ストリップが教えてくれたこと

 先生は眼鏡を外して、傍にあった机に置く。おぉ……なんか、本気モードって感じ……! そして、スマホを取り出してちょっと操作してから眼鏡の隣に置いて――スッと直立姿勢を取ったところで、音楽が流れ始める。これは……『My Gambit』――舞先輩のあの曲だ。結構激しい感じなので、おっとりした先生には似合わないかも……なんて思っていたけれど――!?

「…………!」

 鳴り響くメロディに合わせて、先生が最初の一歩を踏み出した瞬間、ビクビクしてたはずの表情がピタッと落ち着いた。歳上だからなのかな、こういうところの切り替えはすごい。でもって、動きの一つひとつはなんだかゆったりしている。桑空先生から教わった振り付けを、自分なりに解釈し直したみたい。けれど、その一挙一投足には小此木先生らしさが詰まっていて、私の予想の斜め上を行く。

 でも、これは……なんていうか……すごくエッチじゃない!? じっと見ている私の頬が、どんどん熱くなるように感じている。唇からうなじ、そして鎖骨や胸元へと流れるような動き、まだ下着つけてるのにこんなに色っぽいってどゆこと!? これはきっと、先生の大人びた表情とか、一生懸命さが生み出す魔力みたいなものなんだ……。私、もう耐えきれなくなって、思わず両手で目を覆いかけたけど、でもここで目を逸らすわけにはいかない! だって、先生がこんなに真剣に踊ってるんだもん!

 そして、気がついたら――先生、ブラを外してる……!? 私、何が起こったのか一瞬理解できなくて、まるで時空が飛んじゃったような感覚。しかも先生の胸が、こう……脱いだ瞬間、一気にぶわっと膨らんだように見えて……これが俗に言う『脱いだらすごい』ってやつ!? 小此木先生って、こんなに……こんなにセクシーだったの……!? うわぁぁ、私の目の前でまさかこんな光景が繰り広げられるなんて! 小此木先生、まさかここまでの覚悟を見せてくれるとは思ってなかったから、予想外すぎて思考がぐちゃぐちゃだよ!

 先生のダンスはそのまま続く。アレンジされてるけど、舞先輩の振り付けだって感じられるし、それを真正面から表現しようとするその姿が、もう……これぞ、正真正銘のストリップじゃない!? 下品な感じは全然なくて、女性らしさがこれでもかってくらい溢れてて、先生の真っ直ぐな想いがひしひしと伝わってくる。

 そして、曲が終わり――

「ど、どうだったかな……?」

 先生がいつもの頼りない感じに戻ると、さっきの衝撃がフラッシュバックして、私、まともに先生の目を見て話せなくなっちゃう。希さんだって、これを舞先輩の劣化コピーとは評しないだろう。だって、技術的な拙さを補って余りあるものがあったから。これはもう、年齢とか経験のせるわざというか……女としてのキャリアの違い、みたいなものなのかも。

 だからこそ――私の何が悪かったのか。何が間違っていたのか――そして――どうすればいいのか――それは、まだぼやっとしていてはっきりとはわからない。でも、確実に何かが……!

「先生……ありがとうございます……っ!」

 私が思わずお礼を言うと、先生もホッとした顔を見せてくれた。

「お役に立てたなら何よりよ。如月さんを……お願いね」

「はいっ!」

 これでまた、私は次のステージに進める気がする。先生の見せてくれた決意を胸に、舞先輩に向けて、また頑張ろう!


       ***


 私は、舞先輩を呼び出すための手紙を書いてみた。試験最終日の午後3時に2年B組の教室で待ってます、って。……よし、これでいいよね?

 こんなの書いたところで舞先輩にはスルーされちゃうかもしれないけど……でも、私は確信している。舞先輩なら絶対来てくれる。だって、舞先輩も私に下駄箱経由でメッセージくれたわけだし。だから、これはそれに対する意趣返し……の、つもり。もし、舞先輩が自分大好きなナルシストだったら、自分のやり方を返されて無視もできないはず!

