欺く者

 北極冠に戻ったアルフロズルは地下に格納され、再び整備に入った。

 次回は長期航海になる。


 隻翼は宴の準備に取りかかり、エイルが希望するラーメンをはじめ日本風町中華で攻めることにした。

 作戦終了の祝いも兼ねて豪華にいこうと宣言したのだ。むろん反対意見など出なかった。

 チャーハン、餃子、シュウマイ、北京ダック、麻婆豆腐、海老の天ぷらなど結構な量を作った。

 ラーメンはシンプルに醤油ラーメンだ。機会があれば味噌や塩を作ってもいいだろう。


 完成した料理をドヴァリンとドゥリンがせっせと卓に運ぶ。


「これは色鮮やかですね」


 ロズルは感激している。


「麻婆豆腐は辛い。エイルはやめといたほうがいいぞ」

「私をお子様扱いしないでくださいね? 辛いものは大好きです!」


 スプーンで麻婆豆腐を口に運ぶエイルが、固まった。


「んー! んー!」


 顔を真っ赤にして汗がだらだらと噴き出し、隣にいるロズルが苦笑しながら水を差し出す。


「辛いといっただろう。ビールに合うんだけどな」

「こいつぁいくらでも入るな!」

「北京ダックもいいな!」


 ドワーフ二人は酒を味わいながら料理をむさぼるように食べていた。


 いつの間にかテュールが静かに箸でラーメンをすすっている。来るかどうか不明だったのでお供え代わりに用意していたが、正解だったようだ。

 他の者は使い慣れていない箸よりフォークを用意しているが、念のため箸も用意していたのだ。


(テュールは左腕一本で箸を使えるのか!)


 若干衝撃を受ける隻翼だった。左手一本のみのテュールは器用に箸を使いこなしている。

 見た目によらず小食な隻翼は、小さな取り皿に少しずつ料理を取り分けて口に運んでいる。


「意外と小食なんですね」


 エイルが隻翼の食べる量が気になったようだ。自分のほうが遥かに食べていて気が引けているというのもある。


「携行食糧も多いから自然にそうなったよ。他人が食べるほうを見ているほうが好きなんだ」


 素直に本音を伝える。みんなが楽しそうに食べる光景は昔から好きだった。


「たくさん食べます!」

「頼むよ」


 隻翼が微笑み、妙に色気のある表情にエイルはドキリとする。


「ん?」

「いえ。なんでもありません」


 テュールが日本風に手を合わせて退席した。


「テュール様、いたく喜んでおられたな」

「よほど美味しかったのでしょう」

「以前テュールスフィアに人間が住んでいた時も、そこまで姿を現すことはなかったんだ」

「……あの。ひょっとして。隻翼の料理が美味しすぎるというか。ドヴァリンたちの作る料理に飽きたとか。そんな話では……」


 申し訳なさそうにエイルが推測を口にする。


「ステーキは美味かったぞ」


 彼らの名誉のためにも隻翼は否定する。最初に出してくれたステーキは本当に美味しかった。


「肉を焼いて塩を振りかけただけだしな」

「ステーキ率は高いな」


 二人はどうやら思い当たる節があるらしい。


「指定された完成品だけを出していたことが問題なのでは」


 ロズルが目を逸らしながら真相を口にする。隻翼みたいに素材を取り出して調理するというゲニウスはいない。

 完成品を指定すればシチューからステーキまで、機械が勝手に作ってくれる。


「料理は一期一会。テュールにも新鮮だったかもしれない」

「その考えは素敵です! 同じように見えても毎回違ったものということですね?」

「そうだよ」

「食事が楽しみになりそうです! もっと早く隻翼に出会いたかったですね」


 エイルがとびきりの笑顔を浮かべていた。


「でも隻翼の料理は美味しすぎて困ります。太りそう」


 エイルが目を逸らして、切実な悩みを虚ろな視線で告白する。

 生体である以上、人間構造を元にした人体は食べ過ぎると太る。


「私も。節度ある食べ方をしなくては」


 ロズルも同様の悩みを抱えていた。


「デザートに杏仁豆腐やらごま団子やらマンゴープリンを作ったんだが。必要なかったか」


 隻翼は意地悪く冷蔵庫に目をやる。


「それは! 絶対に! 必要です!」


 エイルが立ち上がって断言する。


「冷蔵庫にありますか? 取ってきます!」


 エイルが飛んでいく始末だ。ロズルも後をついていく。その間にドヴァリンたちが食べた食器を片付けていた。


 再び着席する一同。隻翼もこの後何を話すかは訊いている。

 杏仁豆腐をスプーンで食べながらエイルが切り出した。


「そろそろ尋ねたいことがあります。あなたに接触したと思われるヴァーリについてですね」

「正直にいおう。ヴァーリがどんな神様を模したゲニウスかも知らない。わかりやすい逸話があるなら教えて欲しい」

「そこからかー。では説明しますね」


 四人からヴァーリの説明を聞いて、隻翼は若干引いた。

 夢にでてきた伊良玲司を生み出したゲニウスも十分すぎるほど大物だろう。


「ロキは俺でも知っているが、そのロキを生け捕りにした神様か。しかも臓物って腸だよな」

「おそらくは。腸の長さは身長の五倍といいますからね」


 ロズルが紅茶を口にしながら隻翼の疑問に答える。


「あなたに干渉したことをテュールも知らなかった。いいえ。正確に伝えるならばヴァーリが覚醒していることも知らなかったみたいです。してやられました」

「というと?」

「あなたはテュールの差し出した蜂蜜酒を飲みました。あの蜂蜜酒こそテュールスフィアにいるゲニウスの残骸たちに、あなたが認められたと知らしめるものだったのです。あなたに興味をもったゲニウスがいれば覚醒して接触したはずです」

「あの蜂蜜酒にそんな効果があったのか」

「しかし私達の他にゲニウスが覚醒した気配もなかったのです。テュールも私達がいる以上問題無いと判断していました」

「スフィアの支配者であるテュールまで知らなかったとかあり得るのか」

「味方ぐらい欺けないと北欧最強のトリックスターは欺けないだろうな。つまり特性はそういうところだ」


 ドヴァリンたちは納得しているようだ。

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