genius—才覚

 隻翼は四人にヴァーリとの邂逅を語る。


「俺は夢で会っただけだ。夢のなかでもう一人の俺に。聞きたいことがあれば答えてやると聞かれたから、お前を生み出したゲニウスの名を、と問うた」

「それで?」

「そこで奇妙な祈りの言葉と、ヴァーリの名を聞いた。出撃前に俺が呟いた言葉だ。それがヴァーリについて俺の知るすべてだな」

「ヴァーリはオーディン神と女神リンドの息子とされるが、ロキの息子という逸話もある。どちらにしろ兄弟殺しになっちまうんだ」


 オーディンの息子という逸話なら異母兄であるホズルを。ロキの息子なら異母兄であるナリを殺したことになる。


「愛する者を殺すティルフィングと相性がいいはずだ」

「悪い奴ではなさそうだが」


 口は悪そうだったが、隻翼はあのゲニウスに親しみが湧いている。


「ヴァーリがあなた自身になって、より深くあなたを精査した可能性があるね」

「少なくとも今後あなたが搭乗するホークはすべてヴァーリになります。パイロット情報とともにヴァーリが呼び起こした因子があなたに刻まれているからです」


 ロズルが説明してくれる。OSがすべてヴァーリになるとはとんでもない話だ。


「隻翼専用になるってだけだ。ゲニウス持ちは単なる操縦最適化システムに過ぎない。同じゲニウス持ち、って例もたくさんあった」

「ゲニウスのヴァーリによって才覚を引き出されたパイロットが複数いれば、みんなヴァーリ持ちになるということか」

「そういうことだ。大昔は同じ才覚ジーニアス持ち同士が戦うことも少なくなかった。ELの連中だってそれは変わらん。あいつらは守護者ガーディアンと呼んでおるがね」

「引き出せる才覚も個人によって違う。ゲニウスとどれだけ近い魂を持つか、だな」

「その表現だと才覚なのか、守護神なのかわからないな」


 隻翼は苦笑する。夢の伊良玲司はあくまで自分自身だと言い聞かせるように繰り返していた。


「才覚ですよ。あなたにないものはヴァーリも引き出せません」

「引き出せないものか。たとえば?」

「あらゆる理不尽な暴力を受け入れる広い心とか?」

「納得だ。そんなものは持ち合わせてないな」


 エイルなりのジョークだろう。隻翼も思わず笑う。


「ヴァーリに生体はなく、本体は地下墳墓で眠っておる。人型の機械でな。ホークから流用したボディだ」


 ドヴァリンが地下墳墓の位置を示した。


「遺宝のホークだと思ったらゲニウスだったという可能性があるのか。そいつは罠だな」


 ナイトホーカーとしてはぞっとする話だ。遺宝そのものが防御機構だということになる。


「多くのものが住人がいなくなって深い眠りについた。稼働停止状態だが、侵入者であれば目覚める。地下墳墓を突破できる奴はそうおらん。北欧系のゲニウスや作業機械のヨトゥンがいる。エル勢力のネフィリムと同じ構造だ。原型は同じなのだろう」

「ヴァーリは覚醒しているのか?」

「機体調整の際呼びかけたら、覚醒していたな。ろくな反応はないが」


 ドヴァリンが苦笑する。


「ティルフィングがヴァーリに最適化されたことによって、射撃感覚で斬撃や刺突が可能になったわけだ。ヴァーリは射撃が得意という逸話がある。剣も形状は狙撃シュネプフだ。相性は良かろうて」

「サーベルの間合いとは思えなかった」

「隻翼の肉体負荷が心配だが、遠距離からの斬撃など何度も使えるもんではないしな。問題は近距離だが、これもすでに解決されている」

「デトネーションコードだな。自在に扱えた。捕縛の逸話を持つヴァーリならではの特技か」

「そうなる。隻翼は日本系だが、剣道とかはやっていたのか?」

「さっぱりだ。荒事用のド……長脇差という刀があってな。その手習いを子供の頃親父から習っただけだ。一も二もなくクソ度胸で斬り込めってな」

「荒事とはただごとじゃないな」

「家業は屋台の元締めみたいなものだ。焼きそばは親父直伝だ。美味しかっただろう?」

「家業か。ならばあの計画ますます早めないとな」

「頼む」


 エイルがその言葉を聞き逃すはずがなかった。


「計画とはなんです?」

「隻翼の本業、屋台。移動キッチンカーさ。それを作ろうと思ってな」

「なんで私達に話してくれないのですか?」


 ロズルまで参戦してきた。思いの外気になったようだった。


「フードカート式、フードトラック式など移動販売に特化したものだな」

「隻翼は料理しているほうが生き生きとしているからな。やはり特別なものを作りたい」

「ありがとう」


 料理に関しては褒められると嬉しいらしい。滅多に見せない、柔らかい笑みを見せる。


「日本式の屋台でもいいが、調べると小さい……」

「日本式にはこだわらなくていい」


 ドヴァリンがいくつかの図案段階の屋台を表示する。


「小規模な屋台から最大クラスの店舗展開までの案をだしている。移動は可能だが人力で牽引するものからトレーラーハウスだな」

「トレーラーハウスがいい!」

 

 エイルが指を差した先にあるものは巨大なトレーラーハウス型だった。


「大きくてお客さんもゆっくり過ごせるよ!」

「幅は約五メートル。長さは三十メートルですか。キッチンも広いですね。アルフロズルへの搭載もまったく問題になりません」

「そうだな。俺もこれが本命だ」


 ドヴァリンもトレーラーハウスを考えていたようだ。

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