第8話 乱れたストーリー
北海道の春は短いとは、いったい誰が言ったのか。
失意の中、
繰り返すタイムリープ。長く続く春の中で、大輝の中に芽生えた
大輝は昨日、その想いを打ち明ける機会を得た。
幸い、星那も大輝に対して好意を抱いており、晴れて二人は恋人として結ばれることとなった。
これまでとは違う展開に、大輝の中で再びタイムリープをしてしまうのではないかという疑念は、確かにあった。
それに対し、星那は言った。
「これは私たちの気持ちの問題だし、これで何か世の中が変わるわけではないから」と。
そして、「私たち、文字通り『人の何倍も』苦労してるんだもの、このくらいのご褒美があっても良いでしょ」とも――。
しかし、現実は無情にも大輝を再び「初日」へとリープさせた。
大輝は今朝目覚めてから、まだ一度も日付を確認していない。しかし、温度の体感は明らかに4月中旬のものではない。
そして、これまでの経験から、「初日」は必ず3月22日だ。
大輝はベッドから起き上がり、部屋のカーテンを開ける。そして窓の外に広がる予想通りの雪景色に、強い憤りを覚えた。
念のためスマホを開いてLINEを確認するが、やはり星那とのトーク履歴は消えていた。
大輝は「前回」と同様に、暗記していた星那のIDを検索し、友だち申請を送ると1階のリビングへ降りて行った。
「6回目」の3月22日も、過去5回と同じ世の中だった。
大輝は銀行強盗のニュースを見ながら朝食を摂り、自室に戻ったが、星那からの返信は無かった。
★ ★ ★
修了式が終わった後、演劇部では部長の
作品名はもちろん「想いよ、届け」だ。これまで同様、部長が作品のあらすじを紹介すると、大輝は反対意見を述べた。
「こんな面白みのない作品はやりたくない!」
強い口調で拒絶された部長は、予想外の反応に困惑しながら言う。
「大輝の主張はもっともだが、他に候補がないんだ……」
しかし、大輝も負けてはいられない。
「俺たちにとって、これが高校生活最後の舞台なんだ。こんな作品で舞台に立てるか!」
大輝のあまりの気迫に、初めは何とかなだめようとしていた部長も、これ以上はどうしようもないと悟ったようだ。
「わかった。土田先生とももう一度相談してみる」
こうして文化祭の演目はいったん白紙となり、今日はこれで解散となった。
大輝はその後すぐに部室を出て廊下を歩いていくと、後ろから
「ちょっと、大輝! 待って」
「なんだよ」
大輝がぶっきらぼうにそう言いながらも立ち止まって振り返ると、舞香は大輝に追いつき、笑顔で言う。
「よかったら、一緒にお昼食べて行かない?」
これは今までにない展開だ。大輝は一瞬戸惑った。この後、大輝は
そもそも「1回目」のストーリーは既に大輝自身がぶち壊しにしている。
大輝はこの後、別にどうなっても知るものかと、舞香の誘いを受けた。
昼すぎ、大輝は過去5回と同じように、ハンバーガーショップで昼食を摂っていた。
同じメニューに同じ席。唯一これまでと違うのは、向かいに座るのが仁ではなく舞香であることだけだ。
「私は大輝の意見に賛成。まぁ、私もさ、今日台本貰ったばかりだしどんな物語かは詳しく分からないけど、剛志のあらすじ聞いた限りじゃ全然面白くないもんね」
ハンバーガーにかぶりつきながら、舞香は先ほどの大輝の主張に概ね同意してくれた。
「そうだな。特にラストの場面なんか、生徒会長と桜の心情が全く分からん」
大輝がそう答えると、舞香は感心した様に言う。
「もう台本読んだんだ。すご~い!」
大輝はハッとして言った。
「いや、もちろん全部じゃないよ。でもさ、とりあえずラストはどうなるのか気になるじゃん」
「まあそうだよね。ただ、剛志には悪いことしちゃったかな。折角上演作品探してくれたんだけどね」
