咎人の悔悛

「聞こえるかねホーカー。ピーターだ」

「聞こえている」

「私の勝手な懺悔だ。殺す前に聞いてくれ」

「聞こう」


 通信は届いているようだ。

 簡潔な回答だった。


「ジーンを殺害したと名乗ったそうだな。私はあえて否と答えよう。彼女を救援して匿うことができた者は私だけ。そんな私がバーガンディ軍に寝返り、交渉材料としてジーンを処刑した。私だけがカールから追放された彼女を護ることができたのにね」


 ピーターが、哀しげに大きな溜息をつく。


「政争によって英雄を殺したのだ。私はもう疲れた」


 後味が悪く、ピーターにとってもあの決断は後悔しかなかった。

 最後の言葉が本音なのだろう。


「軍法会議で軍籍剥奪程度にしたかったんだがね。いや、君も今更そんな言い訳は聞きたくないだろう」


 隻翼はその場にいたからこそ知っている。ゲニウスの装備を差し出せば命を保証するとかけあっていたのだろう。

 ピーターはジーンに必死に投降を呼びかけていた。


「艦橋には誰もいない。どうだ。この咎人の。私の命一つで、マルニーを見逃してくれんか。そのあとは住人次第。どうかな? ――魔王よ。私の魂をもってゆけ」


 ピーターなりの悔悛の情ということだろう。


「交渉に応じよう」


 隻翼は端的に答えた。知らぬ仲でもない。

 ピーターが命をもって購うというなら、それで十分だと判断した。もとより人のことをいえた身ではないのだ。


「感謝する」


 宇宙艦マルニーから展開された艦橋に、一人佇むピーターが見えた。

 疲れたような顔をしている中年の姿に、何の感慨も湧かない。


 艦橋のガラスをシールドバインダーで叩き割る。

 衝撃と飛び散る計器やガラスの破片に対してもピーターは微動だにしない。


 シールドバインダーを水平にして、対艦ミサイル二発を同時発射してピーターがいる艦橋の司令室を吹き飛ばす。


「宇宙艦マルニーの艦橋及び艦長のピーターを排除。作戦完了」


 リアクター損壊ほどではないにしろ、艦橋を吹き飛ばされた宇宙艦も修理にはそれなりの時間がかかるだろう。 


「すべての作戦目標をクリアしまし――」


 エイルの言葉が止まり、急いで言い直す。


「隻翼。聞こえますか。敵ホークが急接近しています。この機動性はレプリカA級以上の高性能機かと」


 エイルの緊迫した声が響いた。


「迎撃する。必要な情報だけをくれ」


 アルフロズルは探知されているだろうが、通信内容を傍受されることは避けたい。

 隻翼は相手の出方をうかがうことにした。


 ヴァーリのレーダーが敵機影を捕捉した。もう圏内に入ったということだ。


「滅んだといわれるゲニウス勢力がレプリカAを保有しているんだ。EL勢力だって保有しているとみるべきか」


 敵機がヴァーリの眼前に立ちはだかる。

 金色の機体に黒が入り交じっている。鷲を思わせるツインアイの頭部だ。

 右腕部全体が銀色に輝いている。


「あの機体は見覚えがあります。照会――間違いありません。【クライーヴ】。スフィアの支配下になったゲニウス勢力の機体です!」


 エイルの声に動揺が生じている。 

 クライーヴはライフルを構えているが、まだ発砲はしていない。


「ELの支配を受け入れたゲニウス勢力ということか?」

「かつてのダグザスフィアです。ウリエルは他のELと違い融合を図りました。クライーヴのなかでもエース機【アガートラム】です。銀の腕をもったゲニウスに選ばれし者だけが搭乗できる機体です」


 隻翼は射程外にいる相手の様子を見ている


「気を付けて! 相手の剣はおそらく【輝く剣クレイヴ・ソリッシュ】。ガルドと同じ製法で製造された兵装です」


 クライーヴはロングソード型を携えているが、構える。

 エイルの警告に隻翼は首を縦に振って応じる。


 隻翼は様子を窺う。クライーヴはビルの屋上に降り立った。対面する隻翼のヴァーリは、クライーヴがいるビルよりも低い。


「魔王よ。お初にお目にかかる。私の名はヴァレンティア軍パイロットのジョナサン・ランカスター。まずは手合わせ願おう」


 ホーク同士の通信回線に、アガートラムのパイロットが宣言する。


「騎士の名乗りか。生憎と俺はホーカーなんでな!」

 

 その言葉と同時にヴァーリが飛翔して、斬りかかる。

 アガートラムは飛行しながらロングソードで弾き返す。


「あれを弾くか。やるな」

「貴様もな! ガルドのサーベルとは! やはりティルフィングか!」


 隻翼が思わず笑う。どこか嬉しそうだ。パイロット並みではない。機体もだ。

 奇襲ではないものの、相手がヴァーリの加速に対応できたことには驚きだった。


 距離を置いたグライーブがライフルに持ち替えてビームを放つが、ヴァ―リがシールドバインダーで弾く。


「順序が逆だろう!」


 隻翼が毒づく。射撃から近接戦闘ならともかく、斬り合ってから射撃などはセオリーから外れる。

 向こうは近接脳ならぬ騎士道脳らしい。


「シールドバインダーもガルドか。ジーンが使っていたというものなら当然か」


 ジョナサンが感嘆の声をあげる。


「こちらが不利だな。まずは一合。――十分だ」


 アガートラムが構えを解き、剣を下ろした。

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