トレーラーハウスに荷電粒子砲は必要ない
「しかしヴァーリを製作して、資材がないだろ」
「トレーラーハウス程度は廃材転用で十分だ。ヴァーリ修理分ぐらいは残る。安心しろ」
「サイズとしては幅五メートル弱、長さ二十メートルぐらいか」
「待て。このトレーラーハウス、核融合炉リアクターに荷電粒子砲まで付いている重武装型になっている。大気圏脱出・再突入システムってなんだ」
隻翼は違和感を覚えて図面に目を凝らす。形式は動力部分10×10のカーゴ仕様のトラクタで牽引するトレーラー式。後部がトレーラーとなっていて換装可能だ。
外装は二セレン化タングステンを基材としたNM装甲となっており、動力はリアクターを採用。トレーラーの長さを利用したヘビーイオンキャノンが想定されていた。
主翼が格納されており、大気圏再離脱能力を有している。
ホーク用のものよりも砲身が長くて大口径予定だ。これではキッチンカーとはいえない。単なる間接火力支援車輌だった。
「そうだが、何か問題でも?」
「おおありだ。キッチンカー用途のトレーラーハウスに荷電粒子砲は必要ない。単独の大気圏離脱再突入能力もだ」
いくらなんでも艦砲に近い大型ヘビーイオンキャノンは過剰装備すぎると隻翼は判断したのだ。
「主翼は普段内蔵している」
「キッチンカーに主翼はいるのか? 大きすぎる」
「これだけ大きい上にこのトレーラーハウスは二階建てだからな。上部に兵装を格納してある。傍目にはわからんぞ」
「しかし……」
キッチンカーの範疇を超える武装に、隻翼が難色を示す。
「考えてみろ。隻翼。お前が相手にしたい客は地下や宇宙艦に住むお偉いさんか? 違うだろ。居住している住人たちだ」
「それは……」
ドヴァリンの指摘は正しい。彼は日々頑張っている人々に屋台料理を届けたい。
「トレーラーハウス型なら、戦闘が勃発しても隻翼と、屋台にきてくれた客は護ることができるのだ。それでも嫌か?」
「その言い方はずるいぞ」
屋台商としては客の安全は第一だ。荒くれ者がくるなら腕っ節で追い払えと子供の頃教わった。しかしそれはスサノオスフィアの宇宙艦内部の話だ。
ドヴァリンの言う通り、地表での市街地は砲弾どころかイオンビームやレーザーが飛び交う。確かに客の安全を確保するならNM装甲のトレーラーハウスに入店してもらったほうがいい。
「隻翼の言い分ももっともです。キッチンカーにヘビーイオンキャノンは重武装すぎます」
「エイルもそう思うよな」
思わぬ助け船が入った。
「隻翼とそのお客様たちを守護するという考え方には賛成ですから兵装を変えましょう」
雲行きが突如として変わる。
「隻翼がヴァーリに搭乗するまで時間を稼げばいいわけですからね。複合型ローターリーキャノンと対空ミサイルの防御兵装に換装を。設計したヘビーイオンキャノンは大型ミサイルと併用して交換用の戦闘支援車輌にしてしまいましょう」
「用途を分けてキッチンありのトレーラーハウスと武装支援型に分けるんだな。それならいいが」
「武装支援型に誰が乗るんだよ?」
ドヴァリンが納得してドゥリンがドライバーの心配をする。ツッコミといってもいい。
人間は隻翼しかいない。
「今はいませんね。そのうちテュールの民も増えるでしょう。戦闘に向いている生体のゲニウスでもいたらいんですけどね。今はキッチンカーのみ運用で」
「キッチンが広いってのはいいが。色んな意味で火力がとんでもないことになっているな」
キッチンの火力から防御兵装まで火力が凄まじい。
隻翼はキッチンカーの間取りをみて炭置き場まで確保しているあたり、北欧神話由来のゲニウスだと変なところで感心している。
「洋風から日本や中華の蒸し料理、揚げ物まで全対応の万能キッチンはありがたい」
「アルフロズルにも数世代居住能力はあります。同様の機能がありますからね。ご安心を」
「食材は無限にでてくるがどんな原理なんだ?」
「動物も植物も比率こそ違いますが酸素、水素、炭素、窒素が中心ですからね。あとはほんの僅かな原子がいくつか必要なだけでほとんどの培養肉や培養穀物の食糧全般は合成可能です」
「スサノオスフィアの宇宙艦は自給自足を目指していたが、足りない分はどこからか出てきたんだ?」
「同じシステムでしょう。宇宙艦に食糧は必須。宇宙食だけでは飽きもありますから」
「なるほど。スフィアによって文化も違うか」
屋台商としてのホーカーでも食糧調達に困ったことはない。大きな宇宙艦や、惑星の都市ならたいてい手に入ったからだ。
パイロットとしてのホーカーでは携行食が多かった。
今の環境は恵まれすぎだという実感がある。
「隻翼の屋台、広めたいですね」
みんなの思いはそこにある。
こうしてオーバースペックともいえるキッチンカー製作が始まった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