 そして、部活休止期間中だってのに、私は毎日教室にこっそり残ってこっそり練習! まー……部として残ってるわけじゃないから、私個人が怒られる問題だよね。けど、こんな機会はなかなかないから。校舎に誰も残ってないってわかってるからこそ、脱ぐところまで気兼ねなく練習できるし。

 一方で……試験勉強も大変! 昼休みには千夏と由香がつき合ってくれたけど、やっぱりこのふたりがいるとどうしても笑っちゃう。千夏は問題を解くたびに「え、これどうなってんの!?」「誰がこんなややこしいコト考えたんよ!」って大騒ぎだし、由香はしっかり教えてくれるし。……でも、紗季がいないのはやっぱりちょっと寂しい。なんだかんだであの冷静さがあると、安心できるから。

 そうこうしているうちに、ついに試験は全部終わったー! これでやっと一息つけるー! やりきった感の中で、ほっとしてると――

サクーっ、これからどこ遊びに行くー?」

 教室から出ていこうとするB組の生徒を掻き分けながら、C組の千夏が果敢に逆流してくる。さすが千夏、すでに楽しいことを考えてるんだから。

 けど――

「ごめん、これからちょっと用事があって」

 と私は返す。だって、今日はあの約束があるんだもん。けど、それは誰にも話してないから……納得できない千夏がじとーっとした視線を向けてくる。

「試験も終わって何の用事よ。それ、アタシらと遊ぶより大切なん?」

「そう言ってるのよ、桜は。行くわよ、千夏」

 遅れてやってきた由香はやんわりと千夏を窘めてくれた。けれど、軽く探りを入れるような一言も残していく。

「……そうだ、紗季も誘っていい?」

 そんな意味深な問いに、私は一瞬戸惑う。そうだね、紗季とも色々あったから。こういう配慮、由香らしい。けど、私に後ろめたいところはないから、正直に答える。

「……うん」

 紗季とのことは、これからまたどうにかするよ。けど、今日は――

「まだまだ問題は山積みみたいだけど……ま、一つひとつ頑張んなさい」

 由香はそう言って、私にエールを送ってくれた。

「……うんっ、ありがとう!」

 私も精一杯の笑顔で返す。どんな状況でも、みんながいてくれるからきっと大丈夫。さあ、いよいよ決戦の時が来るよ、舞先輩……待ってて!


 全校生徒が帰って静まり返った校舎。私はいままでにない緊張感を抱きながら、誰もいない教室の机を一つひとつ前に寄せている。けど……これがけっこう重い! でも、大事な準備だから、頑張るしかない!

 スペースができたところで、軽く息を整えながら、ダンスの練習を始める。最終確認だ。そして、ついに五分前……そろそろ舞先輩が来るかもしれないし、いつ始めてもベストなパフォーマンスができるように備えておかなきゃ。

 残り時間があと少しになると、スマホから目が離せなくなってくる。あと五〇秒……三〇秒……緊張がピークを迎えながらも、無意識にカウントダウンしている。一〇……、五……四……三……二……一……!

 その瞬間、教室の扉がガラッと開く。

「ええええええええっ!?」

 驚きで思わず声が出た。だって、そこに立っていたのは――間違いなく舞先輩! だけど……まさかの水着姿!? あの日、ステージで見た競泳水着だよ! それも裸足で!! そんな格好で、ぴたぴたと足音を立てて教室に入ってくる。この予想外の状況に、私は思考が停止してしまった。

 そんな私の止まった時は、舞先輩の一言によって動き始める。

「おっす、来てやったぞ」

 無表情のまま手を軽いノリで挙げると、カラカラと入ってきた戸を閉める。すべてが淡々としているけれど、何というか、ものすごい 緊張感プレッシャー……! これは、予想外の格好だから――というより、あの日の舞台そのままの姿――プロとして、私と向き合ってくれている――そういうことを意味するのだと思う。

 だからこそ――私だって引けない!

「舞先輩、私……舞先輩に見て欲しいストリップがあるんです」

 心臓がバクバクしてるけど、ここは前へ進むと決めたんだから!

