第3話 未来を知る者の決断
4度目の3月22日を迎えた
この先、少なくとも7月6日までは「未来の予言者」として、この世の中を自在に渡ろうと考えていた大輝は、すっかり意気消沈だった。
とりあえず為す術も無く、大輝は学校へと向かう。
大輝の身の回りに起こる全ての出来事が、「昨日」と全く同じだった。修了式後の部室では、今日も部長である
部長があらすじを紹介すると、相変わらず
確か昨日はここで大輝が、他の候補作品は無いのかと聞いたはずだ。しかし、すっかりやる気を失った今日の大輝は、その興味すらなかった。質問したって答えは分かっている。
暫しの沈黙ののち、再び舞香が口を開く。
「ねぇ剛志~。何か他に候補の作品って無いの?」
それは昨日、大輝が質問した内容だった。それに対し、部長は昨日と同じ答えをする。質問者が大輝から舞香に変わっただけだった。
その様子を見て、大輝は更に落ち込んだ。
(所詮俺が何をしてもしなくても、この世の中は変わらずに進んでいくんだ……)
そう悟った大輝は、その後も残りの時間を適当にやり過ごした。部活が終わり、学校を出た後、
ハンバーガーを食べ、宝くじを買う。どうせ宝くじが当たったってこの世の中は変わらない。そう考えた大輝は、ハズレとわかっていながら1回目の時と同じく、自分の誕生日で購入した。
大輝は夜、ベッドに転がり一人悶々と考えていた。
どうしたら元の世界、すなわち目が覚めて迎えていたであろう7月7日の朝に帰れるのか?
そもそも今、何が起こっているのか? 長い夢ならいい加減覚めてほしい。しかし、夢にしてはリアルすぎるのも腑に落ちない。
やはり俺は本当に3月22日にタイムリープしてしまったのか?
だとしたら、なぜ3月22日なのか? そしてなぜ23日にならないのか?
色々考えるうちに、一つの考えが大輝の頭をよぎった。仮に3月22日という日付に意味があるのならば、この日に大輝がやらなくてはいけない「何か」があったのかもしれない。
そう考えるとなぜ3月22日にタイムリープしたのかも、その後何度も22日を繰り返し、23日に進めないのかも説明がつく。
では、今日、大輝ががやらなければいけなかったこととは何だったのか?
一番気になるのは今後起こるであろう舞香の骨折事故だ。未来を知っていて変えられたらいい筆頭は彼女の事故だろう。それを今日、舞香に伝えればよかったのか?
あれこれ考えているうちに日付が変わり、3月23日になった。しかし油断はできない。前回も23日になったのを確認してから寝たが、翌朝目覚めると再び22日だったという経験がある。今回もその可能性が高い。もし明日、再び22日の世の中だったら、今度は舞香にアプローチをしてみよう。
そう考えながら、大輝は眠りについた。
翌朝、スマホのアラームで目が覚めると、大輝はすぐに日付を確認する。再び3月22日に戻ったのか?
急いでスマホのトップ画面を見て大輝は目を見開く。なんと23日、ついに「翌日」になってしまった。またしても大輝の予想は外れたのだった。
★ ★ ★
大輝は訳が分からず混乱したまま、2度目の春休みに突入した。
23日以降、大輝は特に抗いもせず、1度目とほぼ同じ生活を淡々と過ごし、毎朝目覚めると当たり前のように翌日になっていった。
そして4月8日の始業式を迎え、部活も再開した。
部では日々のトレーニングをする傍ら、新入生勧誘の準備が始まった。
(どうせ恐らく、3人の新入生が入るよ)
結果が分かっている大輝は、いまいち勧誘活動に気持ちが入らなかった。
そして4月12日。前回と同様、3名の新入生が部室を訪れた。すっかり予定調和の生活にも慣れた大輝は、新鮮な気持ちを演じながら彼らに接した。
ところが、この後、思わぬ番狂わせが生じる。
前回と同様に部長が、空席となっていた「
これまではずっと予定調和で進んできており、こんなことは一度も無かった。
大輝は動揺した。
部長が再度1年生の3人に問いかえるが、3人とも恥ずかしそうに顔を見合わせるばかりだ。
大輝は内心焦った。ここで世の中が変わってしまうのではないかと。加えて、前回の世界では茅野がその後ヒロインの「
ここでもし他の誰かが「幸恵」役になれば、その後の「桜」役も変わってしまう可能性が高い。それはあまりにももったいない。
そう考えた大輝は、思わず挙手した。
「えっと、真ん中に座っているキミ。茅野さんだっけ? 茅野さんはどうかな?」
突然指名された茅野は驚く。
「え? ボクですか?」
大輝は努めて自然にふるまう。
「さっきの自己紹介、とても元気で良かったし。声も通りそうだし、いいんじゃないかと思って」
「え? いきなり……、どうしよう」
そう言って自信なさげに振舞う茅野に、舞香が助言する。
「折角、演劇部に入ったんだもん。これは絶好のチャンスだよ」
ナイスフォロー!
