第2話 マジックアイテムの無い世界

 そして、こいつの言っている意味が分からない。

 思わず、口が半開きになってしまう。


「……あのさクレア……お前何言ってんの?」

「む、何よアレク、あんた信じていないの!?」


 クレアは不機嫌そうに頬を膨らませた。


「だってよクレア、魔法ってのはあれだろ? 魔法式だか術式? とかいうのを頭の中で構築して魔力のコントロールをして、なんやかんや面倒くさいことをして初めて使えるものなんだろ? 勇者や英雄が使っているレガリアじゃあるまいし……」


 実際、伝説の武具と呼ばれる、いわゆるレガリアには、そうしたものが多い。

 魔力を込めるだけで邪気を払う剣、魔法を跳ね返す盾、傷を癒す鎧。


 中には、魔力すら必要なくて、念じるだけで魔法的な効果を発動するものまである。


 なのに、クレアはきょとんとした顔で、


「ええ、だからあたしが人工的にレガリアを作ったのよ。あたしはマジックアイテムって呼んでいるけど」


 と言ってくる。

 二度、三度とまばたきをしてから、俺はもう少し反論する。


「いやいや、心を持つと言われるレガリアはともかく、意思のないモノがどうやって術式を組むんだよ」


「うん、だから最初から構築済みの術式を魔石の中に刻み込んだのよ。これならグリップ部分を握って、魔力を通して、魔力が魔石に到達したら、魔石の術式が魔力を炎に変換してくれるから、術式を知らない素人でも火炎魔法が使えるの。すごいでしょ?」


 クレアは得意満面だ。

 まさか、こいつ。


「……お前ってば、まさか本当に誰でも魔法が使えるようにしちゃったわけ?」

「そうよ!」


 えへん、と胸を張るクレア。


「初級魔法を使うのに、何年ぐらい勉強するんだっけ?」

「最低でも三年は必要ね。まぁ一個覚えたらあとは応用効くけど」

「て………………」


 口から洩れかけた言葉を、反射的に手で押さえた。


 天っ才じゃねぇか………………。


 昔、こんな言葉を聞いたことがある。


 秀才は一を一〇〇にするが、天才は〇から一を作り出す。

 一を、二や三にすることは、努力をすれば誰にでもできる。


 だが、最初の一を作り出せるのは天才だけである。

 魔法の勉強、術式の構築には、長い勉強が必要だ。


 だから、魔法使いは数が少ない。

 でも、魔力だけなら、誰でもある程度は持っている。

 なら、術式部分だけ、予め用意しておけば、術式を組む必要がない。


 言われてみればその通りだけど、有史以来、これを実行した奴は一人もいない。

 けれど、それは過去の人が馬鹿だったからじゃない。


 現に、人間が乗馬を始めたのは、馬に荷車を牽かせた五〇〇年後。それまで、動物の背中にまたがる、という考え方はなかった。


 それと同じだ。

 みんな、魔法は勉強して頭の中で術式を組んで使うものと思っている。


 それが常識だし、そこに疑問の余地はない。

 でも、クレアは違った。

 俺なら、一〇〇年経っても思いつかないだろう。


 子供の頃、クレアの真似をして魔導書を読んで、最初の十ページで音を上げたのを思い出して、気持ちが沈んだ。

 そしてそのまま、クレアにとって、とても残念な事実に気がついた。


「というわけでアレク、これあんたの武器屋に置かせてよ。絶対に売れるから!」

「いや、売れないだろ」

「へ? なんで?」


 自分の胸を叩いたポーズのまま、クレアは首を傾げた。その姿がちょっと可愛い。


「だって考えてもみろよ。魔王の残党狩りを始めた兵士や傭兵が買うにしてもだぞ、魔法使いは最初から魔法が使えるし、魔法を使えない人は魔力を上げる訓練していないから魔力が低くてその杖あんまり使えないだろうし、ていうか剣や弓を鍛えてきた人が魔法に頼るか? そうなると、それを買うのは魔力と魔法の技を鍛えてきた魔法使いだけど火炎魔法だけ苦手なんですっていうごく一部の人間に限られる。需要ないだろ」


 我ながら、一分の隙も無い理論だと思う。

 でも、クレアは折れない。

 むしろ、鼻息を荒くしながら、ぐっと背を逸らしてみせる。


「はんっ! 分かっていないわねぇアレク! いーい、あたしの作った炎の杖は、魔力を流すだけで誰でも簡単に魔法を使える夢のアイテムなのよ! この杖が魔法業界の歴史を、いいえ、世界を変えるのよ! この杖は売れる! それがあたしの決定よ!」


 杖を天に衝き挙げ、ドヤ顔で豪語するクレア。

 こんだけ自分に自信があったら幸せなんだろうな。


「やれやれ、その自信はどこから来るんだよ……」


 俺は、額に手を当てて被りを振った。


「あたしの全てからよ!」


 親指で自身を指しながら、クレアは可愛いウィンクを飛ばしてきた。

 彼女の全身からにじみ出る根拠のない自信には、返す言葉も無かった。


「あ、そ……じゃあ置くだけ置いてみるか、で、値段は?」

「そうね、本当は金貨一〇〇枚と言いたいところだけど……」


 高ッ!? 俺んちのショートソードが四本は買えるぞ!


 クレアは大きな目をつむり、あごに手を添えて、推理劇の探偵のように知的な表情を作った。


「まずはみんなに試して貰って良さを知って欲しいから、ここは大負けに負けて金貨五〇枚でどうよ!」


 高ッ!? ショートソードを二回も新調できる値段でこんなどっちつかずの中途半端な武器、誰が買うんだよ!?


 ああもうでもなんかすごいいい笑顔浮かべちゃってるし、自信満々だし、高いとか言っても聞かないんだろうなぁ……。


 重たくなる頭を支えながら、俺はどんよりと尋ねる。


「大負けに負けてそれなら、売れたら値段吊り上げるのかよ?」

「とう、ぜん、よ!」


 背を逸らしながら、自信満々に息をつくクレア。

 あー、本当にこいつ、俺のいない二年の間に何も成長しなかったんだな。


 幼馴染の残念ぶりに、ますます残念な気持ちになる。

 重たいため息をつきながら、俺は諦め口調でポップの準備をし始めた。


「じゃあ値上げしても批判が出ないように、初回限定新発売記念特価ってポップつけとくよ。それなら値段を上げても適正価格に戻っただけだから、合法的に値上げができるだろ……」


「頭いいわねアレク!」


 俺の気も知らないで、クレアはすっかり上機嫌のるんるん笑顔だった。

 たく、こんな高額じゃますます売れねぇよ。


「じゃあ在庫取ってくるから、あんたも手伝いなさい」


 スカートを翻して、くるりと振り返るクレア。スカートを持ち上げるヒップラインに目を奪われたのは墓まで持っていくとして、すぐに呼び止める。


「おいおい、在庫って、それ一本じゃないのかよ?」

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