魔王、帰還す〜我々が魔王を生み出してしまった

 格納庫でドヴァリンが機械を使い、ヴァーリの弾薬を補充している。

 ドゥリンはコックピットのハッチを開けた隻翼に栄養ドリンクを渡す。


「ほれ」

「助かる」

「すぐに宇宙艦マルニーだ。かつての同僚もいるんだろ。戦えるか」


 ドゥリンが通信で隻翼を気遣う。


「別に友情を深めた相手じゃない。手加減が無理なら殺すさ」

「手加減する気はあるんだな。なあに、いつでも殺せる。ここで無理に殺す必要もない」


 一時的とはいえ、同じ部隊だったパイロットたちとは交戦したわけではない。隻翼はただの人間だ。無理に戦って神経を疲弊させるよりはヴァーリの能力を生かして手加減したほうがいいだろう。

 甘いかもしれないが、今の隻翼とヴァーリという組み合わせがオリフラム部隊に苦戦するとは思えない。


「ヴァーリのおかげだな。スパタとはこうはいかない」

「ヴァーリについてはあとで教えろよ! 俺達全員が驚愕したんだからな!」


 これはドゥリンの本音だった。


「わかっている」


 隻翼が苦笑する。ヴァーリの出現は予想よりも大事になっていたらしい。

 ドゥリンも機体から離れた。隻翼は再びコックピットハッチを閉じて装甲を被せる。


「敵はヴァーリ――いや、ティルフィングに気付いていないのか?」

「使用されたのは以前の戦争です。ゲニウスのデータなど一般の人間には知らされていないでしょう。――自分たちがいかに抑圧された技術の兵器を使っているか知ることになります」

「そういう理由か。なら納得だ」

「EL勢力での有力者なら気付いているかもしれません。その時はおそらくティルフィングに匹敵する高性能機が出現すると予測されます」

「このままいけば、そういう連中とやりあわずに済むということか」

「その通りです。ではこれより第二ミッションを始めます。居住宇宙艦マルニーの無力化ないし今後への抑止です。作戦時間十分。早めに切り上げましょう」


 ライオネル部隊の壊滅と宇宙艦ルーアンの無力化の報は、今や同じ勢力である宇宙艦マルニーにも届いているはずだ。

 迎撃準備はより万全とみていい。規模も宇宙艦マルニーのほうが遥かに上だ。隻翼が活動するにあたって抑止できれば十分だ。


「了解した。――ヴァーリ、でる」


 ヴァーリは再び火星の空を舞い、出撃した。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 宇宙艦マルニーの艦橋内で、ピーターは報告を受けていた。


「ライオネルとルーアンがやられただと」

「魔王と名乗っているホーカーですね。追放処分したスバタ乗りです」


 艦長のピーターに、副官が報告する。

 緊迫した空気が流れている。ホーカーの次の目標は宇宙艦マルニーだろう。


「目的はノワール地域全勢力の殲滅らしいですが……本気でしょうか?」

「ホーカーは宇宙居住艦出身だったな。火星のような階級社会ではないはずだ。実際、ルーアン周辺の住人は壊滅したか?」

「武器を捨てて投降したホークや、防衛隊の隊長は無力化されて見逃されたようです。しかしジーンを捕らえたラピエール部隊は全機撃破され、ライオネルの死因は圧死です」

「圧死?」

「コックピットごと、踏み潰されたと……」


 副官の歯切れが悪い。ホークでも前代未聞の殺害方法だ。


「魔王、か。ジーンのシールドバインダーを継いだのだな、彼は。我々が魔王を生み出してしまったのだよ」

「その割りにジーン殺害を名乗るなど、一貫性がありませんね」

「私にはホーカーの行動は理解できるよ。――人々のために戦うジーンとは違う信条をもっているという意志表示。ノワールでの勢力全員が主犯であり、ホーカーは敵対する意志があるという宣言。だからこそノワールの全勢力が敵なのだよ。殺しにいくから殺しにこい、ということだ」

「自分でジーンを殺しておいて、虫が良すぎませんかね?」

「ジーンを殺したというよりは楽にしたというほうが適切だろうな。実際、二隻の宇宙艦から集中砲火を受けて、オリフラムが溶解するまで時間の問題だった」


 彼は怒っているのだ。無差別砲撃でジーンをおびきよせたライオネルと、彼女が所属する宇宙艦だったのに見捨てる以上とも言える処刑に踏み切ったピーターを。

 ホーカーの怒りは当然だ。ピーター自身でさえ自分を許せないのだ。


「それはそうですが……」


 副官は艦長のピーターが責任を負いすぎていると感じていた。

 隻翼とやらが名乗り出たなら彼に全部押しつけるべきだと。


「彼もまた遺宝に属するホークを手に入れたのだろう。どうやってかはしらんがね。少なくとも単機で宇宙艦のスラスターを破壊できるほどの実力は証明されている。マルニーも危ない」

「どうしますか?」

「手はある。艦橋を展開しろ。私はホーカー――魔王と会話する。顔を見せれば話もしやすいだろう」

「危険すぎます! 隻翼もこちらにやってきているのです。早く退避を」


 奇妙な戦車型の宇宙艦が向かっているとの情報も入っている。

 宇宙艦マルニーに到着するまで猶予もない。


「なあに。宇宙艦ルーアンの防衛部隊とは会話したようだ。私とも話すことぐらいはできるだろう。とにかく出撃するな。犠牲者を増やすだけだ」

「……了解しました」


 ピーターは出て行く副官たちを眺めた。


「オリフラム部隊に所属していたホーカーの個別信号を使い通信を試みよう」


 オペレーターから部隊から聞き出したホーカー用の個人通信コマンドを用いて、ピーターは会話を試みた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る