第6話 二度目の舞台

 翌朝。アラームをかけずに寝ていた大輝だいきは、10時過ぎに目を覚ます。

 

 昨日は星那せなと共に「1回目」とは違うストーリーを辿ったため、今朝は再び3月22日にタイムリープしているリスクがあった。

 しかし、日付を確認するまでもなく、部屋の中は3月でありえないほど暖かい。

 

 大輝は念のため手元のスマホを開くと、日付は4月29日。

 「翌日」となっていた。

 ついでにLINEを開くと、2時間ほど前に星那からメッセージが届いていた。


 【先輩、おはようございます! 無事、翌日になりましたね!】

 

 大輝は返信する。


 【おはよう。いま起きた。とりあえず実験は成功だな】


 今日は祝日で部活もない。タイムリープを無事回避した大輝は、のんびりと一日を過ごした。


 

 そして翌日。

 今日から3日間はゴールデンウイークの谷間の平日であり、当然授業も部活もある。

 放課後、大輝はいつものように部室に入ると、既に何人かの部員が集まっていた。


 部員全員が揃うと、まずは基礎トレーニング。筋トレ、柔軟、発声練習などを行う。

 それらが一通り終わると、いよいよ作品の稽古に入る。


 稽古と言っても、今はまだ台本を持ったままの稽古。いわゆる「半立ち稽古」だ。

 物語のヒロインである「桜」役が舞香まいかから星那に変わったばかりであるため、星那に配慮し「できそうな所から無理せずやっていこう」という、部長兼監督の指示が出る。

 

 もっとも、実際は幾度かのタイムリープによって、何なら舞香よりも「桜」役の経験がある星那だ。むしろ、星那はその「さじ加減」に苦慮していることは、大輝以外のメンバーには知る由もなかった。

 

 稽古はビデオを撮りながら進めていく。途中何回か録画した映像を見て、役者自身も客観的に舞台を見てイメージを作っていった。

 大輝は「前回」以上に集中して稽古に臨んだ。主人公「健太」および他の役のセリフも丁寧に読み込みながら、「健太」の心情を推し量っていく。

 

 一方でまた、大輝自身もこの役自体は既に本番まで経験をしており、当然セリフも全て頭の中に入っている。が、星那同様、この時期に「完璧」でも逆に不自然である。

 その辺りの計算も、大輝にとってはこれまでの稽古の何倍も骨の折れる作業であった。

 

 

 家に帰ると、大輝と星那はほぼ毎日、LINEを送り合った。共に同じ苦労をしている者同士である。

 

【先輩、ボク、「桜」の役を演じるより、違和感なく「1回目のボク」を演じる方が疲れます】

【そうだよな。「桜」はまだ間違えても全く問題ないけど、「1回目の茅野」の役は間違えたらまた「振出し」に戻るもんな】

 

 二人は絶えず、タイムリープの恐怖と背中合わせで毎日を過ごしていくのが本当にしんどかった。

 

【でもボク、前回までは孤独でしたが、今回はこうして先輩に愚痴れるのでだいぶ助かってます! ありがとうございます】


 なるほど、と大輝は思った。その辺りは「前回」の経験が乏しい大輝にはわからない苦労もあったのだろう。


 ★  ★  ★

 

 そんな二人にとって、この上ない緊張の日々も何とか乗り越え、ついに7月6日文化祭当日を迎えた。


 部長が本番前の挨拶で、「1回目」と同様、「リテイクはないぞ!」とげきを飛ばした。

 大輝にとって、前回以上にこの言葉の重みを感じたのは言うまでもなかった。


 そして大輝は、二度目の舞台に立った。

 

 大輝は台本に忠実に、「健太」を演じきった。

 前回、違和感を覚えながらも演じたクライマックスシーン。


 今日の大輝は、胸を張って堂々と「健太」を演じる。

 

「元気でな~!!」

「会長も、お元気で~!!」


 

 幕が閉じ、星那と握手をして互いの努力を称え合った。

 

 

 その夜。

 大輝のもとに、星那からLINEのメッセージが届く。

 

【ボク、「明日」が来るか不安です】

 

 大輝はすぐに返信を送った。

 