「別にいいけど」

 いつもぼんやりしている視線が、いまだけは真っ直ぐに私へと向けられる。その瞬間、これは私の覚悟を試すための、最初で最後のチャンスだと感じた。この機会に応えられなかったら、舞先輩とはもう二度と関われないかもしれない。けれど――もし舞先輩を納得させることができたら……!

 私は傍の机にスマホを置くと、再生ボタンを静かに押した。教室内に流れ始めるのは、やっぱり『My Gambit』――私と舞先輩の、始まりの曲だから。気持ちを引き締め、一発勝負の気持ちでダンスに臨む。舞先輩も、きっと毎回こんな気概でステージに立っているんだ。

 これから挑むのは舞先輩と同じ音楽……でも、わかってる。真似しただけじゃ通用しない。舞先輩の心を動かすためには、が必要なんだ。

 小此木先生が桑空先生から教わったというあのダンス――その動きはあまりに色っぽすぎて、私には直視できないほどだった。もしかしたら、あの体型がそうさせるのかもしれない。でも、そんな単純なことじゃない、私は思う。あのダンスには、小此木先生の人生そのものが表れていたんだ。きっと、小此木先生も、舞先輩も、たくさんのことを乗り越えてきた。だからこそ、ただの振り付けじゃない、魂がこもったダンスになったのだと思う。

 これから私も、いろんな経験を重ねていく。そして、身体つきも変わって、ダンスも変わっていくのかもしれない。でも、いまはこの瞬間しかない、私だけのストリップを舞先輩に見せたい!

 舞先輩は私が脱いでいく様子をじっと見ている。その視線に応えるために、私は手足に気持ちを乗せていく。舞先輩が私を見ているからこそ、いまだけのダンスに意味が生まれる――そう感じると、自然とダンスに自分らしい動きが加わっていく。その視線に合わせて、仰ぐ腕は大きく――練習のときよりゆっくりと魅せる腰の捻り――

 舞先輩は、いつもの何を考えているんだかわからない表情。それでも私は舞先輩のために、そして目の前にいるその人のために踊りたい。ストリップって、そういうものなんだって、私は信じているから。私にとってのストリップは、見てくれる人へのメッセージ。を、最大限に伝えるための表現なんだ。舞先輩と同じ曲でも、舞先輩のようなキレは出せない。小此木先生のような色気も出せない。けれど、この振り付けは妥協じゃない。目一杯の――それを見てほしい。いまこのときだからできる、いまだけのダンス――きっと、ステージの前にはいつもたくさんの観客がいて、そんな中で舞先輩はいつも全力で踊ってきた。その気持ちに応えるように、私は目の前の舞先輩に向かって、すべてを出しきることを誓う。

 舞先輩に、私のダンスが届きますように――!


 踊りきり、すべてを脱ぎきった私は、ふぅっと深く息を吐く。しんとした教室。拍手もないし、舞先輩の表情からは、やっぱり何を考えているのかまったくわからない。あれだけ全力で踊ったのに、何も伝わらなかったの……? と不安がよぎる。

 すると、舞先輩は唐突に――首の後ろあたりをゴソゴソすると、その手に持っているのは……スマホ? そんなところに入れてたの!?

 ちょっと驚いている私をよそに、舞先輩はそれをちょんちょんと操作して、ことりと傍の机に置いた。すると、教室の中に、ちょっと優雅な音楽が流れ始める。

「私に身を委ねて。大丈夫。私、社交ダンスも嗜んでいるから」

 舞先輩が言うと、私の手を引いてすっと立たせてくれる。まさか先輩と一緒に踊れるなんて! 驚きで心臓がドキドキする中、舞先輩に導かれながら、私はリズムに合わせてステップを踏む。

「いろんな踊りをやった中で、社交ダンスは一番合わないと思っていたけれど――」

 淡々と話す舞先輩の顔を見上げると、どこか穏やかな表情が見える。

「――もし貴女がいれば、違ったかもしれないわね」

 ふとこぼしたその言葉。私はその一言にドキッとする。いま、舞先輩は私と踊りたいって思ってくれている――その事実に胸が熱くなって、顔が自然とほころんだ。

 不意に舞先輩は、私から離れると、流れるような動きで自分の肩に手を滑らせる。あっという間に肩紐を外すと、二の腕あたりにするりと落ちていくのを目の当たりにして私は一瞬、呆然とした。再び右手を取られると、舞先輩は胸元をくいくいと下げてから私を改めて抱き寄せる。

