第5話 はい、アイディア料♪ え?くれるの?

「「かんぱーい!」」


 その日の夜。

 俺はクレアの家で、祝勝会を挙げていた。


 クレアの両親は、世界中の遺跡を回る考古学者なので、いつも家にいない。

 だから、祝勝会は二人きりだった。


「いやぁ、まさかここまで売れるとはなぁ」


 一応は未成年なので、お酒ではなく、ブドウジュースを注いだジョッキを傾けてから、俺は大きく息を吐きだした。


「はっはー! これがあたしの実力よ!」


 クレアはジョッキを掲げながら笑顔を飛ばす。

 予約の殺到を説明してから、クレアはずっとこの調子だ。

 俺も、幼馴染の成功は素直に嬉しくて、上機嫌に舌が回った。


「でも俺のいない間に、お前があんなすごいもんの研究をしているとは思わなかったぜ。お前、マジ天才だな」


「マジックアイテムの研究なら、子供の頃からしていたわよ?」

「そうなのか? でも俺、お前からそんな話、聞いたことないぞ?」


「なかなか形にならなくてね。失敗したらかっこ悪いし、完成するまでは秘密にしてたの」


「ふ~ん」


 クレアの言葉に、ちょっと感心させられてしまう。

 他人の成果だけを見て、天才と片付けるのは簡単だ。


 でも、クレアは何年も前から、ずっと研究を続けて、諦めも投げ出しもしないで挑戦し続けて、その果てに今日の成功があったんだ。


 そう思うと、もっと、もっとクレアのことを称賛してあげたくなった。


「? どしたのアレク?」


 俺が見つめていると、クレアは子供のような無邪気さで小首を傾げる。

 気が付けば、彼女の瞳に向けて、自分の気持ちを告げていた。


「……クレアはすごいな……本当に、すごい奴だよ」

「ッッ!」


 彼女の目の下が、ふんわりと紅潮した。

 朱色が顔全体に広がろうとすると、クレアは俺から視線を逸らして、椅子から立ち上がる。


「クレア?」


 俺が不思議そうに尋ねると、はずんだ声が返ってくる。


「そうだ、アイスクリームとプリンあるから、一緒に食べましょ♪」

「え? アイス?」


 クレアはキャビネットらしきボックスのふたを開けると、中から金属のケースと、ガラスの食器、それからスプーンを取り出した。


 ガラスのカップは黄色いプリンで、金属のケースは、白いアイスクリームで満たされていた。金属ケースからスプーンでアイスをすくいとり、ガラスの皿へと贅沢に盛り付けて、上からハチミツをかけていく。


 ハチミツは、プリンにもたっぷりとかける。


「はいどうぞ、好きなだけ食べなさい」


 テーブルの上に配膳されていく、ハチミツがけのプリンにアイスクリーム、どれも、そう簡単に手に入るものじゃない。


「奮発したなぁ……まぁ、一財産稼いだしな」


 俺は、今日の分の稼ぎを渡そうと、床に置いた革袋に手を伸ばした。

 金貨一〇〇枚で一五本、金貨二〇〇枚で五本売り上げた。計、金貨二〇〇〇枚だ。

 幾ら近所と言っても、家から持ってくるのは、それなりの重労働だった。


「え? 全部で銀貨一枚もかかっていないわよ?」

「はい?」


 革袋に伸ばした手が止まる。

 プリンとアイスクリームは、超高級スイーツだ。


 何故なら、プリンは冷蔵設備が、アイスクリームは冷凍設備がないと作れないからだ。


 これらの設備の運用には、莫大なコストがかかる。


 必然的に、そのコストは商品の値段に上乗せされ、プリンとアイスクリームはセレブのスイーツだし、庶民の憧れだ。


 ハチミツだって、庶民の口へ簡単に入るようなものじゃない。


「あの戸棚は魔法冷蔵庫って言って、あれもあたしが作ったマジックアイテムよ。魔力を補充すると、冷凍魔法で上の引き出しは零下に、下の引き出しは低温が維持されるの」


 クレアがあっけらかんと言う一方で、俺は素っ頓狂な声をあげてしまう。


「それも大発明じゃねぇか! なんでそれ売らないんだよ!?」

「だって一般人には使えないもの」

「そ、そうなのか?」


 興奮した頭が、サッと冷やされた。


「杖と違って、魔法冷蔵庫は一日中冷やしているから、消費魔力も桁違いなの。あたしみたいな一流魔法使いならともかく、一般人や二流以下の魔法使いには無理ね。それに軍人は家を空けることが多いし、留守中に魔力切れでただのキャビネットになるのがオチよ」


 ちょっと残念そうに息をついてから、息をつく。


「実用化するには、もっと魔力効率を上げつつ、大容量の魔力充填装置を開発しないと」


「俺にはよくわからないけど、色々大変なんだな……」

「まぁね」

「でも、ハチミツだって高いだろ?」

「それはタダよ。ポチが見つけてくるから」

「ポチ?」


「この前、山で拾った犬よ。父さんと母さんは遺跡調査から戻ってこないし、あんたは軍に徴兵されちゃうし、寂しいから育てることにしたのよ」

「へぇ……え?」


 俺がいなくて寂しかったからって……なんか、恋人みたいな会話だな。


 今にして思えば、クレアが、俺以外の男と親しくしているところなんて、見たことが無い。


 もしかして、クレアって俺の事……。


 そこから、色々な過程をすっ飛ばして、クレアの不適切な光景を妄想してしまった。


 手と顔面で堪能した、クレアの豊乳の感触が早くも恋しくなる。

 下半身で蠕動した衝動は墓まで持っていくとして、俺は頭を切り替えた。


 思春期男子が女子の一挙手一投足に勘違いをするのは、よくある話だ。


 めくるめく勘違いの果てにその気になって、全てが独り相撲だったと判明した日には、それこそ墓に入るまでその恥辱は拭えないだろう。


 残る半生を、毎夜枕に顔をうずめて足をばたばたさせながら過ごすハメになる。

 潔く頭を切り替え終わると、俺は再び床の革袋に手を伸ばした。


「ほい、これが今日の売り上げだ。全部で金貨二〇〇〇枚」


 一般兵の給料一〇年分以上の大金が、両腕にずっしりとくる。

 革袋を、重量感たっぷりにテーブルへと下ろす。


 それを一瞥すると、クレアはアイスのスプーンをくわえたまま、


「あ、アレク五〇〇枚持ってっていいわよ」


 あっけらかんと言ってきた。


「へ?」


 一瞬の間の後に、両手を機敏に振って断る。


「いやいやいや、俺は杖置いただけだし、場所代にしても高いっての!」

「場所代じゃなくてアイディア料よ、アイディア料」

「ア、 アイディア料?」

「そ、アイディア料」


 慌てる俺とは対照的に、クレアは酷く冷静だ。


「ああ、初回限定新発売記念特価のか? それでも高すぎるだろ?」


 まぁ、あれのおかげで値上げのクレームは最小限に抑えられたのは事実だろうけど。


 でも、俺の予想は的外れだったらしい。

 クレアは、


「そうじゃないわよ」


 と言って微笑んだ。

 その笑顔を可愛いと思ってしまったのは内緒だ。


「あたしがマジックアイテムを作ろうって思ったのは、あんたのおかげなのよ」

「俺の?」


 ますます訳が分からず、俺は首をひねった。


「覚えてないの? ほら、あんた昔、魔法が使えなくて泣いたことあるじゃない?」


 五歳時代の黒歴史を掘り起こされて、俺は頬に熱を感じた。


「あ、いや……」

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