第4話 知っている未来、知らない未来

 大輝だいき星那せなの問いに言葉を詰まらせた。


 すぐに「何を訳の分からないことを言っているんだ」と、そう言えていれば、あるいは結果は違ったかもしれない。しかし、大輝の沈黙は「今日が初めてではない」と答えたのと同義だった。

 

 しかし、大輝は尚も抗って星那の腕を振りほどこうとする。

「ダメだ、俺にはやらなきゃいけないことがあるんだ!」

 そう言う大輝に、星那は言う。


「それは、無理です」

「無理って何がだよ!」


 大輝が思わず声を荒げると、星那は対照的に小声で言う。


「お願いだから大きな声を出さないでください!」


 そして、星那は乞うような目をして続ける。

「お願いです。時間がないんです。ボクの言うことを聞いてください」

「でも……」

 大輝が続けようとすると、星那は悲痛な表情で言った。

 

「単刀直入に言います。ボク達には舞香先輩を助けることはできません!」

 

 その一言に目を見開き、呆然と立ち尽くす大輝の腕を引いて、星那は急いで歩道橋の裏側に回った。


「とにかく、早くこの場を離れないといけません!」



 大輝は星那に引かれるがままに走った。運よく青に変わった横断歩道を渡り、大学病院の角を過ぎたところで星那はようやく止まった。


 大輝は荒くなった息を整えながら言う。

「茅野も……舞香の怪我の事、知ってるのか?」

 星那も大輝と同様に息を整えながら言う。

「はい。そして、『さくら』がボクになることも」

「だったら、なぜ……」

 そう言う大輝を遮って星那は言う。

「こんなところでは話せませんよ」

「でも、舞香は……」


「ボクだってできる事なら舞香先輩を助けたいですよ! でも先輩、お願いですから、今はボクの言うことを聞いてください!」


 大輝は舞香の件が気になりつつも、茅野が真実を語っていると悟り、素直に言うことを聞くことにした。

「……わかった」

 

「ボクも先輩に色々聞きたいことがあります。一旦、学校に戻りましょう」

 星那に促され、二人は学校の方へ向けて歩き出した。

 

「一つだけ聞いて良いか?」

 大輝が言う。

「なんでしょう?」

「その……やっぱり茅野も、今日が初めてじゃないのか?」


 星那はやや視線を逸らしながら言う。


「3度目です。先輩は?」

「俺は2度目」


「じゃ、今日はボクの方が先輩ですね。この先の出来事はたぶん先輩にとって初めての事です。今日はボクがリードしますから、先輩はボクの言う通りにしてください。いいですね?」


「てんで童貞扱いだな。まぁ、俺、この先は初体験だから、経験済みの茅野が手解き頼むよ!」

「もう! ボクは真面目に話してるんです。それなのに……、先輩のえっち……」


 星那が頬を膨らませてそっぽを向く。


「なんか良いな、『先輩のえっち』って響き」

 それを聞いた星那は大輝を睨みつけながら続ける。


「それに、ボクがまるで『経験ある』みたいな言い方もしないでください!」

「ってことは、茅野は処女か?」


 星那は思いっきり大輝の尻を蹴る。


「痛って!」

「それ以上言うと、蹴りますよ!!」


 大輝は尻を摩りながら言う。


「蹴ってから言うなよ!」

「最っ低!!」


 星那はそう吐き捨てて、速足で学校の方へと再び歩き始める。

 

 途中、コンビニの前まで来ると星那は言った。

「折角だから、お昼ご飯買っていきませんか?」

「そうだな。俺もいい加減腹が減ってきた」


 大輝が会計を済ませコンビニを出ると、遠くで救急車の音がするのに気が付いた。あとから出てきた星那も音のする方を見遣る。

「多分、舞香先輩ですね。さぁ、行きましょう」

 そう言って星那は思いを断ち切るかのように踵を返し、学校の方へと歩きだした。

 


 学校に着き校舎へ入ると星那は言った。

「部室に行きます」

「鍵は?」

 大輝が問うと、星那は唇に人差し指を当てて、そのまま部室に向かう。大輝も黙ってついていくことにした。

 部室の前に着くと、星那は当たり前の様に制服のスカートにあるポケットから鍵を取り出し、部室の扉を開け、中に入った。大輝もそれに続く。

 大輝が入ると星那は扉を閉め、鍵をかける。

 

 そして星那は大きく息を吐くと言った。

「無事戻ってこれました」

 星那は部室の窓のカーテンを閉め、椅子に座る。大輝もそれに続いた。

 


