第7話 会えない時間に気付いた想い

 3月23日。大輝だいきにとって今年「3回目」の春休みが始まった。


 春休み期間中、演劇部は基本的に自主トレとなっている。

 「1回目」の春休みは大してやる気もなく、家で「読み合わせ」に備えて台本を読んでおく程度だった。

 「2回目」は初日を何度かループして混乱もあり、意気消沈していたことと、科白も当然全て頭に入っていたので準備をする必要もなく、「1回目」以上にほとんど何もせずに過ごした。


 そして、「3回目」。

 大輝は初日から学校へ行った。


 誰かいるかもしれないと真っ直ぐ部室に向かうが、鍵が閉まっていた。大輝は鍵を借りるため、職員室へ向かう。


「失礼します。演劇部の岡島です。部室の鍵を取りに来ました」

 がらんとした職員室で奥の方から体育の山田先生の声がする。

「あいよ、ご苦労さん」

 

 大輝は名簿に名前を書き、キーボックスから鍵を取り出すと、職員室を出た。


 再び部室へ向かい、鍵を開ける。誰もいない部室はあまりに静かすぎて、耳鳴りがする感覚を覚える。

 大輝はまず、ストーブのスイッチを入れる。そして荷物を机の上に置き、窓側の椅子に座ると、再び静寂が訪れた。


 改めて誰もいない部室を眺める。


 いつも笑顔を振りまく「ゆるふわボブ頭」も今日はいない。

 大輝が小さなため息をつくと、それに呼応するように、先ほどスイッチを入れたストーブのファンが回り出した。

 その音に一瞬驚いた大輝は、軽く舌打ちをする。


 「びっくりさせんなよ」


 今日、大輝が部室を訪れた目的は二つ。

 一つはもう一度台本を見直し、何か見落としている点はないかを確認すること。

 そしてもう一つは、もし可能なら念のため部室の合鍵を作っておくことだ。

 

 大輝もあえて危ない橋を渡りたいわけではなかった。

 前回の経験から、今日の様に「正規のルート」で鍵を借りて問題はないことが分かっていたわけだし、わざわざ合鍵を作る必要性は低いと思われる。

 ただ、この先何があるか分からない。

 ……例えば入学前の星那せなが来るとか。

 なので、念のためだ。

 

 かつて「超法規的措置」と言っていた星那の言葉を拠りどころにし、自分自身を納得させた。

 

 

 さて、この合鍵を作る作業は、他の部員がいると実行できない。大輝は誰もいない今のうちに合鍵を作りに行くこととした。もし留守中に他の部員が来ても、職員室の名簿を見れば大輝が鍵を持っていることは分かる。部室が閉まっていればすぐに連絡が来るだろう。

 奇しくも昼飯時だ。その時は「悪い、鍵持ったまま昼飯買いに出ちゃった」と言えば済む。

 

 そうはいっても短時間で済ませた方が良い。大輝は部室を出て鍵を閉めると、急いで買い物に出かけた。

 確か駅前のスーパーで合鍵が作れると星那が言っていたはずだ。


 大輝が速足でスーパーまでたどり着くと、靴などを修理するお店で合鍵を扱っていることが分かった。早速鍵の作成をお願いし、できるまでの間にそのスーパーで昼食の弁当を調達した。

 

 出来上がった合鍵を受け取った大輝は、再び学校へ戻った。部室は鍵がかかっており、誰かが訪れた形跡もない。

 大輝はとりあえず安心して、机に買ってきた昼飯を広げる。


 大輝は昼飯を食べながら台本を捲る。この中のどこかに「正解」のヒントがあるはずだ。

 台本を読みながら、ふと昨日の星那との会話を思い出す。


(原作者に問い合わせることはできないんですか?)