 目の前にはむき出しの舞先輩の胸――私は思わず動揺する。それに気づいて舞先輩がわずかに笑ったように見えた。だから、私はぐっと気持ちを引き締める。

「私たち……ストリッパーですものね」

「そういうことよ」

 覚悟を込めた私の言葉に、舞先輩はあっさり返す。けれど、その響きには確かな重みがあって、私の中で確信に変わった。次に手が離れたら、きっと舞先輩はさらに一歩踏み進めるに違いない――そういう予感が、私にはあった。

 そして、それは現実のものとなる。私と離れた数秒のうちに、舞先輩は水着をお腹あたりまで引き下ろし、流れるように太もも、そしてつま先にまで落としていく。左足を軸にして、右足を抜き去り、最後は半回転で左足の水着も脱ぎ去っていく。脱衣とダンスの融合――ダンスに組み込まれた脱衣――これが、舞先輩ならではの社交ダンスの形――舞先輩が裸で私の傍にいるなんて――こんなに近くで、まさか密着して感じるなんて思わなかった。柔らかくて、熱がじんわりと伝わってくる……

 その瞬間――舞先輩も平静を装っているけれど、本当はドキドキしているんだと気づいた。まるでその胸の鼓動が伝わってくるみたい。ふたりで踊るってこんなに不思議な感覚なんだ。

 こうして踊るまで、私は自分の思いが本当に伝わるのか不安だった。でも、踊りながら理解した。私のストリップは、ちゃんと舞先輩に届いたんだって。


 曲が終わり、息を整えている私は舞先輩の手を握りしめたまま、傍でじっと見つめ合っていた。胸の鼓動が速くなってるのがわかる。さっきまで一緒に踊っていたというのに、この瞬間がさらに特別に思えてならない。

「その……舞先輩、実は見せたいものがありまして……」

 意を決して告げると、舞先輩は興味深そうに微笑む。

「それじゃあ、見せてもらいましょうか」

 言って、私の手を引く舞先輩。でも、あの……私たち、まだ裸なんですけど!?

「え、えっ、この格好で歩くんですか!?」

 私は慌てて声を上げるけど、舞先輩はまったく動じない。

「学校には私たちしかいないから、誰も見ていないわよ」

 結局、私は舞先輩に押し切られてしまったけれど――でも不思議。こうして手をつなぎながら歩いていると、最初の緊張が消えて、代わりに心地よさが訪れる。廊下は静かで、夏の日差しがやんわりと感じられる。そこに、舞先輩の手の温かさも加わって、なんだか胸がいっぱいになってしまう。私が心から敬愛する人、そして……そんな先輩に私のすべてを見てもらえただなんて、なんて幸せなことなんだろう。

 やがて、私たちは北校舎――部室フロアの一室の前で足を止める。

「ここが、私たちの部室です。私と、そして、舞先輩の……」

 その言葉とともに、私は先輩の顔を見上げる。この時期に三年生の先輩を勧誘するなんて、ちょっと気が引けないこともない。けれど、いまはこの瞬間が何より大事だった。一緒にいられる時間は限られているかもしれないけれど、だからこそ……この場所で、一緒に踊っていきたい。

「舞先輩、私たちのストリップ部に、入っていただけますか……?」

 そう告げて、精一杯の思いを込めて頭を下げる。手を差し出すと、舞先輩は迷うことなくしっかりと握り返してくれた。

「いいわよ、貴女、面白いから」

 その言葉に、私の心は感動で満ちて、思わず顔を上げたその瞬間――

 ガラッ!

 無人のはずの部室のドアが勢いよく開く。その場にいたのは、かがりちゃんと千夏、由香に、小此木先生まで。みんなはちゃんと服を着ているものの、その顔には興味津々とした表情が浮かんでいる。

「おおきに先輩! これで部に昇格やなぁ!」

 かがりちゃんが元気いっぱいに叫び、千夏や由香もゾロゾロと廊下に出てきた。けど、舞先輩は何故か不機嫌そうに私を引き寄せ抱きしめる。

「いまは、私だけの桜」

「ま、ま……舞先輩っ……!?」

 こんな私たちの様子を見ている千夏はニヤニヤと楽しそう。

「いまの現場、紗季っちが見たらどう思うかねー」

「えっ、紗季もいるの?」

 キョロキョロする私に、由香が付け加える。

「紗季がね、桜は必ず舞先輩を引き入れて来るだろうから、私たちにここで待ってろって言ってたのよ」

 紗季……私のこと、ちゃんと見守ってくれてたんだ……!

 ここで、かがりちゃんが突然走り出す。

「おふたりの服は2-Bッスよね。ウチ、取りに行ってきますわー」

 あ、いいのに……と止める間もなく、かがりちゃんは行ってしまった。

「ともあれ、これで名実ともに部に昇格ね」

 小此木先生からもにこやかに嬉しい一言。

「やったー! これで全国大会出場権獲得ぅ!」

 千夏も興奮して盛り上がり、気づけばみんなは手を取り合って喜んでいた。けど、舞先輩はまだ私のことを離してくれなくて、ちょっとドキドキ。

「先輩……そろそろ離してもらっていいですか……」

「ダメ、あの後輩が戻って来るまで離さない」

「やれやれ、お熱いこと」

 千夏がからかう中、ふと窓の外を見上げると、真っ白な太陽が私たちを照らしていた。七月の午後、夏の気配が色濃くなってきた風が、心地よく校舎を吹き抜けていく。……ああ、本当に暑い。いや、それはこの胸の高鳴りの所為なのかな?


 北校舎の一角にあるこの部室は、元々は一般の教室として使われていた。旧校舎らしく古びてところどころめくれている床や、後ろの方に寄せられている傷がついた机たちの様子は、歴史を感じさせるような落ち着いた雰囲気が漂わせている。窓から差し込む午後の陽光が、白い壁と古い窓枠を柔らかく照らし、少し暑さを感じさせる。夏の風がカーテンを軽く揺らし、外の蝉の声がかすかに聞こえてくる。

 ホワイトボードにはかつての生徒たちが使っていたであろう痕跡かすかに残されており、隅には放置されたペンとボード消しが置かれている。

 あぁ……ここが、私たちの新たな居場所になるんだなぁ……

 机と椅子の大半は処分されているが、端の方にまだいくつか残されている。それらを中央でくっつけて……即席の会議机の完成!

 私と舞先輩はかがりちゃんが持ってきてくれた制服を着直して――舞先輩は水着だけど――キャップは髪を収めるのが面倒だからか、胸のところに挟んである――格好はともあれ、ついに部室に全員集合。私たち生徒5人と小此木先生。ああ、こうしてみんなで机を囲むと、ついに部活が始まったーって実感する!

 今度、大きなミラーシートも買いに行こうねー、とか、床は綺麗に直しておこう、なんて話をすると、舞先輩もさりげなく頷いてくれる。それだけでなんだかワクワクが止まらない。舞先輩も、もう私たちの仲間なんだ!

 そんな舞先輩を改めて紹介する必要もない。みんな、先輩のステージを観ているのだから。ということで、早速今後の部の方針について話し合うことに。すると舞先輩がぼんやりと、それでいてどこか神妙な顔つきで口を開く。

「さて、ここで残念なお知らせがあります」

 えっ、何か深刻なこと!? でも、みんなが心配そうに見つめてる中でも、舞先輩は少し不敵な笑みを浮かべているから、なんだか深刻って感じでもないような……?

「大会に出場できるのは一チーム四人までです」

 えーーっ!? と誰もが目を見開く。こんなに頑張ってきたのに、それでもひとり出られないなんて!

「五人必要だって言うから、これまでみんなで頑張ったのにーっ」

 千夏が不満げに顔をしかめる。

「ごめんねぇ、それはこの学校の決まりだから……」

 小此木先生が申し訳なさそうに言うけれど、それで解決する問題でもなく。特に、不服そうなのはかがりちゃん。

「まー……先輩方も知らんかったよーですけど、もし知っとったなら、ウチ、大会出場のための踏み台に使われたと疑っとったとこですわ」

「ないないないない! そんなこと絶対ないから!」

 私は即座に全力否定! その隣で、由香が涼しい顔で言う。

「当然、補欠は私でしょ。もともと人前で脱ぐつもりなんてなかったし」

 確かに、最初はそんな約束で入部してくれた。でも――

「アレが、披露するつもりのない人の熱量なわけないじゃん」

 千夏の言う通り、私たちは事あるごとにストリップの話をしてきた。休み時間や、放課後まで。由香だって自分が出演するつもりで意見を交わしていたはずだ。

 少し気不味い沈黙が流れたところで、舞先輩が静かに微笑む。

「ここは、実力主義といきましょうか」

 うわ、舞先輩、まったくレギュラー譲る気ない! ……まあ、当然と言えば当然なのだけど。プロのアイドルにこちらから頭を下げて入ってもらったくらいなんだから。舞先輩に降りられても、むしろ困る。だけど、誰もが自分が外れるかも、って不安を抱えているから、部室の空気はすこぶる重い。だから、私は決意を口にする。

「心配する必要ないよ」

 その瞬間、全員の視線が一斉に私に集まるのがわかった。そんなみんなに向けて、私は告げる。

「私が補欠になるから」

 きょとんと驚いた顔の三人を見て、私は穏やかに微笑む。決めたんだから、もう迷いはない。

「だって、みんなが踊ってるから私も踊れるんだもん。誰かが踊れないんじゃ、私も踊れないよ」

 私の言葉に、舞先輩がふと笑みを浮かべる。

「でしょうね」

 小さくうなずいたその表情には、私を理解してくれている温かさがあった。驚く他の部員たちをよそに、舞先輩は落ち着いている。そして、少し嬉しそうに言葉を続けた。

「そんな貴女に、ちょっとだけ良いお知らせ」

「えっ?」

 どんな慰めかと思ったら――

「大会の規定では、複数の高校から集まってチームを作ることも可能」

 んんん……? それってどういう……?

「何故そんな複雑な……」

 私の気持ちを千夏が代弁してくれる。

「なんや、高校野球みたいですね」

 かがりちゃんが呟くと、舞先輩はいつもの何考えてるんだかわからない表情で頷く。

「ストリップなんてやりたがる人、そう多くはないから」

 無表情のまま、結構辛辣なことを言うなぁ……。だから、私はそれを前向きに受け止めておく。

「ま、まあ、補欠にも行き場があるのなら、それに越したことはないってことで……」

 本来なら人数が足りない高校同士で寄り添うための仕組みを、こんな形で利用するなんて、考えようによっては贅沢だよね!?

「桜……もしかして、マジで?」

 私の表情が明るいから、千夏は逆に半信半疑になってるみたい。もちろん、私自身が出場できないのはちょっと残念。だけど――

「うん、私は一先ずみんなを応援する立場になるよ。けど……」

 もしも、私が別のチームを作れたら――

「……決勝で会おう、なんてベタなことを言うつもり?」

 由香がツッコミを入れてくる。けど、その口元はちょっとシニカル。自分でも、言いながら楽しみになってない? その、ベタな展開に。だから、私もちょっと嬉しくなってきてしまう。

「え、えへへ~、だったらいいなって……」

 大それたことを言うつもりはないけど、そんな夢のようなことが叶ったらすごく素敵だろうなって想像してしまう。もしも舞先輩やみんなに向けて、大きな舞台で踊れるのなら――それが決勝戦の場なら……それ以上の楽しみなんてないかもしれない。

 それは、舞先輩も同じ気持ちのようだ。

「私と戦いたいのなら、チームのメンバーもとびきりの実力者を見つけなさいね」

「もちろん、当然です!」

 私からの意欲を確認すると、ふと舞先輩は思い出すように天井を見上げる。

「競技ストリップは四種目。あらかじめ決められた曲で踊る『課題』、衣装の創意工夫を競う『衣装』、その場で流される曲に合わせる『即興』、そして――」

 舞先輩はニコリと私に微笑みを向ける。

「歌と踊りによる晴れ舞台……『総合』」

 つまり、それこそがストリップ・アイドルの本領が発揮される場所――!

