストーリーを乱しちゃった。だからこの先の未来がどうなるか、わからないんだよ。また何度も繰り返すかもしれないし。そんな中で俺たちは、7月7日が来るまで付き合うことが出来ないんだぞ。それでも星那は待てるか?」

 なおも心配をする大輝に、星那は笑顔で言った。

 

「大丈夫、待てるよ! だって、7月7日はボクの誕生日だもん!」

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