「いったいどこから話を聞いたらいいのやらわからないんだけど」


 大輝は混乱を隠さずそのまま伝えると、星那もようやく機嫌が直ったのか、微笑みながら言った。


「ボクも何から話してよいのかわかりません」


 大輝が問う。

「まず、一番に聞きたいんだけど、なぜ今日、俺が舞香を助けるの止めたんだ?」

「それはおそらく、先輩が舞香先輩を助けたら、明日は3月に戻るからです」


 それを聞いて、大輝は息をのんだ。


「ボクは『1回目』と違うことをすると、3月22日に戻るんです。先輩は違いますか?」


 大輝はハッとした。

「そう言うことだったのか」


 その反応を見て、星那は怪訝そうな顔をする。

「先輩は違うんですか?」

「いや、俺も何度か3月22日に戻る経験をしたんだけど、その条件が『1回目と違う事』っていうことに気付いてなかったからさ」


 大輝は自身の経験を振り返り、納得がいった。確かに学校を休んだり、宝くじを当せん番号で購入したりした翌朝はタイムリープしていた。

 

「ところで茅野は、何で俺がタイムリープしてるってわかったんだ?」

「それはですね、やり直す度にボクの周りの人は1回目と同じ言動を繰り返すんですよ。でも、その法則に唯一当てはまらなかったのが大輝先輩だからです」

「そうなのか?」

 自覚のない大輝は驚く。


「はい。『1回目』初めてボクが先輩にあった時、先輩はボクがいわゆる『ボクっ子』であることに驚いてました。でも、この前は驚かなかった」

「あぁ、確かにな」

 

「更に、それを確信したのは今日です」

「今日……」


 大輝は俄かに緊張した表情をする。


「もし、先輩もタイムリープを繰り返しているのなら、今日、先輩は舞香先輩を助けに来ると思ったんです」

「なるほど」


「実際、ボクは前に舞香先輩を助けようとあの歩道橋で待ち伏せをしたことがあります。その時は舞香先輩が来る前に大輝先輩がやってきて、普通に挨拶して通り過ぎました」

「あぁ、それは覚えているよ」

「でも、今日の大輝先輩は、前回と違う方向からやってきた。それで確信したんです。で、絶対に止めなきゃいけないって。どうせ助けられない舞香先輩を助けて、また3月からやり直すなんてゴメンですから」


「なるほどな。あれ? ちょっと待てよ?」

 大輝はふと、あることに気づいた。


「どうしました?」


「前回茅野が舞香を待ち伏せしてたって言った時は、当然、舞香がその後骨折事故を起こすことを知ってたからだよな?」

「はい、もちろんそうですけど……」


「ということは、その時、茅野は当然、何度目かの今日だったわけだ」

「そうですね。何度目かは忘れましたけど、初めてではないから知っていたわけです」


「でも、俺があの歩道橋で茅野と会ったのは、1度目の記憶なんだよ」


 星那も首をひねる。


「……なるほど。ってことは、ボクと先輩とでは、タイムリープの回数が違うってことですかね?」

「一旦、お互いに経験していることを整理してみないか?」

 


 二人はそれぞれの経験から分かっていること出した結果、いくつかのことが共通項して導き出された。それを星那がノートに書きだす。


 ・タイムリープの起点は3月22日。

 ・1回目と違うことをするとリープする。

 ・リープのタイミングは目覚めるとき。日付をまたいでから寝ても変わらない。

 ・自分たち以外はリープしている事に気づいていない。

 ・二人とも7月7日以降の世界は経験していない。

 

 ここまで書き出して、星那が疑問に思う。


「ボクずっと疑問なんですけど、なんで起点は3月22日なんですかね?」

「それはたぶん、この日に演劇部で文化祭の出演演目が決まったからじゃないかなと、俺は思ってる」

「そうだったんですね……」


 そう言って星那は暫し腕を組んで考える仕草をすると、再び口を開く。


「そうなると、ボクたちを今悩ませているこのタイムリープの理由は、この演劇がらみであることは確定ですね」


 これに関しては大輝も同意する。


「そうだな。『1回目』も文化祭の公演があった日で終わってる。起点と終点がこの演劇と一致しているからな」

 

 しかし、今度は大輝が疑問を口にする。


「ただ、リープの発動条件がいまいちわからないんだよ。『1回目と違うことをするとリープする』とっていうのは概ねあってるんだけど、この前、茅野は「幸恵ゆきえ」役に立候補しなかったじゃないか? でもその時はリープせずに進んだよな」


 星那は言う。


「恐らく、先輩がボクを推薦してくれたからじゃないですかね? その結果、ボクは予定通り『幸恵』役になった。他にもプロセスは変わっても結果が変わらなければリープしなかったことはありましたから」


 確かに大輝も心当たりがある。周りの人間は基本的に1回目と同じ言動をするが、どうしても自分と絡むと会話などは変わってくる。しかし、一語一句同じようになぞらなくても、結果が変わらなければリープはしてこなかった。