「……それもそうだけどな」
そう言って、大輝は萎びたポテトを口に運んだ。
昼食を終えて、舞香と店を出た大輝は、ふと隣にある宝くじ売り場が目に入った。
大輝はこれまで、「1回目」のストーリーを崩さないために、あえて当たらないとわかっている番号で宝くじを買っていた。しかし、ここまで「1回目」のストーリーをぶち壊しにした今、あえて二百円を出して宝くじを買う必要もない。
そう考えていると、舞香が声を掛ける。
「あれ? 大輝、宝くじが気になるの?」
「いや、どうせ当たらんし」
「そんなの、買って見なきゃわかんないじゃん! 折角だから買っていこうよ」
そう言って、舞香は宝くじ売り場へ向かう。
大輝はため息をつきながら彼女に付いて行った。
どうせもう、大輝にとって「明日」は来ないことが分かっている。だったら遠慮する必要はない。大輝は自宅の番号且つ、この日の当せん番号である「5485」でナンバーズを購入した。
「どうか当たりますように」
そう宝くじ売り場の店員さんに言われて渡されたくじを受け取り、大輝は心の中で呟く。
どうせ「当たり」だよ。――そして俺に「明日」は来ない。
夜、大輝はベッドに転がりスマホを開く。
星那から返信はおろか、友だち申請の承諾もないままとなっていることが気がかりだった。
「先輩、大好きだよ!」
そう言って笑顔で大輝に抱き着いてきた「昨日」の星那を思い出す。
今日は自暴自棄になって、やりすぎてしまった。明日、もう一度「今日」をきちんとやり直そう。
そう思いながら、大輝は眠りに就いた。
翌朝。相変わらずの寒さで目が覚める。
昨日は流石にやり過ぎた。今日はもう一度、真面目にあの作品――「想いよ、届け」に向き合おう。
そう考えながら大輝はベッドから起き上がった。
まずはカーテンを開くと、「昨日」と全く同じ光景が広がっている。
大輝はスマホでLINEを開き、「前回」同様、再び暗記していた星那のIDを検索しようとしたが、なぜか既に「申請中」となっていた。
――どういうことだ?
大輝はスマホを握り締めたまま、1階のリビングに降りていくと、誰もいない。
不審に思った大輝は再びスマホを開いてトップ画面を表示させると、目を見開いた。
3月23日 土曜日
何と、大輝はタイムリープせずに「翌日」を迎えてしまった。
大輝は焦って、もう一度2階の自室に戻る。
「ちょっと待て、どういうことだ?」
大輝は焦りながら思考を整理する。
これまで、「1回目」と違うストーリーをなぞると、必ず3月22日へとタイムリープしてきた。
「昨日」の大輝は、星那と交際を始めた翌日に「初日」へ戻されたショックから、自暴自棄になり「1回目」を大きく逸脱する言動を繰り返した。
文化祭で上演するはずだった「想いよ、届け」は大輝の猛反対で白紙となり、また当せんするとわかっていた番号で宝くじを購入した。
つまりは、これまで経験したタイムリープの条件を十分すぎるほど満たしているのだ。
「そうだ、宝くじ!」
大輝は財布の中にしまっていた宝くじを出す。そしてスマホで当せん番号を検索すると――。
「……当たってる!」
大輝が購入した番号も、スマホで検索した番号もどちらも「5485」。当せんだ。
大輝は怖くなり、宝くじを持つ手が震える。
なぜ、今回はタイムリープをしなかったのか? 大輝にはその理由が見当もつかず悩んだ。
★ ★ ★
25日、月曜日。
春休み中、演劇部は基本的に毎日自主練の予定だったが。この日は部長から全員に招集がかかった。
急な連絡だったが、1年生1名を除く6名が集まった。
「文化祭の上演について、顧問の土田先生と相談した結果、『坂の多い街』がいいのではないかという話になったんだけど、どうだろうか?」
そう部長が皆に問いかける。
それを聞いて、大輝と舞香は思わず顔を見合わせる。
