銀の腕

「もういいのか?」


 本来なら撤退するべきところだが隻翼自身、相手の真意は確かめたかった。


「強い者と戦うことは私の誉れ。貴様の腕が知りたかった。魔王と呼ばれることはある」

「そうか。誉れなど投げ捨てた男で悪いな」


 戦いに名誉や戦いそのものを求める。そういうパイロットもいるだろう。


「その機体。貴様の技量。テュールスフィアの者はすでにいないはずだが、超越知能テュールが動いた。それを確かめることができた」

「勘違いするな。俺は流れのホーカーだ。テュールスフィアは関係ない」

「ゲニウスの宇宙艦は確認している」

「運搬してもらっているだけだ。食べ物で釣った」


 その言葉を傍受したエイルが頬をふくらませ、ドヴァリンたちは大笑いしていた。


「ティルフィングなどを持ち出しておいてか? いや、違うな。――貴様もゲニウス持ちか!」


 機体同士が共鳴を引き起こしているようだ。


「あんたもか」


 思わぬ事態に隻翼が動揺する。


(どうしてEL勢力にゲニウスと共鳴した人間がいるんだ)


 あり得ないとはいわないが、希有な事象だろう。

 先ほどの戦いたいという感傷めいた思いは霧散する。敵パイロットは非常に危険だ。


「我がゲニウスは銀の腕のヌアザ。このアガートラムを預かることになった。お前の背後にテュールスフィアの者がいればすぐにわかることだ」

「ノワール戦域では聞いたことかないな」

「簡単なことだ。EL勢力同士の紛争で異端であるゲニウスの遺宝を使って殺しあう愚者はいない」

「そういう意味でもジーンは異端だったということか」

「話が早い」


 アガートラムが後退していく。


「俺はEL勢力の敵だぞ。いいのか?」

「バーガンディの連中が半壊しただけだ。今のところヴァレンティアに被害はない。今貴様と戦うには装備も足りぬであろうさ。魔王よ。お前と敵対するには危険すぎる」


 ヴァーリも後退しつつもエクスプレスに持ち替えて、牽制の動きだけを見せる。発砲はしない。


「魔王。貴様の名を聞かせろ。そしてゲニウスもテュールではないな?」


 アガートラムのパイロットであるジョナサンの真意はそこにあるのだろう。

 火星を維持するゲニウスが動いたか。真相を探るために接触したのだ。


「ただのホーカーだといいたいところだが、俺の名は隻翼と覚えておけ。ゲニウスはヴァーリだ。テュールとも関係ない」

「――ヴァーリだと。復讐と法理のゲニウスか。これまた厄介なものを背負っているな。魔王呼ばわりされても仕方なかろうよ」


 ジョナサンが同情したかのような口ぶりだった。


「ヴァーリもずいぶんな言われようだな」

「貴様はおそらくヴァレンティア領内を通過して北極圏に赴いた。その際騒ぎなどは起こしていないし、ヴァレンティア領内への攻撃もいまだ確認できていない。私が知りたかったことはテュールが動いたかどうかだけだ。復讐者を刺激するつもりはない」

「いずれやりあうことになろうとも、今はそうではない。やりたいなら付き合うぞ」

「今はそんな気になれん」


 相手の実力は一合だけで十分だ。会話をした以上、隻翼もこれ以上戦い続ける気はなかった。

 これ以上となると、ヴァーリでも確実とはいえない。相手は同系統の近接兵装持ちだ。隻翼もまだヴァーリを完全に使いこなせているとはいえない。


「私もだ」


 ジョナサンは気が合ったかのような笑いをにじませる。

 

「また会おう。隻翼」


 魔王とは呼ばず、隻翼と告げてアガートラムが撤退していく。

 アガートラムの反応がレーダー範囲から消えて、ヴァーリは構えたエクスプレスを下ろす。


「敵勢力の撤退を確認。――作戦目標、クリアです」


 エイルが緊迫した空気を緩和せずに告げる。


「エイル。一つ聞きたい」

「はい。アガートラムのことでしょうか?」

「それもあるが、違う。――ウリエルスフィアではゲニウスに寛容なのか? どうして異端のゲニウス持ちパイロットの存在が許されるんだ」

「寛容とはニュアンスが違います。あくまでEL勢力内の話ですが。ウリエルスフィアはゲニウスも多く従えています。敵対しなければミカエルスフィアほど過激な処置にはなりません」

「そうか」

「どうしたのですか?」

「ミカエルスフィアなら、ゲニウスの機体を運用することはないだろうなと思ったまでだ」


 隻翼は言葉にできない違和感を覚えた。EL勢力ならゲニウスはすべて異端ではないのか。経験からすると異端を許すほどの度量はないはずだ。

 現にジーンの場合では、兵装一つにまでこだわり、破壊しようとした。

 ジーンを追放して見捨てたミカエルスフィアのルテース軍とはあまりにも反応が違いすぎたのだ。ウリエルスフィアのヴァレンティア軍では騎士階級らしき者がゲニウス製造のホークに乗っているという事実が異様なのだ。


「ミカエルスフィアで運用されるなら、EL勢力専用の遺宝に改装して使うでしょうね。そういう意味ではEL勢力のなかでもウリエルスフィアもまた異端に近いともいえるでしょう」

「……そうだな。そういう連中だ」

「北極冠に近い勢力がウリエルスフィアではなく、ミカエルスフィアなら私達は存在しなかったでしょうね。彼等にはアガートラムを運用する程度には柔軟性があります」


 ヴァーリが上昇する。空にはアルフロズルが迫っていた。


「アガートラムはどんな機体だ?」

「あの右腕部は小型リアクター内蔵です。固体化するほど凝縮したプラズマブレードや大型ビーム砲を可能にします。その隻翼を溶かすほどではないですが」

「本気ではなかったということか。装備が足りないといっていたな」


 大型ビーム砲で射程外から攻撃を仕掛けることも可能だっただろう。

 ヴァーリほどの機体とは予測しておらず、兵装も最小限だったようだ。


「そのようです。――アルフロズルは回収ポイントに到着します」

「ヴァーリ。これより帰投する」


 ヴァーリが空高く飛び、アルフロズルに格納された。


「ヴァーリの回収を確認。すべての作戦目標をクリア。これより北極冠に帰還します」


 すべての作戦を終えたアルフロズルは、再び海水に飛び込んで北極冠を目指すのだった。

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