「ところで、折角だから一旦飯にしないか?」

 大輝は色々と合点がいって安心するのと引き換えに、空腹を覚えてきた。


「賛成!」

 星那も笑顔でそう言うと、早速横の机に置かれていたコンビニの袋に手を伸ばす。


「はい、先輩のはこっち。カツ丼ですね」

「おう、ありがとう」

「ボクね、セコマのホットシェフ、大好きなんですよ!」

 星那は笑顔でそう言いながら、大きなおにぎり2つとフライドチキンを取り出す。

「それ、全部食うのか?」

 大輝が些か驚くと、星那ははにかみながら答える。

「だって、『ベーコンおかか』と『たらこ』、どっちも好きで選べなくて……」

 

 

「ところで、俺が前回、茅野と歩道橋であった時は、私服じゃなかったか?」

 カツ丼を食べながら、大輝はふとした疑問を口にする。


「よく覚えてますね!」

「何で今日は制服なんだ?」


「それはこうして先輩と学校でお話するためです。さすがにマックでこんな話できないでしょ? 二人でゆっくり話すには部室しかない。学校に入るには制服が必要!」


 星那はおにぎりを頬張りながらそう言う。


「そう言えば、部室の鍵は?」

「これも、今日のことを想定して、午前中に職員室で鍵を借りて、駅前のスーパーで合鍵作ってきました!」


「お前、それってもはや犯罪行為じゃね?」

「超法規的措置です! だって今ボクたちに今起こっていること自体が非科学的じゃないですか」


「まぁ、それもそうだな。で、この後どうする?」


 二人はこれまでの情報は共有したが、これからの事はまだ何も話をしていなかった。

 


「まず、喫緊の問題として、ボクたちがこうして情報を交換し合ったことに対して、明日が来るかどうかですね」

「確かにな。1回目とだいぶ違う展開になっちまったからな」

「神様が許してくれるといいんだけど」


 そう言って星那はため息をつく。


「神様ねぇ……。それから、タイムリープの原因を探らなきゃだよな」

「そうですね。もしこのリープに理由があるのなら、1回目と同じことをしても、また7月6日が過ぎれば3月22日に戻ることになるでしょうからね。まぁ、1回目と違うことをしても戻るんですけどね」

「無理ゲーじゃね?」


「でも、『正解』があるはずなんですよ。ボクたちの知っている未来とは別の『知らない未来』が、きっと」


「正解かぁ……。俺たちの何が間違っているんだかなぁ」


 大輝は全く心当たりが無く、悩んだ。

 


「そうだ、先輩。これから先いつでも連絡とれるように、LINE交換してください」

 星那が突然明るい声で連絡先の交換を提案する。

「あぁ、そうだな」


 そう言いながら大輝はスマホを取り出す。


「そして、先輩、ボクの名前とID、アイコンを覚えてください」

「なんで?」


「もしまた3月22日に戻っちゃったら、ボクが高校に入学するまで連絡とれなくなっちゃいます。だから、ボクのLINEのIDを覚えて、3月に戻った時はすぐに検索して連絡ください。ボクも先輩の覚えますから」

「なるほどな、了解」


 今日の話を聞く限り、星那は大輝より多くのリープ回数を経験しているようだ。さすが、用意周到だと大輝は感心した。

 

「とりあえずこれで、また3月に戻っちゃっても安心だな。今日はこの辺で解散するか」

「そうですね。あとは今日の事を神様が見過ごしてくれて、無事明日が来ることを祈るばかりですね……」


 大輝が立ち上がると、星那が急に涙を流してすすり泣きを始めた。


「どうした?」

「ごめんなさい。今までボク、一人ですごく不安で怖かった。今までこの話、誰にもできなくて。だから今日、先輩に話せてよかったです……」


「あぁ、そうだな……」

 大輝は突然星那が泣き出し、困惑した。


「今日も、もし先輩がリープしてない人だったらどうしようって、すごく怖かった。もし違ったら、また3月に戻っちゃうって……」

 

 大輝より多くのリープを経験しているということは、それだけたくさん思い悩み、辛い経験をしてきたのだろう。リープを経験するたびに大輝も心をすり減らしてきた経験がある。

 そう考えると、大輝は切なかった。

 

「そうだな、辛かったな。俺も茅野と話せてよかったよ、ありがとう」


 

「もう、大丈夫です。ありがとうございます」

 暫くしてようやく星那に笑顔が戻って来た。


「帰れるか?」

「はい! 先輩は家どこですか?」

「俺は篠路しのろ。茅野は?」

「ボクは百合が原です! 近いですね!」

「あぁ、そうだな」

「じゃ先輩、一緒に帰りましょう」

 

 二人が部室を出ると、星那は何事もなかったように鍵を閉め、その鍵を自然な動作で制服のスカートにあるポケットへしまった。

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