「桜、新しいチームでは必ず『総合』を務めなさい。そこが、私たちの決戦のステージ」

「決戦……」

 そして、そこが大会の雌雄を決する場なのだろう。そんなところで、舞先輩と――そんな想像をした途端、私は少し気後れしそうになった。でも、舞先輩の表情は本気だ。いつものぼんやりではなく、ステージ上のアイドルの目をしている。

 だから。

「……はい!」

 気づけば、私の口から勢いよく返事が飛び出していた。『できる』か『できないか』なんて考えず、ただ『こうなったらいいな』って思い続けてたら、ここまで来ていた。だから、まずは願うこと――その思いを、前に進む力に変えて走り続けてきたのだから。

 もう、舞先輩をただ後ろから見つめて追い続けるだけの私じゃない。これからは、真正面に立って向き合っていこう。そう決めたら、不思議と胸の中が明るく燃え上がっていく。私の前に、まだまだ歩いていける先が続いているのを感じて。


       ***


 そして、ついに夏休みがスタート! 何だかんだで、今年も部活一色か~、と覚悟していたはずが、意外なことにポッカリと時間が空いてしまった。ということで、最初から計画していた通り、従姉妹の家にお世話になることに決定! 『伯父さんたちは何か異様に楽しみに待ってるみたいだけど、ご迷惑をおかけないようにね』とお母さんからは忠告を受けてるけど……きっと楽しい時間になる――そんな予感でいっぱいだ。だって、ここまでいろんなことを乗り越えてきたし、新しい何かが始まる――そんな気がするから!

 そして、出発の日。玄関を出てマンションのエントランスをくぐったところで――

「行くのね、桜」

 その前に、紗季が立っていた!

「わあっ、紗季、久しぶり!」

 荷物の重さも忘れて、私は思わず駆け寄る。紗季は親経由で私の出発を知ってたんだろうけど、私がここ最近少し会いづらく感じていたことも察してくれてたのかもしれない。だから、いま会えたのはすごく嬉しい!

「これからね、従姉妹のところに行くんだよ」

「ええ、知っているわ」

 紗季は短く返すと、

「ちょうどよかった」

 小さく呟いた後、

「しばらく、貴女とは会いたくなかったから」

 そう言い添えた。

 でも、私はそんなこと気にしない。

「私は会いたかったよ!」

 私の軽さに紗季は少し驚いたみたい。けれど、ふと優しく微笑んだのがわかった。

「自分でストリップ部を作って、自分で放り出して……」

「でも、今回はやめてないし、やめるつもりもないよ。私の役目はみんなが踊れるようにすること。それに全力を尽くすんだ」

 私は紗季と会えたことが嬉しくてずっとニコニコしていたけれど……ふっと紗季の表情が引き締まる。

「どうしてそんなにストリップにこだわるの? 貴女にとって、ストリップって何?」

 わぁ、なんか哲学的。けれど、私にはそういう難しいことはわからないから。

「…… 現在いま、かな」

 あまり考えず、思ったことを口にする。

「そして、未来、とも」

 いましかできないストリップ、そして、未来のストリップ……いま踊っても、次には違う何かがある。同じことの繰り返しじゃない、繰り返せないからこそ、来月も、来年も、自分がどう変わっていくのか楽しみで仕方がないんだ。

「……そう」

 紗季は小さく諦めたように呟く。そして、道を開けてくれた。

「それじゃ、探してきなさい。未来の貴女を」

「……うん!」

 どうなるかわからないけど、それが面白い――それがストリップ――!

 紗季はそのまま踵を返し、私はそんな紗季に背を向ける。それぞれの、新しい未来に向かう道へと踏み出すために。

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TRK26 - To the next century 私立蒼暁院女子高等学校ストリップ部 @soekiba

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