 

 星那はそう言っていた。

 大輝は気になって、台本類の並ぶ書棚から、この「想いよ、届け」の台本の原本を取り出した。原本と言っても、恐らくこれも元の台本をコピーしたしたようなものだった。

 他の台本が全てきちんと製本されている中で、この作品だけがコピー用紙に印刷したものをステープラーで留めてあるだけの代物だ。大輝たち全部員に配られたものと、何も変わりはない。

 

 台本の表紙に書かれた「Billieビリー・作」の文字を見つめ、大輝は呟く。

 

「一体この人は、何を思ってこの作品を残したのだろうか」


 

 ★  ★  ★

 

 

 翌日以降、大輝は何度か部室に足を運び、筋トレや発声練習など基礎トレーニングに励んだ。

 部長や舞香まいかをはじめ、何度か他の部員と部室で遭遇する機会もあったが、タイムリープはせず、毎日当たり前の様に「翌日」がやってきた。


 そして、ようやく長い春休みが終わった。

 

 4月12日。いよいよ演劇部に待望の新入生が入ってきた。大輝にとってはよく見知っている3人だ。

 大輝は久々に会う「初対面」の星那に挨拶をすると、星那は笑顔で挨拶しつつ、目配せをしてきた。

 

 星那とは時折LINEで情報交換をしていたが、直接会うのはおよそ3週間ぶりだ。

 ようやく、星那と直接タッグを組めることに大輝は安堵した。


 そこから先も、概ね「1回目」と同じストーリーをなぞった。

 早速1年生の中から「幸恵ゆきえ」役を選出することになるが、今回は星那が素直に立候補し、すんなりと決まった。

 

 この日は1年生向けの簡単なオリエンテーションや模擬稽古を少し披露しただけで、解散となった。

 その直後、星那からLINEが来る。

 

【先輩、この後ちょっと話せますか?】

【了解。どこかに待機してて】


 最後まで部室に残っていたのは大輝、部長、舞香の3年生3人組だ。その3人が揃って部室を出て部長が鍵を閉めると、職員室に鍵を返すために廊下を歩いて行った。

 

 やや暫く歩いて部室から十分な距離が出来たところで、大輝が一芝居打つ。

「あ、ごめん! 俺、部室に忘れ物した」

「え~、もうここまで来たのに~」

 舞香が露骨に嫌そうな顔をする。

「いいよ、俺一人で取りにに行くから。剛志たけし、鍵貸してくれ」

 

 大輝がそう言うと部長の剛志が鍵を大輝に渡す。

「悪いが終わったら職員室に返しておいてくれ」

 

 そう言ってさり気なく部室の鍵を受け取った大輝は、舞香たちと別れ、元来た廊下を引き返す。

 

 廊下の途中で、星那にLINEを送る。

 

【これから部室に戻るから、茅野も来てくれ】


 大輝が部室に戻って鍵を開け、中で待っていると、程なくして部室のドアが静かに開く。そして星那が恐る恐る覗き込む。

 

「大丈夫だ、俺しかいない」

 

 それを聞いた星那は安堵の表情で中に入り、静かに部室のドアを閉めた。

 大輝が部室の中央で星那を出迎える。

 

「改めて、久しぶりだな」

 そう大輝が言うと、星那は大輝に駆け寄って、そのまま大輝にしがみついた。

 

「ちょ、ちょっと、茅野?」


 驚く大輝に星那は言う。


「ごめんなさい、ボク、寂しかった」

 そう言って、星那は大輝にしがみついたまま泣き出した。

 

「そうだな、俺も心細かったよ」

 大輝は明るいゆるふわボブの頭を右手で撫でながら、星那を抱きしめた。


 やや暫くして、星那が大輝から少し離れると、大輝は言った。

 

「あのさ、『例えば』の話なんだけど」

「なんですか?」

 星那は涙で濡れた顔を怪訝そうに上げる。

 

「仮にさ。仮にだよ? 今、俺と茅野の関係性が変わったら、やっぱりタイムリープしちゃうのかな?」

 

 星那は一瞬、キョトンとした顔をしたのち、頬を膨らませて言う。

 

「先輩、その言い方はずるいと思います!」

「いや、これは俺たちにとって、大事なことだよ。だって、場合によってはまた3週間棒に振るんだから」

「それはそうですけど……、そうやって口に出しちゃったらもう遅いんじゃないですか?」

 