数日後、地下工廠で、巨大なキッチンカーが完成した。
「これが俺の屋台。屋台?」
「屋台だ」
ドヴァリンが断言するが、屋台の領域を超えた移動レストランといっても過言ではない代物になっている。
リアクターを搭載した屋台はエネルギー供給過剰だ。とくに酒瓶は豊富だ。ビールからワイン、ソフトドリンクまで異様に充実している。
「屋台の料理を室内で受け取る形か。俺等が手伝ってもいいがな。うん。できればそこの二人に頼みたい。客も美人のほうがいいだろう」
「ウエイトレスなら私がやります!」
「あら? それなら私も手伝いますよ」
エイルもロズルもウエイトレスに乗り気のようだ。やはり移動レストランができそうだ。
「試作品は私達が試食できるということですね?」
「そうだ」
エイルが重要事項を確認して、隻翼は約束する。
「ドワーフより食い気があるのでは?」
「そんなこといってドヴァリンは試食しないのですか?」
「するに決まっている!」
「試食会はやろう。テュールから味噌ラーメンの催促がきたからな」
テュールからのメッセージが入っており、味噌ラーメンを所望と一言書かれていた。
これには隻翼も驚いた。
「味噌ラーメンなら中華もいいが、芋も合うな。粉チーズもまろやかさがでていい」
ラーメンも奥が深い。特色のある味噌を選ぶことによって、具も定番のものからはんぺんや芋まで多様だ。
「屋台のラーメンってないですよね。ラーメン好きなのに」
暑いし麺が延びる。屋台には向かないと思ってしまったエイルに、隻翼が頭をぽんと置く。
「屋台のラーメン、日本では一般的だったと聞くぞ。近代化するにつれて店舗主流になったそうだが、スサノオスフィアには屋台のラーメンはあった」
「そうなんですか?」
「日によってはラーメンの屋台もする。その試食だな」
「わあ! 楽しみです!」
隻翼は嬉しそうに目を細めながらキッチンカーを見上げる。
やや重装甲で重火力だが、屋台にきたお客を守るためなら防御力はあったほうがいい。キッチンで作れるものなら大抵のものが作れるだろう。
太陽系を巡る屋台の準備ができたのだ。
「これであらかた準備よし、と。みんな。また明日な」
解散となって、隻翼がみんなに手を振る。
ゲニウスたちは無言で手を振り返した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ゲニウスの姿が薄れていく。
声だけが空間に響いていた。
「潮時だな。間に合って良かった」
「仕方ない。よくもったほうだ」
「あーあ。ウエイトレスしたかったなあ」
「私もです。でもこれで未練も残りませんよ」
「楽しかったですね。ええ、満足です。未練なんて欠片もありません」
「未練たらたらだぞ俺は。隻翼の料理をもっと食べたかった」
「そうだな。そうそう。隻翼の好みはエイルやロズルらしいぞ」
「待って? 未練が山積みになりましたよ。どうしてくれるんですか。いきなり爆弾発言を投下しないでください!」
「本当に! そのような情報は最優先事項で共有すべきですよ? 何故直前になっていうのです!」
「昨日聞いたばかりだからな? ヴァーリがジーンと女性観について確認して、好みの女性は美味しそうに料理を食べてくれるエイルやロズルだったそうだ」
「俺も聞いたぞ。二人にはずっと傍にいて欲しいらしい」
「……私、未練が残りすぎて悪霊になりそう」
「私もですよ……」
「未練は仕方がない。これからも隻翼を支えていけるゲニウスは俺達だけだ。お別れではないんだ」
「隻翼と旅することができるゲニウスは俺達だけだからな! さよならする必要はないさ」
「お前さんたちには俺等のほとんどをくれてやるから。未練をたっぷり残しておいてやるぞ」
「なにをいうんですか」
「隻翼だっておっさんよりも美人のほうがいいだろってことさ。俺たちのことは気にするな。十分楽しませてもらった。今後はお前たちをサポートしてやる。隻翼は任せたぞ」
「厚意に感謝します。隻翼はこのアルフロズルが命に替えても護りますから」
「ロズル! だからそれ保護のゲニウスたる私のセリフだからね! ―ドヴァリン。ドゥリン。ありがとうございます」
話し声はいつしか囁きに変わり、やがて静寂だけが残された。
魔王、帰還す〜追放された傭兵は圧倒的な機動力と火力をもつ機体を駆り戦場を支配する 夜切怜 @yashiya01
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。魔王、帰還す〜追放された傭兵は圧倒的な機動力と火力をもつ機体を駆り戦場を支配するの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます