マジックアイテム無き異世界で勇者になれなかった俺は魔道具商人として成功します!

鏡銀鉢

第1話 勇者になれなかった俺と幼馴染の美少女錬金術師


 勇者が魔王を倒して、兵役も終わって、俺が家に帰ってきたのはつい一週間前のことだ。


 俺の名前はアレク。


 王都郊外にある、しがない武器屋の息子だ。


 武器の製作から販売までを手掛けちゃいるが、あまり大きな武器や高品質な物は作れず、専門の職人から仕入れている。


 店の規模も小さく、まぁ、職人としても、商人としても二流だ。


 夢は世界征服人類滅亡とかいう暇人魔王のせいで国は富国強兵を掲げ、俺は十四歳で無期限の兵役を課せられた。それが二年前。


 それからは魔王軍と戦うためにあっちの戦場へフラフラ、こっちの戦場へブラブラ。


 剣の腕はそれなりだったらしくて、魔王軍へ対抗するための多国籍連合軍に入れられたりもしたけど、得たのはちょっと高めの給料と、退役後の恩給だけだ。


 人類を救うべく、魔王軍と戦う軍人て言っても、歩兵に名誉名声なんてあるわけもない。


 下っ端魔王軍兵と戦っていたら、勇者が魔王を倒したって連絡が入って、国はあっさりと軍縮を始めた。


 そんなわけで俺の兵役は二年で終了。

 今は実家で、気楽な店番生活をしている。

 十六歳の誕生日は、実家で過ごせそうで何よりだ。


「おーいアレク、新聞読み終わったからもういいぞ」

「おう」


 裏口から店に顔を出した親父が、カウンターに新聞を置いていく。

 客の来ない午前中は、新聞を読んで時間を潰すのが、俺の日課だ。


「どれどれ、今日のニュースは、と」


 新聞を広げると、【魔王軍残党狩り始まる】のタイトルが目に飛び込んできた。


 先日、勇者によって魔族の王、魔王が討たれ、魔王軍は瓦解した。


 けれど、再起を図ろうとする残党が残っていて、軍隊や傭兵は、もっぱらその残党狩りに精を出しているらしい。


 魔王軍の残党程度なら、まぁ、軍縮した今の軍でも十分だろう。


 なぜなら、魔王軍の残党、と言っても、魔王も四天王も幹部もいない烏合の衆だ。


 それに、軍縮で退役したのは、軍に向いていない奴、老兵、そして俺のような若年兵だ。


 人数は減ったけど、平均的な強さは、むしろ上がったと思う。


「ん?」


 新聞のページをめくると、今度は【魔王討伐の勇者マルス様、帝国の姫様と婚約。次期皇帝確実か】というタイトルと共に、マルスの写真が掲載されていた。


 写真技術は、魔王軍との戦いの記録を残すために実用化され、その後は新聞記事にも使われるようになっている。


「むう……」


 世界を救った救世の勇者様の写真だけあって、解像度はかなり高い。きっと、新聞社のカメラではなく、軍の最高級カメラを使ったに違いない。


 ふーん、勇者の野郎、帝国の姫様と結婚するのか。

 帝国は、大陸最大の大国で、俺の住む、この国の五倍はある。

 そこの皇帝になるという事は、この大陸の覇権を握ったも同然だ。


「まるで、男版シンデレラスートーリーだな……」


 勇者は俺と同い年で、元は名も無き村人Aだったらしい。


 それがある日、神に選ばれし者にしか抜けないと言われる、伝説の聖剣を引き抜いて神の加護を得て、一躍時の人となった。


 そして現れる預言者の老人。

 判明する勇者の出自。

 マルスは、今は亡きとある王族の血を引く最後の末裔だった。


 同じように伝説の武具、いわゆるレガリアに選ばれ神の加護を、人知を超えた戦闘能力を得た仲間たちが続々集まり勇者パーティーを結成して魔王を討ち果たし、大陸最大の大国である帝国の姫と結婚してゆくゆくは次期皇帝となり大陸の実権を握る。


 本当に、どこまでも神様が描いた筋書き通りだ。

 こんな奇跡、誰かが脚本を書かなければ起こりようがない。


「………………」


 気が付けば、記事の文面から視線を外して、憎たらしいほどに爽やかな、マルスの笑みを見下ろしていた。


 俺も、徴兵されたばかりの頃は、もしかするとあるかもしれない男版シンデレラストーリーに心を躍らせたこともあった。


 けれど入隊一年を待たず、それは儚い夢だったと気付いた。


 結果、俺は十四歳にして「数か月前の俺は若かった」と独り黄昏る、擦れた少年になってしまった。


 戦場の配置、武功を立てる機会はおろか、いい装備すら、家柄で決められる。


 入隊初日、俺が革鎧とショートソードなのに、男爵家の息子は、カタクラフト装備の軍馬にまたがったフルアーマー姿ときたもんだ。


 自前ならまだしも、軍からの支給品と言うから開いた口が塞がらない。


 しかも俺より活躍していないのにどんどん出世して、小隊を任されて、俺の上司になって、俺の功績はそいつの功績になって、敵将を討ち取った俺への恩賞は金貨十枚で、そいつには小隊長から中隊長への出世だ。


 将軍たちは「男爵小隊長の見事な采配で敵将を討ち取れた」と褒めちぎっていた。


 それから俺は便利な奴とでも思われたのか、そいつが多国籍連合軍に招聘された時、部下として一緒に連れていかれた。


 そして、同じことの繰り返しだ。

 かたや聖剣を引っ張っただけで勇者様で次期皇帝陛下。

 かたや戦場を駆けずり回った挙句に実家の武器屋の店番生活。


「まぁ、俺の人生なんてこんなもんだろ」


 なんて、誰もいない店で独り言を呟いた。

 第一、俺は器じゃない。

 姫様なんて嫁に貰っても、気後れしてしまう。

 次期皇帝になんて任命されても、もてあます。

 だからこそ……俺には聖剣が抜けなかったんだろう。


 ……俺は昔、聖剣が眠る聖都に連れて行ってもらったことがある。

 ……親父が、十歳の誕生日にって。だけど……。


「…………俺も……抜こうとしたのに…………」


 新聞を握る手から力が抜けて、王族の末裔であるマルスの顔が、指の間から落ちそうになった。



「アァアアアアアアアアアアアアアアアレクゥウウウウウウウウウウウウウウウウウ!」


 店のドアが、壊れんばかりの勢いでブチ開けられた。

 慌てて新聞を握り直して、盾のようにして広げた新聞越しに相手を確認する。

 どこの盗賊かと思えば、そこに立っていたのは、よく知る顔だった。


「ク、クレアか?」

「その通り!」


 肩にかかった髪を払いながら叫んで、クレアは魔法の杖を握る左手を腰に当て、右手を天に衝き挙げた。


「あたしこそは世界最高の天才魔法使いにして世界を変える革命者、クレア・ヴァーミリオン様よ!」


 ズバーン と音がしそうな勢いで、クレアは言い切った。


「…………お前、平民なんだから名字ないだろ?」


「甘いわねアレク! このクレア様がそんな習慣に縛られるとでも思っているの? だいたい自分で名乗っておかないと、あたしが変革を成し遂げた時に国王の趣味で変な名字を送られたらどうするのよ?」


「王様から名字貰うのは確定なんだな……」

「フッ、具体的には三年後、あたしが十八歳の時に貰う予定よ」


 クレアは顔のラインに指を添えて、得意満面だ。

 二年前と変わらない痛々しさに、俺は、うへぇ、と辟易した。



 クレアは、一つ年下の幼馴染だ。


 二年前と変わらない、燃えるように美しく、背中まで伸びた赤毛。

 二年前と変わらない、基本ドヤ顔の美貌。

 二年前と変わらない、残念なレベルの自信家ぶり。


 そして、二年前よりもさらに確実に成長している巨乳が、彼女の残念美少女レベルをさらに引き上げている。


 昔から、男子たちの間で、好きな女の子の話になると、必ず「黙っていればクレアが一番なんだけどな」というセリフが飛び出す。


 そしてみんなで同意するのがお約束だ。


「で、なんの用だよ?」

「よくぞ聞いてくれたわね! まったく、アレクってば欲しがりなんだから」


 やれやれ、と駄々っ子を前にした年上お姉さんのように呆れ顔を作るクレア。

 どうしよう、このまま隣の家に帰って自分の部屋のベッドで寝たい。


「あ、そうだ、ていうかあんた、帰ったなら連絡ぐらいいれなさいよね!」


 今度は途端に怒り出す。


 情緒不安定な性格を治すのに、二年では足りなかったらしい。むしろ悪化している。


 クレアはいつもこうだった。


 幼い頃から、うきうきるんるん顔で自分の誕生日を言っておきながら、俺が「今日だっけ?」と聞くと、野獣の形相で俺の頭を胸と二の腕の間に挟んでヘッドロックをかけてきたり。


 わくわくどきどき顔で手作りチョコを手渡しておきながら、俺が「甘すぎ」と言うと、鬼の形相で俺の顔面をふとももで挟んで三角締めをかましてきたり。


 キャッキャウフフと笑顔で新年を二人で祝おうと言っておきながら、俺が「いや家族と過ごすんだけど、お前もうち来る?」と言うと、悪魔の形相で俺の顔を股に挟んでツームストーンパイルドライバーをかけてきたりした。


 でも、まぁ……。


 白のブラウスをハチ切らんばかりのバストと、スカートの裾から覗くやわらかそうなふとももを見下ろしてから、視線を逸らした。


 流石に、もうそんなことはしてくれな、いや、しないだろう。

 一瞬、ちょっとされたいと思ったのは墓まで持っていこう。


「ちょっと、人の話聞いているの!?」

 いやでも視線を顔に戻されて、俺は焦った。

 視線、バレていないよな?

 ドギマギしながら、俺はクレアに抗議をする。


「だってお前んちに行ったら【面会謝絶】って札が下がっていたじゃねぇか!」

「あんなの『ただしアレクを除く』に決まっているでしょうが!」

「わかんねーよ!」


「わかりなさいよ! 面会謝絶だろうが睡眠中だろうが着替え中だろうがお風呂中だろうが入って来なさいよ男らしく!」


「そりゃただの変態じゃねぇか!」


 俺が熱くなるほど、クレアはますますヒートアップしていく。


「変態じゃないわよ! あたしだったらあんたが寝てようと風呂に入っていようと上から三段目の引き出しの裏に隠しているエロ絵を見ながらフィニッシュタイム中でも進撃するわよ! 戦乙女ヴァルキリーのように!」


「ヴァルキリーに謝れ! あと女子がフィニッシュタイム中とか言うな!」

「じゃあアレク一人オンステージ!」


「言い方を変えろって意味じゃねぇしちょっとうまいこと言ったみたいな顔もやめろ! 女子がそういう話題を口にすんなって言ってんだよ!」


 娘を叱る頑固親父のように俺ががなると、クレアはころりと声音を変え、肩に手を置いてきた。白い指先が、なだめるように俺の肩を押さえてくる。


「まぁまぁ、あたしらぐらいの年だったら男女問わずみんなしてるんだから恥ずかしがらないの」

「え?」


 クレア本人がそう言うってことは、少なくともクレアは……。


 俺の視線が、ブラウスに乳袋を形成するクレアの巨乳をなぞり、くびれた腰を通って、スカートから伸びる美味しそうなふとももをなぞってから持ち上がり、見えるはずもない、スカートの中身に意識が集中してしまう。


 すると、視界の上から、白い手がさった滑り込んできた。


 見上げると、クレアが人の弱みを握った小悪魔のような表情で、ニヤニヤと笑っている。


「今夜のぉ、オカズ使用料、払ってね♪」

「使用しねぇし!」

「ほい」


 クレアは俺の左手首をつかむと、自分の胸に押し当てた。

 途端に伝わる幸せな感触。


 ブラジャーとシャツとブラウス越しでも伝わるやわらかさと弾力が手の平いっぱいに広がって、さらに五指の先端から神経をくすぐるようにして、指の中を通り、手首から腕、そして脳髄へと侵入してくる。


 釘づけられる視線。

 停止する思考。

 カウンター越しに反応する下半身。

 勝者の笑みを浮かべるクレア。


「ねっ、使わない? 本当に使わない?」


 クレアはおっぱいから俺の左手を離させると、今度はその左手と指を絡め、魔王もかくやという嗜虐的な笑みで顔を覗き込んでくる。


 俺は何も言い返せなかった。

 だって、俺の頭は、遅れてやってきた津波のような感想でいっぱいだったから。


 おっぱいSUGEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!

 マジでデカかった。

 巨乳を越えた巨乳、豊乳だった。

 ガチで気持ちよかった。


 今までに触った、どんななにかともまったく違う、たとえる比較対象が存在しない、唯一無二の感触に、我を失った。


 まずい!

 このままではクレアの思うつぼだ。

 話題を変えるために、俺は彼女の杖に注目した。

 動揺を悟られないよう、できるだけクールに、クレバーに振舞う。


「そそ、そういえば、あ、新しい杖だな? 面会謝絶って、それを作るためきゃな?」


 思わず噛んでしまった。


 魔法の杖は、魔法使いが魔法を使うための補助アイテムだ。


 魔法を使うためのエネルギー、魔力を溜めた石、魔石が先端に埋め込まれている。


 自分自身が持つ体内魔力を使い切っても、杖の魔力である程度の魔法を行使できるし、杖の魔力を上乗せすることで、実力以上の魔法を使うことも出来るらしい。


 あと、手の平よりも杖のほうが魔力の伝導効率がいいらしくて、杖を使ったほうが魔法の威力は上がるとのことだ。


 俺は魔法使いじゃないから、詳しくは知らんけど。

 武器屋である俺んちにも、一応、何本か置いている。


「流石はアレク。女子のおっぱいの成長にミリ単位で気が付ける男。この杖の存在にも目ざとく気づいたわね」

「気づかねぇよ!」


 鋭くツッコむ。

 が、クレアはよほどその杖を紹介したいのか、今度は絡んでこない。

 左手の杖を頭上に掲げながら、意気揚々と語り始めた。


「これぞ世界を変えるあたしの大発明! 魔力を流せば誰でも火炎魔法が使える、炎の杖なのよ!」


 まるで舞台司会者のように堂々と、そして脚光を浴びているかのような口調だった。


 そして、こいつの言っている意味が分からない。

 思わず、口が半開きになってしまう。


「……あのさクレア……お前何言ってんの?」

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