 大輝は不用意な発言を星那に咎められた気がして、後悔する。

「――やっぱ、何も聞かなかったことにしてくれ」

 そう言って大輝は踵を返すと、星那が呟く。

「……バカ」

 

 大輝は再び星那の方に振り替えると、言い訳がましく言う。

「いや、俺が悪かったって。茅野が聞かなかったことにすりゃ、まだノーカンだろ? まだ大丈夫だって」

 

「そうじゃなくて……」

「わかってる。今回は俺が悪かった。茅野が何度もリープして苦しんでいるの知ってるくせに、俺の軽はずみな言動でリスクを冒すなって話だよな。ホント、ゴメン」

 そう言って、大輝は再び星那に背を向けた。

 

「だから、そうじゃなくて!」

 

 星那の声に驚き、大輝が振り向くと星那は言う。


「先輩が言おうとしたこと、誤魔化さないでちゃんとボクに言って!」

「でも……」

 大輝が驚いて口を開くが、星那に遮られる。

 

「でも、じゃないよ! もう言いかけたんだから一緒だよ。だから、ちゃんと言って!」

 

 星那の気迫を目の当たりにして呆気にとられながらも、大輝は星那の真意を理解し、決心する。

「わかった。えっと、茅野」

「……はい」

 

「――俺、お前のことが好きだ。だから……、俺と付き合ってくれないか」

 

 それを聞いた星那は涙をぬぐいながら笑顔で答える。

「ボクもね、3週間、先輩と会えなくて気付いたの。先輩のことが好きだって……」

「茅野……」

 

 星那は大輝に抱き着いた。

「ありがとう、先輩! 大好きだよ」

「茅野!」

 大輝も星那を抱きしめると、星那は顔を上げて言う。

 

「ボクの事、星那って呼んで」

「星那」

「はい!」

 星那は笑顔で返事をすると、続けて言う。

「ボクは先輩の事なんて呼んだらいい?」

 

「え? あぁ、いいよ、普通に大輝で」

「大輝!」

 そう言って、星那は大輝の胸に頬をピッタリと寄せた。

 

 

 大輝と星那はもう少し二人の時間を楽しみたかったが、あまり長く部室に留まることはできない。名残惜しかったが、二人は帰り支度をして部室を出た。


 一応怪しまれないように星那を先に昇降口へ向かわせると、大輝は一人で職員室へ鍵を戻しに行った。

 そして昇降口で再び合流した大輝と星那は、二人並んで駅に向かって歩き始める。

 

「なんか、夢みたいだな」

 大輝がそう呟くと、星那が言う。

「私たち、文字通り『人の何倍も』苦労してるんだもの、このくらいのご褒美があっても良いでしょ」

「それもそうだな」

 そう言って大輝は笑ったが、ふと表情のトーンを落として言った。

 

「なぁ、星那」

「なに?」

「俺たち、『明日』来るかな?」

 

「……多分大丈夫だと思うな。これは私たちの気持ちの問題だし、これで何か世の中が変わるわけではないから」

「そうだよな」

 大輝もこれまでの経験から、そんな気がした。


「でも、なんかウケる~! ボクたち、出会った『初日』に付き合い始めるなんて~」

 そう言って星那は笑いだす。

「ま、俺にとっては『3回目の初日』だけどな」

「ボクは……、何回目だったかな?」


 

 その夜、寝る前に星那からLINEが届いた。

 

【大輝、今日はありがとう。とっても嬉しかった】

 大輝が返信をする。

【俺も。明日からもよろしくね】

 

【こちらこそ。大輝、大好きだよ!】

【俺も、好きだよ、星那。おやすみ】


 大輝の中で「明日が来ないかも」という不安が全くないわけではなかったが、今夜はとても幸せな気持ちのまま、心地よい睡魔に身をゆだねることにした。


 

 ――そして翌朝。


 あまりの寒さに目覚めた大輝は、愕然とする。


 

「なんでだよ!!」

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