第2話 抜け出せない初日

 7月6日の文化祭で、演劇部員最後の上演を主役で無事務め上げた大輝だいきは、今日、のんびりと過ごして疲れた体を癒すつもりでいた。

 

 しかし、今大輝が立っているここは、どうやら3月22日の世界らしい。混乱した大輝は、一度自室に戻ることにした。


(これは夢なのか?)

 

 確かに自分は昨日の文化祭で、舞台に立ったはずだ。証拠の写真だってある。

 そう思ってスマホの写真フォルダを開くが……、3月22日以降の写真はすべて消えていた。

 

(……どうなっているんだ?)

 

 途方に暮れてベッドの端に座っていると、心配した母親が1階から上がってきた。

「大輝、大丈夫? 学校遅刻するわよ」

 大輝は少し考えて言った。

「悪い、ちょっとめまいがして怠い。今日、休むって学校に連絡入れてくれないか?」

 

 結局大輝は今日、学校を欠席することにした。実際、不安と混乱で頭がクラクラするし、身体も非常に重く怠い。この倦怠感は、普通に考えれば昨日までの部活によるものだと考えるのが妥当だ。実際に大輝の身体には、昨日舞台に上がった感覚がハッキリと残っている。

 

 しかし、先ほどからスマホで色々なサイトを見ても、今日が3月22日であることは間違いないらしい。自分の記憶と、今の実際に見ている世界。その双方が両立する解は無く、どちらかが夢であると考えるのが妥当のような気がした。

 

(やはり、昨日までの記憶が夢なのか?)

 

 しかし実際、今朝目覚めてから見た外の景色、両親との会話、そして銀行の強盗事件。どれも単なる「デジャブ」として片付けるにはあまりにも鮮明に記憶されている。

 

(……だとすると、答えは一つ。今、体験していると思っている事こそが夢の中の出来事ではないだろうか?)

 

 過去の経験を夢の中で鮮明に再現することは、未来を予知するよりも遥かに容易い。そう考える方が自然だ。大輝は「今が夢の中だ」と片付ける方が安心できた。

 

 そして、安心すると、眠気が襲ってきた。夢の中で眠気が襲ってくるとはいかにも滑稽だが、実際昨日までは本番に向けて相当身体を酷使してきた。疲労が溜まっており、身体が急速を求めるのも無理はない。

 大輝はとりあえず、不可解なことは一旦置いておき、もう一度眠ることにした。



 大輝が目を覚ますと、部屋はだいぶ薄暗くなっていた。枕元に置いてあったスマホを開く。17時25分。


 その瞬間、大輝はパッと目を開く。

(7月7日? それとも3月22日?)


 カレンダーアプリを開くと、3月22日のところが反転している。

 大輝はベッドから起き、窓の外を眺める。街は夕陽に照らされた雪景色だ。大輝は愕然とした。

 

 ふと気づくと、演劇部部長の剛志たけしからLINEが届いている。


【体調不良で学校休んだと聞いたが、大丈夫か?】

 

 そして、今日、7月の文化祭で上演する演目が決定したが、大輝が欠席だたっため配役の決定は延期した旨が記されていた。


 大輝は返信した。

【今日は休んで悪かった】 

 そして、恐る恐る聞いてみた。

【ちなみに、文化祭で上演する作品は何に決まったんだ?】

 

 程なくして部長から返信が来る。


Billieビリー 作の『想いよ、届け』っていう作品。まぁ、知らないと思うけどな】

 

 大輝にとっては、つい昨日、自分が主役で上演した作品だ。知らないはずがない。……が、しかし、確かに3月22日時点では全く知らない作品。

 一体何が現実なのか?