「まぁ、2年生……つまりは新3年生の二人は知っている通り、この作品は一昨日、俺たちが1年生の時に上演している作品だ。難易度が高いが、ストーリーも悪くないし、何より大輝と舞香は一度経験している、スケジュール的にタイトな中ではあるが、大輝と舞香が主役であれば、いまからでも間に合うんじゃないかというのが、俺と先生との見解だ」
「う~ん」
大輝は唸った。
確かに部長の言うとおり、「坂の多い街」は難易度が高いという難点はあるが、部の現状を考えるとメリットが大きい。
ストーリーも良いし、俺と舞香は稽古もしやすい。そして何よりも大輝にとって、このままタイムリープの呪縛から逃れられるのではないかという期待もあった。
「大輝、どうだ?」
前回、異を唱えた大輝が眉間にしわを寄せて唸っている様子を心配した部長が、声をかける。
「まぁ、唯一のデメリットと言えば、2年前と同じ作品を上演するってことくらいかな」
そう言う大輝に続き、舞香も意見を出す。
「まぁ、そこは一番気になることろではあるけど、実際この人数で出来る作品は限られているし、幸い去年は違う作品だったからね」
「そうだな」
大輝も同意する。
「いずれにしても、スタッフ含め、少なくとも3人は足りないんだけど、そこは新入生の勧誘を頑張るしかないな」
そう部長は言った。
(大丈夫。新入生は3人入ってくる)
「未来」を知る大輝は、その部分については心配していなかった。
翌日からも平穏な日々が続いた。
相変わらず星那からの返信が来ないのは心配だったが、彼女なりに心の整理をする時間も必要なのだろう。もちろん大輝自身もそうだ。また彼女が入部してから、関係性を築いてゆけばよい。そう考えていた。
そして、4月12日。部活動見学が開始される。いよいよ星那たち1年生が入部してくる日だ。
数日前から、部長を始め他の部員たちは、いったい何人の新入生が入部してくれるのかと気をもんでいた。そんな部員たちをよそに、結果を知る大輝は、久々に星那と再会する事に期待と緊張を抱いていた。
大輝がクラス当番の仕事を終えてからやや遅れて部室へ向かうと、2人の生徒が部長からの説明を受けていた。
後ろから見る限り、大輝の見慣れた「ゆるふわボブ頭」が見当たらない。
大輝は邪魔せぬよう静かに席に着くと、隣の舞香に一応確認の耳打ちをする。
「あれ、入部希望者だよな?」
舞香はぶっきらぼうに答える。
「どう見てもそうでしょ? あれがNHKの集金に見える?」
大輝の座る席からは2人の後ろ姿しか見えないが、どう見ても大輝が見知っている松岡
「二人だけか?」
大輝は驚いた顔で、再び小声で舞香に話しかける。舞香は大輝のその表情を別の意味で理解したらしい。
「そうなのよ。このままだと配役を削らないといけないかも」
大輝は焦ったが、星那がLINEの友だち申請を承諾してくれない以上、連絡を取る手段がない。
どうすることも出来ぬまま、この日の部活は終了した。
★ ★ ★
大輝は悶々と週末を過ごし、迎えた月曜日。
放課後、大輝はホームルームが終わると昇降口へ向かった。乱れたストーリーを修復しなければいけない。その焦りが、大輝の歩くスピードをさらに早めた。
大輝が昇降口についてやや暫くすると、多くの生徒が昇降口へ流れてきた。
その生徒たちの流れを注意深く目で追っていると、その群衆の中に大輝の良く見知った、明るいゆるふわボブ頭を見つけた。
大輝は人の流れをかき分け、その女子生徒に駆け寄った。
「星那!」
大輝がそう呼ぶと、その女子生徒は振り返った。そして、大輝を見ると驚いたような表情をして言った。
「えっと……、どちら様ですか?」
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