第5話 納得の演技
翌朝、
昨日は初めて
一方で「結果」が変わらなければタイムリープはしないらしいことも分かっている。
――神様が許してくれるといいんだけど。
昨日の星那の言葉を思い出しながら、はやる気持ちを抑えてスマホの画面を開くと、4月28日と表示された。無事「翌日」を迎えられたようだ。
大輝はベッドから起き上がり、カーテンを開ける。窓の外に雪はない。ほっと胸をなでおろすと、星那からLINEが届く。
【先輩、おはようございます! 無事、次の日になりましたね!】
昨日の
部室のドアを開けると、既に何人かの生徒が集まっていた。
「先輩、おはようございます」
星那が声を掛ける。
「おぉ、おはよう」
大輝がごく自然に挨拶を返すと、星那が目くばせをする。他の部員たちが舞香の事故にショックを受けている中、大輝と星那は無事今日を迎えられた安堵の方が強かった。
10時になり、部長がミーティングを始める。
この後、部長から事故の概要について説明があり、その後、舞香が演じる予定だった「桜」の代役について話し合いが行われ、そして星那に決定する。
その顛末を知っている大輝と星那は、異なる結果を導かぬよう、なるべく自然にその事実を受け入れていく必要がある。
ただ、そこは二人とも演劇部員。演じることには抜かりない。
星那も1年生でありながら、「1回目」の世界では既にヒロイン役で文化祭の舞台を経験済みだ。しかも代役が決まってから2か月ちょっとで舞台に立つ、相当の実力派だ。
そこまで考えて、大輝はふと気づいた。
(――そうか、普通に考えたら本番まであと2か月だが、その間に何度かタイムリープしていれば、稽古の時間は実質その何倍もあったのかもしれない)
大輝の記憶に残る文化祭のステージが星那にとって「何回目」かは分からないが、それなりの時間、稽古を積んできているはずだ。つまり星那は1年生でありながら、ここにいる他の1年生の何倍も経験があるということだ。
「おい、大輝、聞いてるか?」
不意に部長の声がして、大輝は咄嗟に顔をあげる。
皆にとってはセンセーショナルな話だが、大輝にとっては一度聞いた話であり、しかも結末も知っている。すっかり興味関心が逸れてしまっていた。
「ごめん、あまりにも突然のことでびっくりして、ちょっとボーっとしてた。すまん」
大輝は深刻そうな表情でそう言う。
期せずして早速、演劇部員としての「アドリブ力」を発揮することになったが、部長以下、星那以外の部員たちは当然のごとく大輝の主張を受け入れた。
「そうだよな。大輝が一番ショックだと思うよ」
部長の言葉に異を唱える者はいなかった。
とりあえず大輝は胸をなでおろす。
この後、大輝は「1回目」と同じストーリーをなぞった。
「桜」役が星那に決まったところで、今日の部活は解散となる。
大輝が帰り支度をしていると、スマホが小さく鳴る。通知を見ると同じ部室内にいる星那からだった。
大輝は画面を人に見られないようにこっそり開く。
【先輩、この後どうします?】
星那がわざわざLINEを送ってくるということは、恐らく話がしたいのだろう。大輝も今後について考えておきたいことがある。好都合だ。
【茅野が時間あるなら、午後から話すか?】
【ボクは大丈夫です。一旦学校出て、昨日のセコマにいますね】
大輝と星那はそれぞれ不自然にならぬよう、別々に学校を出た。
大輝は先に下校していった部長や後輩たちに追い付かぬよう、のんびりと駅の方向へ向かい、星那から指定のあったコンビニに入る。
店内にはお弁当のコーナーを見ている星那の姿があった。大輝はさりげなく星那に近づき、小声で話しかける。
「茅野、お疲れ」
星那はふと顔をあげて大輝の姿を認めると、同じく控えめな声で言う。
「大丈夫です。ボクたち以外、他に誰もいません」
大輝と星那はそれぞれ昼食を調達し、学校の部室へと戻った。
傍から見れば休日に部活動で登校している二人。もしこの場で他の誰かに見られても、特に違和感はないだろう。
しかし、大輝たちはあくまで「1回目」のストーリーをなぞらなくてはいけない。「結果」が変われば明日は来ない緊張感があった。
昨日と同じく星那の持つ合鍵で部室に戻ってきた二人は、カーテンを閉め、死角となる部分に机を並べた。
「ひとまずこれで安心ですね」
星那が安堵の表情を浮かべる。それに大輝もやれやれと言った表情で答える。
「なんだかコソ泥の気分だな。とりあえず、飯にするか」
昼食を摂りながら、大輝が言う。
「こうやってコソコソやってるのもしんどいよな」
豚丼を頬張りながら、星那が答える。
「でも、ボクたちここにいるのバレたら『明日』はないですよ?」
「そんな殺されるみたいな言い方するなよ」
大輝がそう言うと星那も「確かに」と笑う。
「でもさ、ホントにそうなのかな?」
そう言う大輝に星那は首をかしげる。
「と言いますと?」
「例えばさ、今ここで誰か他の部員、例えば部長とかが入ってきたらどうする?」
「う~ん、とりあえずは、『急遽、桜役に決まったから、大輝先輩に色々アドバイスもらってます』とか言うかな?」
「だろ? で、それを聞いた部長もさ、『そうか、それはご苦労』って言って、それ以上問題にはならないだろう」
「まぁ、そうですよね」
「それでも、タイムリープすると思うか?」
星那は少し考えこむ仕草をする。
「う~ん、それで何か『結果』が変わるわけじゃないとは思いますけど……」
「だろ? 例えば茅野がこの前、初めの『幸恵』役に立候補しなかったときも、俺がその後推薦して『幸恵』役に決まったらタイムリープしなかったじゃないか。それと同じなんじゃないかな?」
「確かにそうですけど。でも、どこまでが許容範囲なのか、良くわからないですよね」
「だったらさ、そのラインを確かめてみる必要があるんじゃないかな?」
「確かめるってどうやって?」
「例えばさ、今から職員室に行って、部室の鍵を借りるんだ。当然、職員室の先生に許可をもらわなきゃいけないけど、『急遽配役が変わって稽古する必要があるので』って言えば、全く不自然なところはないだろ?」
「はい」
「でも、『1回目』とは違うストーリーなわけだ。それが許容されるのかどうかを試してみるって言うのはどうかな?」
星那は眉間にしわを寄せて言う。
「……ボクは嫌だな」
「なんで?」
「だって、それでダメだったらまた3月に戻るんですよ? また1か月以上もやり直すなんてもう嫌です!」
「でもまぁ、たった1か月じゃないか」
「大輝先輩にとってはちょっと春休みに戻るくらいの感覚かもしれないですけど、ボクはまた中学生に戻るんですよ! そして、また入学式からやり直して、よく知ってる友達の自己紹介聞いて、LINE交換してって言うのを全部やり直さななきゃいけないんです。そんなの御免です!」
大輝は言葉に詰まった。
「確かにそれはしんどいよな」
大輝は暫し考え込んでから言う。
「ただ、昨日も話したように、このまま『1回目』をなぞって行っても、また文化祭のステージが終われば振出しに戻る可能性が高い。俺たちはどこかで『正解』を見つけて、そのルートを選択する必要があるんだよな」
「それはまぁ、そうなんですけど」
「もちろん、一発で『正解』を見つけることが出来ればそれに越したことはないんだけど、それがなかなか見つからないから茅野だって何度もやり直しているわけだし」
「はい……」
「だからさ、この先も試行錯誤が必要になってくると思う。でもそのリスクを最小限に抑えるために、どこまでが許容範囲なのかを早めに知っておく必要があると思うんだよ」
星那はため息をつきつつ言う。
「確かに先輩の言う通りですね。これが6月とかになってからまた3月に戻るより、今の方がリスクが少ないのは理解できます」
「じゃ、食べ終わったら一度部室を出て、正規のルートで鍵を借りて来よう」
「わかりました」
その後二人は部室を出て一旦鍵を閉め、職員室へ向かった。
「失礼します」
二人が職員室へ入ると、運よく演劇部顧問の土田先生の姿が見えた。二人は一瞬顔を見合わせると、迷わず土田先生の元へ向かった。
「先生」
大輝が声を掛けると先生は見ていた書類から顔をあげた。
「あら、岡島君と茅野さん! 部長から聞いたわよ。茅野さんが『桜』になったんですってね」
「はい、そのことでちょっと」
星那がそう言うと、土田先生は驚いた表情で言う。
「あれ、もしかしてやっぱり辞めますとか?」
それを聞いて星那は笑顔で答える。
「そうじゃないです。でもいきなりのヒロイン役で不安なので、大輝先輩に無理言って残ってもらって、アドバイスもらおうと思って」
大輝はあいまいに頷きながら、心の中で呟いた。
(茅野ってアドリブ、ホント上手いよな)
「なるほど、そう言う事ね。安心したわ」
土田先生は安堵の表情を浮かべる。
「それで、部室の鍵を借りに来たんです」
大輝がそう言うと、土田先生は更に合点のいった表情で言う。
「うんうん、了解。キーボックスから鍵持って行ってね」
「はい。失礼します」
そう言って二人は職員室の入り口付近にあるキーボックスから部室の鍵を取り出し、その下の貸し出し名簿に名前を書いた。
「失礼しました」
職員室を出た二人は廊下を並んで歩く。
「まさか土田先生いるとは思わなかったですね」
「そうだな。まぁ、これで新たな『既成事実』がどう影響するかの実験にもなるだろう」
部室に戻ってきた二人は、早速今後の対策を考え出した。
台本を片手に「原因」を探る様子は、傍から見たら本当に演技の打ち合わせをしているようにも見えた。
「前回の本番のステージのどこかに、『間違い』がある可能性が高いんだよな」
「そうですね」
「そして、今までの経験から、恐らく『桜』が舞香から茅野になったことについては問題ないんだと思う」
「舞香先輩を助けたらリープしますからね」
「しかし、それ以外、なにがあるかね?」
しばらく考え込んで、星那が言う。
「ひとつ心当たりがあるとするならば、私、やっぱりこのストーリーに納得がいってないんですよ」
大輝は目を瞑ったまま、頷く。
確かに「1回目」の段階から、大輝も星那もこのストーリには納得がいかず、特に最後の場面の演出についてディスカッションした経験がある。それを思い出しながら大輝は言う。
「特に、ラストな」
「そうなんですよ。それがとっても引っかかりますね」
それを聞いた大輝は、更に思考を巡らす。そして、ふと一つの考えが浮かぶ。
「もしかして、それが『誤り』なのでは?」
そう言う大輝に星那は怪訝そうに聞く。
「といいますと?」
「いいか、よく聞いてくれ。恐らく、この世界でタイムリープしているのは俺たち二人だけだろう。他に誰もいないとも言い切れないが、今のところ『1回目』と違う言動が見られるのは俺たちだけだ」
「はい」
「すると、俺たちのどちらか、もしくは二人に原因がある可能性が高い」
「なるほど……」
「その原因として考えられるのが、俺たちが共通して持つ『違和感』なんじゃないかな?」
「違和感……」
星那はまだよくわからないと言った表情で大輝の続きを待つ。
「つまりは、他に正解があるのではなくて、俺たちが『納得できなかった』という、その気持ちがタイムリープを引き起こしていると考えることはできないかな?」
「……って言う事は、ボクたちそれぞれが、納得できなかったことが心残りで、やり直したいと言う気持ちが、タイムリープをさせていると」
「そう!」
大輝はパッと表情を明るくする。
「なるほど、そう考えると辻褄が合いますよね」
星那は更に続ける。
「そしたら、ボクたちはどうしたらいいんですかね?」
大輝は言う。
「もしそうだとしてら、答えは簡単さ。脚本が『正解』なら、俺たちの気持ちの問題さ。俺たちがこの脚本で納得して演じればよい」
「でも、納得できますか?」
「個人的には納得できないけど、この脚本で演じる以上、この脚本が正解さ。だから俺はこの台本通りの『健太』役に徹するべきなんだと思う」
「確かに、それが原作者の思いなら、そうすべきですよね」
星那はいくつか腑に落ちない点もあったが、大輝に行っていることには整合性がある。確かにそうかもしれないと思い始めた。
「わかりました。私も台本通りの『桜』役に徹します!」
そうと決まれば、ここでこれ以上話すことは無かった。
「じゃ、今日はこの辺で帰りますかね」
大輝と星那は職員室に鍵を戻し、帰路に就いた。
駅に向かいながら大輝が言う。
「あとは無事に『明日』が来ることを祈るばかりだな」
「先輩、ボクのLINEのID覚えましたか?」
星那に言われてハッとする。
「あ、わりぃ。今夜中に覚えるわ」
星那は不安そうな顔をして言った。
「ちゃんと覚えてくださいね!」
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