 

 とりあえず大輝は部長に、「分かった」とだけ返した。

 

 その後も大輝は、不安と混乱で何も手につかぬまま夜を迎えた。

 何かの拍子に、7月6日から3月22日にタイムリープしたのかもしれない。そう考えると今起こっているすべてに説明がつくような気がするが、その根幹であるタイムリープ自体、非科学的であり、説明がつかない。

 結局、「過去の夢を見ている」説が一番現実的だが、それにしてはあまりにもリアルで納得しがたい。


 思考が堂々巡りをしているうちに、いつしか日付が変わり、3月23日になった。

 大輝は依然、緊張と困難の中にあったが、疲労と睡魔には打ち勝てず、ひとまず眠りにつくことにした。


 ★  ★  ★

 

 翌朝、大輝は目を覚ますと真っ先に日付を確認しようと、枕元のスマホに手を伸ばす。

 スマホを拾い上げながらも、この部屋の空気の冷たさが早くも7月では無いことを物語ってはいたが。

 

 恐る恐るスマホを開くと……、再び日付は3月22日となっていた。

 大輝は大きくため息をついた。


 大輝は昨夜寝る前、次に朝起きたら7月7日か、3月23日、3月22日のどれかだろうと予測していた。つまりは、元の時間に戻るか、このまま時間が進行するか、はたまた再び振出しに戻るかの三択だ。もちろん大輝にとって一番望んでいた日付は7月7日であったことは言うまでもなく、また一番最悪な結果は3月22日であると考えていた。

 

 しかし、最悪の結果であるとはいえ、想定の範囲内。今日の行動は既に決めていた。今日がもし3月22日だったら、学校に行って過去の記憶と同じ行動を辿ってみようと考えていたのだ。もしこれから起こるすべての出来事が、自分の知っていることだとしたら、それは最早、タイムリープをしたことを認めざるを得なくなる。まずはそれを確かめたいと思った。

 

 大輝は部屋のカーテンを開ける。そこには、かつて見た風景が広がっていた。


 大輝は意を決して1階に降りて行くと、昨日の朝と同じように既に父親は朝食を摂っており、母親は台所で洗い物をしていた。


「おう、大輝、起きたか。おい、テレビ見てみろ。昨日近くの銀行に強盗が入ったんだとよ」

「物騒ねぇ。あんたも気を付けなさい」

 両親ともに昨日と同じ言動をなぞる。

 

「現実にこんなことあるんだな~。とりあえず、顔洗ってくるわ」

 そう言って大輝は洗面所に向かい、登校の準備を始めた。

 

 朝食を済ませ、身支度を整えたのち、7時45分には家を出る。久々に歩く雪道。足を取られないよう慎重に踏み固められた雪道を進んで行く。


 その先もいつか見た光景をなぞるように物事が進んでゆき、午前11時前にホームルームが終わった。

 そして、相変わらず春休みの話題に花を咲かせるクラスの女子たちを尻目に大輝は教室を後にし、部室へと向かう。


 この日、演劇部の部室では、部長から文化祭で上演する作品の発表と配役の決定があるはずだ。

 

 部員が集まると、部長はおもむろに口を開く。

「えー、7月の文化祭で上演する作品が決定しましたので、発表します」

 そう言いながら、全員に台本を配る。

Billieビリー 作の『想いよ、届け』です」


「ビリー? 誰? 外国人?」

「聞いたことない作品だな」

 

 部員たちからは聞き覚えのあるようなセリフが飛び交う。

 

「どんな物語なんですか?」

 当時まだ1年生だった池田結芽ゆめが問い、部長があらすじを話すと、かつてと同じように部員一同、何とも言えない空気に包まれた。


 それに対し、倉橋舞香まいかが気怠そうに言う。

「……なんか、超ビミョーなんだけど……」


(いやいや、お前はこの後大怪我して、大変なことになるんだからな)


 大輝は複雑な思いで舞香の発言を聞く。

 

「部長! えっと、一応聞くけど、他に候補の作品無いのか?」

 大輝は流れに合わせて異を唱えるが、返事は分かり切っている。

 

「顧問の土田先生とも相談したんだけどさ、ハッキリ言ってこの人数でできる作品の台本がもう部に残ってないんだよ。新しい台本を買う部費もないしさ。何なら、この作品だって、役者足りてないんだから」