大輝は心の中で舞香に感謝する。
その後部長の説得もあり、「幸恵」役は無事、茅野に決定した。最初の自信なさげにしていた茅野も、最後は前向きな発言が聞かれ、これでひとまずは安心だ。
★ ★ ★
それからまたしばらくは、大輝にとって予定調和の日々が続いた。
相変わらず朝起きるたびに、ドキドキしながらスマホの日付を確認する毎日ではあったが、とりあえず今のところ後戻りすることなく「翌日」が訪れる。
そんな毎日であったが、大輝はどうしても気になることがあった。
それはいずれ訪れるであろう、舞香の骨折事故の件だ。
普通に考えて、骨折などしないに越したことはないのは当然である。そして未来を「予知」できる今の大輝には、それを防ぐことが可能だ。
このままでいくと、舞香は骨折によりヒロインの役を降りることになる。これまで演劇部員として頑張ってきた舞香。高校生活最後の晴れ舞台に出演できないその悔しさは、計り知れない。実際、骨折事故の後、「桜」役を茅野に譲る際、舞香は号泣していた。
そのことを考えれば、やはり骨折事故は回避できるのであれば、回避するべきだろう。
しかし大輝には一点、引っかかることがある。
それは、舞香の降板により急遽ヒロインに抜擢された茅野の存在だ。
茅野は演劇初心者、しかも稽古途中での交代でありながら、並々ならぬ努力を重ね、7月6日の文化祭本番ではヒロイン役を立派に務め上げて公演を大成功に導いた。
そんな茅野の未来も無視して良いのかと言われると、それも違うと思うのである。
幸か不幸か、この世界で二人の運命を左右することが出来きてしまう大輝は、結局結論が出せぬまま、4月27日、舞香の骨折事故当日を迎えた。
最高気温およそ30度と言う、この時期の札幌にしては季節外れの暑さの中、午前中で模試を終えた大輝は急いで駅の方向に向かって歩いていた。
この後、舞香はこの先の歩道橋のくだり階段で足を滑らせ転落、足を骨折する。
大輝は色々と考え抜いた末、舞香の事故を回避することを選んだ。決して茅野の未来を無下にしたわけではない。1年生の茅野には、活躍する機会が来年も、再来年もある。人一倍努力家の茅野なら、恐らく俺たちが引退後も大きく活躍してくれるであろうと思った。
しかし、舞香は今回が高校生活最後の舞台だ。その舞香の思いをかなえたい。大輝は未来を知る者として、そう決断したのだった。
大輝は件の歩道橋に差し掛かった。はやる気持ちを抑えて、まずは学校側の階段から上る。そして一番上の段に到達する直前、大輝は歩道橋の先に見覚えのある明るいゆるふわボブの人影を見つけ、歩みを止めた。
その人影は他ならぬ茅野だった。
そうだ、そう言えばあの日、俺はこの歩道橋で偶然、茅野と出会っていたことを今更ながら思い出した。
大輝は茅野に見つからないよう、一旦歩道橋を降りた。そして、道路を迂回し、横断歩道を渡って道路の反対側へ向かう。舞香が転落事故を起こしたのは歩道橋の駅側のくだり階段だ。つまり駅側からアプローチをしても事故を防ぐことは可能と考えた。
ところが、大輝が歩道橋の反対側の最下段付近に到着すると、ちょうど上から降りてきた茅野とばったりと出くわしてしまった。
目があった瞬間、茅野はにっこりとほほ笑んで言った。
「あ、大輝先輩! こんにちは」
大輝は努めて冷静さを装って言った。
「あ、茅野か。びっくりした」
「どうかしました?」
茅野は不思議そうに首をかしげる。
「いや、こんなところで会うと思わなくって」
そこまで言って大輝は異変に気付いた。確か以前、茅野とここで出会った時、茅野は私服だった。部活もない土曜日、しかも友達と待ち合わせだと言っていたから当然だ。
しかし、今日の茅野はなぜか制服を着ている。不思議に思っていると、茅野が大輝に問う。
「先輩はこんなところで何してるんですか?」
「え? あ、俺は今日は模試で、これから帰るところ」
大輝はごく自然に応えたつもりだったが、そんな大輝に茅野は鋭く切り込む。
「でも先輩、今、駅の方からきて、学校の方に向かおうとしてませんでしたか?」
大輝は焦った。確かに茅野の言う通り、この状況は圧倒的に大輝の方が不自然だ。
しかし、こんなところで茅野と問答をしている暇はない。早くしないと舞香が歩道橋にやってきてしまう。
「ちょっと、学校に忘れ物してな。それじゃ、またな」
そう言って大輝は歩道橋の階段を上ろうとすると、茅野は大輝の腕をつかんで引き留めた。
「え~? 先輩、もう模試、終わったんですよね? 折角だからボクとお昼ごはんでもどうですか?」
「いや、今日はちょっと用事があってな。折角だけどまた今度にするよ」
大輝はそう言って、なるべく自然に断ったが、茅野は腕を離さなかった。
「えっと……茅野?」
「大輝先輩……」
「なに?」
大輝は茅野の柔らかい笑顔に、なぜか鳥肌が立った。そんな大輝をよそに、茅野は笑顔のトーンを落として言った。
「大輝先輩は、今日、何回目ですか?」
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