第3話 マジックアイテムってこんなに需要あるのか?

「おいおい、在庫って、それ一本じゃないのかよ?」

「あったり前でしょ。炎の杖、氷の杖、雷の杖、風の杖、土の杖が二〇本ずつ、全部で一〇〇本あるんだから♪」


 肩越しにウィンクを飛ばしてくるクレア。

 数日後、この笑顔がどんより崩れると思うと、ちょっと可愛そうな気がする。


「…………どうせ売れないんだから、一本ずつでよくね」

「なんですって!?」


 クレアは笑顔を崩して猛獣のような形相で迫り、俺の頭をわしづかんでくる。そして、


「ちょっ、クレア!」


 強引に引き寄せて、その脇腹に挟み込もうとしてくる。


「こんの、アレクズぅううううう!」


 迫る豊乳。

 視界を覆いつくす左乳。

 鼻先に触れるおっぱい。

 そして、俺の後頭部を押さえつけ逃げ道を奪う二の腕。


 次の瞬間。


 ふぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!


 顔全体が、幸せの海に溺れた。


 女っ気のない軍に二年間もいてこれはキツイ。


 顔も、後頭部も、首から上の全てが快楽に支配されて、一切の反骨心を奪われた。


 おまけに、クレアは二の腕をぐりぐり動かしながら上半身を揺すって、さらに締めあげようとしてくる。


 おかげで、クレアのおっぱいは俺の顔の型を取るようにすみずみまでみっちりと覆いつくして、口も鼻も閉ざされて、息が出来なくなる。


 それでも苦しくない。

 息をすることでこの幸せが終わるなら、一生空気なんていらない。


 ちなみに、興奮が理性を振り切って、下半身はとっくにズボン越しでもお見せ出来ない状態だった。


 結局、俺が解放されたのは、窒息する数秒前だった。

 床にへたり込む俺を見下ろしながら、クレア様が俺に命令を下す。


「ほら、サボっていないで、さっさと在庫取りに行くわよっ」

「は、はいぃ……」


 颯爽と歩くクレア様の後ろを、俺は前かがみになってついていく。


   ◆


 その日の夜、店じまいの準備をしながら、俺はクレアの置いていった杖の売り場を一瞥した。


 今日売れたのは、全部で六本だった。

 俺が思っていたよりは、売れたと思う。


 買って行ったのは、魔力はあるけど攻撃魔法が使えない、回復魔法を得意とするヒーラーと、魔法の才能がなく挫折した人、それに、特定の魔法だけが苦手という魔法使いが、苦手を補う意味で買っていった。


 後者はともかく、最初のヒーラーはちょっと盲点だったな。


 確かに、ヒーラーなら魔力はあるけど、攻撃魔法は使えない。


 マジックアイテムの、メイン購買層になるだろう。


 でも、すぐに売れなくなるのは目に見えている。


 軍の魔法兵にしろ、傭兵の回復魔法担当にしろ、ヒーラーというポジションは、魔力を回復魔法に使うのが前提になっている。


 中には自営のために、攻撃魔法も使いたい、というヒーラーもいるかもしれない。

 でも、そんなヒーラーばかりでもない。

 一部の需要が埋まったら、それまでだ。


「でも、クレアの奴、楽しそうに笑っていたよな……」

 クレアの笑顔は、子供の頃からとびきり可愛かった。

 クレアは怒りっぽいけど、笑う時は思い切り明るく笑ってくれる。


 兵役期間中、辛いことがあると、久しぶりにクレアの笑顔が見たいなぁ、と思うことがあった。


 まだまだ在庫が残っている杖の一本を手に取り、そっと手で撫でてみる。

 すると、昼間目にした、クレアの笑顔を思い出す。


 ヒットはしなくてもいい。


 せめて、この一〇〇本だけでも売れて欲しい。

 そう願うと、杖を握る手に力がこもった。


   ◆


 次の日、俺は店を開けて、度肝を抜かれた。

 なんという奇怪事。


 我が冴えない武器屋に、列ができていたのだ。

 唖然とする俺に、皆、口々に言ってくる。


「おうアレク、杖買いに来たぞ、杖」


「あの、初めてなんですけど、風の杖という商品を売っているのはこちらの武器屋であっていますか?」


「魔力を流すだけで魔法が使えるっていうのは本当か?」

「早く入れろ」


 わいわいやいのやいのと騒ぎ立てる客をなだめつつ、店の奥を指さした。


「あ、はい、それなら売り場はあちらになります、けど……」


 俺が横にどけると、並んでいた客たちはどっと店内に入ってきて、まっすぐ杖売り場に飛びついた。


「おぉ、先輩が持っていたのと同じだぁ」

「これであたしたちも、回復だけでなく戦闘に加われますね♪」

「あぁ、私、風魔法だけは苦手だったのですが、これさえあれば」


「金が無くて魔法学校に通えなかったけど、これさえあれば俺も魔法が使えるんだな、くぅっ、今まで辛かった……」


「ほほう、これが噂に聞くマジックアイテムかね。これなら、息子も喜びそうであるな」


 みんな、思い思いに募る気持ちを口にしてから、カウンターに並ぶ。


 正気か?

 これ金貨五〇枚だぞ?

 二等歩兵の給料三か月分より高いんだぞ?

 炎の杖とか、氷の杖とか、一属性しか使えないんだぞ?


 でも、値段は承知の上らしく、みんな、予め用意していたお金を次々出していく。


 十枚一組のコインホルダーを五つ出す軍人風の客。

 革袋から金貨を五〇枚取り出して数える傭兵風の客。


 金貨や銀貨、銅貨をじゃらじゃら出して、金貨五〇枚分を支払う、庶民風の客。


 お付きの執事らしき人が白金貨を五枚俺に渡して、金貨五〇枚分を支払う、貴族風の客。


 みんな、会計を済ませると、他の商品には目もくれず、新しい玩具を手に入れた子供の用に走り帰っていく。


 その様子に、俺は眉を顰ませながら、カウンター下にしまっている杖の在庫を取り出した。


「世の中には変わった人もいるんだなぁ」


 言いながら、売れた分の杖を、売り場に補充する。

 すると、店のドアが開いて、サーカスの座長らしき男性が叫んだ。


「君! ここに魔力を通すだけで攻撃魔法を使える杖があると聞いたが本当かね!? すぐに売ってくれたまえ!」


 そのすぐ隣に立つ、王都では有名な劇場の支配人も叫んだ。


「それは、役者も使うことができるのかい!?」

「……へあ?」


 俺は、半開きの口を閉じることが出来なかった。

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