 この後も大輝が見覚えのあるやり取りが続き、予定調和の如く配役が決まった。大輝はこれ以上、部員たちと関わるのも億劫な気がして、早々に部室を後にした。


 

「おい、大輝!」

 校舎を出ようとしたところで、大輝は聞き覚えのある声に呼び止められる。

 

(そう言えばこの日、仁と一緒に帰ったんだったっけ)


「よう、宇宙人!」

 大輝にそう呼ばれた人物は、あからさまに不服の表情で答える。

宇山うやま じんだ!」


「飯食ってかないか?」

 大輝はかつてと同じように仁の誘いに乗り、二人で学校を後にした。


 駅近くのハンバーガショップで昼食を摂りながら、大輝は今自分が体験している不思議な出来事を打ち明けようか迷ったが、それはためらった。結局、以前と同じように先ほどの演劇部の出来事を話した。


「演劇部も大変なんだな」

 そう言った後、仁は改めて素朴な疑問を口にした。

「そう言えば、何で大輝は演劇部に入ったんだ?」

 大輝はコーラを一口すすると、けだるそうに答える。

「女にモテたいから」

「で、その効果のほどは如何に?」


 結局、大輝は7月の文化祭まで演劇部員としての責務を全うし、また最後は主役で有終の美を飾ったが、恋愛とは無縁の高校生活だった。

 

「うるせぇ、バカヤロウ……」

 大輝は虚しさを覚え、その言葉にもどこか力が無かった。


 昼食を済ませて店を出ると、仁は隣の宝くじ売り場を指差して言った。

「ちょっとさ、それ買ってみないか?」


(そう言えば、そんなイベントもあったっけ?)


 大輝はふと、前回の記憶を思い出す。確か前回は、家の電話番号の下4桁が当せん番号だったはずだ。


「ナンバーズ3と4、どっちにする?」

 仁が2枚のマークシートを差し出すと、大輝は迷わず右側を手に取った。

「そりゃ、もちろん4だろ」


(よし、わかるぞ! 進研ゼミでやったところだ!)

 大輝は興奮を隠しながら、「5485」とマークする。

「う~ん……。とりあえず、電話番号かな」

 その横で、仁はワクワクしながらマークしている。

「じゃ、俺は誕生日で。『1123』っと。これ当たったらスゲーよな。200円が100万円になるんだもんな」

 

 

 その日の夜。大輝はスマホを開き、宝くじの当せん番号を確かめると……、果たして大輝の買った「5485」が当せんしていた。


「よっしゃ! 105万ゲット!!」


 しかし、大輝は当せんの喜びと同時に、過去の記憶が確かなものであると確定したことへの恐怖で、次第にその手は震え始めた。


(やっぱり俺、タイムリープしてるんだろうか)


 最早、それ以外の選択肢はないほどに事実を突きつけられた大輝は、いったいこの後どうしたらよいものかと考えた。


 過去の記憶通りに物事が進んでいるということは、現時点の感覚で言うと、未来が予知できるということだ。

 現に、大輝は今、易々と宝くじを当ててしまった。これから先も、授業の内容、テスト問題、その他あらゆることが記憶の通り進んで行く。演劇の台本だってもう既に頭に入っているので、また台詞を一から覚える必要はない。

 しかも、100万円までゲットしてしまった。


(これは明日から、楽しみだぜ!)


 大輝はこの夜、興奮して中々寝付けなかった。


 ★  ★  ★

 

 翌朝。大輝はスマホのアラーム音で目が覚める。時計を見ると6時45分。

 今日からは春休み。まだまだ寝ていられるのに、いつもの癖でアラームを掛けてしまったようだ。


 アラームを解除しようと、一旦スマホのトップ画面に戻ると、大輝は眼を見開いた。


 スマホの画面には、3月22日と表示されている。


 

「もしや、また戻ったのか――!?」

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