【俺も正直、これで良かったのかなって思いはあるよ。でも、原作者の意思に忠実に演じたんだから、これが正解だろう】


 そう言いつつも、大輝も不安はあった。この3か月半の「成果」が今宵、試される。

 

 そうこうしているうちに、時刻は深夜0時を回り、7月7日になった。


 しかし、それだけでは安心できない。タイムリープのタイミングはあくまでも「目覚めたとき」だ。

 日付をまたいでから寝ても翌朝にはタイムリープするという事象は経験済みである。

 

 大輝はその夜、なかなか寝付けなかった。


 

 ★  ★  ★

 

 

 翌朝。


 大輝は目を覚ました瞬間、状況をはっきりと理解した。

 

 7月ではあり得ない寒さ。

 しかし、この事態への「絶望」の中に、「案の定」という気持ちが全くないわけでもなかった。

 

 溜め息と共にベッドから起き上がる。

 カーテンを開けると、窓の外は予想通りの雪景色。

 

 スマホを開くと、3月22日の表示。

 

 更にLINEを開くと、当然の様に星那とのトーク履歴は消えていた。

 もちろん、「友だち」の中に星那はいない。


 大輝は暗記していた星那のIDを検索し、友だち申請を送る。

 程なくして星那からメッセージが届いた。

 

【戻りましたね】

 

 大輝は無事、星那と再び連絡が取れたことに安堵の為気を漏らす。

 

【そうだな。これからどうする?】

【ごめんなさい、心の整理に少し時間ください】

【わかった】


 大輝は返信を済ますと、リビングへと降りて行った。

 

 

 大輝にとって5回目の2024年3月22日、金曜日は、これまでの4回と何一つ変わらなかった。

 銀行強盗のニュースを見ながら朝食を摂り、再び慣れない雪道を歩いて学校へ向かう。

 

 大輝は心の中で星那のことが心配だった。

 自分でさえもこれだけ落胆しているのだから、星那のショックは計り知れない。


 修了式、そしてその後の部活での公演作品発表と、1回目と寸分違わず流れゆくストーリーに、大輝は抗うことなく「1回目の大輝」を演じ続けた。

 そして仁と昼食を摂り、「当たらない宝くじ」を買って帰宅する。

 

 そのストーリーに変化が現れたのは、帰宅してまもなくだった。

 大輝のスマホが小さく鳴る。星那からのLINEだ。

 

【先輩と会って話がしたいです】


 大輝は返信しようとしたが、話した方が早いと思い、電話をかけることにした。

 

(出てくれると良いのだが……)


 呼び出し音を聞きながら大輝がそう考えていると、果たして星那と電話がつながった。

 

「もしもし、先輩」

「茅野、今電話大丈夫か?」

「はい、大丈夫です」

 

 とりあえず星那の声は落ち着いており、大輝は幾分か安心した。


「とりあえず、どうしたらいい? 学校に行くか?」

「……それは難しいです。ボク、まだ入学前だし」

「さすがに私服じゃ怪しいもんな」

「まぁ、制服はもうあるんですけど、さすがにちょっと怖いです。それに部室の合鍵もありません」

 

 タイムリープをした場合、それまでに入手して物は全て無くなる。それは物理でもデータでも同じだ。

 

「そうだよな。どこか話せる場所は……。そうだ、創成川通沿いの『びくドン』はどうだ?」

「う~ん、ちょっと歩きだとうちから遠いです」

「自転車ならいけるだろ?」

「先輩、いま3月ですよ? 雪道です」

「そうだった……。どこか人目を気にせず話せるところ……」


 大輝にとって「昨日」は7月だったので、感覚がバグる。

 

「先輩、いっそサツエキ行きますか? 木を隠すなら森の中っていうじゃないですか」


 かくして大輝は星那と札幌駅で待ち合わせをした。


 

 先ほどの電話で、「電車の中でボクを見かけても決して話しかけない様に」と星那から釘を刺されていた大輝は、なるべく人と目を合わせないようにして札幌駅へ向かった。

 

 大輝が札幌駅に着くと、程なく星那からLINEが送られてくる。恐らく同じ電車だったのだろう。本数の少ない地方都市の電車ではよくありがちである。

 

 駅構内の人通りの少ない通路で星那と合流した大輝は、そのまま星那の提案で近くのカラオケ店に入った。

 確かにここなら個室で気兼ねなく話が出来る。

 

