第4話 もの売るってレベルじゃねぇぞ!

 次の日の夜。


「どーおアレクぅ♪ あたしのマジックアイテム売れたぁ?」


 麻袋を担いだクレアが、声をはずませて店に乗り込んできた。

 一方で、俺は茫然自失のありさまだった。


「昼過ぎに完売したぞ……マジでどうなってんだ……三日で、いや、初日は売り始めたの午後からだから実質二日で一〇〇本全部売れたぞ」


 幻でも見たような顔で俺が頬を引きつらせると、クレアは指を揺らしてドヤ顔になる。


「チッチッチッ、あんたは本当にアレクズねぇ、これが現実よ」

「いやはい分かってる、分かってるぞ、つうか売ったの俺だし。そうだ、うんそうだ報告だ。売れた理由」


 俺は深呼吸をして冷静になってから、クレアに客層の話をした。

 最初、俺はマジックアイテムの杖を、中途半端な商品だと思っていた。


 けれど、世の中には意外なほど、攻撃魔法を使いたがっている人たちがいたらしい。


 ヒーラーの人たちは、自分の身を守るため、攻めの手数が必要な時、自分も参戦するために、攻撃魔法を欲していた。


 攻撃系魔法使いの中にも、意外と特定の属性、たとえば炎だけ苦手、みたいな人がいた。


 それに、経済的事情や、才能の問題で魔法を習えなかったけど魔法に憧れる人や、物珍しさで貴族が買っていくことも少なくなかった。


 加えて予想外だったのは、サーカスや劇場などのショーに需要があったことだ。


 炎で舞台を盛り上げたい時は、松明の火に、口に含んだ酒を吹き付ければいい。でも、あの杖があれば、舞台で輝く雷や、紙吹雪を舞い散らせる風を自由に起こせる。


 俺からその話を聞いたクレアは、満足そうにうんうん頷く。


「ふっふーん、ふっふーん、そうでしょそうでしょう、やっぱりあたしは世界を変える女ね。と、いうわけで追加の在庫持ってきたから♪ 後はよろしくぅ♪」


 有頂天になって、クレアは今にも踊り出しそうな勢いで、いや、むしろダンサーのようにくるりと体を回してから、肩に担いでいた麻袋を床に下ろした。


 中には、杖が二〇本以上入っていた。


「おま、ずっと作っていたのか!?」


 ぎょっとした顔で聞いてしまう。


「当ったり前でしょ。でないと供給が間に合わないし♪」

「…………」


 なんというポジティニスト。

 こいつには、成功する未来しか見えていないらしい。


 それだけに、もしも失敗した時の落胆ぶりが想像できて、ちょっと可哀そうになる。

 こいつには、挫折とかして欲しくないなぁ。


「あ、そうだアレク。最初の一〇〇本完売したんだから、明日からは定価で売ってね♪」

「お、おう……」


 初回限定新発売記念特価、ていうポップはつけておいたけど、みんな文句言わないかな。


 昨日まで金貨五〇枚だったものが、次の日には金貨一〇〇枚だ。

 俺なら、損した気分になる。

 一抹の不安を抱えながら、俺は杖を陳列していった。


   ◆


 次の日の朝。


 昨日、買えなかった客と、噂を聞いた客がどっと押し寄せて来ると、案の定、みんな黙ってはいなかった。


「き、金貨一〇〇枚!?」

「俺は五〇枚って聞いたぞ?」

「いや、確かに昨日まで五〇枚だった!」

「おい、これどういうことだよ!?」


 うお、やっぱり来やがった。


 カウンターに座る俺は、バクバクの心臓を抑えながら、努めて冷静を装い、対応した。


「いえ、それ本来は金貨一〇〇枚なんですよ。でも」


 カウンターの下から、昨日回収したポップの木札を見せた。


「初回限定新発売記念特価で半額セールだったんですけど、初回分は完売したので、正規の値段に戻しました。初回分が少なく申し訳ありません」


 これでなんとか納得して欲しい。

 そう願って頭を下げる。


 すると、半分ぐらいの人たちは仕方ない、と納得してくれる反面、何人かの客は怒りが収まらないようで、陳列棚からカウンターに迫って来た。


「おいおい、そんなポップ知るかよ。俺は昨日買いに――」

「ちょっとすいません、店主、これくれ」


 怒り心頭の客を押しのけて、雷の杖を手にした客がカウンターに割り込んでくる。


「はい金貨一〇〇枚。いやぁ、二本買うつもりで金用意してきてよかったよ」

「おい、てめっ」


 言葉を遮られた客が、その客につかみかかる。

 でも、その背後では杖の奪い合いが起こっていた。


「金貨一〇〇枚でも構わない、俺は買うぞ!」

「二本買う予定だったけどこのさい一本でも構うものか!」

「これがあれば俺だって攻撃魔法が使えるんだ!」


 次々買われていく在庫を前に、怒り心頭だった客たちは慌てる。


「おい、おい待て、俺だって!」

「くそっ、金貨五〇枚しか用意してねぇぞ!」

「あー、全部なくなったぁ!」

「おい店長! もうねぇのかよ!」


 会計を済ませた俺は、カウンターの下から最後の杖を取り出した。


「一応、五種類各種、一本ずつ残ってますけど?」


 途端に、店内に大音声が響き渡る。


 みんな口々に「俺だ」「俺に売ってくれ」「俺の杖だ」と騒ぎ合い、カウンター越しに手を伸ばしてくる。


 まだ陳列していないので、早い者勝ちにならない。

 誰に購入権があるのか分からず、俺は対応に困った。


 ま、まさかクレアの商品がここまで売れるだなんて……予想外にも程があるぞ。

 すると、助け舟を出すように、一人の軍人が言った。


「店主殿、私はそれを金貨一一〇枚で買おう。だから私に売ってくれ!」

「え?」

「何おう! ならば私は金貨一二〇枚だ!」

「あの?」

「ふざけるなよ君!」

「お前こそふざけるな!」


 その様子に、さっきまでは金貨一〇〇にすら文句を言っていた客の一人が叫んだ。


「じゃあ俺は金貨一四〇枚出すから俺に売れぇ!」

「え~~!?」


 その場は、あっという間にプチオークション会場になってしまった。


 最終的に、杖の値段は金貨二〇〇枚にまで跳ね上がり、ラスト五本はその値段を出した人が手に入れた。


 すると、他の客が予約を入れたいと言い出し、予約分の値段までオークション状態になり、結局、金貨二〇〇枚での予約が殺到。


 予約を申し出る客は、夜まで途切れる事はなかった。


 店を閉めた時、俺は思った。


「あれ? これ売れた?」

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