第6話 犬?

 五歳時代の黒歴史を掘り起こされて、俺は頬に熱を感じた。


「あ、いや……」


 俺が口をふさぐ間もなく、クレアはコロコロ笑いながら、楽しそうに思い出話を続ける。


「あたしがファイヤーボール使って見せたらあんた、『カッコイイ僕も使う』って言って、でもいくら練習しても火の粉ひとつ起きなくて、わんわん泣いてさぁ、ふふふ」


 クレアが笑う一方で、俺は頬を引きつらせたまま、身を縮めてうつむいてしまう。顔を上げられない。


 だって、しょうがないだろ。


 いきなりクレアの指先から火の球が噴き出して、大木の幹に大きな焦げ跡を残したんだから。男の子なら、すげぇカッコイイ、とか思っても仕方ないじゃないか。


 幸い、俺にはそれなりの魔力があった。でも、魔法を使えるだけの頭がなかった。


 ペンにつけるインクがあっても、文章の書き方を知らないと手紙を書けないように、いくら魔力があっても、魔法を発動させる魔法式を頭の中で構築できなければ、魔法は使えない。


 友達のクレアが使えるものが、自分には使えない。

 そのことが、俺には、なんだかすごく情けなくて、寂しくて、泣いてしまった。

 いくら子供と言っても、我ながら恥ずかしいことをしたと思う。


「だからさ、あたし思ったんだよね」


 顔を上げられない俺は、視線だけで、上目遣いに彼女の表情を見た。


「魔法式を構築できなくても、魔力さえあれば、誰でも魔法が使えたらいいのに。そうしたら、アレクも泣かなくて済むのにって」


 クレアは、慈愛のこもった、優しい顔をしていた。

 その表情に、つい魅入ってしまう。


「アレクがいなかったら、あたしはマジックアイテムを作ろうなんて思わなかった。アレクがいなかったら、魔法式を封じ込めた魔石を取り付けて、杖に魔力を流せば魔法が発動する道具を作ろうなんて思いつくきっかけもなかった。だから、マジックアイテムはあたしとあんたの合作なのよ」


「……クレア」


 俺の顔は自然と持ち上がり、彼女の視線を真っ直ぐ見つめていた。

 俺のために作ってくれた、その事実が、胸にじんと染み渡る。

 今までに感じたことのない、不思議な心地よさで、少し頭がしびれた。


「まぁ、あんた男の子だし、聖剣に憧れていたし、魔法を使える剣を創ってあげたかったんだけど、金属って魔法的な加工が難しいのよ。だから、今はこれで我慢してね」


 頭をかいて、申し訳なさそうに言ってから、クレアはテーブルの下から炎の杖を取り出して、差し出してきた。


「はい、アレク」


 俺が杖を受け取ると、クレアは椅子の上に立って、天井から吊り下げているランプを手に取った。フタを開け、彼女はキスをするように、チュッとくちびるを突き出した。


「フッ」


 ランプの灯りが失われると、室内に残されたのは、頼りない月明かりだけだった。

 薄暗い部屋の中に、クレアの優しい顔がうっすらと見える。


「ほら、アレク」


 クレアが、灯りを失った、空のランプをかざしてみせる。

 彼女の意図を察して、俺は少し緊張しながら、杖の先端をランプに向けた。


 ――俺の黒歴史、幼い頃、魔法が使えなくて、泣いた自分に、教えてあげたい。

 ――お前の夢は、クレアが叶えてくれるぞ。


 そっと魔力を込めると、杖の先端に淡い炎が生まれ、ランプが灯りを、部屋が光を取り戻した。


 胸から湧き上がる感動が指先まで伝わり、手が震えた。

 灯りに照らされながら、ランプ越しに俺を見つめてくるクレアの顔には、満面の笑みが広がっていた。


「嬉しい?」


 彼女の笑顔に胸が高鳴った。


「ああ、すごく、うれしいよ」


 ぎこちないながらもそう返事をして、俺は頷いた。

 クレアの行為に甘えて、金貨は受け取っておいた。

 でも、俺はこのお金を、自分以外のために使いたいと思った。


 そこで例えばと考えて、一瞬、クレアのウエディングドレス姿を想像して、すぐにその想像を振り払う。


 いくらなんでも話が飛躍し過ぎだ。


 もっと冷静になれ。


 頭が茹る自分にそう言い聞かせていると、クレアは椅子に片足をかけて、硬く拳を握りしめた。


「じゃあアレク、今度は、あたしの夢を叶える番よ」

「夢?」


 きょとんと、俺はまばたきをしてしまった。


「そうよ! もう、難しい魔法理論を勉強する時代は終わったわ。あたしがお高く留まった魔法を、庶民の手に引きずり下ろすわ! 誰もが魔法を使える世界、それが、あたしの目指す革命よ!」


 高らかに宣言してから、拳を衝き挙げる。

 強く凛とした声、勇ましい光に満ちた瞳、凛々しく勇ましい表情。

 その姿は、さながら、戦場へ赴く救国の戦乙女のようだった。


 彼女の言葉に、俺はグッときた。

 女の子としてではなく、その野望と、彼女の器にだ。


 魔法は、一部の頭が良くて才能のある人にだけ許された特権、それが世界の常識だ。


 だけど、もしもそれが覆れば、人類史に残る偉業だろう。

 しかも、ただの空論じゃなくて、既に実現しつつある。


 カッコイイ。

 俺は素直に、そう思えた。


 彼女ならできる、その夢を応援したい、そんな気分になった時、部屋のドアが開いた。


「クゥン」

「あれ? ポチ起きちゃった?」

「ポチ?」


 室内に入ってきたソレを指さして、俺は言った。


「ええそうよ。さっき言ったでしょ? 山で拾ったの。可愛いでしょ?」


 クレア曰く、ハチミツを取ってきてくれるソレは、後ろ足でてくてく歩きながら、彼女に甘え寄っていく。


 その姿に、俺は言葉を失った。


 クレアが赤ちゃんのようにして抱きかかえ、愛でているソレは、大変愛くるしい姿をしていた。


 黒くてふわふわの毛。

 むぐむぐと動く、太くて短い手足。

 その先端には、ぷにぷにの、大きな肉球。

 小さくて丸い耳。


 まるで、子熊のような犬だった。

 子熊そっくりだった。

 子熊そのものだった。

 子熊だった。


「…………熊じゃねぇか!」


 全力でツッコむ。

 クレアは、眉根を寄せて抗議した。


「はぁ? あんた何言ってんのよ。ポチのどこをどう見ればクマに見えるのよ?」

「どこをどうみても熊だろ!」


 クレアの眉間にしわが寄る。


「何よクマクマって、ふざけんじゃないわよ! 立って歩けて木に登れて自分でご飯を獲れるからエサ要らずでむしろあたしのためにハチミツを取って来てくれる名犬中の名犬が犬以外のなんだっていうのよ!?」


「だから熊だっつってんだろ!」

「あんたの目が節穴なのよ! ポチぃ、アレクは酷いわね。ポチのことクマだって。きっとそのうち大人になったら住民を襲って食べるから今のうちに殺処分しろとか言い出すわよ。でも大丈夫、あたしが守ってあげるからね。いいこいいこ、チュッチュッ」


 ……俺は思った。

 …………馬鹿と天才紙一重。

   

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マジックアイテム無き異世界で勇者になれなかった俺は魔道具商人として成功します! 鏡銀鉢 @kagamiginpachi

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