 

 入室してドリンクをオーダーすると、早速本題に入る。


 「結局、リープしちまったな」

 大輝が口火を切ると星那の表情が一気に暗くなる。

 

「台本に忠実に演じたつもりだったんだけどな~」

 大輝がそう続けるが、星那は俯いたまま口を開こうとはしなかった。

 

 そこへ店員がドリンクをもって入室してくる。

「失礼します! ご注文のドリンクです!」

 

「あ、ありがとうございます!」

 星那はパッと顔を上げて、笑顔で対応する。

 

 そして、店員が退出すると、サッと元の暗い表情に戻った。

 一呼吸おいて、星那が言う。


「先輩、ごめんなさい!」

「え? どうした、急に?」

 

 慌てる大輝に星那は言う。


「今回タイムリープしたの、ボクのせいなんです」


 大輝は呆気にとられた表情で問う。


 「それは、えっと……、どういうこと?」

 

 星那の目から涙があふれだす。


「ボク……、やっぱりどうしても、あの脚本に納得が出来なかったんです! 先輩と『脚本に忠実に』って約束したのに。どうしてもそれが出来なかった……。だから、今日、戻っちゃったの、ボクのせいなんです!」

 

 そう言って、星那は号泣した。


 大輝はどうしたらよいかわからず、慌てながら「まぁまぁ、とりあえず、落ち着いて」と、星那をなだめた。

 そして、改めてタイムリープの原因を考えた。


 星那が少し落ち着くのを待って、大輝は思考をまとめ始める。

 

「これまで俺と茅野、それぞれ多分、別々のタイミングでタイムリープしてたと思うんだけど、今回は初めて同時にリープしたよな?」

 

 星那は少し考えて言う。

 

「はい。でも、『7月6日』だからって可能性もありますよね? 『1回目』の最終日なので」

 

「まぁ、その可能性も否定できないけど。ただ、俺たちの仮説であった『脚本に納得する』ということが『正解』だとすれば、茅野だけリープして、俺は7月7日にいくストーリーもあったかもしれない」

 

「その可能性も否定はできませんが……」

 

「でも、実際は俺も同時にリープした。ということは、もしかしたら『脚本に納得する』ということが『正解』じゃないのかもしれないなと思って」

 

 星那は難しい顔をしながら言う。

 

「何とも言えないですけど、少なくとも、ボクはやっぱりあの脚本に納得が出来なかったです。あれが『正解』とは思えない」

「だよな。俺も今回、無理やり自分の感情を押し殺して演技したけど、冷静に考えて無理があるだろ、あの脚本」

「はい。ただ……」

「だた?」

 

「あの脚本が完成されたものであることは事実ですから、意図的な改ざんとかがなされていない限り、やっぱりあの脚本が『正解』ですよね?」

「まぁ、そうだけど……」

「ということは、やはりボクたちの解釈が違うということなんでしょうか」

 

 大輝は頭を抱える。


「解釈かぁ。いっそ原作者に確かめたいよな」

「原作者に問い合わせることはできないんですか?」

「それがさぁ、どこの誰だか分らんのよ。『Billieビリー』って名前、検索してもそれらしき人は出てこないし。そもそも台本の原本が見つかってなくてコピーだから、全く情報がないのよ」

「そうなんですね……」

 

 そう言って、星那は肩を落とす。まさしく八方塞がりだ。

 

「そうだ」

 大輝は突然思い出したようにカバンを開けると、中から台本を取り出した。

「これ、あった方がいいだろ? 持ってきた」

 

 そう言って星那に台本を差し出す。

 

「あ、ありがとうございます! 入部するまで台本無いと色々と不便だったので、助かります!」

 

 星那は笑顔で台本を受け取った。


 二人はお互いの考えや不安を吐露し、すっきりしたところで今日のところは解散することにした。

 

「とりあえずさ、俺も引き続き何がダメだったのか、考えてみる。で、何か分かったらLINEするわ」

「はい。ボクも前回より、ものすごく心強いです! ボクが入学するまで、先輩、待っててくださいね!」

「おう!」

 

 大輝は笑顔で力強く返事をしたものの、内心は今後の策が立っておらず、不安を隠しながら帰路に就いた。

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